015. それぞれの事情――リディア・サンフィールド(2)
「お前の母は今は滅びた国――魔法国エルデリアの出身だった」
リディアの父、タロンは語り始めた。十年前、母セリナがまだ生きていた頃の話。
「アストリア大陸の四つの国には、それぞれ禁忌指定を受けているダンジョンが一ヶ所ずつある。合計四ヶ所。それらを総称して災厄ダンジョンと呼んでいる」
――災厄ダンジョン。
そのダンジョンの存在はリディアも知っていた。冒険者学校でまず初めに習うことだからだ。曰く遥か大昔の大戦期の話。今のように四国間の同盟もない時代。アストリア大陸はそれぞれが覇を唱え、大陸の覇権を狙っていた。
大陸に死が溢れた。憎悪、憤怒、悲嘆、怨嗟。ありとあらゆる負の感情が大陸に渦巻いていた。それでも人々は戦争をやめず、更に激しさを増した。
――ある時、天に巨大な穴が開いた。
すると大地に魔素が溢れた。獣は侵され魔獣となった。人は病にかかり大勢倒れた。魔素を体内に取り入れすぎると死ぬ。だがそれでも生き残った者は魔人となり、異能の力を宿した。――人、獣人、亜人に続く第四の種族、魔人族の誕生である。
そして天から溢れ出したものは魔素だけではなかった。語ることも憚れる邪悪な存在が産まれ落ちた。記録には闇の具現であるとも死そのものとも記されており、その姿は見るだけで人々の正気を失わせたとされる。およそ人類の理解の及ばない超常の存在。魔人族はその存在を魔の天頂、魔神と呼びその陣営に加わった。
そして大陸にさらなる死が溢れたが、幸か不幸か魔神の出現により、四つの国々は争いを止め、同盟を締結するに至る。後に《四天刃》と呼ばれる四人の英雄が、自らの命と引き換えに魔神を四つの魂に分離させ、それぞれの部位を封印する地下牢獄を創り、永劫の封印を施した。――ダンジョンの起源と言われている。
だが四つの魂に分割されてなお強大な魔神の存在は、大陸中に類似の地下迷宮群を出現させるに至る。封印を解くために力を振るっているのか。それともダンジョンの周囲には微弱な魔素が発生するため、アストリア大陸を環境汚染することで侵略しようとしているのか。学者たちの間でも意見が別れ研究が進められている。
だが分かっていることは増え続けるダンジョンを放置することは破滅を意味する。これは魔神と人類との陣取り合戦なのだ。
事実厄介なことにダンジョンを放置すると外部に漏れ出る魔素が強まり、大量発生したモンスターが外でも活動できるようになる。外への侵攻が起きる問題が発生した。やがてダンジョンを消滅させたり、モンスターを討伐するための職業が誕生する。――冒険者と呼ばれる者達である。
そして結論から言うと、魔神は倒せなかった。だが斯くして長い大戦は終結し、四国は和平協定を結び今日に至る。魔神の陣営についた魔人族はその責を問われ、人であることを剥奪された。――魔族と呼ばれるようになる。
「学校の授業で習ったけど…。でもママが死んだのは故郷に帰省した時に、運悪く国の動乱に巻き込まれたって…」
十年前。魔法国エルデリアで起きた動乱。国の政権を奪おうと一部の貴族達が手を組んで反乱を起こした。魔族の介入もあったとされる。泥沼の内戦は双方共に禁術指定の魔法を使用するまでに大きくなり、最悪なことにダンジョン内のモンスターを駆除する余裕もなかったため、モンスターによる外への侵攻も起きてしまった。そして他国の介入の余地なく滅んだと。母はそれに巻き込まれてしまったのではなかったか。
「お前にはそう説明するしかなかった…。あの頃からお前は冒険者という職業へ憧れを抱いていた。災厄ダンジョンで母親が死んだと聞けば、お前もいつか彼のダンジョンへ挑むのではないかと。――そしてセリナと同じ様に二度と俺の元には戻らないのだと、恐れたのだ」
リディアはこれ程までに弱気な父の姿を初めて見た。母の葬儀の時でさえ毅然としていた。最愛の女性の死は、未だタロンの心の深奥に傷を残し、癒えることを許さなかった。
「だがそれは間違いかもしれん。暗殺者共に襲撃されたと報告を受けた時は肝を冷やしたが、お前は仲間の力もあるだろうが生きて切り抜けた。もう羽なしと誂われ泣いていたお前ではないのだな…」
――では真実を語ろう。
「魔法国エルデリアが滅びたのは国の動乱などではない。確かに内戦も魔族の陰謀も、モンスターによるスタンピードも起きた。だが滅びの直接的な原因ではない。滅びたのは災厄ダンジョンの封印が解けたからだ。魔神の四つの分霊。四国の上層部は意思を持ったそれを四大魔王と呼んでいる。その内の一柱が目覚め、ただの一体の魔王にエルデリアは滅ぼされた」
「…そんな、ことって」
「事実だ。だが真実を知る者は限られている。三国の上層部の決定でこのことは秘匿され、国の動乱で滅んだことにした。だが人の口に戸は立てられぬ。普通はどこかから真相が漏れるものだ。だが現実はそうならなかった。なぜか?真実を知るエルデリアの民はその悉くが死に絶え、そもそも話す者が存在しなかったからだ」
リディアはあまりにも残酷な真実に絶句した。確かにこれまで数少ないエルデリアの出身者と会ったことがあるが、皆故郷が滅びた原因を内戦やモンスターのスタンピードのせいだと語っていた。誰も魔王の存在を口にしていない。
「魔王の存在に気づいたのは事態の収拾を図ろうと三国の精鋭達でエルデリアへ乗り込んだ時だ。その中にはセリナもいた。俺は国を離れることができなかったが、地獄だったと聞いた。現地に着いた時、辺り一帯に広がる死体の山を見てエルデリアはすでに滅んでしまったのだと悟ったのさ」
タロンは語り続ける。
「調査を続けると災厄ダンジョンの封印が解けていることを聖女が突き止めた。そしてダンジョン攻略が始まり、辿り着いた終着部屋に魔王がいた。やがて決戦が始まり、多くの犠牲の上に深手を負わせることができたが、討伐には至らなかった。何が不気味かって、それ以降魔王は痕跡もなく消えちまったのさ。絶対に消滅なんかしてねぇ…。理由は分からんが今は大人しくしているようだ。なにせ魔王が一度現れれば、そこには大量の死体の山が築かれるだろうからな。――死が溢れる場所に魔王はいる」
「まさか、ママが死んだのは…?」
「そうだ。災厄ダンジョンの攻略時、魔王に殺された」
リディアは遂に母セリナの死の真相を知る。母は立ち向かったのだ。災厄の魔王に。勇気を振り絞り、勇敢に戦った上で死んだ。リディアはそんな母が誇らしかった。
「それからだ。不戦協定の地《理想郷》を制定し三国で大陸中央学園都市を建設したのは。冒険者学校が出来たのもその時だ。何故なら何時また残りの災厄ダンジョンの封印が解けるか分からんからな――備えるのだ。来たる厄災の日に」
リディアは父には悪いが決意した。必ず母を殺した魔王を探し出し討滅する。これは魔王を倒す勇者の英雄譚ではない。――これはワタシの復讐譚だ。




