013. それぞれの事情――シャノン・ルーン(3)
「死王ですか?いえ、聞いたことありませんが…」
「シャノン、貴女が冒険者学校へ入学してからしばらくして、実はちょっとした…いえ、大事件が起きていたのよ。ルーミリオン神聖共和国の国境に邪教徒が襲撃を仕掛けたの」
アストリア大陸の北には黄金と富の国――グランオーレリア王国。東に信仰と光の聖なる国――ルーミリオン神聖共和国。西に猛き戦士と大地の咆哮響く国――アストリア大陸部族連合。そして南に今はもう滅びてしまった国。
――亡国。精霊が守護せし天秤の国――魔法国エルデリア。
現在は統治する者がいないため混沌を極めている。各国から指名手配されている者、流れ着いた者、逃げた延びた者、後ろ暗い者、そういった闇に生きる者たちが集まり、無法地帯と化していた。もはやこの国にかつての栄光は残っていない。
「今回襲ってきたのは一人の死霊術師の男。確か自分のことを不死者の王とかなんとか言っていたわね」
様々な闇の者が集まる国はまさに蠱毒の壺の様相を呈していた。だからか時折、悪しき目的と力を持った存在が台頭し、他国へと侵攻することがある。目下各国の悩みの種だ。
◆ ◆ ◆
聖女アストリアは国境警備隊からの連絡を受け、現地に駆けつけた。亡国エルデリアからの侵攻に対応するのは国境を面しているルーミリオン神聖共和国とアストリア大陸部族連合の担当だ。唯一亡国エルデリアからの被害が少ないグランオーレリア王国は両国に惜しみない支援を送っている。
「聖女さま!あちらに不死者の王と名乗る者が死体を操り国境へと近づいております!」
「報告感謝します。…これは少し覚悟した方が良いかもしれませんね。念の為、三国から増援を呼びなさい」
遠見のスキルで確認すると、そこには地平線を覆い尽くすほどの歩く死体が緩やかにだが各自にこちらに近づいてきていた。滅んだ国は死体の確保には困らない。亡国からまた新たな脅威が生まれたのだ。
その内死体達を先導している死霊術師らしき存在が、わざわざ魔法で声を拡大させこちらに話かけてきた。
「聖女アストリアよ!我は不死者の王なり!無念の内に死んだ者たちの代弁者。死を統べる者。降伏せよ!こちらには万の軍勢がいるのだ!」
「ん?彼は見覚えがありますね」
アストリアは死霊術師の男に見覚えがあった。かつてルーミリオン神聖共和国の神官であり、裏では人体実験で死霊魔法の研究を行っていた者だ。邪教徒と認定し指名手配していたが、亡国エルデリアに逃亡し、復讐の機会を待っていたようだ。
「はぁ…愚かな…」
溜め息も吐きたくなる。何が無念の内に死んだ者たちの代弁者だ。であれば真っ先にお前が死んで償うべきだ。一体どれほどの人間が実験の犠牲になったのか。――どいつもこいつも自分勝手に振る舞いやがって!
普段の貞淑な淑女らしからぬ激情に思わず駆られたかけたその時、前線に新たな人影が現れた。仮面を被った男。何か会話をしているようで、情報を集めるため魔法で彼らの会話を盗み聞きする。
「死の理を歪めるな」
「なんだ貴様!ルーミリオンの手の者か!何者ぞ!」
どうやら二人は仲間ではなかったらしい。激しく言い争いをしている。好都合だ。アストリアはその間に広域殲滅魔法の詠唱準備を始める。天空神殿ノアに待機している数十人の神官達が詠唱を唱え、神殿中央部に鎮座する巨大な魔晶石に魔力が集束していく。
「死を穢すなと言っている!もう眠らせてやれ。彼らは充分苦しんだ」
「馬鹿め!我は不死者達の王!不死者は我の命令のみに従う!世に示すのだ!我の研究は異端でも邪教でもないと。この軍勢を見よ!圧倒的ではないか!我の魔法を否定したルーミリオンと聖女に目に物を見せてやるのだぁ」
仮面の男の表情は隠れて見えなかったがアストリアには伝わった。激怒している。何かを思案するように下を向いた。そして天を仰ぎ、死者の軍勢を見渡し、その一人一人の顔を目に焼き付けているようだった。
仮面の男が手を振り上げ、死者の軍勢を撫でるように空中で腕を振った。それは指揮者の姿を連想させる。
――瞬間、すべての死者がその場に崩れ落ちた。
聖女アストリアとルーミリオン神聖共和国の軍が驚きで目を見開く。間抜けにも気づいていないのは死霊術師の男だけだ。まだベラベラとくだらない御託を並べている。
「そうか。だが後ろを見ろ。ご自慢の軍勢はもういないぞ」
「フハハハ!!馬鹿め、そんな古典的な手には乗らんわ!戯けが…」
死霊術師の男は黙った。気づいたからだ。背後には軍勢が国境へ侵攻している。だが先程から足音がしない。そして我慢できずに後ろを振り返る。
「ば、馬鹿なぁ…!」
死者達は再び永遠の眠りへと戻っていた。死霊術師の男が再び彼らを呼び覚まそうとするが、何も反応しない。刹那の静寂の中、間抜けな死霊術師の男の声だけが虚しく響く。
「き、貴様はい…一体何者だっ!?」
「お前が不死者の王と言うなら俺は不死を否定する死の王――死王とでも言おうか」
――失ったものはもう戻らない。だから大切で…だから尊いものなんだ。お前には分からんだろうがな。エルデリアの民よ、すまない。今はただ安らかに眠れ。
死王は心の中で呟いた。死霊術師の男に説教してやる気もない。どんなに言葉を尽くして語ったとしても無意味だ。――お前は死ぬのだから。
「今度はお前が死ぬ番だ」
ヒッっと死霊術師の男の悲鳴が漏れた。すると男は空中に浮かび上がり、大の字の状態で固定された。――そして両手両足がそれぞれの方向へ弾け飛ぶ。
「ギャアアアアアアアッ!!」
「もっと哭いてくれよ!お前が冒涜した死者への鎮魂歌だ!」
――ハハハハハハハ!
二人の正反対の叫び声が重なり合う。そして充分苦しめた後、死霊術師の男の首が胴と離れ、浮力を失い地面にポトリと落ちた。男は最後まで苦しんで絶命した。
こうして死者の軍勢の襲撃事件は第三者の登場で、聖女アストリアとルーミリオン神聖共和国軍の出番なく幕を閉じた。
アストリアは結果だけ見ると救われた状況ではあるのだが、準備が完了していた広域殲滅魔法を死王へ放つ。脅威が不死者の王から死王に入れ替わっただけだ。
天空神殿ノアから巨大な光線が放たれた。瞬間、大地を眩い光が包み込む。土煙が晴れた時、そこにはバラバラの死体だけが残っていた。
死王が死体となったかどうかは分からない。
◆ ◆ ◆
「ア、アストリアさま!それは国家の一大事だったのでは?!」
「この程度で我が国が揺らぐことはありません」
だが事実死霊術師がもう少し賢い男であれば、苦戦していたかもしれない。死者は静かだ。夜間に奇襲されたり、こちら側に死者が出ることは即ち、相手の軍勢が増えると言う事。今回は死霊術師の男の自己顕示欲に救われたと言える。
――それと死王。
彼からは死者を冒涜することへの明確な怒りを感じた。
「死者を冒涜することへの怒りですか?」
「ええ。シャノンは誰かを簡単に生き返らせることができたらどうしますか?生き返らせる?ではもう一度死んだら、また生き返らせる?それを何回繰り返すことができる?貴女は果たしてそれを許すことができるの?」
「…」
シャノンは思わず言葉に詰まる。理解できたから。何度も簡単に生き返らせることがもしできたなら。雑になる。最初に死んだ時よりも悲しいとは思わなくなるし、どうせ死んでも生き返らせればいいと思うようになる。多少の怪我や病気なども見過ごすようになるし、或いは殺してまた復活させる。死んで欲しくないから生き返らせたのに、殺す矛盾。
シャノンはそこまで考えて震える自分の肩を抱きしめた。死者の蘇生は大切な大切な宝石の輝きを奪い、路傍の石ころへと窶す行為だ。確かに大切な人を失うのは想像するだけでも恐ろしい。――でも、恐ろしいと思うからこそ、大切なんだ。
シャノンはダンジョンで襲撃者に襲われた時のことを思い出す。魔族の女が必殺の魔法を放たんとするその瞬間、自分達の前に両手を広げ立ち上がったシオンの背中を覚えている。死霊術師の男にその行為を侮辱された思いだった。
「ぜったい、絶対許せません!」
「ええ、そうよね。きっと死王とやらも同じ気持ちだったのよ――さあ、彼は死んだのか、はたまた生きているのか…。――シャノン、私はある男の子の姿を連想したのだけど?」
「ふぇっ?」
「人間に化けた魔族に使うと術を解除し真の姿を暴く。蘇った死者に使えば再び死者を永遠の眠りへと誘う…。これって偶然の一致かしら?」
アストリアは考える。シオンのユニークスキル《人間ぶち殺し》、その真髄を。この能力は人であると認識することこそが重要な要因なのではないか。
「シャノン、しっかりと見極めなさい。彼が光となるか闇となるかは、貴女次第なのかもしれないのだから」
「…はい!アストリアさま!」
シャノンはあることに思い至った。シオンが聖堂に礼拝に来るようになったのは、時期的に死霊術師の襲撃があった時期と一致する。もし本当に彼が死王なら、死者の安寧を祈りに来ていたのだろうか。しかし、ここであれこれ考えていても答えは見つからない。
シャノンは決意を新たに冒険者学校へと戻る。




