012. それぞれの事情――シャノン・ルーン(2)
聖女アストリアとの会談を終え、シャノンは聖女と共に食事をとっていた。豪勢な料理の前に思わず涎が出そうになるのを堪える。心労のせいもありお腹がペコペコだった。
「ゆっくりお食べなさい。料理は逃げませんよ」
聖女は穏やかな笑みを浮かべてシャノンに言った。シャノンは小さい頃から見た目に似合わず健啖家で、よくご飯を食べる子だった。小さい頃から彼女を知るアストリアはシャノンを娘同然に愛していた。
「ふみまへん!…んぐ。学校じゃ恥ずかしくて満足するまで食べられないんです…」
「まったくもう…この娘ったら…」
会話もそこそこにアストリアはシャノンに聞いてみたいことがあった。彼女は先程《聖印》にかけて誓うと言った。その言葉は決して軽くはない。《聖印》は善なる神々から与えられた聖なる紋章。《聖印》に誓うということは即ち、神に誓うと言うことだ。
アストリアはシャノンにここまでさせるシオンという青年が気になってきた。あまりにも規格外な能力に気を取られて、思えば彼自身のことは情報が少ない。実際の人柄はどうなのだろうか。もしかするとシャノンから思春期特有の面白い反応が返ってくるかもしれない。
「それでシャノン、実際のところ、彼はどういった人なのです?」
「シ、シオンくんですか?」
――彼は。
シャノンはシオンと出会った時のことを思い出し、その記憶を噛み締めながらアストリアに語り始めた。
◆ ◆ ◆
大陸中央学園都市の一画、学生寮近くの聖堂で彼と初めて会った日のことを、今でも鮮明に思い出せます。
私は毎朝聖堂で祈りを捧げています。その日も何時もと同じように礼拝へと向かいました。けれど、その日は何時もとは少し違ったんです。正直なところ毎日礼拝するような生徒は私ぐらいで、大抵の場合、朝早いこともあって一人です。でもその日は一人じゃなかった。
――シオンくんが祈りを捧げていたんです。
目を瞑り、片膝をついて、両手を組み、祈っていました。どうしてか目が離せませんでした。美しいと思ったから。きっと彼はずっと前からこうして祈っていたのだと思います。そう感じるほど、堂に入っていました。まるでルーミリオン神聖共和国の神官さまのように。
どれくらい見ていたのでしょう。シオンくんが祈りを終え、こちらに気付き声をかけてきました。
「すまない。もう終わった。邪魔したな」
「い、いえ!邪魔だなんて!えと、確か同じクラスのシオンさん…でしたよね?」
冒険者学校に入学して三ヶ月ほどです。まだよく話したことのないクラスメイト。少し気まずかったことを覚えています。ただ、普段は明るく人当たりの良い彼の憂いを帯びた表情が凄く気になりました。
その日はそのまま解散しました。ですがそれからです。朝の礼拝にシオンくんも時折顔を出すようになったのは。顔を合わせている内にお互いのことを少しずつ話すようになりました。教室で話すことはなかったけれど、聖堂で多くのことを語り合いました。少し可笑しいですよね。
シオンくんは両親と妹さんを幼い頃に亡くしたそうです。祈りは家族に捧げていると言っていました。シオンくんは謝りたいことがあるのだとも言っていました。ですがもう、その機会を失ってしまった…。だから祈りを捧げることで許しを請うていると。
聖女候補としてなにかしてあげたいと思ったのですが、見守るに留めました。何故なら彼はずっと自分自身で向き合ってきたからです。私の安易な慰めなど、彼のこれまでの行為に泥を塗るだけだと思ったから。
それから程なくして、なんとシオンくんとダンジョン攻略課題のため、パーティーを組むことになったのです。メンバーはシオンくんが集めました。私と他の二人の共通点はシオンくんと友達だったこと。シオンくんを中心にこのパーティーが出来たのです。
それからは少しシオンくんの印象が変わりました。パーティーではリーダーを務めて、常に冷静沈着で物事を深く分析し、時には前に出てパーティーを引っ張ってくれたんです。凄く頼れる存在だと思いました!
これから一緒に成長していけるのが楽しみでした。――あの事件が起こるまでは。
◆ ◆ ◆
「そうだったの…。彼は両親と妹さんを…。天涯孤独の身、冒険者として身を立てて何かを成そうとしているわけね」
シャノンには悪いが、アストリアは密かにシオンの人柄、または過去から例の能力についての謎を探っていた。もっと直接的にシャノンに問い詰めることもできるが、シオンを慕っている彼女の心を無闇に傷つけたくはなかった。
「(両親と妹の死。償いたいこと。冒険者にならなければ実現できない目的。…この辺りに彼の根源がありそうね)」
アストリアはシャノンの話から得た情報を整理し、取り敢えず静観することを決めた。まだまだ彼には謎が多い。シャノンのことは信頼しているが、シオンを警戒するのは、また別の話だ。
そして、アストリアにはもう一つ気になる点があった。
「そういえば、彼の能力は魔族には通じなかったのね?」
「は、はい!ただ魔族が使用していた人間に化ける術は解除していました…。かなり高度な術だったと思います。《聖印》を欺くほどですから」
実はアストリアがシオンの処分を保留した理由はここにある。聞けば魔族に反応する《聖印》さえも欺くという人化の術。人間殺しの能力も危険だが所詮は一人の人間。だが魔族は集団だ。
《聖印》さえも欺くなら、高度な結界で守られている天空神殿ノアを除いて、理論上どこに魔族が紛れ込んでいてもおかしくはない。各国の要人として紛れ込んでいたら?自らが気づかぬ内に破滅の道へと誘導されていたら?――あまりにも危険すぎる。
だが、判別方法ならあるではないか。
――シオンのユニークスキル《人間ぶち殺し》で死ねば人間、生き残れば魔族。
「(確かにこれ以上ない判別方法だけど、魔族だという確たる証拠を掴まないことには、倫理的にも難しそうね…)」
そういえば、と。アストリアはとある存在を思い出した。
「そういえばシャノン。死王という名の人物を知っている?」




