010. それぞれの事情――アレクシス・オーレリア(3)
「これは一体…?」
冒険者組合の一室に移動したアルダール王とアレクシスは目の前に広がる光景に思わず絶句する。
首、首、首、首、首、首。計六個の首が綺麗に並べられていた。どれも苦悶に満ちた表情を浮かべている。恐らく絶望の淵で死んだのだろう。
「陛下、《闇手》の頭領ギルデバルドの首級はこちらです。確認しましたが本人の首で間違いありません。他の首に関しても裏社会で名を馳せている者達です。我ら冒険者組合でも手を焼く存在です」
グランオーレリア王国の冒険者組合の代表を務める屈強な男が王に報告した。彼の名はグラド・ブラッドスミス――かつて数え切れない戦場を駆け抜け、多くの伝説を打ち立てた往年の老戦士である。
彼の顔は、雨風にさらされた岩のようにごつごつとしており、幾度も刻まれた戦いの傷跡がその強靭さを物語っていた。その彼をして、目の前の光景に思わず顔を顰めている。
「冒険者組合の本部入口に箱が置いてあり、開けると首が入っておりました。――陛下への手紙を添えて」
「余への手紙が?読んでくれないか」
グラドは首の送り主からの手紙を王の御前で読み上げる。
◆ ◆ ◆
親愛なる陛下へ
この度、心ばかりの手土産をお納めいただきましたこと、誠に有り難く存じます。さて、陛下の御子息であられるアレクシス殿下のお命を狙いました不埒な者共につきまして、私が代わりに厳正なる裁きを下させていただきました。この結果、アストリア大陸全土を悩ませておりました裏組織《闇手》を壊滅させるに至りましたことを、ここにご報告申し上げます。
しかしながら、《闇手》の壊滅により、裏社会における勢力図が一変し、予期せぬ混乱が生じることを懸念いたしました。そのため、他の悪行を働く組織に対しても、いくつか掃討を行い、未然に混沌を防止すべく対処いたしました。これにより、大陸が幾分か清らかになればと願っております。
つきましては、陛下に一つお願いがございます。これらの組織に隷属させられていた者達につきまして、どうか保護を賜りたく存じます。私なりに王都の片隅に小さな屋敷を購入し、彼らの一時的な避難所といたしましたが、彼らにも陛下のお慈悲とグランオーレリア王国の恩寵を授けていただけますよう、心よりお願い申し上げます。
最後に私が陛下に対して敵対する意図など一切ないことを、ここにご明言申し上げます。先にご報告申し上げた通り、裏組織《闇手》の壊滅に際しても、決して裏社会を支配し、新たに恐怖の象徴となる意図はございません。
ただ奪われたものを取り返したいだけなのです。
――名を奪われし男。
◆ ◆ ◆
「以上が名を奪われし男と自称している者から陛下への手紙です」
「グラド、まずは手紙の真偽を確かめよ。冒険者組合で現在の裏組織の実態を調査し、名を奪われし男の情報を集めるのだ。また手紙に記載されている屋敷に行き奴隷だった者達の話を聞け。乱暴はせず、丁重に扱いなさい」
「御意!」
これまで冒険者組合が指名手配し、長年捕らえることができずにいた犯罪者の首を、正体不明の新参者に奪われてしまった。冒険者組合の存在意義が問われている。グラドは冒険者組合の代表として名誉を挽回するため、勢いよく飛び出した。
悔しさの滲むグラドの背を見届けたアルダール王は部屋にいる護衛を人払いし、アレクシスと二人で密談を始める。ある男の存在に思い至ったからだった。
「名を奪われし男は例の青年だと思うか?」
「…シオンですか?能力が能力ですが、如何せん行動が早すぎるように思います。元々《闇手》に暗殺を依頼した黒幕の存在も忘れてはなりません。口封じをした可能性も…といっても魔族の女が言うには大した情報も残してはいないのでやや不自然ではありますが」
「やはり余はシオンという青年が疑わしい。これはある種の宣戦布告だよアレクシス。彼は能力の存在が他に知られれば、自らに害が及ぶことは当然想定済みのはず。で、あれば能力を知った者を殺して口封じをする必要がある。だが、そうしなかった。それは友を想う情かもしれぬ。だが殺さぬのであれば情報は必ずどこかから漏れる。だからこそ、先んじて力を示す必要があるのだ」
――俺の命を狙うなら覚悟しろ。
「そして裏組織から助け出した奴隷達は人質の意味合いも兼ねておるのだろう。アレクシス、お前やパーティーの仲間達を命がけで守ろうとした彼のことだ。裏組織に捕まっていた奴隷達を見捨ててはおけなかったのだろう。あえて自らが助け出した存在をこの国に委ねたのだ。奴隷達の生活のためにも、この国を仇なすことはできない。また彼が脅威になることがあれば、奴隷達を人質にできる」
――俺を恐れるなら首輪をやろう。
「いや恐れ入ったぞ、アレクシス。お前と同じ年頃の若者がこうも国と王を相手に立ち回るとはな」
アレクシスはアルダール王の推理に思わず黙り込む。狡猾さを見せる名を奪われし男の輪郭がシオンと重なり始めていた。
「父上、シオンについてはボクが側で監視します。それが友であるボクの役目でもあると思うのです。だから、国としてはできればこの件ついて静観していただきたい」
「よかろう。余もわざわざ死神の鎌に触れたくはないのでな。アレクシス、自らの眼で彼の者の真実の姿を見極めよ」
アレクシスは決意を新たにし、友が待つ冒険者学校へ戻る。