009. それぞれの事情――アレクシス・オーレリア(2)
「よくぞ無事戻ったな、アレクシスよ」
「はい!父上」
黄金と富の国、グランオーレリア王国は豊かな鉱山資源と商業で栄える国。金や宝石が豊富に産出され、商人や富豪たちが集まる場所。首都ゴルディオンは豪華な宮殿や市場で知られ、取引と財産の中心地となっている。鉱山資源が豊富なことから、住民は錬金術を用いて金属を加工し、富を増やすための魔法が盛んに研究されている。
――黄金は我らの血潮、富は我らの魂。グランオーレリアに生まれし者は、宝の輝きと共に栄え、真の価値を知る者なり。
グランオーレリア王国の開祖は、ただの土塊を黄金へと変える魔法を使えたと言い伝えられている。一介の錬金術師であった男はその力で以て国を興し、大いに栄えさせた。
だが欲望に際限はなく自身の器を越え大きく膨れ上がり、賢王はいつしか狂王とまで呼ばれるまでになり、国に暗雲が立ち込めた。ついに民を顧みなくなった時、黄金は土塊へと戻り、二度と土塊が黄金に変わることはなかった。
富で栄えた国は、貧しい国へと一夜で変貌した。時が経ち王でさえ飢えた。黄金が土塊へ変わったことで他国の怒りを買い支援を得ることができず孤立した。ある時食べ物を探しに城下町へ降りた王はあまりにも凄惨な光景に絶望し、ついに生きる気力を失い、その場へ崩れ落ちた。痩せこけた死体がそこら中に転がっていたからだ。
自らも彼らと同じく土塊へと還ろうとしていたその時、一人の少女がやってきた。少女は痩せこけており、生きるにも精一杯といった様子だった。だが少女は手に持っていた腐りかけの果実を王へと差し出した。
――どうぞ、たべてください。
少女は自らも飢えているというのに、王へ果実を分け与えた。王はその時に初めて己の所業について理解した。いかに己が欲望に満ち、愚かで、救いようのない王であったか魂と心で理解した。
――富とは!黄金とは!光とは!人の心の内にこそ在るものだ!
王は自らの命を振り絞り、最後の魔法を使った。土塊を黄金と変える魔法だ。理を知った王の魔法で創り出した黄金は土塊へと戻ることはなく、その輝きは永遠に失われることはないだろう。そんな伝説が残っている。
黄金は奪う者を災いへ、授ける者を栄光へと導く。真の富は心にこそ宿る。それが今日のグランオーレリア王国の国民の精神性を形作っている。確かにグランオーレリア王国は商売人気質な所があるが、それ以上に貧しい者に施しを行っている。飢える者も貧しい者も奴隷もいない。皆で栄えているのだ。
そんな国を纏め上げるのはアレクシスの父、アルダール・オーレリア。普段は賢王と呼ばれる王も久しぶりの息子との再会に、今だけは父の顔を覗かせていた。
「父上、報告は届いているかもしれませんが、ボクからもお伝えすべきことがあり、帰ってまいりました」
「…うむ」
アレクシスは久しぶりの父との会話もそこそこに本題に入る。ダンジョンでの襲撃事件とその顛末。シオンのことも含め包み隠さす報告した。
「ブホッ!」
「ち、父上!?」
アレクシスの報告にアルダール王は思わず吹き出してしまった。あまりの内容に脳が理解することを拒否してしまった。
「アレクシスよ、もう一度聞かせてくれぬか。なに殺しだと?」
「《人間ぶち殺し》です。父上」
「そ、そんな巫山戯た能力があってたまるか…!」
「困ったことにすべて事実です、父上。ボクの命があるのもシオンのおかげなんです」
半信半疑、戸惑いを隠せないアルダール王にアレクシスはシオンが命を救ってくれたことを強調して伝えた。本題はそこなのだ。
「父上のお考えも分かります。あまりにも危険な能力だということも…。ですが、ボクはグランオーレリア王国の精神性を信じたい。開祖の土塊と黄金の逸話のように、どんな能力も使い手次第なのです」
――黄金は我らの血潮、富は我らの魂。グランオーレリアに生まれし者は、宝の輝きと共に栄え、真の価値を知る者なり。
「真の価値とは能力にあらず。人の心の内に在るのです、父上。ボクはシオンに黄金の精神を見ました。魔族が魔法を放つ瞬間、彼はボクの前に立ち、その身を犠牲にして盾となったのです」
「で、あるか」
アルダール王は目を細めた。息子であるアレクシスが、あまりにも眩しく映ったからだ。『危険な力を持つから殺してしまおう』と考えるのは、あまりにも短絡的ではないか。剣を持った兵士も人を殺せる。だからといって、危険だと殺してしまうようなものだ。アレクシスが言うように、振るう者の心こそが大事なのではないか。
そうアルダール王が考えていた時、王の広間に伝令が届いた。
「伝令!ご会談中申し訳ありません。冒険者組合のマスターから報告がありました!冒険者組合に《闇手》の頭領ギルデバルドの首級が届いたとのことです!」