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善戦

 『魔女の子』討伐はやりやすいが、うちのグループは人手不足と書いて少数精鋭と読むような状況なので、常に危険と隣合わせである。

 指示を出しているのもチル一人なので、チルは胃薬が手放せない。

 

 索敵に関してはレイができるので、常にチルと連絡をとっているのだが、こちらの戦況を確認しているときに誰かから仕事を回されている――おそらく押し付けられている――ことがあり、毎度チルがマイクをオフにしてブチ切れている。

 今日もそれをされたらしく、珍しくチルの怒声が聞こえてきた。

 わざわざ別室に移っているというのにこの様だというのだから、同情する。近況報告のときに話を聞いてやらねばなるまい。

 

 レイは崩れたコンクリートの塊を遮蔽物にて身を隠し、サンに目をやった。

 

「サン、パワーは十分か?」

 

「うん!マジカルパワーいっぱい!」

 

 サンは元気に頷いた。それでも小声で言ってくれているのでありがたい。

 聞き分けがいいというか、素直というか、理由を説明すれば分かってくれる聡い子だ。この子がここに来る人生を歩まなければ、と思うと眉根を寄せそうになる。

 

「だってよ、チル。俺も魔力は十分だ。敵は三体、それ以外にはいなさそうだ」

 

 レイはマリーナがやるように、周囲に漂う魔力を探った。

 近くに魔力の塊が彷徨っているのを感じる。一体一体の魔力量はそこそこあるが、レイとサンのそれより小さい。敵対しても問題ないだろう。

 

 魔力と呼んでいるそれは、生命力のようなものだ。使いすぎると一歩も動けなくなるし、魔女の子から吸収すると身体が軽くなるような感じがする。

 これがどこにいるのか探知することができれば、索敵ができる。

 マリーナはいつもそうやってレイの居場所を探っているらしい。大変迷惑で気味が悪いが、戦闘に役に立つアイデアをくれたことには感謝せねばなるまい。

 

 どうやるのか、と聞かれると感覚的なことなのでうまく説明ができない。

 レイもマリーナから話を聞いて、やってみようという勢いで試した結果、何故かできてしまったことなので、よく分からないのだ。

 サンはできないらしく、羨ましがって頬を膨らませてきたことがあった。申し訳ない。

 

 おそらく、マリーナの肉を食わされた影響だろう。マリーナの力を宿されたレイの能力は、一般的な適合者とは異なり、値の張る椅子にふんぞり返っているお偉いサンの間では『半魔女』と呼ばれることもある。

 

 チルはそのあたりの名称に関してあまり気にしていない。

 過去に訊ねたことがあったが、名称に拘らず、能力に目を向けるべきだと軽く流されてしまった。

 

『了解です。魔力量の差は?』

 

 耳につけた通信機から、チルの声が聞こえる。

 

「全体的にも、個別的にも大丈夫そうだな。どれも俺より小さい」

 

『それなら問題ないでしょう。戦闘を開始してください。怪我のないように』

 

「了解。こっちもお前の胃に穴をあけたくないんでな」

 

『軽口は戦闘の後にしてください』

 

「あいよ」

 

 レイはサンに向き直り、目線を合わせた。

 

「それじゃあ、いつもの通りだ。俺がどうにかするから、サンは後ろからサポートしてくれ」

 

 サンは拳をぎゅっと握って頷く。

 

「うん!あと、あぶなかったらボタンをおして、レイくんのいうこときいて、たいちょうさんのおはなしきく!」


 サンは肩あたりにあるボタン装置を指差し確認した。

 

「上出来だ。それじゃあ頼んだぜ」

 

 レイは足速に遮蔽物から離れ、魔女の子の前に出る。

 なるべくなら遮蔽物から攻撃したいが、魔力を奇跡に変換した際に、こちらに気づく個体が多い。

 こちらも相手が魔力を変換させたときの、匂いと光が脳裏に瞬くような独特の感覚が分かるので、相手もそうなのであろう。

 なるべくサンの居場所を悟らせないためにはレイが囮になるのが一番だ。

 魔女の子もサンよりもレイの方に反応することが多いため、都合がいい。

 

 とはいえ、専守防衛とはいかない。

 ゲームでいうタンク職――アタッカーも兼ねているが――のようなものだが、先制攻撃できるなら先制攻撃するし、殺せるなら殺す。

 

 レイは射程範囲内の魔女の子に意識を集中させ、指先を向けた。

 魔女の子の溶けた肉から覗く目がこちらを捉えたが、レイは怯むことなく魔女の子を睨みつけた。

 

 体内を巡る魔力を揮発させ、奇跡へと変換する。

 何かが身体から抜ける感触と共に、一瞬火花が散るように目の前がチカリ、としたら成功の証だ。

 

 マリーナがやるように指先を素早く下ろすと、魔女の子が弾け飛んだ。

 上から強い圧力をかけられて潰されたように血肉をまき散らす姿は、かつてマリーナに惨殺された同期の適合者たちを思い出させるが、それに眉はひそめることはできても、立ち止まることは許されていない。

 

 肉片が血飛沫と共にレイの足元まで飛んできた。

 それなりに距離があったはずだが、ここまで飛んでくるとは。

 不快な匂いを思い出す。血の生あたたかい感触とはもう縁を切りたいのだが、レイはそのまま踏み出した。

 

 レイはその勢いのまま、すぐさま探知を行う。

 生き残りがいないか、本当に殺せたか確認するまで油断はできない。そんな状態でまだ生きていたのか、と思わされたことは両手で数え切れないほどあった。

 

 肉の破片と血だまりの中に、未だ燃える命の炎を探ると、やはりそれはまだ燻ぶっていた。

 

 一体だけ、生きている。

 風に揺らされ、消えそうになりながらも、辛うじて灯っているろうそくの火の如く、弱々しくもぎらついた命の光。

 

 身体の半分以上が吹き飛んだにも拘らず、こちらに牙を剥かんとする命がこちらを見ていた。

 

 マリーナだったらこうはならないだろう。やはり、魔女でなければ多くの命を奪うことはできない。

 半魔女と呼ばれてるが、魔女の子にとっては適合者に毛が生えた程度だ。

 

 しかし、こちらには良いサポーターがいる。

 サンが遮蔽物からちょこ、と顔を出し、魔力を揮発させた。

 魔女の子は襲いかかろうとしていた身体を組み伏せられたように転び、動かなくなる。

 潰すまではいかないが、それでいい。

 動きを封じてくれるだけで戦いやすいし、負傷のリスクも減る。

 何より、こんな幼い子に敵とはいえ、命を挽き肉にさせる体験をさせたくはない。

 

 レイは先程と同じように指先を向け、魔力を揮発させた。

 今度こそ命の炎は消え、魔女の子は原形も留めぬ肉塊となった。

 口のような穴から細い叫びが聞こえたような気がしたが、視線も声も、重く鈍く広がる血肉の溜まりに消える。

 

 レイは周囲に音で寄ってきた魔女の子がいないか探りながら、サンの元へ歩み寄る。

 

「怪我はないか?」

 

「うん!えっとね、マジカルパワーもだいじょうぶ!」

 

 毎回確認されているので覚えているのだろう。サンは自ら申告してくれる。

 

「分かった。チルに連絡するからちょっと待っててな」

 

「うん!ちゃんとまってるー」

 

 周囲に魔女の子はいない。任務はこのあたりの魔女の子の討伐、ということなので、これで大丈夫だろう。

 

「チル、終わった。周りにも魔女の子はいない」

 

 レイが通信機ごしにそう言うと、チルからすぐに返事がきた。

 

『それでは退却してください。こちらに割り振られた仕事はそれで完了です』

 

「分かった。帰るまでが遠足だからな、気を付けて帰るよ」

 

『そう言うなら軽口は謹んでください』

 

「一応戦闘は終わったからな」

 

『帰るまでは戦闘の心持ちのままでお願いします。サンが真似するといけないでしょう?』

 

「そういう言われたら聞くしかないな」

 

 レイは軽く肩をすくめた。

 チルにはそれが伝わっていないはずなのだが、こころなしか次の言葉の声色はやわらかかった。

 

『それでは速やかに帰還してください。……帰ったら、今日中に近況報告をするように』

 

「マメな上司だな。几帳面で助かるよ」

 

『それはどうも』

 

 レイはチルとの通信を切り上げ、周囲を確認してから立った。

 

「それじゃあ帰るぞ、サン。俺から離れないようにな」

 

「うん!めのとどくばしょにいる!」

 

 サンも立ち上がり、てとてと、と小走りでついてきた。

 

「今日もごめんな、色々と」

 

 隣にきたサンにそう言うと、サンは首を傾げる。

 

「なんで?」

 

「いつも助かってるからさ」

 

「そうなの?」

 

「止めてくれるの、助かるんだよ。俺は調整下手だしな」

 

 レイは俯かせていた視線を優しくサンに向けた。

 

「えー、あれ、かんたんだよ?」

 

「お前にとってはそうでも、俺には難しいんだよ」

 

「そうなの?レイくんのほうがつよいのに?」

 

「得手不得手ってやつだな。俺はああいうの苦手だな」

 

 レイは指先で宙に絵を描くようにする。

 

 サンのように動きを止めることはできない。

 どう頑張っても潰してしまう。マリーナの肉を食わされる前まではできたのだが、今はそこまでの調整ができない。

 

「じゃあ、とめるのはわたしにまかせてね!」

 

 サンは得意げににこっと笑ってみせた。

 廃墟の跡と、不毛の大地しかないこの地だと、太陽のように輝いて見える。


「おう、任せたよ。」

 

「あとね!そういうときはごめんなさいじゃなくて、ありがとうっていうんだよって、ガーネットがいってた!」

 

 言っていた気がする。仲間に手を差し伸べながらかけられたそれを、自分がかけられるとなると、少し複雑な気分だ。

 

「……そう、かもな。ありがとうな、サン。いつも助かってる」

 

「うん!どういたしまして!

 レイくんもいつもいっぱいやっつけてくれてありがとう!」

 

 お礼を言ってくれるのはこの子の純粋さゆえか、アニメの受け売りか。

 どちらにしても、サンは素直な子だ。

 

 レイはサンと歩幅を合わせながら、たわいもない話をして歩いていった。

 ちょうど、灰色の大地に茜色の光が注ぐころだった。

 おひさまがきれい、と指差すサンの指先を、夕日が琥珀色に透かしていた。

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