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サン

 今日の『魔女の子』討伐はうまくいった。

 死者もいなかったし、これといったヘマもせずに終わった。

 

 普通は死刑囚等を利用した洗脳済みの適合者が参加しているので、死者が出るのが当たり前なのだが、サンの精神に良くない――勿論レイの精神にもあまりよくない――ということで、チルが参加させないように手配してくれている。

 戦闘が大変になるのでは、と思うかもしれないが、そこまで変わらない。

 洗脳済みの適合者は魔女の子を見るなり突っ込んでしまうので、正直に言うと邪魔なのだ。

 そのまま魔女の子に襲われて死んでいく姿を見るのは気分が悪いし、ついつい守ろうと意識が向いてしまうので戦いづらい。

 

 洗脳済みの適合者は違うチームに編成されている。主に盾として使われているようだ。

 罪に対する罰としてどうなのか、ということには言及を差し控えておく。

 

 とはいえ、こちらの人数は二人だ。魔女の子が多いときは退却か慎重に戦うか、逐一チルに判断を仰ぐようだし、人手不足にも程がある。

 人員確保に関してはチルが交渉してくれているようだが、厄介な人員を回されそうになっているというチルの愚痴から、難航しているのが分かる。

 

 それでも案外うまくいっている。今のところ大怪我することもなく、死人もでていない。

 何より、サンが幼いにもかかわらず戦えているのが幸いだ。

 精神的な負担は絶対にあるだろうからと、頻繁にチルが面談を行ってはいるが、普通はこのあたりで何かしらの問題があって死んでしまう。

 

 それはそうだろう。同年代の子はまだ家族や友達に囲まれて笑っていられる生活をしているというのに、自分は得体のしれない化け物と戦わなくてはならないのだから。

 子どもを戦わせることに関してはレイもチルも反対だが、サンを家に帰すことはできない。

 彼女は親に売られた子どもだ。話を聞くと、親に本を読んでもらうよりも、ずっとテレビを見て過ごしていたらしく、食事も冷蔵庫にあるものを食べていたらしい。

 

 それでもいつか、親がむかえにきてくれるのだと信じている。

 世界を救う立派な魔法少女になったら、両親がむかえにきてくれると聞かせてくれたときがあった。

 

 彼女は魔法少女ではない。魔女の力を一部だけ使える適合者だ。

 そんな夢のある存在ではないのだ、適合者は。

 それに、彼女の両親はむかえになんてこない。

 彼女には『イチ』や『ニイ』という年上の姉や兄がいたそうだが、すぐにいなくなってしまったという。

 

 この世界では、子どもは売り物だ。

 口減らしでもなんでもなく、金を稼げる道具としてここに売られる。

 

「レイくーん!」

 

 サンが手を振りながらこちらへ歩いてきた。

 小走りといったほうがいいかもしれないが、まだ小さいからそのように見える。

 

「きょうもおつかれさまでした!」

 

 サンが元気いっぱいな礼をした。チルに教わった通りにきちんと挨拶をするあたり、素直というか、いい子である。

 

「サンもお疲れ様。チルと何か話してきたのか?」

 

「うん!あとでもっとおはなしするけど、おかしもらった!」

 

 サンは小さく包装されたチョコレートを見せてくれた。

 チルが買い置きしているものだ。勿論チルは食べない。サンにあげるためにそうしている。

 

「疲れたときは甘いものだもんな」

 

「つかれてないときもたべたいけど、たいちょうさんもそういってた!たべすぎちゃだめ、っていってたけど」

 

「ああ、チルならそう言うだろうなぁ……まあ、ヤバいほど食わなきゃ大丈夫だろ」

 

「ヤバいほどってどれくらい?」

 

「どれくらいって……山盛り一杯とかか?」

 

 手で山盛りの形をなぞるようにする。

 おそらくご飯大盛りくらいの大きさだ。

 

「うーん、それくらいたべたらおこられちゃいそう」

 

「その前に胃がもたれそうだけどな……」

 

「いがもたれるって、なに?」

 

「あー……サンはまだないか……食い過ぎなきゃ大丈夫だよ」

 

「そうなの?」

 

 サンはこて、と首をかしげる。

 まだ胃もたれを知らない歳だ。甘いものは無限に食べられると思っている年頃である。

 

「レイくんはこれから、まじょのおねえさんのところいくの?」

 

 サンが唐突に魔女の話題を出した。

 前に魔女の話を軽くしたからだろう。思い出したくなかったが、サンに罪はない。

 

「もうちょっとしてからだな」

 

「まじょのおねえさんとのおはなし、たのしい?」

 

 どう答えるか迷う。サンにとってはチルとの面談が楽しいからこう聞くのだろう。

 

「……どうだろうな……どう話すか困ってるってのはあるが」

 

「はなすの、こまるの?」

 

「ああ……何て言うんだろうな……俺くらいの歳になるとな、異性と話すのが大変なやつもいるんだよ」

 

 別に異性と話しづらいということはないが、そういうことにしておこう。幼い子に愚痴るのは良くない。

 

「じゃあ、わたしとはなすのたいへん……?」

 

 サンが不安そうな顔をして、手をぎゅっと握りしめた。

 

「いや、サンと話すのは大変じゃない」

 

 レイが急いでそう言うと、サンがはっと開いた口に手をやった。

 

「もしかしてレイくん……おんなのこなの?」

 

 レイはそれを聞いてぷっと吹き出した。

 どうしてそうなったのだと言いたいが、理屈は分かる。こういう発想はおもしろくて、つい笑ってしまう。

 幼い子の真っ直ぐな感性は、度々癒やしをくれるのだとつくづく思う。

 

「違う違う、俺は男だよ。サンと話すのは慣れてるし、単に大変じゃないんだ」

 

「そうなんだ……カラフルウィッチーズのルビーがね、かっこよくて、がっこうではおとこのこのかっこうしてるから、レイくんもそうなのかなっておもった」

 

 カラフルウィッチーズとは、サンが気に入って見ている魔法少女のアニメである。(ウィッチーズだから魔女なのでは、というツッコミは一旦置いておいてほしい。)

 宝石にちなんだ名前が割り振られており、そこで出てくる『ルビー』という魔法少女は、普段は男装をしているようだ。

 男装の麗人というやつだろうか。子どものころから性癖開発に余念がないアニメだ。

 サンに誘われて何度か見たことがあるが、他にもツンデレやら褐色美人やら、ドラゴンに変身する少女やら……本当に子ども向けなのだろうか、という内容だった。

 

 因みに百合展開もある。やけにかっこいいデザインの男性カップルの敵もいる。

 やりたいことを盛りに盛りまくった性癖のジャンボパフェみたいなアニメだった。

 これを疲れずに視聴し続けられるサンは強い女だ。むしろ目を輝かせているあたり、成長したら本当に逞しくなるのだろう、と思う。

 まあ、愛に性別はない。誰が誰を好きになろが勝手だろう、というメッセージは伝わってきた。疲れるのは、内容が濃すぎるからである。

 

「俺はルビーじゃないからな……」

 

「レイくんはタンザナイトだもんね!」

 

 レイは態勢を崩しそうになった。サンと目線を合わせるためにしゃがんでいる――いわゆるヤンキー座りというしゃがみ方だからそうなるのだ――から余計に。

 

 タンザナイトとは、カラフルウィッチーズの主人公を度々助けてくれるぶっきらぼうな魔法少年である。

 深い青の鎧を身にまとっている騎士のようなデザインのキャラで、何故か主人公のピンチを救ってくれる。ストーカーなのではないか。

 サン曰く、助けてくれる理由は色々あるらしいが、主人公はそのタンザナイトのことが好きなようで、主人公のことを何故か好いている敵の女とは三角関係のようなものに――というのは話すと長いので省略する。

 

「なんで俺がタンザナイトなんだ……?」

 

「きょうもわたしのこといっぱいたすけてくれたから!」

 

 サンが目を輝かせた。顔の周囲にきらきらとしたエフェクトがかかっていそうだ。

 

「そりゃ当然のことだろ……」

 

「タンザナイトもそういうよ!とうぜんのことをしただけだ……って!」

 

 サンがタンザナイトの真似をする。キザっぽくないのはサンがやっているからだ。

 

「いや……ちっちゃい子を前線に立たせる奴はいないだろ?」

 

 なんとか抵抗してみる。しかしサンの目の輝きは変わらない。

 

「さがっていろ、ここはおれがかたづける……ってタンザナイトもいってたよ!」

 

 だめだ。敵わない。自分が言ったことが全部そう捉えられる。

 確かに自分がやるから下がってほしいと言ったことはあるが、それは相手が強力で、サンには安全なところで待機してもらったほうが良かったからだ。

 うちのチームは死なないことが最優先だ。そこらへんはチルが胃を痛くしながらも頭を回してくれている。

 

「あとね!たてるか?っていって、てをハイってしてくれたりしたのもタンザナイトだよ!」

 

 クソ痛い追撃である。

 やったことはあるが、それはサンが怪我をしていそうだったからだ。

 傷の有無や、痛むところはないかなど、普通に聞くだろうし、心配もする。

 

「チームメイトが怪我してそうだったら、そう言うもんなんだよ」

 

「あ!それとね、タンザナイトはことばはやさしくないけど、こころはやさしいから、レイくんだよ!」

 

 口が悪くて済まない。教育に悪いことは重々承知だが、子どもの相手が苦手というか、やったことがないので、こうなってしまっている。

 レイはかくりと俯いた。

 

「ああ……そうだよ、俺はタンザナイトだよ……

 ……今日の戦いは見事だった、立派な魔法少女なるな、お前は」

 

 レイはヤケクソでタンザナイトのセリフを口にした。


「あ、それはガーネットにいってあげて」

 

 サンはぴしっとそう言った。友人のダメな彼氏の相談にのるしっかりものの女の子のような、真剣な表情なのが何だか複雑な気分だ。

 

「はは……ガーネットによろしく言っておくよ。

 それで、サンはいいのか?チルのとこに行くんだろ?」

 

 サンは目を見張って、大きく開いた口を手で覆った。

 

「たいちょうさんのところにいってくる!」

 

 サンがとたとたと駆けていく。不安定な全力疾走だ。チルが廊下を走ってはいけません、と言う理由がなんとなく分かる気がした。

 

「転ぶなよー!」

 

「うんー!」

 

 返事は元気だった。それがかえって心配なのだが、本当に大丈夫なのだろうか。

 レイは暫くその小さな背中を眺めていた。

 

 因みに、チルに走っているところを目撃されたらしく、ちょっと叱られたらしい。

 おかげで膝は擦りむかなかったようだ。

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