告白
「……え、二人ともまだくっついてないの?」
フルはマリーナの話を聞いて、ジトッとした目つきになった。
マリーナは顔を手で覆いながら頷く。隠された顔がどうなっているかは言わずもがな、である。
こいつらの恋愛は小学生のそれか?とフルは思った。あの子が好きなんだ〜等の話で純粋に顔を赤くしたりして、ワタワタする割に進展しない。リーフィアはにこにこしながらマリーナの方を眺めている。
しかし、仕方ないのかもしれない。マリーナの話を聞いていると、その年齢で知っていて当然のことを知らなかったり、家庭環境が劣悪だと分かるような話がたびたびあったりする。
おそらく、彼女は学校に通ったことがない。友達もいなければ、恋もしたことがなかったのだろう。
姿は大人びて見えるが、その目や笑顔、話す内容を聞くと、幼く感じる。
彼女は今ここで、一般的な子どもが経験するであろうものを『取り返している』のだ。
そうであるならば、レイの方がしっかりとリードしてあげればこんなことにはなっていないのだろうが……いや、レイがリードしていない、というわけではない。恋愛以外ではきちんと面倒をみているようなので、彼はマリーナをずっと支えてきたのだろう。
だが、恋愛面がボロクソである。ここにくる適合者たちは売られてくるものや、学校の健康診断に混ざっている適性検査をクリアしてしまった者などが多い。あの性格からして友人はいたのだろうが、学生らしい恋愛をする余地があったか、と聞かれれば仕方ないと言えるだろう。
だがあえて言おう。ボロクソであると。
そもそもの性格が皮肉を言ったり遠回しに言ったりする性格なのだ、好意も然りである。
なんなんだここにいるまともなやつは。レイの上司もそうである。レイのチームの魔女であるクーゲルもそうだ。素直なのは、子どものサンと、クーゲルのところにいるもう一人の人格、ガンズくらいだ。ほぼ、素直じゃない。
「彼、あなたのこと好きなんでしょ?そう言ったんでしょ?」
「……ぅん」
マリーナは小さな声で頷く。
「じゃあ立場的に彼が先に言うべきなんじゃないの?」
「だ、だめよ!こういうのは、わたしから言わなきゃ!」
「……言えるの?」
「……」
マリーナはもじもじと指先どうしをつんつん、とさせる。
「そうよね。じゃあ彼から言わないと」
「迷惑じゃないかしら……」
「迷惑な!わけが!ないでしょ!」
フルは言い聞かせるように指をピン!と立てた。
リーフィアも頷いている。
「あなたは彼のことが好き。彼もあなたのことが好き。それなら問題ないじゃない。迷惑なわけがないの、むしろこのままずるずる引きずるほうがお互いにとって良くないと思う。ね、リーフィア?」
リーフィアはそうだそうだ!と言いたげな顔で頷いた。
「じゃあ彼のこと呼んでくるわね。わたしはリーフィアとお話してるからお構いなく、ね。」
「ま、まってまって!こころの準備が……!」
マリーナは立ち上がったフルの服の裾を軽く摘む。掴まないあたりが彼女らしい。
「ここでできないなら、明日もできないわよ。いいの?このままで」
「それは……嫌……」
マリーナは服の裾をはなす。
「ここまで行ったなら、あとは走りぬけるだけ。突っ走って行きなさい。そうすれば行けるところまで行けるから」
ね?とフルがリーフィアに声をかけると、リーフィアは頷いて、マリーナの頭を撫でた。
リーフィアも応援しているのだろう。この子のこれからを。
「じゃあ呼んでくるから、なんて言うか考えておいて」
フルは扉の方へ向かう。
窓から、レイの姿が見えた。何やら小さな女の子……戦いの際には上手く気配を消していたサンに何か言われている。
レイは頷いている。恋愛面では年下の子の方が強いのかもしれない。
フルは扉をノックした。この扉は内側からは鍵が開けられない。
ノックの音に気づいたレイが扉を開ける。何だか覚悟が決まっているような目をしている。
「マリーナが呼んでる。」
「……分かった。ありがとう」
レイはマリーナの元へ歩いていく。
二人は立って向かいあうようなかたちとなったが、暫く何も話さなかった。
「……その、だな」
最初に切り出したのはレイの方だった。マリーナは肩をぴく、と震わせ、顔を上げる。
「さっき言ったことなんだが……ほら、恋愛的に好きだって話」
レイは視線をそらしていたが、やがてマリーナをまっすぐに見た。
目と目が合う。マリーナは顔が急に熱くなるのを感じて、ぎゅっと手を握りしめた。
「最近、前より素直になったり……何ていうんだ、本来のお前ってこんなかんじだったんだろうなって思うようになってきた。
聞き分けはいいし、根はまっすぐだし、悪いやつじゃない……最初のあれは、ああならざるを得なかったんだなって。まあ、色々食われたりしたことはちょっとアレだったけど……」
マリーナはレイの言葉の最後で顔を青くする。血の気がさっと引いていくような感じがした。
「いや、もう過ぎたことだから、俺は気にしてないよ。今、同じことするかって聞かれたら、しないって言えるだろ?」
レイがすぐさま入れた言葉にマリーナはこくこくと頷く。
「……だから、普通に生きていけたなら、今頃友達に囲まれて、くだらないことで笑い合って、小さなことで喧嘩して……普通の女の子として、幸せに過ごせたんだろうなって思った。
そうはならなかった、ってところが胸糞悪い。運命ってなんなんだろうな。そのときじゃどうすることもできない力で、人の人生を大きく変える。普通に生きていけたかもしれない分岐の先は、取り戻せないようになってるし……本当に、クソみたいなやつだ。突然なにもしていないのに割れたコップから、こぼれた水を戻せなくなってしまう。必死になって取り戻そうとして取れるものは、泥くらいだ。」
レイは目を細めた。その目には苦い色が浮かんでいる。
マリーナは胸が締め付けられるような気持ちになった。自分のことを言われている、というのもあるが、何よりレイがそんな気持ちになっているのが、どこか苦しい。
「……お前は、何も取り戻せはしない。普通に生きるということを選択できない。
それをどうにかすることはできない……できない、が。どうしようもないなりに生きるしかない。
そしてそれは俺も似たようなもんだ。お前とはここにきた経緯が全然違うが、適合者としてここに連れてこられた時点で普通に生きられる道は工事中になってて進めない。ずっとな。
だから……似てるけれども全く違うものとして、お前の隣を歩いていっても、いいか?」
「……それって、この先ずっといっしょにいようって、こと?」
長い長い言葉を、マリーナはまっすぐに受け取った。
レイは暫くそのままだったが、静かに頷く。
「……わたし、お母さんは死んじゃうし、父はおかしくなってしまうしで……良かった、なんて思えたことがなかったのだけれど……最近は、これで良かったのかもって思うことがいっぱいあるのよ」
マリーナはこれまでの記憶を噛み締めるように、目を閉じた。
思い出す。レイを見つけたときのことを。レイをそのままたべてしまったことも……それから、たくさん話して、自分の駄目なところに気づいて、直していって、そのうち、自分がどういう気持ちなのか分かるようになっていって。
レイ以外の人とも話すようになった。憧れだった、携帯電話での通話もできた。友達だってできて、自分の人生はずっとずっと明るくなった。
「普通の女の子として生きることも、幸せだったと思うわ。でも、わたしは普通に生きられないこの道も、悪くないって思えるのよ。
レイに出会えたし、友達だってできたの。携帯電話で誰かとお話したりすることだって、叶ったのよ。
嫌なこともたくさんあった。あったけど、良いことだってたくさんあったの。
失ったものは……わたしが、子どものころに失ってしまったものは、きっと……とても、大きいものなのよね。わたし、思ったことあるもの。どうして他の人のお母さんは生きているのに、わたしのお母さんは死んじゃったのかな、とか。どうして他の人のお父さんは優しいのに……父は、わたしの……お父さんという人は、変わってしまったんだろう、とか。
でもね……でもね。今は、明日が来るのが怖くないのよ。レイと出会えたから。これから……隣を歩いてくれるから」
マリーナの目から、涙がぽろぽろと溢れ出した。ずっと思ってはいても口に出さなかったことを告げるのは、こんなにも大変らしい。
「レイ、わたしからもお願いしたいの。……わたしの明るくなった道を、一緒に歩いてくれますか?」
マリーナはレイに手を差し出した。
細く、白い小さな手。愛を失い、それでも生きて、こんなに細くなるまで生きるしかなかった手だ。
レイはその手を優しくとった。ダンスに誘うよりもやさしく、でも離れることのないように。
「こっちから願ったことだ、答えは言わずもがな、だろ。
一緒に歩いていこう。そして、このクソみたいな運命に中指立ててやろうぜ。」
レイがいたずらっぽく笑うと、マリーナもつられて笑った。
「まあ、レイったら……中指を立てるのってダメなんでしょ?わたし知ってるわよ?」
「ダメなことしてきたのは相手が先だ。そしたらこっちだってしていいだろ?」
「ふふ、やられたらやりかえせって?」
「そうだな、やられっぱなしは良くないからな」
マリーナはくすくすと笑って、再びレイをまっすぐに見つめた。
視線が合った。思いは、通じ合っているらしい。
マリーナはレイを抱きしめた。優しい力で……その細腕に相応な力で、ぎゅっと抱きしめる。
涙が頬を伝って落ちる。それがどんな涙かは、説明しなくとも分かることだろう。
「好きです、あなたと同じ道を一緒に歩かせてください」と言うだけでこの文量?
めっちゃ遠回しじゃん、テンション上がるなぁ〜




