キューピット
サンは施設の中を散歩していた。時折、こうやって散歩をする。外出はできないが、施設の中を散歩するのは楽しかった。
入ってはいけない場所は、チルから地図を渡されたときに教えられている。ドア付近に書いてある部屋の名前と地図を交互に見て、現在地を探りながら、広い施設の中を散歩するのは、冒険しているみたいでワクワクした。
サンは地図に落としていた視線を前へ向ける。
ここから先は行ってはいけないと言われているところだ。どうやら、レイたちが捕まえた魔女がいる部屋らしく、いつ攻撃してくるか分からないので近寄らないほうがいいらしい。
そういう場所には大抵職員しか立ち入らないのだが、今日は職員ではない人物がそこにいた。
白くて長い髪の女の人だ。かわいい服を着ているあたりから、職員ではないだろう。
もしかしたら、別のチームの人なのかも?とも思ったが、この施設にいる適合者たちは大体職員と同じような格好をしている。レイたちは休日だと好きな服を着ているが、他の人はどうか分からない。
とりあえず、そこにいる女の人は職員ではないだろう。サンは勇気を出して女の人のところへ駆け寄った。
「そこ、あぶないよ!わたしとあっちいこう!」
サンは女の人に向けて手を差し伸べる。
しかし、女の人は優しく微笑むだけで、その手をとろうとはしなかった。
「大丈夫よ。わたし、強いの」
「まじょのひとか、はんまじょのひとじゃないとあぶないっていってた!」
「わたし、その魔女なの。魔女の中でも一番強くて、一番最初。」
「そう、なの……?」
サンは手を引っ込めた。クーゲルやガンズと同じなら大丈夫かもしれない。
「心配してくれたの?優しいのね。名前はなんていうの?」
女の人はしゃがんでサンと目線をあわせてくれた。
「わたし、サンです!よろしくおねがいします!」
「サンね。わたし、マリーナ。よろしくね」
マリーナは手を差し出した。サンはその手をとって握手をする。
「サンもここに用事があるの?」
「ううん、おさんぽ」
「そう。ここにいると外に出られないものね」
マリーナは寂しげな笑みを浮かべた。
「てきごうしゃのひとはそとにでちゃだめだっていってた。
でも、あそぶところはあるし、テレビもみられるからだいじょうぶ!」
マリーナがちょっと悲しそうだったので、サンは元気いっぱいの笑顔を浮かべる。
「ああ……何だか色々あるらしいわね。テレビは何を見てるの?」
「カラフルウィッチーズ!」
サンはお気に入りのアニメの名前を口にした。すると、マリーナは目を見張った。
「あら、あれってまだやってたの?」
「でぃーぶいでぃー?っていうのにはいってるの」
「ああ、あの丸くて薄いやつね。わたしも見たことあるわよ、ちょっとだけ」
「ほんとう!?」
サンは目を輝かせる。アニメの話でも、カラフルウィッチーズを知っている人はあまりいなかったのだ。
「本当よ。わたしが幼いころ、ちょっとだけ見てたの。ガーネットっていう女の子、かわいかったわよね」
「そう!ガーネットはかわいいよ!」
「そして、タンザナイトっていうかっこいい男の人がいるのよね」
「うん!レイくんににてる!」
「レイ?あなた……ああ、レイと一緒に戦ってる子ね?聞き覚えがあると思ったら……」
「レイくんのことしってるの?」
「ええ。わたしの、大切な人だから」
マリーナが頬を染め、微笑みを浮かべる。まるで恋をした女の子みたいだった。
「もしかして、レイくんがおはなししてる、まじょのひと?」
「そうよ。」
「わー!そうだったんだ!かわいい〜!」
サンはマリーナの周りをてこてこと駆けた。話で聞くだけの人だった彼女と実際こうして会えると、何だか嬉しかった。
「さいきんかわいいってレイくんがいってたよ!」
「え、本当!?」
マリーナは熱くなった頬を両手で押さえた。
「ほんとう!レイくんがいったとおり、マリーナちゃんかわいいね〜」
「レイったらそんなこと……」
マリーナは眉尻を下げてへにゃりとする。
「うれしくないの?」
マリーナが元気がなさそうに見えたので、サンはマリーナの顔を覗き込んだ。
「う、嬉しいわ……嬉しすぎて、その……照れちゃっただけ……」
「ほんとうだ!かおがまっか!」
サンは手であおぐようにして、マリーナの頬を冷まそうとする。
「こんな顔じゃ、レイと会えないわ……」
「なんで?」
「今のわたし、きっとひどい顔をしているもの」
「ひどくないよ!レイくんのことすきなんでしょ?だからかおがあかくなるのは、ふつうのことだとおもう!」
サンはガーネットのことを思い返した。タンザナイトから差し伸べられた手をとったとき、彼女は頬を赤くしていた。
照れるとそうなるのは自然なことなのだ。何もひどいことではない。
「それは、そうだけど……」
「それにね、タンザナイトがいってたよ!あなたのそのひょうじょう、すてきだ……って!てれてるガーネットのかおがかわいかったんだよ!だからマリーナちゃんもかわいいよ!」
「そう、かしら……」
マリーナは顔を上げる。頬はまだ熱いが、サンの言葉でそこまで気にしなくてもいいのかも、と思い始めた。
そう思った矢先、廊下の角から出てきたレイの姿が見えた。あまりにも見計らったようなタイミングだったので、マリーナは心臓が跳ねたように感じた。
「あ、レイくんだ!」
サンはレイに向かって手を振る。すると、レイもそれに気づいて手を振り返した。
「おつかれ。散歩か?」
サンのところまで着くと、レイもしゃがんでサンと目線を合わせる。
「おつかれさまです!おさんぽだよ!それでね、マリーナちゃんとともだちになったの!」
「友達!?」
マリーナはビクッとした。暫く聞いていなかった言葉だ。
「うん!わたしとマリーナちゃんともだちでしょ?」
「わたしと、友達になってくれるの……?」
マリーナが恐る恐る聞くと、サンは元気よく頷いた。
マリーナは友達、という言葉を何度か繰り返し、胸を撫で下ろすようにした。
「久しぶり……友達なんて、幼いころ以来……」
「良かったな。それで、俺とは友達じゃなかったのか?」
レイがからかうように言うと、マリーナは手をぶんぶんと横に振った。
「レイとは友達以上!……になりたいから……今はまだ友達よ!」
「え、マリーナちゃんレイくんのことすきなんでしょ?こいびとじゃないの?」
サンが無垢ゆえの容赦なさでそう聞くと、マリーナはまた顔を赤くした。
レイもサンの方を見て固まっている。
「マリーナちゃん!すきだったらアタックしないと!だれかにとられるまえに、じぶんのものにしなきゃだめだって、てきのひともいってたよ!」
「わ、わかってるわ!でも告白とかそういうのって覚悟がいるじゃない?それにレイだってわたしのこと好きか分からないじゃない?その、女の子として好きかどうかってことよ!」
マリーナは焦った勢いで様々なことを口走ってしまった。本音がぽろぽろとでてしまう。
「……別に、嫌いじゃないけど……」
レイは目をそらしながら、呟くようにそう言う。
それを聞いたサンはすかさず容赦ない言葉をかける。
「レイくん!そういうときはすきってちゃんといわなきゃだめでしょ!
マリーナちゃんはがんばってるんだよ!レイくんもドキドキするけどがんばっていわなきゃ!」
レイは眉間を指で押さえた。暫くそのままだったが、やがて声を絞り出すようにしてその言葉を口にする。
「……ああ……うん。好き、だよ。恋愛的な意味で……たぶん……」
「たぶんじゃだめでしょ!レイくんいってたじゃん!けっこうかわいいやつなんだって!」
「おまっ、覚えてたのかよ!?」
「そういうはなしはおぼえてる!」
「くそっ、サンは記憶力いいもんな……!」
レイは両手で顔を覆った。
カラフルウィッチーズの味方キャラクターの名前と生年月日、血液型を覚えているこの少女に言うべきではなかった、と今更後悔した。




