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【短編版】学校一の美少女ピンク髪ギャルが毎日話しかけてくるのですが、僕には理由が全く分かりません

作者: ぴん太

よろしくお願いします。

 



毎日クラスのギャルが話しかけてくる。


「この服めちゃかわいいよね?この新作も良い感じだ~♪」


「...あの、僕にはオシャレの良し悪しは分からないので他の人たちと話す方が良いと思うのですが」


そう言うと目の前にいるギャルは何故か毎回決まって不機嫌そうになる。


「...別に私が誰と話そうが私の勝手じゃん」


 そして毎回僕が謝り彼女の話を聞くことでご機嫌を取るまでが一連の流れだ。

(クラス中の視線で居心地が悪いし、何なんだこれは...やっぱり僕に対する新手のいじめか?)


 ギャルの名前は愛野さん。


 ピンク色の髪をサイドテールにしており、制服も着崩されている。

 派手な容姿と本人の性格も相まって、学校では毎日注目の的であり、学校一の美少女として男子の人気も凄まじい。

 入学三日目でいきなり5人から告白されたという話は、流石の僕でも聞いたことのある有名な噂だ。

 二年生になった今も度々告白をする男子が現れており、人気者は大変だなぁと少し同情してしまいそうだ。


 そんな彼女が何故か毎日話しかけてくる。


 朝の挨拶から始まり、授業の休み時間、昼ご飯、授業終わりまで、ほとんどの確率で僕に話しかけてくる。

 「なんであんな陰キャなんかが話しかけられてるんだよ...」と非難の視線や声が上がっているのは知っているし、何なら僕も全く同じ気持ちだ。


 なんで僕は話しかけられているんだ?


 この答えを知っているのは、徐々に機嫌を取り戻して笑顔を浮かべている目の前のギャルにしか分からない。










「よし、それじゃあ文化祭の役割分担を決めるぞー」


担任の先生が言ったように、二週間後には文化祭が控えている。

 去年は図書室で本を読んでいた記憶しかないが、誰も居ない図書室で一日静かに本を読む時間は中々悪くなかった。

 クラスでは不人気だった清掃係も、文化祭準備期間で出たごみを毎日捨てるくらいしかやることは無いので、これまた中々悪くないし今年も清掃係を狙おうと思っている。


「次、清掃係を決めるぞー。男女で一人ずつ立候補してくれ。じゃあまず男子から」


 案の定誰も手を上げようとはしないので、予定通りだと思いながら僕は手を上げた。


「男子は川瀬の一人か。それじゃあ、清掃係の男子は川瀬で決まりだな」


 今年も無事に清掃係になれたことに内心でガッツポーズをしている中、次は女子の清掃係が決められている。


「はいはーい、先生。私清掃係やりたーい」


 ただでさえ誰もやりたがらない清掃係に加え、男子ペアが僕だということも(恐らく)あり、誰も手を上げようとはしない中、愛野さんがこの静寂を打破するが如く透き通った声で清掃係への名乗りを上げた。


「おっ、女子は愛野だけか?じゃあ女子の清掃係は愛野で決定だな」


 ...なんということだ。


 クラスの陽キャたちって文化祭実行係とかメインの係に立候補するのが普通じゃないのか!?(偏った知識)

 こんな不人気な係に立候補するなんて彼女は何を考えているのだろうか。


 そして当然起こるべき反応も見られるわけで...。


 今も多くの男子が、学校一の美少女とのペアの座に就いてしまった僕に非難の目を向けてきている。

 僕は狙って彼女とペアになった訳じゃない!変われるものなら変わってやりたいくらいだ!と思っていると、救世主が現れた。


「先生ー、俺やっぱ清掃係やりたいんだけどー」


 クラスの陽キャ男子の一言を皮切りに「俺も」「俺も」と清掃係に名乗りを上げる男子生徒が沢山現れたのだ!


「はぁ~愛野とペアになりたい気持ちは分かるが、もう清掃係は決まっただろー」


「べ、別に愛野と一緒になりたいから言い出した訳じゃねえし!な、なぁみんな!?」


「そ、そうだ先生!」


 クラスの男子たちが口々に言い訳じみたことを言い合っているが、下心が透け透け過ぎてむしろ少し滑稽なくらいだ。

 周りの女子たちも「これだから男子って...」というような会話を小声で行っているくらいだし、事の発端である愛野さん本人にもバレバレなのだろう。


「そうは言ってもな、もう男子は川瀬で決まったんだぞ?」


 先生がそう言うと、男子たちの視線が僕の方に向けられる。

 恐らくあの目は「自分から清掃係を辞退します」と言えという目なのだろうな。

 しかし、男子諸君。

 僕の方も願ったり叶ったりなのだよ。

 当然このビッグウェーブには乗らしてもらうに決まっている!


「先生、僕は去年も清掃係をしていますし、さっきの決定は取り消してください」


「川瀬、本当に係を替わっても良いのか?」


「はい、今年は別の係に挑戦したいと思います」


「...川瀬がそういうなら分かった。それじゃあ改めて清掃係の男子を決めようと思うので、立候補する男子は前に集まってくれー」


 先生が立候補者の集合を告げると同時に、男子たちが勢い良く席から立ち上がって前の方に集まっていく。

 様子を見る感じ、どうやらじゃんけんで清掃係の枠を決めるようだ。

 じゃんけんは盛り上がっており、男子たちはもしかしたら愛野さんとペアになれるかもしれないという期待感からとても楽しそうだ。

 係を変わると言って良かったなぁ~としみじみと感じながら、僕はどの別の係にしようかなと考えるのだった。


 その時、じっと僕のことを見つめる視線があったことに、僕は気付かなかった。










 その後、僕は投票係という主に文化祭のランキング(どのクラスの出し物が良かったかなど)に関わる投票を集計する係になることができ、無事にこの時間を乗り切った。

 授業終わりのチャイムが鳴り、下校or部活の時間となったので、僕はカバンを持って教室を後にし、学校の裏庭にやって来た。

 僕は基本朝と夕方の二回、この裏庭の花に水やりをしている。

 この水やりは美化委員会の仕事の一つで、大体自分の番が回ってくるのは二週間に一回くらいなのだが、奇跡的に僕以外の委員会メンバーが運動部であるのと、「僕が代わりにやりますよ」と言ったおかげで、この水やりは実質僕だけの仕事となっている。

 しかも去年に引き続き今年も僕だけしか水やりをする人がいないのは、もはや作為的な何かを疑ってしまうほどだ(ぶるぶる)。

 それもこれもお前が帰宅部のせいだと言われればそうなのだが、初めは面倒に感じていたこの水やりも今では趣味の一つみたいになっており、何なら水やりのためだけにかなり早くから学校にも登校しているくらいだ。

 特に二年生になってからは愛野さんが話しかけてくるせいで、落ち着ける時間がこの水やりしかない。

 やっぱりこの時間だけが学校での癒しだよなぁと思いながら水やりを終えた僕は、荷物を持って校門に向けて歩き出した。

 そして体育館横を通っている時に、横から「あ、川瀬」と声を掛けられた。

 足を止めて横を振り向くと、愛野さんが立っていた。


「どうしたんですか?僕に何か用でもありましたか?」


そう言うと愛野さんは僕の方にどんどん近づいてきた。


「...ねえ、どうして川瀬は清掃係譲ったの?」


 愛野さんが気になっていたのはさっきの時間でのことらしい。


「あぁ、それはさっき先生に言った通りですよ?去年も清掃係だったので別の係をしたいなと思っただけです」


 僕がそう言うと愛野さんはキッと目を鋭くして不機嫌そうな顔をした。


「なんでもう決まった後で代わりますなんて言ったの?男子たちが何を言おうと、もう決まったことだったんだから代わる必要なんてなかったじゃん」


 愛野さんの主張も分かるのだが、やはりあの場でああ言ったのは間違いではなかったと僕は思っている。

 これ以上他の男子から目を付けられるのは避けたいのだ。


「確かにみんな後から言い出しましたが、実際僕も率先してやりたいとは思ってなかったですしね。やる気のある人たちに代わった方が良いかなと」


「でも!あれは先生も言ってたけど、その、私が手を上げたからで...」


「そうですね。でも、それを踏まえて彼らは僕よりも一生懸命清掃に取り組んでくれると思いますよ?それに僕なんかよりも他の男子たちの方が愛野さんは話しやすいだろうし、愛野さんのペアとして隣に立っていても釣り合っていると思ったので。じゃんけんに勝った坂本くんは愛野さんたちカースト上位のグループメンバーだし、イケメンなので僕とは違って清掃係で愛野さんとペアになってもお似合いだと思います」


 そう言うと愛野さんはどこか悲しそうな表情を浮かべているが、僕にはどうして愛野さんがそんな表情をしているのかがさっぱり分からなかった。


「...川瀬が私に釣り合ってないとかそんなの意味分かんない」


「まぁこれは僕自身が感じていることなので、愛野さんには分からないことだとは思いますけどね。でも、クラスの男子は僕が係を替わったことに理由はどうであれ賛成すると思いますよ」


 そう伝えると、愛野さんの目には涙が浮かんでいるような気がする。

 夕日の光の加減でそう見えているだけかもしれないが、表情は暗いままなのでこの場に居続けるのはまずいと感じた僕は、話を切り上げることにした。


「もう決まったことなので今さらどうすることもできないですしね。あっ、清掃係ですけど実は意外と仕事は多くないので結構楽で良いですよ。それじゃあ、失礼しますね」


 そうして俯いてしまった愛野さんに背を向け、僕は足早に校門の方へ向かった。

 遠くの方から「...待って!待っててば!」と聞こえたような気がするが、恐らく気のせいだろう。

 今日は帰ったら何しようかなと帰宅後に脳のリソースを割いていた僕は、電車に乗るときにはもう愛野さんのことはほとんど頭になかった。










「...どうして?川瀬はやっぱり私のこと...嫌いなのかなぁ」

 私はその場でしゃがみ込んだ。

 地面には涙で染みができていた。










 次の日、愛野さんの様子はいつも通りだった。

 昨日悲しそうな表情を浮かべていたとは思えないほどグループで楽しそうにしているし、なんだかんだ愛野さんも僕がペアであろうがなかろうがどうでも良かったんだろう。

 しかも朗報があり、昨日のおかげ?で愛野さんが話しかけてくる回数が格段に減ったのだ。

 自分のお一人様タイムが増えるのは喜ばしい。

 それに周りの男子たちからの非難染みた視線が減るのも嬉しい限りだ。

 このまま僕に関わらないようになってくれれば良いのだけれどもと思いながら時間は過ぎていき、文化祭まで残すところあと二日となった。

 今僕は教室の端っこで、一人の女子と机を合わせながら投票係の作業をしている。


「ねぇ~はじめ~、これ全部切るのめんどくない?」


「切らなくちゃいけないやつなんですから手を動かしてください、元山もとやまさん」


「はじめ、スパルタでウケる」


 僕が今話しているのは元山さん。

 バレー部の女子でクラスの立ち位置で言うと、愛野さんや坂本くんたちの陽キャグループの取り巻きと言ったところだろうか。

 当然今まで接点など一つもなかったのだが、係で少し話すようになり、元山さんがフッ軽過ぎて何故か僕は下の名前で呼ばれている。


 あ、僕の名前は川瀬朔です(誰に言ってるんだ僕は)。


「ところでさ、文化祭の最後にフォークダンスあんじゃん?はじめは誰かと予定あんの?」


「いや、ないですねそんな予定。それにあれは自由参加なので閉会式の後すぐに帰るつもりです」


 僕たちの文化祭は、閉会式が終わった後にキャンプファイヤーをして、男女でフォークダンスを踊るのが伝統となっている。

 そこで一緒に踊った人と結ばれる、みたいなジンクスなどはないが、何となく甘い雰囲気があるのは確かだろう。

 ちなみに僕は去年の文化祭は閉会式後に爆速で帰ったので、実際はどのような感じなのか本当に知らない。


「そういう元山さんはフォークダンスの予定があるんですか?」


「なになにぃ~?はじめはうちのペアが気になってんのかなぁ~?」


「いや聞き返しただけですよ」


「ちぇ~、薄い反応だなー。まぁうちもまだペアいないんだよね。ほとんどみんな当日のノリで近くの人と踊ったりするんだけどさ、折角一緒の係になったし、はじめ、うちとフォークダンス踊るの決定ね」


「...今なんて言いました?」


「ん?はじめはうちと踊るって言った」


「なんで!?」


「はははっ!はじめの反応ウケる!」


 元山さんの爆弾発言に思わず素で反応をしてしまった。

 僕の後ろの方でガタッ!と椅子を鳴らす音が聞こえたが、誰かが急に立ち上がったのだろうか?


「さっきも言いましたが、僕は閉会式が終わった後すぐに帰るので踊れませんよ」


「ちょっと残るだけじゃん、踊った後写真も撮ろうよはじめ」


「...余計に帰らせてもらいます」


「はははっ、そんな本当に嫌そうな顔しないでよ、面白過ぎでしょはじめ。まぁ当日で気分が変わるかもしれないしさ、踊る気になったら言ってよ」


「元山さんが他の人を誘うことを祈っておきます。どうです、隣のクラスの水上みずかみくんなんて良いんじゃないんですか?」


「えっ、水上くんなんてうちなんかが誘えるわけないでしょ、アホはじめ。彼は学校の王子なのよ?彼と一緒に踊れるのなんて姫花ひめかちゃんくらいよ」


 水上流星。

 通称、王子。


 ちなみに姫花というのは愛野さんの下の名前だ。


 愛野さんが学校一の美少女なのに対し、水上くんは学校一のイケメンと呼ばれている。

 サラサラの金髪に甘いマスクで、彼を好きな女子も数多いだろう。

 一度も同じクラスになったことはないが、廊下ですれ違う時などはいつも彼の周りに女子がいるような気がする。

 確かにそんな水上くんと唯一釣り合えるのは愛野さんくらいだろう。

学校一の美男美女のフォークダンスはさぞかし絵になるはずだ。


「だから、うちが強気にいじれ...誘えるのははじめのようなヤツってわけ」


「今弄れるを誘えるに言い変えましたよね?やっぱり弄ってたんですね、元山さん!」


「あははっ!やっぱ、はじめ面白過ぎでしょ。はじめを誘う人なんてうちくらいなんだから感謝しなさいよね」


 水上くんを誘えるのはそれ相応の女子だけ。

 そのレベルに達していない元山さんが誘えるのは、自分より下認定できる僕だけ。


 ...ん?これさり気なく元山さんからブサイク認定されてないか?


 愛野さんたちのカースト最上位グループに比べたら...と元山さんが自分を卑下するのも分からなくはないが、僕からしたら元山さんもかなり整った容姿だと思うのだが。

 そんな元山さんからしたら僕は確かにブサイクだが、まさかそんな間接的にブサイクと言われるだなんて...


 あれ?涙出そうなんだけど泣いても良いですか?


「...まぁ僕を誘う人なんて確かにいないので、否定はできないのが辛いところですが」


 そう言うと、また僕の後ろでガタッ!と音が聞こえた。


 その後は、間接的にブサイクだと言われたことを引きずっているような僕の演技に対して、「も~いじけるなって、はじめ~」と元山さんが笑いながら慰めるやり取りを繰り返しつつ、作業は無事に?終わった。

 作業中に背中側から強烈な視線を感じていたのだが、僕の背中に何か付いていたのだろうか?

 虫とかがくっ付いていたのなら教えてくれても良いのに、と誰かは分からない視線の主に非難の声を心の中で送っておいた。










 元山さんと切り取った投票用紙などを指定の教室まで持って行った後、教室に向けて廊下を歩いていると、目の前に愛野さんの姿があった。

 愛野さんはこっちを見てきているが、僕に話しかける素振りは見せていないため、他の誰かを待っているところなのだろうと思った僕は、愛野さんに用事もないしそのまま横を通り過ぎようとした。

 愛野さんの横を通り過ぎた直後、「...え?ちょ、ちょっと待ってよ川瀬!」と愛野さんが僕を呼び止めた。


「どうしたんですか?僕に何か用でもありましたか?」


 そう言うと、愛野さんは俯きながら小さい声で「...どうして無視するの?」と言ったが、僕にはどうしてそんなことを言われるのかさっぱり分からなかった。


「どうしても何も、僕は愛野さんに話かける用事なんてないからですよ?話す用事がないのに話しかけるなんて変な話ですよね?」


「...っ!そ、そんなこと言わないでっ」


 どんどんと愛野さんの表情が曇っていくが、どうしてそんな顔をするのだろうか?


「愛野さんは僕に何か用があったんですよね?一体何の話でしたか?」


 とりあえず僕は会話の流れを当初の流れに戻すことにした。


「...その、えっとね、川瀬ってりつと仲良いよね?」


 律というのは元山さんの名前だ。


「仲が良いのかは分かりませんが、最近は係の関係で話すことは増えましたね」


 そう言うと愛野さんはショックを受けたような表情を見せる。


「川瀬は、えと...律と一緒にフォークダンス踊るの?」


「フォークダンス?あぁ、さっきの会話のことですか。愛野さんにも聞こえていたんですね」


 どうやら愛野さんは、元山さんが僕を揶揄ってきたさっきの会話を聞いていたようだった。

 元山さんは愛野さんたちのグループの取り巻き的なポジションのため、あまり愛野さんと元山さんが二人で話しているところは見たことないが、愛野さんはそんな元山さんのことも大事なグループのメンバーだと思っているのだろう。

 そして、そんな大事なグループメンバーが僕のようなブサイクと一緒に踊るなんてことが許せないから、僕に一緒に踊るなということを暗に伝えてきているに違いない。


「さっきの会話が聞こえていたら分かるかもしれませんが、僕は閉会式の後にすぐ帰るつもりなので元山さんと踊る気はありませんよ。なので愛野さんの大事なグループメンバーが僕のようなブサイクと踊るなんていうことは起こらないので安心して下さい」


 そう言うと一瞬何故かホッとしたような表情を見せたが、すぐに愛野さんは目を鋭くさせた。


「...ブスじゃない」


「何か言いましたか?」


「川瀬はブスじゃないって言ってるの!」


 愛野さんは何故か僕の自虐ブサイク発言に怒りを見せていた。


「いや、でも僕自身が自分をブサイクだと思っているので...」


「川瀬はブスじゃない!そんなこと自分自身で思っていたとしても、私の前では絶対言わないでっ!」


 理由はよく分からないが、恐らく愛野さんは「ブサイク」という言葉が嫌いなのだろう。

 確かに「ブサイク」なんて言葉は愛野さんにとっては縁のない言葉だろうしなぁ。


「分かりました、以後気を付けます」


 僕がそう言うと愛野さんは「ふんっ」と顔を横に向けたが、その次は顔を手で覆い隠して何故か耳を真っ赤にさせていた。

 変な空気になっているので、この空気を打破するべく僕は話を切り出した。


「そう言えば、愛野さんはフォークダンスの相手は決まっているんですか?」


 そう言うと「...えっ!?」と愛野さんは顔も真っ赤にさせた。


「ま、まだ、相手はいないけど...」


 ちらちらと僕の方を上目遣いで見ながら、愛野さんはそう答えた。

 「まだ」ということは、フォークダンスを踊ることは確定しており、愛野さんには一緒に踊りたい特定の相手がいるのかもしれない。

 元山さんが話していた内容を思い出した僕は、愛野さんに話を続けた。


「さっき話していたんですけど、元山さんが水上くんの相手は愛野さんしかいないんじゃないかなんてことを言ってましたよ?僕も確かに良い感じだなと思います。水上くんは王子だとか何とか言われてますし、愛野さんとダンスのペアはお似合いですね」


 「ブサイク」という言葉に敏感な愛野さんのことだ、きっと周囲から「イケメン」と言われている水上くんのことは意識しているに違いない。

 そんな二人はお似合いですよとさり気なくフォローができる男、川瀬朔、なんて罪深き男なんだ、ふふふ。

 きっと愛野さんも満更ではない顔をしているだろうと思って愛野さんを見てみると、愛野さんは今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「...なんでそんなこと言うの?私、川瀬から水上くんとお似合いだなんてこと聞きたくない...」


 反応を見る感じ、どうやらプライベートなことまで踏み込み過ぎてしまったようだ。

 確かに、いきなりクラスメイトからあなたとあの人はお似合いですよなんて言われたら怖いったらありゃしない。

 今の発言は僕の方に落ち度があったようだ。


「すみません、出過ぎたことを言いましたね」


 そう言った後も愛野さんは顔を俯かせるばかりなので、自分がきっかけとはいえ居心地が悪い。

 なので僕はさっさとこの場を後にすることに決めた。


「それじゃあ愛野さん、僕はこの辺で...」


 そう言って歩き出すと、愛野さんが僕の制服を掴んできた。


「...ねぇ川瀬、律って川瀬のこと、下の名前で呼んでるよね...?」


「えぇ、元山さんがフッ軽過ぎるせいで巻き込まれてますね」


「じゃ、じゃあさ、私も...川瀬のこと下の名前で呼んでも良い?」


 愛野さんは元山さんが僕のことを「はじめ」と呼ぶことが何故か気になるようだった。

 愛野さんから下の名前で呼んでも良いかと聞かれているが、もちろん僕の答えは決まっている。


「え、嫌ですよ?」


「...えっ?」


「あれは元山さんに何回やめるように言っても聞く耳を持ってくれないから渋々了承しているだけで、呼んでも良いかと聞かれたら普通にNOですね」


 そう言うと愛野さんは魂が抜けたかのように、その場にぺたりと崩れ落ちた。


 でもさ、愛野さんから下の名前で呼ばれたりでもしてみろ?もうこの学校に僕の居場所はなくなるのは目に見えているよね?


 どうして愛野さんが僕の名前呼びに拘るのかは分からないが、これは僕のためにも、いや愛野さんのためにも必要な拒絶なのだ。

 愛野さんが僕のようなヤツの名前を呼んでいるってなれば、彼女の評判にも関わってくるだろうからね。


「それに、愛野さんだって親しくもない相手、例えば僕のような男子からいきなり下の名前で呼ばれたらキモいと思いますよね?愛野さんは学校でも注目を浴びているので、僕のようなヤツには関わらない方が良いと思いますよ?それじゃあ失礼しますね」


 そうして僕は改めて教室に荷物を取りに行くために歩みを進め始めたのだった。










『水上くんは王子だとか何とか言われてますし、愛野さんとダンスのペアはお似合いですね』


『嫌ですよ?』


『呼んでも良いかと聞かれたら普通にNOですね』


『親しくもない相手、例えば僕のような男子』


 どうして彼の目に私は映らないの。

 どうして彼と仲良くすることができないの。

 私は地面に座り込んだまま、大粒の涙を流して服の袖を濡らしている。

 流れる涙も止まりそうにない。

 どうして、どうして...と、私は痛む胸を抑えながら蹲ることしかできなかった。










 次の日は文化祭直前ということもあり、授業なしの一日準備期間となっている。

 特にやることはないまま、時間だけが過ぎていく。

 そんなこんなで昼休憩となり、教室を出てトイレに向かっていると、「川瀬くん、だよね?少し良いかな?」と例の水上くんから声を掛けられた。

 なんで声を掛けられたんだ?と思いながら、僕は水上くんに連れられて屋上に続く階段の踊り場まで移動した。


「いきなりごめんね、川瀬くん。川瀬くんに聞きたいことがあるんだ」


 水上くんが僕に聞きたいことなんて何かあるか?


「昨日の放課後に、川瀬くんとひめが一緒に居るところを遠くから見てね。珍しい組み合わせだったから何を話していたのかなぁって気になってね」


 水上くんは、昨日僕と愛野さんが話していたことが気になったらしい。


 いや、なんで?


 ...ん?今さらっと愛野さんのことを「ひめ」と呼んでいたことから推測するに、はは~ん、水上くんは愛野さんのことが好きなんだなー。

 自分の好きな相手が他の男子と話しているのが気になったから話しかけてくるなんて、水上くんは中々恋に積極的なタイプなんだなぁ。

 そういうことなら、水上くんの邪魔をしないようにせねば!(まぁ本当に水上くんが愛野さんのことを好きかなんて知らないのだけれども)


「昨日は僕と同じ係の元山さんのことで、愛野さんに注意をされただけですね」


「どういうことだい?」


「元山さんは愛野さんたちのグループメンバーで、その元山さんが僕を揶揄ってフォークダンスを踊ろうと言ってきたんですけど、あれは冗談なんだからお前みたいなヤツが本気にするなよ的なことを暗に伝えられただけですね。愛野さんは友だち思いなので、グループメンバーに僕みたいな悪い虫が近づくのが許せなかったんでしょうね」


 僕がそう言うと、水上くんはどこか疑うような視線を一瞬こちらに向けたが、「それは大変だったね」とすぐに爽やかな笑顔を見せた。


「いつも愛野さんは一方的に話しかけてきているのに機嫌が悪くなるので、僕にもう話しかけてこなくなれば嬉しいんですけどね」


 思わず話したこともない水上くんに余計なことを話してしまった。

 それを聞いた水上くんは驚いたような表情をした後、くすりと笑い、いきなり僕の肩に手を回してきた。


「川瀬くん、僕なら君のその悩みを解決できると思うよ」


 水上くんが僕の耳元で提案してくれたのは、何とも僕得なモノであった。

 しかも、あの水上くんが解決をしてくれると言うのだ。

 正に泥船どころか、豪華客船に乗った気持ちでいられるというものよ!


「僕の方からもぜひ水上くんにお願いしたいです!」


「じゃあさ、その方法なんだけど...」


 そうして、どこか楽しそうな笑顔を見せる水上くんの様子に違和感を持ちながらも、僕は水上くんの提案を聞き、当初の目的であるトイレに向かうのだった。










 根暗オタクの肩に乗せていた制服の腕部分を手で払いながら、さっきの会話を思い出し、『俺』は笑みを浮かべた。


「まさかあんな簡単に提案を受け入れるなんてな。せいぜい俺の掌で踊ってくれよぉ?川瀬」


 今も尚笑みを浮かべる男の表情は、普段の様子とはかけ離れたひどく醜悪なものだった。










 準備も終わり、放課後を迎えたので、僕はいつものように裏庭の水やりに向かっている。

 明日が本番ということもあり、既に浮かれた気分でいる生徒たちがまだまだ学校には多く残っている。

 そんな浮かれた生徒たちを横目に見ながら裏庭に到着した僕は、慣れた手つきで水やりを始めた。

 帰ったら何のゲームをしようかなぁなんてことを考えていると、後ろから「...川瀬ッ!」と大きな声を掛けられた。

 振り返ってみると、いつもよりも顔を険しくさせた愛野さんがずんずんとこちらに向かってきている。

 そうして僕の前まで近づいてきた愛野さんは、少し赤くなっている目で僕を睨みつけながら声を発した。


「...川瀬、私のこと裏で散々言ってるって本当なの!?」


「その情報源はどこからのモノですか?」


「水上くんが言ってたのよッ!アンタが言ってるのを聞いたって!」


 愛野さんが僕に尋ねていることについて、僕は全く身に覚えはない。

 正直何にも話についていけてはいないが、今日の昼に水上くんから「ひめから『水上くんが言っていた』と言われた場合、それに肯定する態度をして欲しいんだ。それで川瀬くんの悩みは解決できるよ」と言われているので、恐らくこの事態は水上くんが僕のためにしてくれている皆目見当もつかない解決策とやらなのだろう。


 ということは、僕がすることは予定通り肯定をすることだけだ。


「あぁその話ですけど、全部本当ですよ」


僕がそう言うと、愛野さんは驚きと悲しみがない交ぜになったような表情を浮かべ、その目からぼろぼろと涙を溢し始めた。


 何で愛野さんは泣いているのだろう?


 涙を流しながら、僕の方を見つめる愛野さんだが、その目には侮蔑の色が浮かんでいるような気がする。


「...川瀬ってそういうヤツだったんだ」


 そういうヤツと言われても、どういうヤツなのか分からないんだな、これが。


 一体水上くんは何を言ったのだろうか?


 しかし、僕のためにしてくれていることである以上、水上くんを問い詰めるのは筋違いというものだ。


 感謝こそあれ、不満など一つもないのだから。


 愛野さんは僕から目を反らした後、一歩後ろに下がり、未だぼろぼろと流れ続ける涙を止めようともしないまま、僕にこう言い放った。


「...最っ低」


 そうして愛野さんは僕に背を向けて走り去っていった。

 意味は全く分からないが、愛野さんに嫌われてしまったようだ。


「なるほど、嫌われることが解決策だったのか。流石水上くんだ!」


 水上くんのおかげで、恐らく愛野さんが僕に話しかけてくることはもうないだろう。

 たったの半日で僕の悩みを解決してくれた水上くんに心でお礼を言いながら、軽い足取りで僕は水やりの道具を片付けるのだった。










「なんでぇ...かわせぇ...」


 じめじめとした体育館裏に来た私は、膝を抱えて泣いていた。

 川瀬ともう一度しっかり話して、断られても良いからフォークダンスに誘ってみようと思い、川瀬を探していると、廊下で水上くんが話しかけてきた。

 クラスは違うものの、お互いのグループで何回も遊んだことはあるが、私は水上くんがあまり得意ではなかった。

 私のことを気安く「ひめ」と水上くんは呼んでいるが、私が下の名前や愛称で呼んで欲しいのは一人だけだ。

 だから、さっき話しかけられた時は少し警戒をしていたのだが、水上くんが話す内容を聞いてそんなことはどうでもよくなった。


 水上くんが話した内容は「川瀬朔という男子が、愛野姫花の悪口を言っている」ということであった。


 何でも、水上くんのクラスの美化委員会の人が、同じ委員会にいる川瀬が悪口を言っているのを聞いたということらしい。

 水上くんから聞いた悪口の内容だけでも、思わず倒れてしまいそうなほど酷いものであったが、私は川瀬がそんなこと言うはずはない!と信じていた。


 なので私はそのまま同じクラスの美化委員の女の子に、本当にそんな噂があるのか聞きに走った。

 もしかしたら水上くんが嘘を言ってるかもしれないと私は疑っていたからだ。

 しかし、話を聞くとその子も「川瀬くんが言っていた」と言った。

 そんなことあるはずないっ!と最悪の結果を想像し、少し涙が出そうになったが、私は川瀬の口から真実が聞きたいと思い、川瀬を探した。

 そうしていつもの場所にいた川瀬に、私は噂のことを勢いそのままに尋ねた。


 川瀬が言うはずない。


 すぐに否定してくれるはずだ。


 しかし、川瀬の口から出たのは、あるはずがないと思っていた「肯定」であった。


 どうやら、私は川瀬にとっくの前から嫌われていたらしい。

 それなのに、私はいつも川瀬に話しかけて、迷惑かけて...


「本当バカみたい...」


 川瀬に対する怒りや困惑、失望がある一方で、もう私は全てがどうでもよくなっていた。

 けれど、流れる涙は止まらないし、胸の奥を締め付けるような痛みは消えてくれない。


「誰かぁ、誰でも良いから助けてよぉ...」


 そう呟くと、息を切らした水上くんが「やっと見つけた」と言いながら、私のもとにやってきた。


「急に走ってどこかに行っちゃったから、嫌な予感がしてひめを探してたんだ」


 そうして私の隣に腰を下ろし、「何があったの?僕で良ければ話を聞くよ?」と水上くんは言いながら、ハンカチを渡してくれた。

 普段の私なら、水上くんを警戒して二人きりになるということはしなかっただろうし、水上くんに何かを話すことはなかっただろう。


 だけど、今は誰かに傍に居て欲しかった。


 誰かに話を聞いてもらいたかった。


 こうして誰かに涙を拭って欲しかった。


 確かに、水上くんはみんなが言うようにイケメンだとは思っているが、私は惹かれてはいなかった。

 でも、今この時だけは、私の目には水上くんしか映っていなかった。

 そうして私は、水上くんの胸の中で嗚咽を漏らすのだった。










 文化祭当日、その日は例年以上の盛り上がりを見せたのだが、その一因となっているのが水上くんと愛野さんが付き合い始めたという話題である。

 学校一のイケメンと美少女の超ビッグカップルの誕生に学校中が湧き上がった。

 僕も去年のように図書室へ向かう際、二人で会話をしている水上くんと愛野さんの姿を見かけた。

 やっぱり水上くんは愛野さんが好きだったんだという予想と、なんだかんだ愛野さんも水上くんのことが好きだったんだという二つの予想が当たったことに気分を良くしながら、僕は文化祭当日にも拘らず、静かな時間の流れる図書室で気になる本を読み進める。


 その後も静かな時間を過ごし、元山さんに見つからないようにこっそりと家に帰るのであった。










 文化祭の後から、愛野さんが僕に話しかけてくることは一切なくなった。


 おかげで去年のような静かな学校生活が帰ってきた。

 また今度水上くんにお礼と付き合い始めたお祝いを言いに行かないとなぁなんてことをぼんやり考えながら、今日も朝から花に水をやる。

 パンジーの中で一番綺麗に花を咲かせていた一本が、何故か枯れてしまっている。

 「どうして枯れてしまったのだろう?」と思いながら、そのパンジーを優しく抜き取った。

 他の花は枯れずに美しく育つと良いなぁなんてことを思いながら、空に目を向ける。


 今日は雲一つない見事な快晴だ。










 高校受験の時、私は彼に出会った。


 今から受験が始まろうとしている時に、私は時計を忘れていることに気が付いた。

 受験教室に時計を置かないということは事前の説明で伝えられていたため、時計がないと試験時間が分からないということになってしまう。

 中学の友だちに借りようとするも、友だちは別クラスであり、もうすぐ試験が始まるため借りに行くことはできない。

 どうすれば良いの、と泣きそうになっていると、隣の席の人が小さな声で話しかけてきた。


「あの、もしかしてですけど、時計忘れちゃいましたか?」


 隣の人は男の子で、どうやら私の異変に気付いたらしかった。

 彼の言葉に首を縦に振ると、彼は私に腕時計を渡してきた。


「僕は予備をまだ持っているのでそれを使ってください。変なデザインとかではないので見づらいということはないと思います」


 そうして彼は突然の出来事に固まってしまっている私の顔を見ながら、話を続けた。


「親が僕は忘れっぽいから時計は一つじゃ足りないなんてことを言って、三つも腕時計を渡してきたんです。ほら、これ見てください、今も左右の手首に腕時計が付いてるんです。こんなの絶対おかしいですよね」


 そうして真顔で左右の手首に付いた腕時計を見せてくる彼の姿を見て、私は思わずふふっと笑ってしまった。

 そうすると彼は笑顔を見せ、「折角の受験なんですから、そうやって少しでも気楽に楽しみながら受けた方が良いと思いますよ。緊張して頑張った結果が出せないなんて悲しいですから。今日は一緒に一日楽しみましょう」と私に言った。

 その言葉を聞いて、さっきまで時計を忘れたことの不安感から試験に対してマイナスな状態になっていた自分自身が、落ち着きを取り戻していくのが分かった。

 そうしてすぐに受験が始まり、私は腕時計を貸してくれた隣の男の子に感謝をしながら、試験の答案に向き合った。


 最後の受験科目が終わり、借りていた腕時計を返そうと思い隣を向くと、もうすでに隣の男の子の姿はなかった。

 結局腕時計を返しそびれた私は、高校に入学できたら絶対に返そう!だから二人とも合格させてください!と合格を祈りながら、友だちと家に帰った。


 帰っている時からずっと頭の中にあったのは、受験のことではなく、優しい笑顔を見せていた隣の男の子のことだった。


 その日は受験が終わったことの高揚感や合格しているかどうかの不安感からかは分からないが、とにかく顔が熱くなって眠ることはできなかった。


 そうして無事に合格が決まり、今の高校に入学を果たした。

 入学式の日も彼を探したが、彼を見つけることはできなかった。

 もしかしたらこの高校にはいないのかなぁなんて不安になっていたのだが、入学して三日目に私は彼を見つけた。

 その日は、いきなり5人から告白をされ、少し精神的に疲れてしまっていたのだろう、5人目の先輩の告白が終わった後、私は階段から降りている時に足を踏み外してしまったのだ。

 このままじゃ落ちる!と思い、恐怖から目をぎゅっと瞑ったが、その時に誰かが私の腕を掴み引っ張ってくれたことで、私は階段から落ちることはなかった。

 目をゆっくりと開けると、私の目の前にはずっと探していたあの時の男の子がいたのだ!


「はぁ~危なかったぁ。怪我はしていませんか?」


 そうして心配そうな顔をしている彼を見て、私は受験日の夜のように顔が熱くなっているように感じた。

 とりあえず何か返さないと!と思った私は、あの時のように首を縦に振った。

 怪我がないことを確認できた彼は、安堵した表情を見せ、「階段は気を付けないと駄目ですよ?」と優しく注意をしてくれた。

 そうしてそのまま帰っていこうとしたので、私は「...ま、待って!」と彼を呼び止めた。

 「どうかしましたか?」と彼が言うので、私は一番気になっていたことを聞くことにした。


「あのっ!名前なんて言うの!?」


 恐らくその時の勢いは中々なものだっただろう。

 なんで名前を聞いてくるんだろう?なんて不思議な顔をその男の子はしていたが、彼は私に名前を教えてくれた。


「僕は川瀬朔って言います」


 それから私はあの時の男の子、川瀬朔を目で追うようになった。


 移動教室で彼のクラスを通り過ぎる時は、いつも窓際の席で本を読んでいる彼の横顔に目を奪われた。


 廊下ですれ違えた時は、一日がいつもより楽しく感じるような気がした。


 毎日花に水をあげている時の優しい彼の表情を見ると、胸が温かくなった。


 他にも彼の優しくて素敵なところを私は沢山知っている。


 そうして二年に進級した時のクラス替えで、私は川瀬と同じクラスになった。

 クラスが同じだと分かった瞬間は、思わず「やったっ♪」と声を出してしまったほどだ。

 しかし、私には少しだけ不満がある。

 それは川瀬が私のことを覚えていないということだった。

 受験の時は髪色が今のピンクではなかったとはいえ、覚えていて欲しかったなぁなんて思っていたりする。

 でも、今日からは毎日同じクラスで顔を合わすことができるし、ここから仲良くなれば良いんだ!と気合いを入れた私は、学生カバンに大事に入れているあの日の腕時計を眺める。

 彼があの日のことを思い出した時にこれを返してあの日の感謝を伝えよう!なんて考えながら、私は早速自分の席で本を読んでいる彼に近付いていき、声を掛けた。


 この想いがちょっとずつ伝わっていけば良いなぁ~なんてねっ。


「ねぇ、何の本読んでるの?私、愛野姫花って言うの。今日から同じクラスだしよろしくねっ♪」







最後まで読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 川瀬的に愛野はどうでも良い水上君に感謝すら感じている本人がハッピーエンドなら良いのかな。
[良い点] 主人公が徹頭徹尾自分を曲げない事。 [気になる点] 異常、歪んでいる、欠落していると散々に言われている主人公の思考が自分の学生時代そっくりな事。 そして、自分自身は全く異常、歪、欠落とは思…
[気になる点] 川瀬を想う愛野の動機が最後に書かれても結局は報われ無かったのなら無意味なのでは?それに入試から2年後で容姿も変わっていれば普通は分からない。 愛野は何故時計を借りた事を最初から言わなか…
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