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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第一章
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年貢の納め時




 俺の決意を聞いた爺様は、あろうことか大爆笑しやがった。

 何がそんなに可笑しいかと詰め寄る俺をものともせず、腹を抱えて笑う爺様は本当に楽しそうで、毒気を抜かれた俺は捨て台詞を吐いて武器屋をあとにした。


 後日、普段使い用の片手剣の代金を払い忘れたことを思い出した俺が爺様を訪れると、すでに店は閉められたあとだった。

 あのときが本当に最後だったのだなと少しだけ後悔したのは、また別の話だ。


「あのクソジジイめ!人の決意を笑いやがって!」


 2本の剣を手にして武器屋から屋敷に戻る。

 数日間だけ俺の手にあった長剣は、爺様のところに置いてきた。

 本命となる剣の主を決めるためだけに作られた試金石は、もう役目を終えたということだ。


 俺はぶつぶつと文句を垂れ流しながら、爺様の人生を賭した()()()()()をベルトを取り付けて背負ってみる。


「やっぱり、前のよりかなり重いか」


 普段の感覚では持ち運ぶのも一苦労だ。

 <強化魔法>に費やす魔力を少し増やさないといけない。

 魔力の消費はもはや誤差のレベルなので気にならないが、力の加減を間違えないように気を付けるとしよう。


 しかし――――


「ふふふ…………」


 鞘から新たな愛剣『スレイヤ』を引き抜いて、その美しい剣身に思わず見惚れた。

 灯りの下で見てみると、やはり銀色に薄く青が乗っている。

 淡く光って見えたのは気のせいだったようだが、それでも俺の心をくすぐるには十分だった。


「ほんのり青い綺麗な銀色、少しだけ反り返ったガード、柄頭はめ込まれた透きとおる群青の宝石。いやはや素晴らしい……」


 見た目からして非常に俺好みの剣だった。

 今まで俺が使ってきた装備は剣に限らず実用性一辺倒で、さっぱり()()()()に気を配られていないものばかり。

 ゲーム的に言えばいかにも序盤で手に入る量産装備という様相だった。


 しかし、『スレイヤ』は違う。

 伝説の剣とまでは言わないが、終盤で手に入る一点物、エンディングまで使える剣。

 そんな印象を受ける剣が突然この手に転がり込んでくれば、心が躍らないはずがない。


 さらに、爺様曰く出来損ないのこの剣は、俺にとっては最高の剣になり得るものだ。

 俺が振れるギリギリの長さで、これ以上ないくらいの重量と切れ味を誇るこの剣なら、黒鬼の巨体も容易く両断できるだろう。


 実用的で見た目が好みの装備というのは本来非常に高価なものだ。

 それが、なんとタダである。


「よし、狩りに行こう」


 もう昼を回っているが、明日まで待てない。

 近場の森の中ならたまに魔獣が出るし、魔獣が見つからなかったら適当な木でもいい。

 今日一日だけ、俺は木こりになるのだ。


 新たな愛剣をとにかく試したいと思った俺は急いで防具を身に着けると、ついでにこなせる簡単な依頼がないか確かめるために冒険者ギルドへと足を運んだ。


(どれがいいかなっと……)


 鼻歌を歌いながら掲示板を眺める。


 正直なところ、なんでもいいのだが。

 買取価格が高い素材を日頃からチェックしておくことは稼ぎをよくするためには欠かせない。

 もはや習慣のようなものだった。


(よし、これにしよう!)


 さらっと眺めて、近場に居そうな魔獣の常設依頼ノルマなしを受けるために番号をおぼえて小走りに受付に向かったところで、一人の受付嬢と目が合った。

 彼女はここ最近俺が並ぶ窓口に居ることが多く、先日の会議にも参加していた。

 フィーネの先輩のイルメラだった。


「あっ……」


 つい、声が出てしまった。


(しまった!フィーネを怒らせてることをすっかり忘れてた!)


 会議で怒らせた詫びもしておらず、緊急依頼の完了報告もすっぽかして飲みに行ってしまった。

 完了報告はその日のうちにしなければならない決まりはないが、彼女が心配し、そして怒っているだろうことは容易に予想できる。


 俺は浮かれた頭を急速に回転させる。

 ただでさえ狩りに出るには遅い時間だ。

 フィーネに捕まってしまえば、きっと今日は狩りには出られない。


 俺は他の受付窓口にフィーネの姿がないことを確認する。

 イルメラは今もにっこりと微笑んでこちらを見つめている。


(目は合ったが、まだ間に合うよな?忘れ物したってこともあるだろうし?)


 俺は方針を決めると、俺はゆっくりと受付の方に歩み寄る。


 そして――――


「あっ、忘れ物をしてしまった!一回ウチに戻らないと!」


 さりげなく、イルメラに聞こえるように声を上げる。

 少し棒読みで声も裏返ったかもしれないが、そのあたりはご愛敬。

 イルメラの反応を窺うと、彼女は困ったように首をかしげてこちらを見つめているだけだ。


(よし!いける!)


 俺は踵を返し、出口を目指して一歩を踏み出す。


 そして、二歩目を踏み出すことはできなかった。


「忘れものですか?何を忘れたんでしょう?」


 にっこりと微笑むフィーネが、そこにいた。


「え、ああ、いや……」


 なぜそこにとか、なぜ気づいたとか、聞きたいことはあるが――――


「あ、そうでした!アレンさんには、先日の調査依頼のときに買取した物品の報酬を受け取っていませんでしたね。内訳についてご説明したいので、別室に来ていただけますか?」


 誠に遺憾ながら、今日の狩りは中止となったようだ。






 前回フィーネと使った内緒話スペースからロビーを挟んで反対側にある別室。

 フィーネはその扉を押し開き、先に部屋の中に入って俺を招き入れると、すぐさま扉を閉めて鍵をかける。

 中には座り心地が良さそうなソファーとテーブルが並んでいたが、彼女がどうぞお掛けくださいなどと言うワケもなく、入ってすぐの壁際に所在なく立っていた俺の横にドンッと拳を打ち付けた。


「ねえ、アレン。私の言いたいことがわかるかしら?」

「はい……」


 若い男女が鍵のかかった個室で二人きり。

 壁際に身を寄せ合い、睦言を交わしている。

 もし、この部屋を空から俯瞰できるものがいるとしたら、そのように見えたかもしれない。

 実際、体を寄せたフィーネから柑橘系のすっきりとした良い香りが漂ってくるし、彼女の背の高さは額にキスしてやるにはちょうどいい高さでもある。


 彼女は顔を伏せているので表情は見えない。

 しかし、いつもよりも少し低い彼女の声と、ギリリと握りしめられた彼女の拳が、その感情をしっかりと伝えている。

 そこに甘い雰囲気など微塵もなく、冗談でも額にキスなんてしようものならどんな目にあうかわかったものではない。


「そう、よかった。なら、私の言いたいことを、私の代わりに言ってみてくれる?」


 そう言って顔を上げた彼女は、数日前にナンパを強要したときのような嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 これはそろそろ年貢の納め時かもしれない。

 あんまり怒らせたまま逃げ続けると後が怖い。


「お前の気持ちも考えずに心配させて悪かったよ、フィーネ」


 俺は壁に打ち付けられたままのフィーネの左腕に自分の左手を添える。


「報告にこなかったのも悪かった。最後まで踏みとどまって戦ったから、疲れが溜まっちゃって――――」

「へー、疲れが溜まっちゃった結果、歓楽街で飲み歩くことにしたワケ?」

「………………」


 これはもうダメかもしれない。

 フィーネの右手が俺の左手をがっしりと掴む。


「言い訳はゆっくり聞いてあげるから。まずは約束どおり一発!」

「そんな約束してねえぞ!?」


 フィーネの怒りがこもった左ストレートをひらりと回避するが、彼女に左腕を掴まれたままではおちおち逃げることもできやしない。


「待てって!落ち着け!」

「私は、落ち着いてる!避けるな!」

「無茶言うな!」

「このっ!……ぁ」


 後ろに下がった拍子にフィーネを引っ張るかたちになってしまい、転びそうになったところを抱きとめる。


「隙ありっ!!」

「うお!?」


 突き飛ばされ、足がもつれたと思ったら天井が見えた。

 どうやらソファーに足をとられてしまったらしい。

 俺の体は三人がけのソファーに仰向けに転がされ、フィーネはすかさず俺の腹の上に馬乗りになって拳を振り下ろす。


「……っと」


 間一髪、フリーになった左手で手首を捕まえると、もう片方の手は振り上げられる前に右手で抑えることに成功する。


「はなしなさいよ!」

「でも、はなしたら殴るんだろ?」

「一発だけ!痛くしないから!」

「そろそろ諦めろよ……」


 ソファーの上で俺とフィーネの力比べが続く。

 正直どうにでもなるのだが、強引に事を運べばフィーネの機嫌がさらに悪化することは目に見えている。

 そのため、なんとか殴られずに済む落としどころがないかと、思案しながら視線を彷徨わせていたのだが――――


「あれ?」

「なによ、誤魔化そうったってそうは――――」

「いや、その扉なんだけど、開いてたっけ?」

「扉なんてどうだって……」


 俺たちの視線の先、フィーネが閉めたはずのドアが、軋むような音を立てながらゆっくりと開いて行くのと同時に、パタパタと走り去るような複数の足音。

 数秒後、遠くからキャッキャと女性が話し合う甲高い声が聞こえてきた。


「…………」

「…………」


 フィーネの横顔が少しずつ赤くなっていく様子が面白い。

 扉の隙間から見えたであろう光景――――男の腹の上に馬乗りになっている体勢と、言葉の受け取りようによっては、なかなか面白い場面に出くわしたように感じられるかもしれない。

 実際のところ、あのお姉様方は全て理解した上で面白がってそうだが。


「……フィーネ」

「……なによ?」

「優しくして――――ごはっ!!」


 不意打ちの右が、俺の鳩尾に突き刺さった。



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