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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第一章
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魔獣迎撃戦2


 地平線まで続くほぼ直線の街道を南下する途中、明らかに定員を無視して人やら何やらを満載した馬車と何度かすれ違った。

 いずれも馬に牽かせるタイプの通常の馬車であったところをみると、それらよりも速度が出る魔導馬車は俺たちが出発する前に都市に到着していたのかもしれない。

 しかし、都市と街を常時行き来する馬車で輸送できる人数は、たかが知れている。

 街の人口の半分すら運ぶことはできないだろう。


 戦闘技術もない街の住民が自分の足でどれだけ逃げられるかということを考えると、街に残ったベテラン冒険者たちに期待するしかない状況だが、彼らもある程度時間を稼いだら自分の命を守るために戦線を放棄するはずだ。


(思ったより余裕がない……)


 叶うなら、ギルドの会議室で暢気に議論していた自分の背中を蹴っ飛ばしてやりたい。


「見えた!街道正面!」


 魔導馬車を操る御者が対象を発見したと声を上げる。


「本当か!状況は!?」


 前方のガラス窓に身を寄せ合う冒険者たちをよそに、俺は馬車側面の窓をあけて身を乗り出し、目を細めて前方を凝視する。


「…………ダメか」


 先行する馬車が邪魔で、ここからでは視線が通らなかった。


「クリス、見えたか?」


 馬車の中に戻ると、反対側で同じように前方を見ていたクリスに声をかける。


「うーん……見えたけど、まだ様子はわからないね」

「そうか。悪いがそのまま見ててくれ。今は点にしか見えないだろうが、この速度なら接敵までそう時間はかからないはずだ」

「了解」


 俺は皮製の装具から剣を引き抜き、体中に魔力を馴染ませる。

 剣を魔力で覆うことができないか時々試すこともあるが、魔力の無駄になるから今はやらない。

 魔力なんて使い切れたためしはないのだが、万が一ということもある。

 散々寄り道してしまったのだから、せめてここからは本気でという気持ちもあった。


「アレン……。残念だけど、どうやら状況はかなり悪いみたいだ」

「どういうことだ?」

「……見てみればわかるよ」


 クリスはもったいぶったことを言ったが、その理由を自分で確認するより先に、その答えが御者からもたらされた。


「人が襲われてる!間に合わなかったんだ!」

「ッ!」


 俺はすぐさま再び窓から身を乗り出す。


「くそっ!」


 今まさに、おびただしい数の魔獣が散り散りになった人々に襲い掛かっている。

 最も遠いところで魔獣と戦う者たちが徒歩で避難する住民を守る冒険者なのだろうが、防衛線を構築するための頭数が全然足りていない。

 冒険者たちの隙間を縫って北上する魔獣たちは次々に住民たちに襲い掛かり、彼らはロクな抵抗もできずにその命を奪われ始めていた。


「なんだよあの数、百や二百じゃきかねぇぞ……」


 猿、狼、鹿、熊、兎、鼠――――

 様々な魔獣で構成された群れを前に、同乗する冒険者から怯えるような声が漏れる。

 しかし、仲が悪い冒険者同士、互いに怖気づくような様子をみられるわけには行かないのか、逃げようと言い出す者がいないのは幸いだった。


「クリス、最前線に出るぞ!馬車が止まったら手近な魔獣を片付けながら殿の位置まで突っ切る!」

「オッケー!キミならそう言うと思ったよ、アレン!」


 クリスの返事はとても軽やか。

 それはクリスの<アラート>が警告を発していないということであり、そのことに俺は一安心する。

 最も危険な場所に率先していこうという献身的な思いがあったわけではなく、もたもたしていたことに対するせめてもの罪滅ぼしと、周りに敵しかいない方が戦いやすいという極めて個人的な考えからの判断であるのだが。

 ともかくクリスの戦意が旺盛だということは素直にありがたかった。


 一方、馬車の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 ひよっこの俺たちが最も危険である最前線への支援をあっさりと決断したことで、彼らの中でプライドと恐怖がせめぎ合っているということがありありと感じ取れる。


(これはダメだな……かえって邪魔になりかねない)


 クリスはともかく俺の戦い方では、逃げ惑う街の人々が近くに居ると剣を振れなくなる恐れがある。

 それは力の及ばない冒険者が近くにいた場合でも同じことだった。


「あんたたちは、住民を襲っている魔獣を優先して退治してくれないか?助けた住民を俺たちが乗ってきた馬車に誘導して、都市に避難させてやってほしい。人を収容するための空の馬車も必要だし、都市に戻る人たちを安心させるために護衛も必要だろう」

「ッ!あ、ああ、そうするとしよう。街の人たちのことは、俺たちに任せておけ!」


 どこかほっとしたような表情を浮かべる彼らにとって、俺の助言は助け船になったのだろう。

 俺としても背後に守るべき人々がいなくなれば悠々と撤退することができるから、悪い話ではない。

 要は適材適所ということだ。


「そろそろ止めてくれ!」

「わ、わかった!あとは頼むぞ!」

「おう!まかせとけ!」


 これだけの数の魔獣だ。

 俺一人がどれだけ奮闘したところで戦況を左右することなどできるわけもないが、こういうときは威勢のいいことを言っておくに限る。

 馬車から降りた俺とクリスは魔獣の群れを掃討すべく、南へむかって草原を駆け出した。

 行き掛けの駄賃とばかりに手近な魔獣を斬り捨てながらも、予告どおり最前線へ向かうことを優先する。

 人々に襲い掛かっていたのは兎や鼠などの比較的小型で素早い魔獣であり、それらの表皮はさほど抵抗を示すことなく俺の長剣によって斬り裂かれた。

 ギルドの見込み通り、個々の強さはさほどでもないらしい。


「優しいんだね、アレン」


 馬車の中でのことを言っているのだろう。

 クリスが器用に剣を振りつつも、にやにやしながら俺に声をかけてくる。


「雑魚がいたら気が散るだろ?」

「うわあ、台無しだよ……」


 眉を下げて残念なものを見るような目を向ける失礼な相棒に、一つ念を押しておく。


「お前の()()に反応があれば無理するつもりはない」

「わかってる。今のところは全然問題ないみたいだよ」

「それは上々。なら、手あたり次第狩りまくるとしようか!」


 俺は飛び掛かってくる魔獣を両断すると、最前線で戦闘を続けていた冒険者のパーティの中で崩れそうなところに近づいて声をかけた。


「都市から支援に来た!撤退を支援する!」

「やっとか、ありがてえ!」

「まだダメだ!今退いたら街の住民たちが!」


 素直に救援を喜ぶ者もいたが、リーダーと思しき冒険者はすでに満身創痍であるにもかかわらず撤退しようとしなかった。

 俺がこれほどの傷を負っていれば絶対に撤退しているだろうに、本当に見事な心意気だと思う。

 しかし――――


「あんたはまだ戦えるかもしれないが、メンバーはもう無理そうだぞ?それに、都市からは冒険者たちがこちらに急行中だ。あんたたちが退いた穴は十分に埋められる」

「だ、だけどよ――――」

「今なら自力で撤退できるだろ?あんたたちが救援にきた冒険者の世話になったら、それだけ穴が広がるんだぞ!」

「…………わかった、すまねえ!おい、撤退だ!」


 少しずつ後退する冒険者に追いすがる魔獣を斬り払い、彼らの代わりに前線に躍り出る。

 チラリと振り返って彼らが順調に撤退できていることに安堵すると、ついでに周囲を見渡して状況を確認した。


 都市からの救援部隊は概ね到着したようであり、住民の逃走支援と前線の維持のため、それぞれ行動を開始している。

 魔獣の数が多いから優勢とまでは行かないが、現状でも前線を抜ける魔獣の数は少なくなってきた。

 このまま順調に数を減らしていけば全ての魔獣を掃討することも難しくはなさそうだ。


「アレン、来てるよ!」

「おっと、すまん」


 遠くを気にして足元がおろそかになっていたのでは意味がない。

 俺はクリスに倣って南を向き、次々と押し寄せる魔獣の波に立ち向かうため、剣を振り上げた。



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