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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第一章
51/468

お金がない2




「うお!?」


 とっさに転がって飛び蹴りをかわす。


「誰だ!?いきなり何しやがる!」


 襲撃者を見やると、白いローブの少女と同じくらいの年齢の少女――――というか、冒険者ギルドの中でナンパされていた少女その人だった。

 さっき白い少女が待っていた友達というのは、こいつのことだろうか。


「かわされたっ……!?クズのくせにやるわね!でも、これは避けられないでしょ!」


 襲撃者の少女はいきなり飛び蹴りかました挙句、今度は槍を構えてチャージをかける。


「このっ、話、聞け!」

「うっさい、死ね!」


 意外にと言ったら失礼だが、襲撃者の少女の突きは鋭く、俺は避けるので精一杯。

 <結界魔法>なら防げそうだが、こんな大勢が見ているところで、しかもこんなくだらない理由で使うのは流石にナシだ。


(というか、武器を取り出したのに衛士が動かないのはなんでだ!)


 襲撃者の少女がこちらに向けているのが石突だからか。

 石突でも当たりどころによっては死ぬと思うのだが。


「もらったぁ!」

「ッ!」


 余計なことを考えていたからか、襲撃者の少女が繰り出す槍は直撃コース。

 <結界魔法>を使うか否か迷った俺は、結局<結界魔法>の代わりに<強化魔法>の強度を極限引き上げることを選択し――――


「ぐっ……は……」


 胸当てでカバーできない脇腹に、石突の一撃をもらうことになった。


 その場に蹲って激痛に耐える。

 もしかしたら肋骨にひびくらいは入っているかもしれない。

 やはり<強化魔法>でなんとかなるのは軽い打撃が限度だ。

 武器を用いた本格的な打撃には到底耐えられない。

 

 それよりも――――


(いってえええええええええええ!!!!)


 やばい、超痛い。

 思い起こせば、ここまでのクリーンヒットをもらうのは久しぶりだ。

 痛みのあまり石畳を転がり回りたいくらいだが、野次馬の前で無様を晒したくなかったため、脂汗を流しながら歯を食いしばって痛みに耐える。


(というか、野次馬ども……)


 面白がって観戦する前に、襲撃者を止めるべきではないか。

 お前らは襲撃者が誤解してることを知っていただろうに。

 騒いでいる野次馬の何人かを睨みつけると、全員が目をそらした。

 本当にろくでもない奴らだ。


「悪は滅びたわ。行こう、ティア」

「………………」


 白い少女は相変わらずフリーズしたまま、襲撃者の少女に背中を押されて歩き出し、大通りに消えて行った。


 野次馬も散っていった頃、ようやく俺は仰向けに倒れた。


「なんだったんだ、一体……」


 左手で脇腹を押さえたまま愚痴をこぼすと、俺の視界に影が差した。


「お互い振られたねぇ……」

「あんたは……。ああ、さっき中であいつをナンパしてた?」


 よく見ると、襲撃者の少女をナンパしていた少年だった。

 綺麗に切りそろえた銀髪の奥に金色の瞳がのぞく育ちが良さそうな少年。

 10人中9人はイケメンと評するだろうその男は、ガチャリと音を立てながら俺の傍らに腰を下ろした。

 装備は俺と似たような軽装備だが、俺が全財産と引き換えに手に入れた装備よりも、さらに質の良さそうなものを身に着けている。

 首から下げるプレートはE級冒険者のそれ。

 金持ちの息子が道楽で冒険者でも始めたという風体だ。


「ナンパしていたのは君も同じだろう?しかも、受付嬢とさっきの子、この短期間で二人とは恐れ入るよ」

「ぐっ……」


 外でのことはともかく、中でのことも見られていたのか。


「どっちもナンパじゃねーよ」

「『あなたの時間を少しだけ分けてくれませんか』だったかな?僕はああいうのも嫌いじゃないけど、受付嬢の彼女にはいまひとつ響かなかったみたいだね」

「…………」


 泣きたい。

 なんでこいつは、人の傷に塩を塗るようなことを平気でできるんだ。


「そういうお前もいい趣味じゃないか」

「そうかい?照れるね」

「皮肉で言ってんだよ。俺は不意打ちで飛び蹴りかますような女は御免だ」

「あの可愛らしさと内面のギャップが良いと思わないかい?」

「ん……うーん…………」


 たしかに、飛び蹴り女が可愛らしいというのはそのとおりだ。

 ゆるやかにウェーブを描く、プラチナブロンドの髪。

 透き通るような白い肌。

 鈴を転がすような澄んだ声音。

 意志の強そうな赤い瞳は好みが分かれるかもしれないが、個人的には嫌いじゃない。

 ドレスを着て微笑めば、まさにお人形そのものだ。


 だが、しかし。

 人の話も聞かずに飛び掛かってくる狂暴さと息を吐くように次々と飛び出す暴言が、それらを台無しにして余りある。

 外見から期待されるお嬢様然とした内面と実際の性格の落差が激しすぎて、がっかり感がすさまじいのだ。

 不良が猫を助けると良い人に見えるという錯覚の逆パターンだ。


 どちらかというと、飛び蹴り女よりも白い少女のほうが、俺の好みに合っている。

 顔が少し見えただけだが、多分そんな気がする。

 あの子はあの子でまともに会話が成立するのか怪しいところがあるが、最低でも口を開けば暴言が飛び出すということはなさそうだった。


「すまん、やっぱり俺には良さがわからん」

「そうかい?なら、君とは仲良くなれそうな気がするよ」

「なんでそうなる?」


 女の趣味が合うというならまだしも、ここまで意見が相違しているというのに仲良くなれるもあったものではない。

 怪訝に思って男を見上げると、そいつは微笑を浮かべて得意気に言った。


「女の趣味が合うようなら、奪い合わなきゃいけなくなるだろう?」

「……おお、なるほど」


 そういう考え方もあるのか。

 なんだか目からウロコだ。


「僕はクリス。君の名前を聞いてもいいかい?」


 銀髪イケメン改めクリスは、立ち上がりながら俺の名前を尋ねる。


「アレンだ。この都市には最近着いたばかりだが、よろしくな」


 俺もいつまでも往来に寝転がっているわけにはいかないから、上体を起こしながらクリスに答えた。


「そうなのか。僕も似たようなものだよ。まだパーティも見つからなくてね、機会があったらよろしく頼むよ」

「ああ、機会があったらな」


 クリスは右手をヒラヒラと振ってにこりと笑うと、南通りを北に向かって消えていった。


「なんだったんだ、一体……」


 不思議な奴だったが、悪い奴ではなさそうか。

 先ほどの言葉は社交辞令のつもりだったが、機会があれば本当にパーティを組んでみるのも面白そうだ。


「もうすぐ、そろそろフィーネが昼休憩に入る時間か」


 幸いそれなりに清掃がされている石畳は、少し寝転がったくらいで服に汚れがこびりついたりはしない。

 俺は軽く服を叩いて砂ぼこりを落とすと、フィーネを待つためにギルド内に戻る。


 なんだか、狩りを始める前に心が折れそうだ。


 心の前に、アバラが折れてないか確かめないといけないが。





 ◇ ◇ ◇





「――――ということがあったんだ。ひどい話だろ?」

「ふーん、こんな短時間でよくそんな目に…………いや、私が聞きたかったのはその話じゃないから」


 フィーネが指定したお高めの料理店の窓際の席。

 フィーネを待つ間に起った出来事について、昼食をつつきながら彼女に話してみると、呆れ顔とともにつれない言葉が返ってくる。


(でもなー、よく考えたら飯食いながらするような話じゃないんだよな……)


 どうしたものかと考える時間を確保するために、俺は葉野菜のサラダにフォークを突き刺す。

 昼食の方は、銀貨一枚もするから何が出てくるかと期待していたが、どうやら『多種多様なメニューを少量ずつヘルシーに』というコンセプトらしく、海鮮や野菜を中心としたメニューがスプーンで2~3杯くらいずつ出てくるだけで、俺としては少々物足りない。

 フィーネのほうも、重要なのは『高価なランチを男におごってもらうこと』であるらしく、料理自体を楽しんでいる様子はなかった。

 さきほどから海鮮のマリネをフォークでつつくだけで、料理が減っていないことがその証左だ。


「もったいないから、全部食えよ。俺の半月分の食費より高い昼飯だぞ」

「貧乏くさいこと言わないでよ。恥ずかしい」


 フィーネがあたりをきょろきょろと見回すが、俺たちの会話に聞き耳を立てているような人間がこんなところにいるはずもない。

 ほっとしたような表情でこちらに向き直ると、もったいないのはそのとおりだと思ったのか、ようやく料理に手を付け始めた。




「私だって、悲しかったんだから……。死んじゃったんだと思ってた」


 しばしの間、無言で料理を口に運び、食後の紅茶に口を付けた彼女がぼそっと呟いた。

 紅茶を見つめる悲しげな視線が、その言葉が嘘ではないことを物語っている。


「ラウラさんとはじっくり話し込んでいったのに、私には挨拶もなしでさ」

「ごめん……」

「4年前だって、あんたのために初心者にちょうどいい依頼を探して、先輩たちにお願いしてキープしてもらってたのに。いつまで待っても来ないしさ」

「ごめん……」

「ごめんばっかり」

「………………ありがとう」

「……なにがありがとうよ」

「俺のことを覚えていてくれて、かな」

「忘れてると思った?」

「4年も経ったから、もしかしたらってね。それに――――」


 ()()()()()を覚えてるやつは、実際もう多くないはずだしな。


 再び、二人の間に沈黙が流れた。

 料理店の客層は若い男女のペアや女性のグループが多く、多くのテーブルは賑やかだったから、余計にこのテーブルの静けさが際立っている。


 フィーネは窓から外を眺めて何事かを考えるような仕草をしたあと、紅茶を飲み干したカップの底を見つめながら、ふいに語りかける。


「私は、それを知らない方がいいのかな?」

「え?」


 反射的に聞き返してしまった。

 フィーネは、今度は俺をまっすぐに見つめて言葉を続ける。


「あんたは、私にそれを知ってほしくないのかな?」

「…………」

「私は、この4年間にあんたがどこで何をしてたのか――――どうして『アレン』と名乗っているのか、知りたいと思ってる。でもね、あんたがそれを言いたくないなら、無理に聞き出そうとは思わない」

「……あんまり、聞いて気持ちのいい話じゃあない」


 話して気持ちのいい話でも、ない。


 しばし見つめ合うが、彼女の視線に押し負けるように、俺は視線をそらしてしまう。

 彼女はアレックスを知る数少ない人間だ。

 そして、見習いだったとはいえ、ギルドではいろいろと世話になった恩もある。

 客観的事実だけを並べて行けば、俺がフィーネに過去を話さなくてもいい理由の方が少ないだろう。

 それでも彼女は聞かなくてもいいと言ってくれている。


 でも、それでいいのだろうか。

 俺が彼女に過去を話したくない理由。

 それは、彼女に悲惨な過去を聞かせたくないから――――ではない。

 結局、俺自身が自分の情けない過去を彼女に知られたくないだけなのだ。

 彼女は今の俺が気を使わずに話ができる数少ない人間のひとりだから、そんな彼女に軽蔑されることを、俺は恐れているのだ。


 彼女の言葉に甘えるか。

 彼女に恥をさらけ出すか。

 思考は堂々巡りを続け、結論は出ない。


「やっぱりいいわ」

「え?」

「今は、聞かないことにする」


 彼女に恥をさらさずに済んでほっとしたような気持ちと、彼女に呆れられてしまったのではないか不安な気持ちが入り混じる。

 俺は返す言葉を探したが、それより先に彼女の言葉が続けられた。


「あんたがいない間、いろんな冒険者を見てきたけれど……。私が一番期待してるのは、あんたなの。D級で、武術も攻撃魔法もない、ぱっとしない冒険者だけど。それでも私が期待したいのは、やっぱりあんたなのよ」


 それだけは覚えておきなさいよね、と言い終わるとともに視線を切られる。

 俺はまだ、返す言葉を見つけることができず、彼女を見つめるばかり。

 彼女からそこまで期待されている理由が、本当に思い当たらなかった。


(見習い同士だったから?幼い頃から知っていたから?)


 そんな簡単な話ではないように思えた。

 愛だの恋だの、そういった浮ついた感情とも違う。

 フィーネの瞳から伝わってきたのは真剣――――いや、必死と形容してもいいくらいのストレートな感情だった。


 その感情の源泉はどこにあるのか。

 気になったが、それを彼女に尋ねることは躊躇われた。


 自分のことを話していない俺が、それを聞く資格はない。

 そう思った。


「それで、なんでお金が必要なの?」

「ん、ああ……ちょっと、な。なんていうか、家を買ったら税金がどーんと……」

「なんでこの時期に……で、いくらよ?」

「金貨3枚分足りない」

「はあ!?」


 驚きのあまり大声をあげたフィーネに、周囲の客の迷惑そうな視線が集中する。

 恥ずかしそうに両手で口を押さえて恐縮する彼女だが、その目は恨めしそうに俺を睨みつけている。

 いろいろ悪いと思ってはいるが、これに関しては睨まれても困る。


 周囲の客の視線が逸れると、俺たちは小声で話を再開した。


「なんでそうなるのよ。屋敷でも買わなきゃそんな金額にならないでしょ?」

「まさに屋敷を買っちゃったんだよなあ……。安くて、つい」

「わけわかんないんだけど。それに、300万デルも課税される屋敷なら、売れば300万デル以上になるんじゃない?」

「事情があって、それはできない」


 また秘密か、とばかりにジト目になる彼女を今度屋敷に招待するからと言ってなだめる。

 ダメだ、話せば話すほど呆れられてしまう気がする。


「……明日の朝一」

「え?」

「用意しておいてあげる。遅れたり、まして来なかったりしたら承知しないからね、アレン」


 そう言い残すと、彼女は席を立って店の入り口から外へ出て行った。


 俺はひとり席に残ったまま、ギルドへ戻っていく彼女の背中を見つめていた。





 ◇ ◇ ◇





 翌朝、日の出とともに屋敷を出た俺は、ギルドのロビーでフィーネの姿を探していた。


 フロルが用意してくれた薬草茶のおかげか、心配だった脇腹のケガも一晩寝たら痛みは引いている。

 疲労感は残っているが、昨日は濃い一日だったから精神的なものだろう。

 総合的に判断して、絶好調とまではいかなくても影響なく動ける程度の体調という感じだ。


 しかし、肝心のフィーネが見当たらない。


「冒険者ギルドの『朝一』ってこれくらいの時間だよな……?」


 正確な時間を確認するタイミングを逸してしまったのは痛かった。

 もっとも、あの別れ方をした後でフィーネを追っかけて時間を確認する度胸は俺にはなかったから、どうしようもないのだが。


 周囲は、遠出するつもりなのか大荷物を背負った冒険者で混雑しており、冒険者用の受付窓口も彼らで埋まってしまっている。

 どうすることもできず、周囲を観察しながら時間をつぶしていると、混雑も次第に緩和されていき、ようやく冒険者が途切れる受付も出始めた。


「待たせたわね」

「おお……、忘れられたかと思ったぜ」


 客の途切れた受付で対応していた女性と入れ替わるように現れたフィーネが、俺を受付に手招きする。


「待たされる側の気持ちが理解できた?」

「…………」


 これには無言で両手を挙げて降参のポーズ。


「冗談よ。それで、今回あんたに紹介する依頼なんだけど……、実はあんたじゃ受けられないのよね」

「…………?」


 どういうことだ。

 俺が受けられない依頼を、どうして俺に紹介するのか。


「ここじゃアレだから、続きはあっちでね」


 そう言うと、フィーネは受付から少し離れたところにある席に俺を誘う。

 このスペースは、受付ではしにくい話をするときに利用されるスペースで、設置された衝立がロビーにたむろする冒険者や一般客の視線を遮ってくれる。


「まず、今回の依頼はこれ。一般の依頼者じゃなくて、冒険者ギルドが発行した依頼よ」

「えーと、どれどれ……」


 フィーネが木製のテーブルに置いた一枚の依頼票に目を通していく。

 書式は掲示板に貼られているものと同様。

 依頼の概要、達成報告の方法、期限、報酬、適正ランクなどなど――――依頼を受けるかどうか判断するために必要なことが書かれている。


「内容は、『南西の火山地帯で発生した異変の調査』よ。といっても、異変が発生したのはもうずいぶんと前のことで、それ以来定期的に発行される調査依頼なんだけどね」

「ほうほう……」

「冒険者に求められるのは、指定された地点の状況を調査して指定の書式で報告書を作成すること。それと、実際に調査地点に行ったことを証明するために、調査地点の近くで土を採取してくること」

「ふむふむ……」

「火山の麓にある街まで馬車で半日くらい。調査自体は1日で終わるから、だいたい3~4日くらいあれば片付けられるはず。期限は7日間だから、準備する時間はあるけどのんびりするほどの余裕はないかな」

「なるほど……。ところでひとつ聞きたいんだが」

「どうしたの?」

「この依頼票、備考のところに『受注制限C級』と書いてないか?」

「そうよ。だから、あんたじゃ受けられないって最初に言ったじゃない」

「え?ああ、そうだったな……」


 それはそうなんだが。

 わかっているなら、なんで俺に紹介したんだ。

 視線でフィーネに問いかけると、彼女は急に声色を変えて、普段受付嬢をやっているときのように、冒険者である俺に確認をとる。


「さて、この依頼を受注しますか?アレンさん」

「…………」


 受けられない依頼を受けるかどうかと尋ねられている。

 まさか、フィーネは――――


「受付嬢だってミスをすることもあるのよ。例えば、依頼票の注意書きを見落としたりとかね」

「おいおい……」

「言っておくけど、D級冒険者が1月で300万デルを稼げる依頼なんてどこにもないからね」

「…………」


 そんなことはわかっている。

 300万デルと言えば、一般的な労働者の給金の半年分か、人によっては1年分に相当する。

 それを1月で稼ごうというのだから、危険な仕事になるのは当然だ。

 それはいい。

 俺としては願ったり叶ったりだ。


 問題は――――


「お前は、そんなことして大丈夫なのか?」


 もうフィーネは見習いではない。

 こんなことをやらかして、それが発覚したらどうなってしまうのか。


「私は気づかずにあんたに依頼を受注させた。あんたは気づかずに依頼を受注して成功させた。あとからギルド職員の誰かが気づいても、私が小言をもらうだけで済むわ。表沙汰にしなくていいことをわざわざ表沙汰にして謝罪するほど、ギルドも綺麗じゃないし。だから大丈夫よ。あんたが、この依頼を成功させる自信があるならね」


 大丈夫だ、と即答することはできなかった。

 失敗しようが大ケガしようが、俺だけで済むならいい。


 でも、今回はそうではない。

 俺なんかのためにここまでしてくれるフィーネにリスクを背負わせるということに、抵抗を感じてしまうのは当然のことだった。


「この依頼に受注制限が掛けられている理由はなんだ?」

「前は受注制限なんてなかったんだけどね。ここ数回、この依頼を受けたD級以下の冒険者パーティが帰ってこないことが続いたの。そのたびに、C級以上のパーティで未帰還の原因も含めて調査したんだけど、結局何もわかってない。推測だけど、弱そうな冒険者だけを狙う盗賊でもいるんじゃないかって話になってる」

「なるほどな……。実質的には未確認の脅威を調査することも含めた複合依頼ってことか」

「そういうこと。本来の依頼料はそこまで高くないけれど、脅威の確定や討伐に成功すれば追加報酬があるわ」


 D級冒険者のパーティへの襲撃を成功させるような盗賊なら、ソロで動く俺が標的にならないということはまずないだろう。

 そして、冒険者のパーティが3~4人とすれば盗賊は最低でもそれより多い人数、おそらく倍以上の人数で徒党を組んでいるはずだ。

 そうでなければ、冒険者パーティが数度にわたって誰も帰らないということは考えにくい。


(D級のパーティをコンスタントに全滅させられるような盗賊を、俺は相手にできるだろうか?)


 俺が持つスキルや経験の中に隠密行動に役立つものはないから、この依頼を受けて火山地帯に赴けば盗賊との遭遇は避けられない。

 特別索敵能力に優れるわけでもない俺が敵地をうろつけば、先制されるのは確定事項。

 盗賊との戦闘開始時に、すでに包囲されているということもあり得ない話ではない。

 そして、依頼の()()()に気づかれるわけにもいかないから、危険でもソロで受注する必要がある。


 昨日チンピラまがいの冒険者を相手にしたときとは、わけが違う。

 間違いなく、命がけの冒険になる。


 自信がある、なんて言えるわけがない。


(やっぱり、ダメだ……)


 フィーネには申し訳ないが、彼女までを巻き添えにすることはできない。


 俺は、この依頼を断ろうとして口を開きかけた、そのとき――――




『私が一番期待してるのは、あんたなの』




 昨日、フィーネにかけられた言葉が頭の中によみがえった。




「すまん、フィーネ……」

「…………そう」


 彼女の表情が、落胆に染まる。

 彼女が依頼票を握る手に力が入り、依頼票がくしゃりと音を立てた。


「仕方ないわね……」


 そう言うと、彼女は依頼票を手元に引き戻そうとして――――


「この依頼、俺に任せてくれるか?」


 俺に、その手を掴まれた。


「……ッ、そのために用意したのよ」


 彼女は、はっとしたような表情の後に微笑み、またはっとしたように下を向いて、依頼票をぐいっと俺に押し付けた。

 ころころと表情を変える彼女は、なんだか可愛らしかった。


「ああ、そうだったな」


 俺は受け取った依頼票を見ながら、自分の名前などの必要事項を書類に記入してフィーネに差し出す。


「帰ってこなかったら許さないから」

「失敗したら、じゃないのか?」

「失敗したら許さないから!」

「おう、行ってくる」


 フィーネから受け取った依頼票を握りしめると、俺はエントランスホールを横切って冒険者ギルドの外に出る。

 まだ日は昇りきっていないが、ゆっくりしてはいられない。

 引き受けると決めたからには、絶対に成功させる。


 出発前にやらなければならないことを頭の中にリストアップしていく。

 買ったばかりだが装備の点検もしておきたい。

 <回復魔法>を使える仲間もいないから回復用のポーションも必要だし、盗賊が毒を使ってきたときのために毒消し薬も買っておいた方がいいかもしれない。

 逃走用に煙玉なんかもあったほうがいいだろうか。

 <強化魔法>があるから少し荷物が重くなっても問題はない。

 使いそうなものは何でも持っていこう。


「よし!」


 これからの行動計画を組み立てて足を踏み出そうとした、そのとき――――




「その依頼、僕もかませてくれないかい?」

「ッ!」




 不意に背後から声がかかる。


 驚いて振り向くと、そこには――――


「やあ、また会ったね。アレン」


 E級冒険者、クリスの姿があった。


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