表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
467/468

ラースの依頼




 新興都市の騎士団長が投降してきた。


 血相変えて飛び込んできたギルド職員の言葉に、会議室は騒然となった。


「新興都市の騎士団長は、辺境都市冒険者ギルド前線司令部の責任者と面会を希望しています。ど、どうしましょう……?」

「責任者って……」

 

 慌てふためくギルド職員の問いに、ネルが珍しく困ったような声で呻いた。


 前線司令部の責任者は、丸一日経った今も現場に復帰していない。

 密かに行われた報復の内容をネルは知らないが、これ幸いと<回復魔法>も掛けずに放置していたことを負い目に思っているのかもしれない。

 

「体調がすぐれないなら仕方がない。切り替えていこう」

「…………」


 俺は努めて明るい声音で宣言し、相棒の視線から逃げるように受付嬢に近づいた。


 指揮権を確認すると、そもそも内部規則に基づいて設置されたわけでもない臨時の前線司令部に、次席指揮官など存在しないという。

 強いて言えば気弱な事務職員が代理で職権を行使できるそうだが、本人が真っ青になって固辞したため、冒険者たちを事実上仕切っているクリスが代理として面会することとなった。


 もちろんクリス一人だけで対応させる理由もないので、俺とネルも同席する。

 クリスは捕虜を武装解除した上で会議室に連行するように指示し、俺たちから10メートルほど離れた場所に椅子を1つ設置させた。


 俺たちがやったのは、自分たちが座るソファーの向きを変えることだけ。

 慌てる姿を見られるのはもちろんのこと、警戒感を全面に出し過ぎても舐められるので、その後は特に動かず捕虜との面会に備えて話し合いを始めた。


 一方、その場にいた多くのD級冒険者たちは盛大に慌てふためき、各所へと走った。

 今日の報告を済ませた者はすでに解散していたが、そういった者たちにも知らせはあっという間に伝わった。

 結果、『呪いの館』や宿に待機していたC級も含め、この街にいる大半の冒険者が勢ぞろい。

 当然ながら会議室に入りきらず庭にまで溢れたため、会議室と庭を仕切るカーテンやガラス戸を急遽開放することとなり、辺境都市冒険者ギルド前線司令部は一気に風通しの良い空間となった。


 そして、空が橙色に染まり影が伸びる空の下。


 大勢の冒険者に包囲された捕虜が庭から会議室に入室し、会談が始まった。


「僕は、辺境都市冒険者ギルドの筆頭パーティ『黎明』のクリス。現在、ここを仕切っている者だ。貴方は、新興都市の騎士団長……ということでいいのかな?」

「ラース・ロジェ。ハイデルベルク騎士団の長であり、B級冒険者も兼ねている」

「そうなのかい?噂では、新興都市の騎士たちは全て盗賊に転職したと聞いたんだけど」


 早速、クリスから挨拶代わりのジャブが飛んだ。

 しかし、ラースは表情を動かすことなく口を閉じている。

 騎士団長という要職にある彼は、この程度の挑発で怒りを顔に出すことはしないようだ。

 クリスの挑発を捉え、逆に切り返してくる。


「私は自らの立場を名乗ったはずだが。辺境都市の冒険者は、礼儀を知らないようだ」


 クリスを慕う冒険者たちが一斉に殺気立ち、会議室に緊張が満ちる。


 そんな彼らを、相棒は片手を軽く上げて制した。

 余裕は崩れない。


 優しく微笑んだまま、クリスは厳しい言葉を打ち返す。


「冒険者を兼ねると聞いた気がするけれど、僕たちの流儀は肌に合わないようだね。まあ、騎士団長に相応しい待遇を望むのなら、貴方の望みを叶えよう。辺境都市の騎士団長はここから遥か西、魔導馬車で2日のところにいる。案内を付けるから、そちらを訪ねるといいよ」

「…………」


 ラースはまたしても無言。

 しかし、先ほどと違い、反論が紡がれることはなかった。


 クリスの言う通り、新興都市の騎士団長として辺境都市側と交渉するにしても、あるいは単に領主同士の交渉の使者であるにしても、こちらではなくジークムントを訪ねるのが筋というもの。

 今回の件に関して、辺境都市冒険者ギルドは辺境都市の要請で動いているに過ぎず、辺境都市を代表する権限などないのだから、辺境都市と交渉したいのであれば冒険者ギルド前線司令部の責任者を訪ねたところで意味がない。


 つまり、ラースがここに来た目的は、辺境都市側との交渉ではない別の目的があるからだ。


 例えば、新興都市で暴虐の限りを尽くしている黒鬼を討滅してほしいとか。

 例えば、市民を避難させるために護衛を手伝ってほしいとか。


 領主サイドに依頼しても足元を見られることが分かりきっているから、悪感情があっても金で片付くかもしれない俺たちの方を優先したのだろう。

 あるいは、この街から辺境都市まで移動する時間すら惜しまなければならないほど、新興都市の状況が悪化している可能性もある。


 事前の話し合いの末、俺たちはそのような予想を立てた。


「ようこそ、辺境都市冒険者ギルド前線司令部へ。()()()()()は、どのような用件でこちらへ?」


 クリスが受付嬢に代わり、定型句を口にする。


 冒険者ギルドの対応は、依頼者が何者であっても変わらない。

 もちろんそれは建前上の話で、貴族などの面倒な依頼者に対して多少の便宜を図ることもあるのだろうが、クリスの言葉は明確にそれを否定した。


「…………」


 ラースは小さく息を吐いた。


 小手調べはおしまい。

 ここからが本題だ。


「辺境都市冒険者ギルドに依頼したい。内容は、新興都市を襲撃した黒鬼の排除だ」


 周囲の冒険者たちがざわつく。

 『陽炎』が持ってきた情報はまだ共有されていないので、彼らにとっては寝耳に水だろう。


 ざわめきに構わずこちらの様子を窺うラースは、俺たちの表情が変わらなかったことで、情報がすでに伝わっていることを察したようだ。


「驚かないのだな」

「いいや、驚いたよ。魔石の管理が甘かったのかな?」

「……まさか、お前たちが!!?」

「同類にされるのは不快だから否定しておくよ。妖魔を用いて人々の生活を脅かす貴方たちには、お似合いの末路だと思うけどね」

「…………ッ」


 痛烈な批判を受けて、ラースは何かに耐えるように顔を伏せた。

 平民なんてどうなろうと知ったことか、というタイプも想定していたのだが、どうやら良心の呵責は感じているらしい。


(あんまり遊ぶな……)


 テーブル上のお茶を取る動作とともにアイコンタクトを送ると、クリスは微笑を浮かべた。

 焦らすのも1つの方法だが、それは情報収集が済んでからの話。


 もっとも、ここまでの会話は交渉術というより、クリス自身の苛立ちの発露のようにも思えたが。


「さて、まずは色々と話してもらおうかな。新興都市の状況も、どうしてこんなことになっているのかも。可能な限り、詳しく頼むよ」





 ◇ ◇ ◇





 新興都市の窮状。

 商業都市との歪な関係。

 商業都市領主の野望。


 ラースは求められるままに、次々と情報を吐き出した。

 商業都市から縁切りされたくだりは流石に感情が滲み出ていたが、多くの部分は淡々と、客観的な事実のみを提示していたように見えた。


(3つの都市の領主家はどれも伯爵家……。同じ爵位を持つ大領主だってのに、ここまで力の差があるものなのか……)


 辺境都市のオーバーハウゼン伯爵家と商業都市のシュッツガルド伯爵家はともかく、間に挟まれた新興都市のハイデルベルク伯爵家は、まるで鉄砲玉のような扱いだ。


 これほど強力な干渉が存在するなら、その痕跡を隠しきることは不可能だろう。

 この場で即時に確認することは難しくとも、辺境都市に問い合わせれば真偽は容易に知れる。

 その事実が、間接的にラースの証言の正しさを保証していた。


「「「…………」」」


 すでに日は沈み、冒険者たちはこの場に留まることを誰にも強制されていない。

 それでも、ほとんどの者が最後までラースの話に聞き入っていた。


 敵意の方が圧倒的に多いのは相変わらず。

 しかし、ラースに向けられる視線には、いくらか同情も混じり始めている。


「うーん……。状況に関しては、こんなところかな?」


 クリスが視線を向けた先で、書記を務めていた受付嬢が頷く。

 ラースの背後に回って冒険者たちに紛れている『陽炎』も含め、周囲から質問もなさそうなので、話はようやく核心に移った。


 もちろん、依頼条件の話だ。


「依頼の条件について、何か提案はあるかい?」

「先に伝えた通り、依頼の内容は新興都市から黒鬼を排除することだ。最終的には討滅してもらいたいが、まずは都市外壁の内から外に誘導するだけでも構わない」

「報酬は?」

「魔石の所有権は放棄する」

「当然だね。それで?」

「……都市の復興に、多くの資金が必要だ。現金報酬は、被害額の算定が済んだ後に再度交渉したい」


 あまりに虫のいい話に、周囲の冒険者たちの視線が厳しさを増す。

 こういう反応になるだろうことは本人もわかっているはずだが、それでも口にするのはそれだけ新興都市が窮乏しているからか。


 だが、相手が貧乏だからといって金を取らないなら、冒険者は干からびてしまう。

 クリスは表情を変えず、呆れたように溜息を吐いてみせた。


「その条件なら新興都市冒険者ギルドに依頼した方がいいね。もしかしたら、地元のよしみで受けてくれるかもしれない」

「……いくらだ?」


 ラースに問われたクリスは、受付嬢に視線を向けた。

 ここまで記録に専念していた彼女も自身に求められていることを理解し、少しばかりの思案の末、おずおずと口を開いた。


「討伐対象の総数が不明ということであれば、単価を設定するのが一般的ですが……。ただ、それだって状況によりけりですので……」

「まあ、それもそうだよね。それじゃあ、何か意見がある人は自由に発言していいよ」


 クリスは受付嬢の次に、周囲の冒険者たちに投げ掛けた。

 広い意味ではこの場に居る全員が利害関係者だから、何か意見があってもおかしくはない。


 後々話が拗れないように、意見を聞いたという既成事実を作る意味でも悪くない選択だ。


 しかし――――


「ま、待ってくれ……ッ!!」


 互いに顔を見合わせる冒険者たちの輪。


 悲壮感を露わにした一人の男が、そこから抜け出して声を上げた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ