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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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黒鬼の行方




 黒鬼の群れが街に押し寄せた翌日の朝。

 輸送船で辺境都市に帰るティアを見送ると、俺はクリスやネルとともに代官屋敷に向かった。


 戦闘に参加した後は順番が後ろに回るのが通常だが、昨日は全員が黒鬼と戦ったので、順番が一周して元に戻った扱いになる。

 昨日に続きクリスが二番手で俺が三番手なので、ルールに従い待機しなければならないのだ。


 ネルは相変わらず順番に組み込まれていない。

 怪我人が発生したときのために街で待機するのが彼女の役割なので、会議室に詰めている必要はないのだが――――


「……なに?」

「なんでもない」


 ティアがいなくなって暇になったからか、ネルもフロルのお菓子とクリス目当てでこちらに来ることにしたようだ。

 会議室に到着すると、すでにD級冒険者は出発した後で、会議室に残っている者は多くなかった。

 そのうちの一人が、顔を顰めながら愚痴をこぼす。


「くそ、今日も一番手か……」


 見覚えがあると思えば、昨日も一番手だったC級パーティだった。

 事前情報が不十分だったせいで一度出発し、黒鬼の群れを見るなりUターンして迎撃戦に加わるという突発的な対応を要求された分、ほかのパーティよりも疲労が大きい様子。


 そこまで辛いなら代わってやろうかと思ったのだが――――


「こうなるのは昨日から分かってただろ。飲みすぎだ」

「あれを生き延びたのに、二日酔いが原因で死んだら馬鹿だぞ。しっかりしろ」

「あ、こら、叩くな……。ウッ……」


 仲間に背中を叩かれて吐きそうになっているのを見て、俺は口を閉じた。


 なお、二日酔いは<回復魔法>では治らないらしい。

 仮に有効だとして、ネルが彼を助けてやるかどうかは微妙なところだろうが。


「それで、何か新しい情報はあるかい?」


 二日酔いのリーダーを抱えて退室した一番手のパーティを見送った後、クリスが受付嬢に話しかけた。


 問われた受付嬢は口元に指を当てて天井を見上げながら、クリスに伝えるべき情報を忘れていないか思案する。

 少しの間だけ唸った後で、受付嬢はポンと手のひらを叩いた。


「ああ、そうでした。『呪いの館』に確認したところ、あちらでも黒鬼は群れで動いていたようです」

「群れはいくつ?」

「9個と聞いています」


 『呪いの館』は群れに遭遇したにもかかわらず、そのまま哨戒を続けたらしい。

 普段通り夕方になって帰還して、むしろお祭り騒ぎの方に面食らっていた。


「あの程度の数じゃ、異常事態とも思わないか」

「いえ、妖魔の動き自体は想定外のものだったようです。より多くの情報を集めるために哨戒を継続したと聞いています」


 なんと無しに呟いた言葉に、受付嬢が答えをくれた。


 想定外の動きとは、黒鬼の南下のことだ。

 そこまで活発に移動しない妖魔が徒党を組んで長距離を移動するというのは、やはり珍しいのだろう。


「もしかすると、昨日の件は新興都市側が意図していない動きなのかもしれないね」

「うん……?」


 大きなテーブルに広げた地図の前に立ち、それを見ながら考え込んでいたクリスが呟いた。

 俺もお茶会セットの用意を中断し、クリスと並んで地図を見下ろす。


「黒鬼の群れを目標に向かって移動させることができるなら、もっと効果的な使い方があったと思わないかい?」

「まあ、たしかに……」


 これまで新興都市側が性懲りもなく前線に黒鬼を投入していたのは、クリスたちをこの街に張り付けるためだ。

 ここに戦力をおびき寄せて手薄になった辺境都市を奇襲するため、そして奇襲前に戦力を疲弊させるために、短期的には不利になる逐次投入を敢えて繰り返したのだと考えていた。


 しかし、昨日の動きが新興都市の狙い通りなら、前提が崩れてしまう。


 わざわざ大量の黒鬼を消費せずとも、例えば黒鬼が一斉に辺境都市領各地を目指すような動きを見せるだけで、ずっと効果的な陽動が可能になるからだ。

 各地に駐屯する騎士や冒険者たちで対応できない規模の群れに領地を蹂躙されたら、領主も不利を承知で領都から戦力を抽出せざるを得ない。

 俺かアルノルトたちのどちらかでも都市外に出ていたら、先日の被害はもっと甚大なものになったはずだ。


 一体、新興都市は何を狙っているのか。

 会議室に残る者たちが地図を囲んで首を捻っていると、気弱そうな事務方がおずおずと声を上げた。


「実は、その件で『陽炎』から『黎明』に報告があると……」

「アーベルから?」


 『陽炎』は昨日の迎撃に参加していなかったから、何か別の仕事を割り振られていたのだとは思っていたのだが、事務方によると『陽炎』は新興都市領に潜入して情報を収集する役割を任されていたらしい。


 冒険者全体に周知する前に相談したいことがあると伝えられ、クリスとネルを連れて別の部屋に移る。

 移動した先では、すでに『陽炎』のアーベルとカルラがくつろいでいた。


「早速、新興都市側の動きだが……。どうやら、彼らはこちらが思っているより追い詰められているようだ」


 挨拶もそこそこに、彼らは本題を話し始めた。




 

 ◇ ◇ ◇



 

 

 今回の騒動は、思えばおかしなところばかりだった。


 新興都市領の騎士と思しき連中が盗賊を偽装して黒鬼をけしかけていることはもちろん、辺境都市冒険者ギルドから新興都市冒険者ギルドに送られた情報が活用されなかったことも、今をもって新興都市冒険者ギルド側から何の反応もないこともそう。


 だから、新興都市冒険者ギルドが今回の件に加担しているようだと聞かされても、大きな驚きはない。


 俺を驚愕させたのは、別の情報だった。


「は……?黒鬼の群れが、()()()()に……?」

「地獄のような光景だったよ」

「100や200じゃない。前触れもなくバカみたいな数の黒鬼が都市内で暴れ始めたから調査は切り上げたけど、あれは相当な被害が出ただろうね……。初動で上手く抑え込めなかったなら、都市が壊滅していても不思議じゃない」


 アーベルとカルラがしみじみと呟く。

 どうやら冗談ではないらしいが、なかなか信じがたい情報だった。


「新興都市側は、黒鬼を制御できてるんじゃなかったのか?」

「うーん……。これまでは、持て余しているような印象は受けなかったけど」


 クリスが首をかしげている。

 もうかれこれ1月以上もここに留まっているクリスが言うなら、間違いはないはずだが。


 しばらく首を捻っても、答えは見つからないようだった。

 

「まあとにかく、敵地の調査お疲れ様だ。今の話、ドミニクには?」

「つい先ほど連絡を入れたばかりだ」

「じゃあ、一旦待機だね。明日にも何か指示があると思うけど、今日はこのままゆっくり休んでほしい」


 そのまま情報を公開すると冒険者たちの動きを制御できなくなる可能性があるため、ほかの冒険者たちには一旦伏せておくことだけを取り決め、その場は解散となった。


 アーベルとカルラを労い、俺たちは閑散とした会議室に戻って待機を継続する。


「うーん……」

「難しいね……」

「…………」


 伏せると決めた手前、口に出して相談はできない。


 会議室に戻っても、『陽炎』からもたらされた情報はしばらく俺たちを悩ませ続けた。






 考え事をするには集中力が必要で、集中力が切れたら思考は停滞する。


 各自で思索にふけっていたのも最初だけ。

 入れた記憶がないソファーとテーブルを保管庫から取り出し、雑談しながらだらだらと過ごしていたら、いつの間にか夕方になっていた。


 哨戒に出ていたD級冒険者が次々と帰還して受付嬢に報告するのを聞いていたが、黒鬼を発見した者は一人もいなかった。

 『呪いの館』の担当範囲も同様だったので、見落としや間違いではないのだろう。


 なお、黒鬼が1体も捕捉されなかったのは、緊急依頼が発行されてから初めてのことだという。

 『陽炎』から報告された新興都市側の混乱ぶりが、図らずも裏付けられた形だ。


「うーん……。よくわからないけど、緊急依頼は完了になるのかな?自分の家が火事なら他所にちょっかい出す余裕もないだろうし」

「かもなあ……」


 今頃辺境都市ではギルドと領主サイドとで協議が行われているはずだから、その結果次第だろう。

 騎士団が担当する北西部でも黒鬼が発見されなかったとしたら、クリスの予想通りになる可能性が高い。


(本当に貴族ってのは、何を考えているやら……)


 俺はソファーから立ち上がり、腕を組んで伸びをしながら大きなあくびをした。




 血相を変えたギルド職員が会議室に飛び込んできたのは、そのときだった。




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