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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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近道




「お疲れさまでした」

「「「おつかれさまでした!」」」

「お、おう……」


 街から東側に逸れる進路を取っていた2個の群れを手早く掃討。

 D級冒険者たちの丁寧な対応に若干困惑しながら馬車に乗り込むと、馬車はすぐさま街へ向かって出発した。


 街への帰りは街道を進むから、揺れの心配も必要ない。

 御者には申し訳ないが、車内にいる俺たちは休憩がてら雑談の時間だ。


「心配はしていませんでしたが、想像以上に圧倒的でした」

「本当にすごかったです!あんな、一撃で妖魔を倒すなんて!」


 先ほどまでは落ち着いていた剣士の少女が、興奮を抑えきれず身を乗り出した。

 純粋なキラキラとした瞳を向けられる経験は多くないので、悪い気はしない。


「鈍重で耐久力が高いタイプは相性が良いんだ。俺にだって苦手な妖魔はいる」

「そうなんですか?ちなみに、どんな妖魔が……?」

「例えば…………ああ、妖狐だな。あいつら空飛ぶから……」


 正確には空を飛ぶことではなく空を飛ばされることが苦手意識の根幹なのだが、その部分は伏せた。

 憧れの眼差しを向ける年下の少女に、大樹海で妖魔に飼育された話などしたくはない。


「妖狐、ですか……」

「…………?」


 妖狐と聞いた瞬間、少女たちの顔が曇った。

 話を聞いてみると、彼女たちのパーティも妖狐に襲われたことがあるという。

 遭遇直後に魔力を吸われて昏倒し、遊ばれた挙句見逃されたと聞き、勝手ながら親近感が湧いた。


 とはいえ、トラウマ――――までいかずとも失敗談を掘り返したことで、何やら微妙な空気になってしまった。

 それを察したD級冒険者の少年が、気を利かせて話題を変える。


「ここまで順調なら、街に残った者たちの被害も少なく済みそうですね。ティアナさんが抜けたことで殲滅力不足を懸念していましたが、無用の心配でした」

「魔法使いに殲滅力で勝つのは流石に無理だけどな。俺もさして時間は掛からなかったが、ティアなら馬車の横から斉射一回で殲滅できたはずだし……」


 『スレイヤ』に付与したばかりの新機能『魔力を剣に乗せて中距離攻撃!』を使えば一瞬で片付いた可能性もあったが、シエルにあれだけ強く念を押された以上、ぶっつけ本番は流石に無理がある。

 普通に戦っても余裕で勝てる黒鬼に対して、わざわざ暴発の危険がある切り札を使う意味もない。

 とりあえず、『剣に魔力を纏わせて超強化攻撃!』を問題なく使用できることは確認できたので、今のところはこれで十分だ。


「…………」


 話は彼女たちのトラウマから離れたはずだが、正面に座る少女たちの顔がさらに曇った。


 妖狐の話をしていたときより、よほど深刻な顔をしている。

 少年が戸惑う様子を見せると、魔法使いの少女が声を上げた。


「あの、ティアナさんは……」

「まあ、命に別状はないが……。少し無理をしたようだから、大事を取って都市で休ませるつもりだ」


 実際のところ、掃除の心配をする程度には元気なのだが。

 今後もここで踏ん張り続ける冒険者たちの心象を考えると、あまり余計なことは言えない。


 やや濁した言葉の行間を違う方向に読んだのか、魔法使いの少女と斥候の少女は涙を浮かべた。


「私たちが足を引っ張ったから……。本当に、申し訳ありません……」

「…………」


 当時の状況は、ティアから聞いた。

 少女3人というパーティ構成は珍しいので、目の前の少女たちがティアの護衛を務めたパーティだということも当然気づいている。


 だが――――


「お前たちが謝る必要はない」


 俺は努めて柔らかい声で、少女たちの責任を否定した。


 冒険都市出身の少女たちは3人とも未成年であるという。

 俺自身の記憶を遡れば、はぐれ魔獣を見つけて1体1体ちまちまと狩っていた年頃だ。

 当時の俺が黒鬼に遭遇したら間違いなく勝てなかったし、そこに盗賊が乱入したら生存は極めて困難だった。


 それに、ティアが無事で済んだのは彼女たちが迅速に撤退してくれたからだ。

 ティアが取り落としたポーション瓶に残るわずかな薬液を口に含ませたことも、回復を早める助けになったとネルから聞いている。


 つまり、彼女たちは自分たちにできることを精一杯やったのだ。


 責任があるとすれば、それはD級に昇級して間もない冒険者を護衛にした冒険者ギルドが負うべきものだ。

 冒険者ギルドの都合で実力に見合わない要求を押し付けられた彼女たちが失敗したとて、それを責めるのはお門違い。


 まして、ティアを追い詰めた失着が、仲間を助けるため戦場に踏みとどまることだったと聞いてしまえば。

 それを責める言葉など、口にできるはずもなかった。


「あの……、どうすれば、強くなれますか?」


 そう問うたのは剣士の少女だ。


 彼女は真剣だった。

 妖狐の件も含め、D級になって長くない冒険者としては非常に過酷な道を歩んでいるように思う。


 パーティの命を預かる前衛として、思うところがあったのだろう。


(俺もまだ弱い、が……)


 彼女が求めているのは、そんな言葉ではあるまい。


 事実、俺の実力は剣士の少女と比較すると遥か高みにある。

 <フォーシング>抜きでも、自分より武器の扱いに秀でた相手であっても。

 それを捻じ伏せるだけの力を、俺はすでに手にしている。


 ただ、それは一朝一夕で手に入れたものではなく、言葉で伝えられるものでもなかった。


「何かコツのようなものを求めているなら、期待には応えられないぞ」

「それは……」


 剣士の少女が恥じ入るように俯いてしまう。

 明らかに、掛ける言葉を間違えた。


「まあ、そうだなあ……」


 まとまらない考えをこねくり回し、俺は何とか言葉を繋いだ。


「結局のところ、全ては積み重ねだ。いつか目の前に転がってくる好機を掴むために自分を磨くことが、強くなるための一番の近道だと思う」

「…………」


 剣士の少女は難しい顔をしている。

 もう少しわかりやすい方がいいだろうか。


 唸りながら考えをまとめた俺は、なるべく単純な話に聞こえるように語りかけた。


「例えば、お前にぴったりのすごい剣が見つかったとしよう。その剣があれば、B級の昇級試験の対象を倒せるようになる、すごい剣だ」


 剣士の少女がイメージしやすいように、『スレイヤ』を召喚して青く光らせた。

 少女たちはもちろん、俺の隣に座る少年の視線も釘付けになる。


 彼らの反応を見ながら、俺は話を続けた。


「その剣が、武器屋に5千万デルで置いてあったとする。つまり、その時点で金貨を50枚持っていれば、お前はB級冒険者になれるわけだ」

「金貨50枚……」


 D級冒険者にとって、5千万デルは目がくらむような大金だ。

 彼女たちの財布の中には、多分金貨なんか入っていないだろう。


「当たり前だが、突然財布の中に金貨が増えることはない。財布の中の金貨を増やしたいなら、より強い魔獣を狩って、たくさん金を稼がなきゃいけない。そして、強い魔獣を狩るためには、強い武器が必要だ。それはわかるな?」


 少女は頷き、俺の話の続きを待った。

 俺も笑って頷き返し、彼女の望む続きを語る。


「さて、強い魔獣を狩るのに良い武器が、武器屋に5百万デルで置いてあったとする。つまり、この時点で金貨5枚持っていれば、お前は効率的に強い魔獣を狩れるようになり、B級冒険者への近道を進むことができるわけだ」

「…………?」


 話がループしていることに気づいた少女が、困惑して首を傾げている。

 ここから先は冗長になるので、端折りながらの説明でも十分だろう。


「上級冒険者になるためには5千万デルの剣が必要だ。5千万デル稼ぐためには、5百万デルの剣が必要だ。同じ理由で5百万デル稼ぐためには、50万デルの剣が必要だ。50万デル稼ぐためには…………武器を買い替える必要は、多分ないんじゃないか?」

「あ……」


 剣士の少女は、俺が言わんとすることに気づいたようだ。


 目の前の少女にとって、50万デルを稼ぐことは難しくても不可能ではない。

 おそらくこの緊急依頼を生き延びれば、それくらいの報酬は得られるだろう。


 彼女はすでに、強くなるための一歩を踏み出しているということだ。


「お前の目の前には、強くなるための長い階段がある。チャンスが来たとき、お前が目の前の一段を昇れるかどうかは、それまでお前が積み上げたものに懸かっている。何度も何度も、その繰り返しだ。一段昇るたび、次の一段を昇るための力を得る。だから、焦る必要はない。訓練も、狩りも、依頼も……結局のところ、特別でも何でもない日々が、何よりも自分の糧になるんだ」


 もちろん、無為に過ごせばこの限りでない。

 いつか伝説の剣が手元に転がり込んでくることを夢見て、安全な場所で口を開けて待っているだけでは機会すら得られまい。


 目の前の少女たちは強くなろうとして、そのために行動に移している。

 ならば、あの頃の俺と違い、しっかりと前に進んでいるはずだ。

 目指す場所に辿り着くことを保証することまではできないが、それをわざわざ言葉にする必要はないだろう。


 少女の人生は彼女だけのもの。

 結果も危険も、全ては彼女自身が背負うべきものだ。


「ありがとうございます!なんだか、頑張れそうな気がしてきました!」

「そりゃあよかった」


 少女たちに笑顔が戻り、車内の雰囲気が柔らかくなる。

 大真面目に講釈垂れた甲斐があったが、それも長くは続かなかった。


「街に着きます!」


 御者の叫び声が耳に届き、双眼鏡を片手に覗き窓から顔を出すと、街の北側で戦闘が始まっているのが見えた。


(思ったよりも多いか……?)


 数体の黒鬼と戦うC級パーティ連中の周囲を、黒鬼に追われるD級冒険者たちがバラバラに逃げ回っている。

 正確には逃げ回るだけでなく、黒鬼のヘイトを取って釣っているのだ。


 黒鬼は腕の動きがそこそこ速い反面、移動速度や知能はさほどでもない。

 D級冒険者でも死に物狂いで逃げるくらいはできる。


 もっとも、一度捕まれば抗うすべはない。

 頑丈な防具も<結界魔法>も持たないD級冒険者など、一撃で肉塊に変えられてしまうだろう。


「さて……。さっさと片づけるか」

「私たちも戦います!」


 声を上げたのは、やはり剣士の少女。

 先ほどの励ましが少し効きすぎているのかもしれない。


 俺は心を鬼にして、少女たちに冷や水を浴びせた。


「勇敢と無謀の区別が付かない奴は死ぬ。強くなれるのは、生き残った冒険者だけだぞ」

「…………ッ」


 戦争都市で聞いた受け売りを口に出せば、少女たちは息を飲む。

 しかし、それでも退くつもりはなさそうだった。


(まあ、そりゃそうか……)


 ここで引き下がるようなら、冒険者なんてやってないだろう。

 仲間でもない奴らを助けるために危険に身を晒す少女たちが、俺には少しだけ眩しく見えた。


「それでも戦いたいなら、死にそうな奴と交代してやれ。時間は掛けない」

「「「はい!」」」


 黒鬼の数は目算で30体余り。

 先ほどの群れと合わせても、先日辺境都市で狩った数の半分に過ぎない。


(もう少し早く来てくれたらなんて、泣かれるのも癪だしな……)


 ちょうど小腹も空いてきたところだ。


 美味い飯と美味い酒のために。


 邪魔な黒鬼には、さっさと消えてもらうとしよう。

 



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