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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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迎撃方針




 以前、東の村やその近辺で戦った黒鬼もそうだったように、知能が低めの妖魔は近くに獲物がいない場合、その場に留まる傾向がある。


 だからこそ現状の運用が成立していたのだが、どうやら状況が変わったらしい。


 次々と帰還するD級冒険者たちで騒然とする会議室。

 多くの冒険者が焦燥を感じている状況で、俺は別の理由で冷や汗をかいていた。


(え……?まさか、俺のせい……?)


 大樹海での生活を経て、俺の魔力には精霊や妖魔を集めるフェロモンか何かが混じっているという疑念が拭いきれない今日この頃。


 俺がこの街に来た途端にこうなったということで、今回も何か悪さをしているのではと人知れず震えていたのだが――――


「黒鬼の進行方向は、この街ではなく辺境都市方面ということですか?」

「そうだ。この群れはここを逸れて、さらに南西に向かうかもしれない」


 一部の黒鬼たちはこの街ではなく辺境都市へ向かっていると聞き、俺はこっそり安堵の溜息を吐いた。


 もっとも、安心してばかりはいられない。

 黒鬼の群れの数は、確認できているだけで8個。

 これらは、それぞれ10体程度の黒鬼で構成されているという。


 今の俺からすればなんてことないが、黒鬼1体でC級パーティ相当という戦力評価であるから、現在の陣容では手に余る規模だ。

 これまでのやり方では対応できないので、どのように対処するか速やかに方針を決める必要があった。


「くそっ!!いつも邪魔ばっかりのくせに!」

「肝心な時に不在ってどういうことだ!!」

「本当に役立たずなんだから!」


 珍しく指揮が必要なタイミングで司令官が不在にしていることに、怒りと不満を爆発させる冒険者たち。

 こちらは黒鬼の群れの出現と異なり明確に犯人が存在するので、俺は口を結んで気配を消した。


「ふざけてる場合じゃないんだけど?」

「お、おう……」


 呆れているクリスに、しどろもどろになりながら返事をする。

 溜息を吐かれてしまったが、今回ばかりは抗弁の余地がない。


 最近、こんなのばっかりな気がする。


「まったく……。みんな、聞いてくれ!」


 手を2回打ち鳴らす。

 それだけで、クリスは冒険者たちの視線を集めた。

 自信に満ちた表情は、相変わらず様になっている。

 司令官に不満を向けていた者たちも落ち着きを見せ、笑みを浮かべている者までいた。


「状況は変わったけれど、僕らがやることは変わらない。今夜も美味しい酒が飲めるように、面倒事はさっさと片づけてしまおう」


 所々から同意するように気勢が上がる。

 冒険者たちを落ち着かせた相棒は、こちらを見た。


「それで、どれくらい持てそう?」

「装備を新調したばかりだから、軽く慣らすところから始めたいんだが……。まあ、こっちから仕掛けていいなら2つか3つは持てるんじゃないか?」

「じゃあ、アレンには群れを3個任せるよ。僕が1個持つから残りは4個だね。そっちは?」


 クリスは急遽駆け付けた居残り組の冒険者たちに水を向ける。


 その中には『疾風』も含まれていた。

 彼らは仲間とアイコンタクトを交わした後、リーダーの弓使いハンスがクリスに応える。


「1つ引き受ける。ただ、数が多いからパーティは割れない」


 居残り組のC級パーティはほかにもあったが、10体規模の群れを処理する能力はないようで視線を逸らした。

 クリスは彼らを責めもせず、微笑を浮かべたまま、壁に掛けられた地図を指揮棒で指す。


「現状、この街に到達する群れは8個のうち5個と予想されている。街から逸れる3個も放置することはできないから、3個のうち西側の1個を『疾風』、東側の2個をアレンに任せる。アレンは処理したら街に戻って迎撃に参加してくれ」

「わかった」


 『疾風』の面々も頷く。

 クリスはほかの冒険者たちを見渡しながら指示を続けた。


「僕は街に到達する群れのうち、数が多い群れを1個抑える。街に到達する4個の群れは、僕らが戻るまで残ったC級パーティを中心に時間を稼いでくれ。街を背にするのが厳しいなら街から離れて釣っても良いけど、連携は取れるようにしてほしい」

「わ、わかった……」


 残った者たちを代表してC級の一人が頷く。

 しかし、その顔は緊張で強張っていた。

 無理とは言えない状況だが、迎撃に失敗すれば冒険者たちにも街にも甚大な被害が出てしまう。


 ただ、そうは言っても並みのC級パーティ2組で黒鬼の群れ1個を受け持つ計算は、彼らにとって少々厳しいものだ。

 全員で時間稼ぎに努めるか、D級冒険者たちが黒鬼を釣りだして群れを散らしC級が各個撃破するか。

 街の外壁に数十体の黒鬼を押し留めるだけの耐久性を望めない以上、どの方法にも相応の危険が付きまとう。


「詳細な割り振りは任せる。僕らは少しでも早く出発しよう」


 俺とクリス、そして『疾風』。


 それぞれ案内役のD級冒険者を連れ、俺たちは街から出撃した。






 俺とD級パーティ2組を乗せて街の東門から飛び出した魔導馬車は、すぐに街道から北側に逸れた。

 農地の隙間を縫うように張り巡らされた道で、馬車の車体がガタガタと揺れる。


「へえ……、馬車なのにこんな荒い道でも進めるのか……」

「専用の改造を施してるんですよ!乗り心地はご覧のとおりですがね!」


 冒険者ギルドから派遣されている御者が、操車しながら大声で叫んだ。


 速度が出ない代わり、ある程度の悪路も走破できる特殊仕様の魔導馬車。

 ただし、乗り心地は非常に悪い。

 揺れるわ跳ねるわ、頭上に設置された手すりから手を離したらとてもじゃないが座ってはいられない。


 今回は出発前にクッションを敷いているから尻は大丈夫だが、これが長時間続くようなら酔ってしまいそうだ。

 待機中にクッキーをもう一皿出していたら、短時間でも厳しかったかもしれない。


「あの、本当におひとりで……?」


 他愛もないことを考えて頬を緩めていたとき、声を上げたのは正面に座る最年少の少女だった。


 案内役は年下の少女3人で構成されるパーティと、俺よりやや年上の少年が1人。

 少年の方は5人パーティに所属しているが、全員乗ると定員オーバーになるため1人だけ同乗し、残りは街で迎撃を担当している。


 少女は言い切らなかったが、その表情からは黒鬼の群れへの不安が見て取れた。

 何と答えたものかと思案していると、俺の隣に座る年上の少年が落ち着いた口調で少女を咎める。


「上級冒険者に対して、それは失礼だぞ」

「あ、す、すみません!そういうつもりじゃ……!」


 少女は別パーティの少年に注意され、頭を下げる。

 そのとき、タイミング悪く馬車が跳ねた。


「あ、わ!?」


 頭を下げた不安定な姿勢でバランスを崩し、こちらへ突っ込んでくる少女。

 片手が塞がっているため受け止めきれず、頭から俺の胸当てに突っ込んで鈍い音を立てた。


「…………ッ」

「……大丈夫か?」


 少女は頭を抑えながら何度も頷き、這うようにして自席へと戻る。

 装備からして軽戦士か斥候と思っていたが、バランス感覚は宮廷魔術師団員見習いのソフィーと同レベルだ。


 ソフィーは揺れる装甲馬車の中で転倒せず踏みとどまってみせたので、もしかするとソフィー以下かもしれない。


「……もうそろそろ到着する頃です。俺たちは後方で牽制しますか?」


 パーティメンバーに心配されている少女には言及せず、少年は群れへの対応を確認する。


「数は?」

「確認できたものだけで8体です。見晴らしのいい地形ですから、大幅なズレはないと思います」

「そうか。それならすぐ済むだろうから、馬車の中で待機だ。観戦したいなら外に出ても構わないが、あまり馬車から離れないようにしてほしい」

「わかりました」


 少女たちのパーティと異なり、少年の方は俺の実力を疑っていない。

 年下の俺を立てるような言動に不満も見えないのは、多分クリスのおかげだろう。


 自分たちより圧倒的に強いクリスが所属する辺境都市筆頭パーティ『黎明』、そのリーダーを務める上級冒険者。

 下手に出てもプライドは傷付かないし、張り合って食って掛かる理由も乏しいはずだ。


「見えたぞ!」

「わかった。適当に停めてくれ」


 御者の声から間もなく、魔導馬車が停止する。

 車体の後部にある扉から降りると、足元は柔らかい土と丈の短い草――――ではなく、刈り取られた農作物だった。


「ここも小麦畑か。収穫後で良かったな」

「竜の襲来の件もあって、各地で収穫を急いだと聞きます」

「なるほど。それは不幸中の幸いだ」


 車内にいたD級冒険者たちは全員降車するようだ。


 遠目に見える黒鬼は、事前情報と同じく8体。

 ゆっくりと近づいてくるそれらを観察しながら、手首足首を中心に軽く体を動かし、最後に膝を揃えてトンと跳ねる。


「どれ……。じゃあ、行ってくる」

「お願いします」


 D級冒険者たちに見送られ、俺はゆっくりと歩き出す。

 早歩き、やがて小走り、黒鬼が迫ると駆け足で。


 今日は無手で殴りかかる必要もない。


 召喚した『スレイヤ』の柄をしっかりと握り締め、俺は先頭の黒鬼を横薙ぎに斬り払った。




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