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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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ティアも元気です




「相変わらず、元気そうだねえ」

「おう、まあな」

「まあな、じゃない!少しは反省しろ、この色魔!!」


 呆れたように笑うクリスの隣、ネルから容赦ない罵声が飛ぶ。


 原因は遡ること数時間前。

 ネルに案内されてティアの部屋を訪ねた俺は、感動の再会も束の間、彼女に押し倒された。

 服が濡れてるから、先にシャワーを、この後会議(?)が。

 あれこれ並べ立てて説得を試みたが、全く聞いてもらえなかった。

 なお、俺自身も服を脱がされたあたりでティアが元気なら別にいいかと思い直し、その後は普通に流されてしまったので責任は免れない。

 疲れて寝てしまったティアを部屋に残し、とっくに日が沈んでいることに気づいてネルを探したところ、クリスと一緒にいるのを見つけて今に至る。


 療養中――本人からそんな雰囲気は全く感じられなかったが――だから無理はさせるなと釘を刺された結果がこれでは、罵声も甘んじて受けるほかなかった。


 咳払いを1つ、話題を切り替える。


「それで?ティアが負傷って、どういうことだ?」


 ティアの身体に傷らしい傷が残っていなかったことは、自分の目で確認した。

 おそらくネルの<回復魔法>で治癒した後なのだろう。


 ただ、それはそれとして経緯は聞いておきたいと思ったのだが――――


「それを、ティアちゃんから聞きたかったんだよねえ……」

「あー……」


 俺は気まずくなり、頬をかきながら視線を逸らした。

 療養中とは聞いていたが、まさか本人からの聞き取りも済んでいないとは思わなかったのだ。


 そういえば、丸一日寝込んでいたと聞いた気がする。

 今頃思い出しても、完全に後の祭りだが。


「仕方ない。ティアちゃんの件は明日本人から聞くとして、先に現状を共有しておくよ」

「すまん……」


 ネルのゴミを見るような視線に耐えながら、俺はクリスの説明に耳を傾けた。





 ◇ ◇ ◇





 現地に到着した翌日の朝。

 宿の一階にある食堂で、久しぶりに『黎明』4人そろって朝食を取った。


 小さくて硬いパンが2個、雑に盛られたサラダ、具がほとんど入っていないスープにちょっとしたおかずが追加される日替わりセットのお値段は銅貨6枚。

 大街道沿いの宿場町でも領都の高級ホテルでもない、地方にある少し大きめの街の宿で提供される食事ならこんなものだ。


 ソロだった頃を思えば十分に贅沢な食事。

 クリスたちも、文句を言わず料理を口に運んでいる。


 何の変哲もない朝食を質素だと感じてしまうのは、贅沢が体に染みついてしまったからだろう。


(どうすればいいんだ、これ……)


 我が家の食事が美味しすぎて困る。

 こんな贅沢な悩みもないだろうが、旅先での食事が悉く期待値を下回るというのはなかなか笑えない話だ。


 かと言って、フロルに料理を作らせないのも、わざと美味しくない料理を作ってもらうのも違う気がする。


 解決方法が思い浮かばない。

 本当に、どうしたものだろうか。


「じゃあ、そろそろいいかな?」

「はい。2日前の現場のことですよね?」


 頭が益体もないことを考える間も俺の身体は勝手に食事を済ませ、気づけばテーブルは片付けられていた。

 クリスがティアに聞き取りを始め、俺とネルは黙って二人の話を聞く。


 お菓子の持ち込みはセーフと聞いたので、保管庫から備え付けの焼き菓子を出して大皿に並べ、カップを4つ取り出してポットからお茶を注いだ。


 お茶を含んで口の中を湿らせ、クッキーを一口。

 焼き立てでもないのに、フロルのお菓子は今日も美味しい。


「…………」


 本当に、どうしたものだろうか。






「――――なるほどね。話を聞く限り、盗賊の正体は新興都市の騎士で確定と思っていいのかな?」

「私はそう思います。あれだけ戦える人が盗賊でいる理由なんて、ほかに思いつきませんから」

 

 クリスは当時の状況を根掘り葉掘り詳しく尋ねたが、ティアの受け答えが明瞭だったことで、聞き取りは思いのほか早く終わった。


 結局のところ、ティアが寝込んだ原因は戦闘による負傷ではなく、魔力の枯渇ということになるようだ。

 彼女の場合はそれが命取りになることもあるのだが、ネルが手持ちの魔力回復薬を服用させたことが早期の回復に繋がったらしい。

 後に残るような症状もなさそうだと聞き、ひとまずは安心だ。


 クリスは指でコツコツと頭と叩きながら、難しい顔をしてティアが話した内容をまとめた手元のメモを眺めている。

 情報に漏れや不足がないか、確認しているのだろう。


 しばらくして、軽く頷いてからクリスは微笑を浮かべた。


「ありがとう、一旦これで十分だよ」

「お役に立ったなら良かったです」


 そう言ってティーカップを傾けるティアの様子も、完全に普段通りだ。

 無事だったとはいえ襲撃を受けたことに変わりはないので、もう少し動揺があるかとも思ったが、特にそういった様子はない。

 これまでの経験が、彼女を強くしているのかもしれなかった。


「ところで、今後はどうする?療養ということにして、しばらく依頼から外れるかい?」


 クリスはメモをしまうと、クッキーを摘まんで口の中に放り込んだ。


 ここから先は『黎明』内での話し合い。

 つまり、雑談モードということだ。


 クリスの尋ねに、ティアは少し迷うような仕草を見せた後でこちらを向いた。


「それなんですが、私はアレンさんと交代で都市に帰ろうかと思います」

「え、そうなのか……?」


 ティアの判断に文句をつけるつもりはない。

 ただ、せっかく4人そろったのに残念だという気持ちが漏れてしまったのだ。


 それを拾った彼女は、こちらに視線を向けて柔らかい笑みを浮かべた。


「掃除を。早めに、しておきたいと思いまして」

「掃除……?」


 この状況より優先されるべき掃除とは。

 ティアと見つめ合いながら困惑していると、彼女の視線がネルの方へ向いた。

 

「これ以上放置したら、住めなくなりますよ?」

「うっ……。それは、困るかも……」


 ネルはわかりやすく顔をしかめた。

 フロルに頼り切りの俺や宿を転々としているクリスと違い、女性陣は自分で家事をしている。

 どうやら長期間の遠征は、非常に現実的な問題を引き起こすようだ。


 掃除なんてしばらくやっていない俺は、そんなこと考えもしなかった。

 順調にダメ人間になっていることに落ち込みながら、ティーカップを無意味にかき混ぜていると、ティアが手を叩いて再びこちらを見る。


「そうだ、一通り片付いたらの話ですが、アレンさんの屋敷に滞在してもいいですか?一人で待っているのは、少し寂しいので……」

「もちろん構わない。ここしばらく働き詰めだったろうから、ゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます。フロルさんにも、ちゃんと伝えておいてくださいね」

「ああ、わかった」


 上機嫌に微笑むティアの左手薬指に指輪が光る。

 多分、クリスとネルがくっついたタイミングでティアも屋敷に住んでもらうことになるだろうから、ちょうどいい予行演習になるだろう。


 俺はにやけた口元を隠すため、お茶の残りを一気に呷った。




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