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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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幕間:とある少女の追憶2




「…………」





 ◆ ◆ ◆





「…………」

「ティア……」


 最近は励ましてくれなくなっていたネルも、今日ばかりは励ましてくれる。

 しかし、それでも私の涙は止まらなかった。


「アレックスくん……。どうして……」


 彼の誕生日の早朝。

 怒られるのを覚悟でクライネルト家を抜け出し、冒険者ギルドの隅っこで息を潜めて彼を待った。


 しかし、彼は現れなかった。


 痺れを切らして孤児院に行っても、彼の姿は見当たらない。

 翌日も、その次の日も、彼に会うことはできなかった。


「運悪く行き違いになっちゃったんだよ、きっと」

「…………」


 彼と仲がいい受付嬢の顔を見れば、そうでないことはわかる。

 けれど、私にはどうすることもできなかった。


 母から引き継いだ情報屋の伝手を頼っても、渋い顔をされるばかり。

 なんの手掛かりもなく行方不明の孤児一人を探すような依頼は、私のお小遣いではどうにもならなかった。


「そのうち戻ってくるかもしれないし、一緒に頑張ろう?」

「そう、ですね……」


 助けた女の子と数年後に再会できたら素敵だ――――彼が弟分とそんな話をしているのを聞いた記憶がある。


 いつかきっと戻って来る。

 それを信じて、立派なお姫様と魔法使いになるための準備期間だと、前向きに考える。


 私にできることは、それだけだった。






 彼がいない孤児院に用はない。

 ただ、<氷魔法>の練習のため、彼からもらっていたおこぼれの代わりを探す必要に迫られた。


 ネルにも<回復魔法>の練習が必要なので、無理は言えない。

 英雄の仲間になりたいなら、かつてのように一般市民に迷惑が掛かる方法も使えない。


 色々考えた末、足りない魔力を調達するために、私は一計案じた。


「動いたら殺します」

「え、な……?え……ぁ?」


 南東区域の廃墟。

 私を手籠めにしようと試みた犯罪者の男は、<アブソープション>を受けて混乱したまま昏倒した。


 手順は簡単だ。


 綺麗な服を着て南東区域を歩く。

 刃物をちらつかせて私を脅す男が現れたら、逃げ惑う振りをして人気のない場所へ移動する。

 仕上げに<氷魔法>で威嚇しながら<アブソープション>を発動。


 スキルの習熟が進んだおかげで、一般的な魔力量なら直接触れなくても短時間で吸い尽くせる。


 けれど――――


「これだけですか……」


 南東区域の犯罪者から吸収する魔力は質も量も微妙だから、数をこなす必要がある。

 魔力を補充すると、私は犯罪者を置き去りにして次の場所へ向かった。

 犯罪者の男は運が良ければそのうち目を覚まし、運が悪ければ目覚める前に身ぐるみ剥がれることになるだろう。


 私は犯罪者に罰を与えただけ。

 いつか彼と再会したとき、英雄の仲間に相応しくないと言われてしまうような行き過ぎは、厳に慎む必要がある。


 私の中のお姫様がはしたないと抗議しているけれど、今の私は魔法使い。


 これは犯罪者退治だからと言い訳して、次の獲物を探し歩いた。





 ◆ ◆ ◆





 ネルと一緒に勉学に励み、南東区域で獲物を探す。


 時々は都市の外で冒険者として活動する。




 そんな生活を続けた私たちも、気づけば16歳になった。




 そろそろ真剣に将来を考えなければならない。


 来るか来ないかわからない彼を信じて待っていられる時間は、もう長くなかった。


 そして、ある日――――


「都市を出る。ティアも、一緒に来てほしい」


 先に覚悟を決めたのは、ネルだった。


 私の親友は、<回復魔法>使いとして独自に構築した領主騎士団や富裕層との繋がりを盾に、ギリギリまで婚約を先延ばしにしていた。

 けれど、それも限界に近づいていることは私もネルも気づいていた。


 ネルが自由を掴むためには、クライネルト家の力が届かない場所――――辺境都市領の外まで逃げなければならない。


 それは、彼との再会を諦めるに等しい決断だ。


「…………わかりました」

「……ありがとう、ティア」


 それを理解した上で、私はネルに応えた。


 冒険者として本格的に活動し、支障がないことを確認したら都市を出る。

 自分の気持ちに区切りをつけるための、猶予期間のつもりだった。


 しかし――――




「その汚ねえ手を離しやがれ!!」




 意地悪な世界はまたしても私を翻弄し、何年も待ち焦がれた彼を差し出した。


 それも、最悪のタイミングで。


「……………………」


 彼が現れたとき、私は冒険者の男たちに襲われて困っていた()()()()()()()()


 南東区域内で私の情報が広まり、獲物に困るようになって久しい。

 単独で歩く犯罪者をこちらから襲撃することも、最近は警戒されてやりにくくなっていた。


 だから私が被害者だと通行人に印象付けた後、<氷魔法>の練習に付き合ってもらうつもりだった。


 それを、彼に見られた。

 痛恨の失態だ。


 今は魔法使いだからセーフ理論を主張する私の中の魔法使いが、私の中のお姫様に殴られて昏倒する。

 魔法使いを殴り倒したお姫様も、あたふたするばかりで役立たず。


 ネルが乱入したことで場が丁度良い具合に混沌とし、仕切り直しに成功したのは僥倖だった。


 それはともかく――――


「見つけました!!!」

「ああ、そういえば黒髪だったっけ……」


 私の興奮と裏腹に、ネルの反応は冷たい。


「ネルは銀髪の人がお気に入りですか?別に4人で組めば問題ないと思いますよ」

「いや、あれは流石に……」


 あまり迷わないネルが、珍しく歯切れの悪いことを言う。


 銀髪の人の容姿は、英雄と言うよりも王子様。

 ネルが愛好する恋愛物に登場しそうな容貌だ。


 美形だから、実際に相対すると気後れする気持ちはわかる。

 でも、ネルならきっと大丈夫。


「一緒に頑張りましょう!!」

「うーん……」


 煮え切らないネルの手を掴み、一緒に万歳して再会を喜んだ。


 私の未来を朧げにしていた霧は晴れ、目の前には青々とした空が広がっていた。





 ◆ ◆ ◆





 彼と再会してからの時間は、あっという間に過ぎ去った。


 黒鬼を退治した。

 得体のしれない妖魔に立ち向かった。

 私を助けるために、森の奥まで来てくれた。

 私とネルのために領主騎士団と戦ってくれた。


 そして、私たち4人は当初望んだ通りの形でパーティを結成することができた。


 夜明けを意味するパーティ名は、輝く太陽のように登り詰めるための誓い。

 彼らしい、素敵なパーティ名だと思う。


 そこに不満は一切ない。


 ないのだけれど――――


「うぐぐぐぐ……」

「またやってる……」


 狩りが終わった後、皆で食事をすることもあれば、そのまま解散することもある。

 解散した場合、彼は結構な頻度で歓楽街に行ってしまう。


 ときに一人で、ときにクリスさんと一緒に。

 高級娼館に入り浸る想い人の背中を見送ったのも何度目か。


 涙目でハンカチを噛んでも、現実は変えられない。


「どうすればいいんでしょうか……。こちらから積極的に求めるのはお姫様らしくないですよね?ネルはどう思います?」

「尾行をやめたら、もう少しお姫様に近づけると思う」

「考えておきます。それで、どうすればいいと思います?」

「…………」


 狭いリビングでごろ寝しながら本を読む親友は、もう溜息を吐くことすらしない。

 相談を黙殺された私は、仕方なく食事の準備に勤しんだ。


「何度でも言うけど、男はどうしようもない生き物なの。だから、悪いところはなるべく見ないようにして、ほどほどに付き合うしかないの」

「ネルは本当に夢がないですね」


 ご飯を食べながら、恋愛観について語り合うのも何度目か。

 ネルが語る諦観混じりの男性像は、ある種の予防線だ。

 クリスさんにもどうしようもない欠点があるはずだから騙されるなと、自分自身に言い聞かせているのだ。


 ただ、本人は必死だから周りが見えていないけれど、傍から見ているとクリスさんが気の毒だ。

 このままでは、無用のちょっかいを受けかねない。


「なら、ほどほどに付き合ったらどうです?」

「ほどほどに付き合ってるでしょ」

「…………。え、冗談ですよね……?」

「………………」


 沈黙は雄弁。

 まさか本気だったとは思わず、途方に暮れた。

 社交の場で表面的な付き合いは慣れているはずなのに、私の親友は擦れているようで意外と奥手らしい。


「一緒に頑張ろう……」

「はい……」


 食器の片づけをネルに任せ、テーブルを拭きながら私は考える。


 お姫様も魔法使いも、それなりの水準にはなったと思う。

 裏を返せば、このまま続けても状況は大きく改善しないということだ。


 時間は有限で、あまり悠長に構えてはいられないけれど――――


(一体、私は何を頑張ればいいんでしょう……?)


 不満はあれど充実した毎日の中で。


 私は、行先を見失い始めていた。




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