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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
453/468

幕間:とある少女の追憶1



「…………」





 ◆ ◆ ◆





 悪夢が悪夢ではなくなった日の朝。


 勢い余って外へ飛び出した私が、途方に暮れてクライネルト家に帰宅するまでに、多くの時間は必要なかった。


「はあ……」


 考えてみれば当然だ。

 黒髪を風になびかせ、深い青色の瞳に強い意志の光を宿した同年代の男の子。

 彼について知っていることは、たったこれだけ。

 名前すら知らないのだから、「〇〇くんのお家はどこですか。」と尋ね歩くこともできない。


「私の英雄さん……。せっかく見つけたのに……」


 小さな体に非常に多くの魔力を抱える男の子。

 彼と一緒なら、私もきっと母のように立派な魔法使いになれる。


 分けてもらった魔力で魔法を練習して、いつか一緒に冒険に出て。

 そうしたら、私が好きな英雄の物語みたいに、すごい活躍をすることも夢ではない。


 彼が英雄で、私が仲間の魔法使いで。


 そして、波乱万丈の冒険の中で想いを深めた二人は――――


「…………うぅ」


 そんな素敵な未来が待っているはずなのに。

 あふれる気持ちはどこへも向けられず、行先がわからない両足はジタバタとソファーを叩いて埃を生むばかり。


 無言で暴れる私は、傍から見てさぞかし邪魔だっただろう。

 呆れた顔で私に救いの手を差し伸べたのは、近くで勉強していたネルだった。


「アレキサンダー」

「…………え?」

「あいつの名前、たしかアレキサンダーって言ってた」

「本当!?ありがとう、ネル!」

「あ、ティア、落ち着いてったら……」


 抱き着いて感謝を伝えると、ネルは面白いように慌てた。

 家業のせいで気を許せる友だちが少なく、スキンシップに慣れていない可愛い親友をこのまま見ていたい気持ちもあるけれど、こうしてはいられない。


 英雄を探せ。


 私の心が、そう叫んでいる。


「私、幸せになるね!」

「え、しあわ……?ちょっと、ティア!?」


 混乱したネルを置いて、私は再びクライネルト家から飛び出した。






 10万ともそれ以上とも言われる人々が暮らす辺境都市。

 名前がわかったとて、その中からたった一人の男の子を探すのは途方もないことだ。


 それでも、私は諦めない。

 どれだけ多くの時間が掛かっても、私の英雄さんを見つけ出してみせる。


 そう心に決めて臨んだ捜索初日。


 私は、あっさりと英雄さんのお家を特定した。


「アレキサンダー……?ああ、アレックスかあ?」

「黒髪の利発そうな子だろう?たしか、あっちの方にある、孤児院に住んでる子じゃなかったかねえ」


 教えてくれたのは、東通りでお肉屋さんを営む老夫婦。

 近くのお店でも似たような話を聞くことができた。


(特徴と名前だけで、ここまで簡単に情報が集まるなんて……!)


 私の英雄さんは日頃から都市中を走り回り、困っていることがないかと聞いて解決していたらしい。


 きっと孤児院を助けるためだろう。

 心優しい英雄さんとの再会が近づき、心が弾む。


 孤児院を目指し、危ないから一人で行ってはダメと言われていた南東区域を駆けた。


 私には<氷魔法>があるし、いざとなったら<アブソープション>もある。

 大人の男の人に襲われたって、私は負けない。


 だって私は――――


(英雄の仲間に相応しい、立派な魔法使いになるんだから!)


 南東区域に入ってからしばらくして、孤児院が見えた。

 ここまで走りっぱなしで息が上がっていた私は、一旦立ち止まって呼吸を整える。


 人間関係は最初が肝心だとネルの教師が言っていた。

 髪を乱し、息を切らしたままのみっともない姿で、英雄さんの前に出るわけにはいかない。


 髪を整えて、英雄さんに伝える言葉を心の中で復唱して。


 万全の準備を整えてから、ゆっくりと孤児院へ。


 しかし――――




「……………………」




 私の足が止まる。


 気づけば、私は近くの廃墟の影に隠れて孤児院を眺めていた。


 理由は、孤児院の裏庭に佇む深紅の少女。


 物憂げな表情で<火魔法>の練習を続ける彼女は、誰が見ても魔法使いだった。


 私よりもずっと――――英雄の仲間に相応しい、立派な魔法使いだった。






「…………ぐすっ」


 すごすごと逃げ帰り、ベッドに身体を投げ出して泣きべそをかいていると、ネルが頭を撫でてくれた。

 しかし、それでも涙は止まらない。


(すごい魔力だった……。あんなに強い魔法使いがいるなら、私なんて……)


 英雄の仲間の魔法使い枠は2人。

 攻撃役と回復役の魔法使いが1人ずつと、相場が決まっている。


 攻撃役の2人目に居場所はないし、しかも<火魔法>と<氷魔法>の相性は最悪だ。

 互いが互いの魔法を減衰してしまうから、きっと片方しか仲間にしてもらえない。


 つまり、私が英雄さんの仲間になるには、あの深紅の少女より強い魔法使いになる必要があるということだ。


「そんなの無理だよぉ……」

「元気出して、ティア」

「ネルぅ……」


 同じ孤児院で暮らしているからといって、将来も一緒にいるとは限らない。

 そんな淡い希望も、彼の名前を呟いて溜息を吐く姿を見せられては霧散してしまう。


「なら、魔法使いじゃなくて、こういうのはどう?」

「…………?」


 ネルが差し出したのは、私が図書館から借りてきた英雄の物語。

 ネルが勉強に使う本を借りるときに、私も一緒に行って借りている本の一冊だった。


 私が借りたことにしてネルの分も借りているけれど、私の親友は冒険物よりも恋愛物の方が好きみたい。


 それはともかく――――


「ほら!魔法使いじゃなくても、英雄と一緒にいる方法はあるでしょ?」


 そう言ってネルが開いたのは物語の最後。

 使命を果たして冒険から帰った英雄が、お姫様と結ばれる場面だった。


「そっか……」


 お姫様。


 お姫様になればいいんだ。


 お姫様なら、英雄と一緒にいられる。


 母のような立派な魔法使いになるという目的も忘れ、私はネルが示した希望に飛びついた。


「私、お姫様になる!」

「うん、ティアならきっとなれるよ」


 こうして私は、英雄さんのお姫様を目指して頑張ることに決めた。





 ◆ ◆ ◆





 ネルと一緒に勉強し、マナーや作法を身に着けるために努力を重ねる。

 投げ出したくなることもあったけれど、ネルと一緒だから辛さも耐えられた。


 そんな努力の傍ら、時間を見つけて彼のところに通うことは続けていた。


「…………」


 孤児院の前、路地を挟んで向かい側にある廃墟。

 いつのまにか定位置となった場所から、孤児院の裏庭で木剣を振る彼をひっそりと見守る。


 深紅の少女は、あの日から見ていない。

 聞き耳を立てると、どうやら偉い魔法使いに師事するために帝都へ引っ越したらしい。


(そのまま、帝都に居着いてくれたらいいのに……)


 淡い希望であることは理解している。

 それでも、もしものときのために<氷魔法>の練習は欠かさなかった。


 ここにいると、彼が時々やる訓練のおかげで、魔力のおこぼれがもらえることもある。

 失敗して周囲に漂う魔力をかき集めるだけで、私にとっては十分過ぎる量だ。


(頑張って、アレックスくん……)


 彼がやろうとしていることは、何となくわかる。

 ただの木剣で魔法剣を再現する訓練なんて、まさに英雄に相応しい困難な目標だ。


(私も頑張らないと……)


 お姫様も、魔法使いも。


 どちらも手を抜かず、私はただひたすらに頑張り続けた。





 ◆ ◆ ◆





「はあああぁ……」

「元気出しなよ、ティア」


 ベッドに身体を投げ出して唸っていると、ネルが頭を撫でてくれる。

 しかし、それでも溜息は止まらない。


 きっかけは、彼に話しかけようと思い至ったこと。

 お姫様にしても魔法使いにしても、彼に名前と顔を覚えてもらわないことには始まらない。


 ただ、それは簡単なことではなかった。


 お淑やかなお姫様を目指すのだから、自分から孤児院に足を運んで再会するのは良くない。

 どうせなら、彼と初めて会った西通りで()()()()()を果たしたい。


 そう思った私は、彼が孤児たちと一緒に出かけるとき、彼から少し離れて後ろをついていった。

 行先が西通りなら正面に回り込んで彼に話しかけると決め、実際に彼が西通りに向かうのを見て小走りで路地を駆け抜ける。


 息を整え、満を持して西通りに足を踏み入れた先――――私は、彼が転んだ女の子を助けるところを見てしまった。


(私の英雄さんは、私だけの英雄さんじゃなかった……)


 当たり前のことだ。

 誰彼構わず助ける彼だからこそ、顔も名前も知らない私に手を差し伸べてくれたのだ。

 仕方ないことだと理解しているけれど、感情を簡単に納得させることはできなかった。


 魔法使い枠だけではなかった。


 お姫様枠にも、ライバルは存在するのだ。


(もっと頑張らないと……)


 お姫様も、そして魔法使いも。

 ネルに愚痴を吐き出して気持ちを整理し、再び立ち上がる。


 今日のところはとりあえず、<氷魔法>の練習だ。


 おこぼれを期待して、私はいそいそと孤児院へ向かった。





 ◆ ◆ ◆





「うぅ……」

「…………」


 最近、落ち込んでいてもネルが励ましてくれない。

 親友は歩き疲れた私の足で<回復魔法>の練習をしながら、呆れ顔で溜息を吐くだけだ。


「だからやめなって言ってるのに」

「だって、気になるじゃないですか……」


 今日も今日とて西通りで偶然再会する機会を求め、彼の後ろをついて回った。

 そしていつものように知らない女の子に手を差し伸べる様子を見せつけられ、すごすごと逃げ帰ってベッドに沈んだところだ。


 どうして西通りに行くときだけ、誰かしら困った女の子に遭遇するのか。

 どうして私が回り込むまでのわずかな時間すら待てないのか。


 偶然の再会を求めて困っている女の子なら、ここにいるのに。


 しかし、世界に翻弄される私が漏らす憎しみにも、ネルの反応はつれない。


「英雄をこそこそ尾行するお姫様なんて、どこにいるの……。言葉を丁寧にしたって、行動が伴わないと意味ないでしょ」

「…………」


 容赦ない指摘に、私は無言を貫く。


 答えにくい言葉には答えない。

 先日の社交の授業で習ったことを早速実践できた。


 ネルの返答は、またしても溜息だったけれど。


「そもそも、男に期待したって無駄よ。あいつら、気に入った女を見ると誰彼構わず良い顔して……節操無しが魂に染みついてるんだから」


 最近、貴族や商家が集う社交の場に出るようになったネルが吐き捨てる。

 可愛いネルが可愛いドレスを着れば、男の子たちの視線を釘付けにするのも想像に難くないけれど、本人はそれを欠片も望んでいない様子。


 もっとも、辛辣な評価は憧れの裏返しだ。


 彼女の好きな恋愛物に描かれるような、キラキラした恋。

 自分の立場では許されないと理解しながらも、淡い期待を胸に出向いた社交の場。


 そこで目の当たりにした期待を遥かに下回る現実に、失望を抑えきれないのだ。


「ティアのお姫様じゃないけど、あたしも何か考えないと……」


 最初は政略結婚もやむなしという考えだったネルも、現実の男の子を見たことで考えを改めたらしい。


 社交で出会った男の子たちが酷かったのか、それともネルの理想が高すぎるのか。

 その場に同行できない私にはわからないけれど、ある意味でこれはチャンスだった。


「それなら、ネルが12歳になったら冒険者ギルドに登録しませんか?自分で稼げるようになれば、人生の選択肢は広がりますよ」

「うーん、冒険者ね……」


 少し前なら迷いもせずに断っただろうネルが、眉根を寄せて真剣に悩んでいた。

 ネルには幸せになってほしい。

 好きでもない人の下に嫁いで幸せになるとは思えないから、彼女の変化は歓迎すべきことだ。


 一足先に12歳になった私は、すでに冒険者登録を済ませている。

 このまま西通りで上手く再会することができなかったら、彼が12歳になって冒険者登録をする日にギルドのロビーで偶然の再会を果たすつもりだ。


 彼がパーティを組めないでいることは把握しているので、再会からの流れで一緒に行こうと誘われるのも自然なこと。

 冒険者ギルドのロビーで困っている女の子は、流石にいないだろう。

 我ながら隙のない完璧な計画だ。


「<回復魔法>使いとして都市の中で活動するなら、試しにやってみるのもアリかな……」

「はい。最初はそれでいいと思います」


 剣士の彼と<氷魔法>使いの私、<回復魔法>使いのネルならバランスも良い。

 日頃から愚痴を聞かせているせいで、ネルの中で彼が節操無しのロクデナシになっていることが、少し気に掛かるけれど。


「ふふ……」


 3人でパーティを組んで冒険者として活躍する未来。


 手の届くところにある素敵な未来を夢見て、自然と笑みがこぼれた。




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