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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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幕間:辺境都市領北東部2




 簡単なハンドサインを決め、村へ足を踏み入れる。


 村の中では二人を先行させ、狭い場所での戦いを得意としていない私自身は、比較的広い道の真ん中を歩いた。


 あらかじめ生成し、周囲に浮かべる氷の槍はわずかに6本。

 1つ1つの大きさも強度も、普段と比較して非常に頼りない。


(いえ、逆ですね……)


 これが、私の偽りない実力だ。


 魔法の威力を左右するのは習熟度だけでない。

 投入する魔力の質と量によって、魔法は全く別次元の効果を発揮する。


 魔力が回復しない私の魔法は、常にアレンさんの魔力によって行使されるから。

 信じられないくらい質の高い魔力で行使される私の魔法は、威力が別物と言っていいほどに底上げされているから。


 だからつい、自身が大魔法使いであると勘違いしそうになる。


 私の魔法に竜を撃墜するような威力はない。

 私の魔法に基地の防壁を破壊するような威力はない。


 そのことを、私は決して忘れてはならない。


「――――!」


 右手前方、民家に隠れながら進んでいたレイから黒鬼発見のサイン。


 数は2体。

 出動前に聞いた報告通りの数だった。


「…………」


 おかしい。


 レイの位置からすると、黒鬼がいるのは村の中央にある広場だ。

 リズとレイの話を信じるなら、ルルは経験不足とはいえ仮にも斥候。

 ルル自身、戦闘は得意でなくとも斥候としての能力には自信があるようなことも言っていた。


 D級冒険者の見栄を差し引いても、そんな目立つところにいる黒鬼を見つけ、戻って来ることもできないとは考えにくい。


 ならば――――




()()ですか」

「――――ッ!!?」




 振り向きざま、3本の氷槍を後方へ撃ち出す。


 対象を視認せずに感覚任せで放った魔法。

 2本は何もない空間を穿ち、残る1本は軽装の男の胸を貫いて絶命させた。


「なっ!?」

「誰!?」


 外した氷槍が民家に着弾して大きな音を立てたことで、レイとリズが危機に気づく。

 そしてそれは、黒鬼に私たちの存在が露見したことを意味していた。


「動くな!こいつが――――」


 すぐ近くの民家から、気絶したルルを盾にして現れた男の頭を容赦なく吹き飛ばす。

 大の男が小柄な少女など盾するからこうなる。


「――――」


 絶命した男の傍に倒れたルルに駆け寄れば、背後から黒鬼の足音。

 前方に剣を抜いて身構えた二人の盗賊を見据え、残った魔法で牽制しながら槍を再生成し、周囲に浮かべる。


 状況が詰むまでに残された時間は多くない。

 リズとレイに向け、私は短く指示を発した。


「撤退します!ルルを!」

「はい!」


 レイの返事を聞きながら、槍を残したまま小さな矢を多数生成し、前方広角にばら撒く。

 手数と速度を重視して狙いもつけずに放った氷の矢を、盗賊たちは民家を盾に回避した。

 こんな辺鄙な村に出没する盗賊にしては、あまりに軽やかな身のこなし。

 その正体に確信を強めつつ、盗賊を近寄らせないよう牽制しながら来た道を駆け戻る。


「この、化け物!!」


 背後から迫る恐怖に耐えきれなかったか。

 リズが放った<火魔法>は黒鬼へ。


 直撃したものの、少し怯ませただけでほとんどダメージはない。

 かえって恐怖に侵食され、身体が竦んだリズの足が遅くなった。


(せめて、全ての敵を視界に収められる位置に……!)


 盗賊たちは、民家を盾にしながら左右を並走している気配がある。

 彼らは黒鬼を利用して私たちを包囲するように動き、私たちはそれをさせまいと村の外を目指す。


「――――ッ!」


 時折飛んでくる投げナイフを回避し、避けられないものは氷の障壁で弾く。

 盗賊の攻撃は徹底して私の足元を狙い、私の意識を回避と防御に向けさせて攻撃の意図を挫こうとする。


 明らかに対人戦闘に慣れている。

 背後の二人が遅すぎて、このままでは再び挟まれてしまう。


「…………」


 アレンさん、クリスさん、ネル。

 誰か一人でもここに居てくれれば、容易に切り抜けられる。


 その程度の状況にこうも翻弄される自分に、苛立ちが加速する。


 そして――――


「い゛っ……ああっ!!?」


 突如、投げナイフの狙いが私からリズへと移り、刃を足に受けた彼女が転倒する。


 その可能性は頭にあった。

 しかし、防ぐ手段がなかった。


「リズ!!」


 悲痛な叫びとともに、ルルを背負って走るレイの足音が止んだ。


 仲間を見捨てられない。

 その気持ちは痛いほど分かる。


 でも、それは悪手だ。


 今、足を止めれば盗賊に回り込まれる。

 背後を取られたら、ただでさえ乏しい選択肢の多くが潰えてしまう。

 盗賊たちは牽制に徹するだけで、黒鬼が彼らの目的を果たすだろう。


 生き残りたいなら、3人を見捨てて走り抜けるしかない。


 そんなことは、わかっている。


 けれど――――それでも私は、足を止めた。


「これくらい、私だって……ッ!!」


 背後を振り返り、黒鬼を睨みつける。


 アレンさんは、戦場で多くの兵士や冒険者の命を救った。


 追いつきたいなら変わらなければならない。


 ここで彼女たちを見捨てたら、私は変われない。


 いつまでも彼の背を見送るだけの存在――――弱い魔法使いのままだ。


「――――当たって!」


 魔力を放出し、体内に残る魔力の大半を使って氷の槍を追加生成。


 周囲に浮かんだ8本の槍は、全て黒鬼に向けて撃ち出した。

 それはリズに駆け寄るレイの頭上を越え、次々に黒鬼へ突き刺さる。


「「――――」」


 黒鬼が力を失い倒れる最中、私の左右から死の足音が急速に迫る。


 投げナイフならともかく、私の障壁に斬撃を止めるほどの強度はない。


 盗賊たちは、私が使う<氷魔法>の発動速度を正確に見切っていた。


 私が新たな氷の槍を生み出して彼らに差し向けるより、彼らが私を斬る方が早い。


 それを理解し、確実に私を殺しに来たのだ。


 その認識は正しい。


 けれど――――この場に限っては、私の勝ちだ。


「が、あ゛……!?」

「ば……かな……」


 さながら氷の華のように。


 黒鬼に仕掛ける前、放出して足元に()()()魔力を起点として、全方位へ伸びた氷の槍が盗賊たちを貫いた。


 小さく不揃いの花弁に、普段の威力はない。


 彼らが皮製の胸当てでなく騎士鎧を装備していたら――――盗賊を偽装していなかったら、きっと勝敗は逆転したことだろう。


「う……くぅ……」


 串刺しになった盗賊たちから流れ出る赤が花弁を伝う中、私は眩暈に襲われた。


 魔力が足りない。

 魔力が回復しない私が魔力欠乏で昏倒すれば、死の危険は常人よりも遥かに大きい。


(早く、ポーションを……)


 震える手でポーチからポーション瓶を取り出す。


 アレンさんからもらった青色の魔力回復薬。

 舌を蹂躙するような苦みに怯んでいる時間はない。


 しかし――――


「危ない!!」

「――――ッ!!?」


 突然、手に痛みが走った。


 呆然と見下ろすと、手の甲からわずかな出血。

 足元に転がるのは盗賊のナイフ。

 私の手からこぼれたポーション瓶の中身が、地面に染み込んでいく。


 右を見やれば、虚ろな目をした盗賊が微かに笑った気がした。 


 平衡感覚が乱れ、もう立っていられない。


(ああ……。罰が、当たったのかなあ……)


 お姫様にも魔法使いにも成りきれず、それでも欲をかいた私への罰。


 ぼやける視界はこちらへ駆け寄るレイを映し、ゆっくりと目蓋が落ちる。




 私の意識も、ゆっくりと闇に落ちていった。




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