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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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黒鬼殲滅戦(無手)




「…………」


 魔力の塵が舞い散る南通りで、勢い余ってたたらを踏んだ。


 衛士も市民も、黒鬼までもが硬直する中、自身の右手を見る。


 握り、開き、握り。


 何度か繰り返して右手とガントレットに掛かる負荷が許容範囲であることを確認すると、俺は呆けている衛士たちに声を掛けた。


「剣は改修中で武器がない。悪いが、ほどほどに距離を取りながら包囲を続けてくれ」

「え、ええ!もちろんです!…………あの、槍、使いますか?」

「気持ちだけもらっとく」


 槍なんてまともに使ったことがない俺が衛士隊の支給品を振り回したところで、黒鬼にダメージは通るまい。

 まだ無手の方がマシまである。


 右ストレート一発で片付いたのは、流石に予想外だが。


「さて……」


 衛士に包囲を維持させ、黒鬼を見やる。

 こちらを警戒するように動きを変えた黒鬼を、言葉と魔力で挑発した。


『ほら、こっちだ。かかってこいよ』


 大樹海でもよく使った、低出力で撫でるような<フォーシング>。

 妖魔の釣り出しに極めて有効であることは、経験から学習済みだ。


 由来はさておき、黒鬼も妖魔。

 魔力を餌にすれば、市民や衛士よりもこちらを優先するだろう。


「「「――――」」」


 期待通り、黒鬼は先を争うようにこちらへ迫る。

 単純な動きに口の端を上げ、右手を握り込んだ。


「おらあっ!!」


 先頭を殴り飛ばし、その隙を狙って左右から寄せてくる黒鬼の正面に<結界魔法>を展開。

 背後を取られないよう素早く回り込み、再び手近な1体を殴りつける。


 そんな動きを右回りに何度も繰り返しながら、俺は笑みを深めた。


(はは、本当に傑作だな……!)


 もちろん、両手足に装着した黒い防具のことだ。


 これを装備して戦うと、以前と比べて二段階くらい身体能力が向上しているように感じる。

 軽やかなフットワークから放たれる重い拳が、俺より大きな黒鬼を次々と吹き飛ばしていく。


 腕力も脚力も、以前とは桁違い。

 今ならジークムントすら圧倒できるかもしれない――――なんて、自制しないと際限なく調子に乗ってしまいそうだ。


 しかし――――


(まあ、やっぱり硬いか……!)


 1体目が一撃死したのはラッキーヒットか助走の勢いか。

 2体目以降は派手に転倒しても少しすると起き上がって向かってくるので、やはり純粋な殴りだけでは威力が足りていないのだろう。


 包囲されないことが最優先なので、止めを刺す余裕はない。

 だが、数が減らなければジリ貧になる。


「くっ……!?」


 小癪にも、先回りして逃げ道を塞ごうとする奴も出て来た。

 南通りは辺境都市の動脈というだけあって幅は広く、すぐに追い詰められることはない。


 ただ、殴り飛ばす方向に注意しないと、背後に回られたら面倒だ。


(なら、もう一度だ……!)


 低出力<フォーシング>で黒鬼の気を引き、背を向けて逃走。

 少し距離を取ってから反転し、先頭を全力でぶん殴った。


「ダメか……!?」


 黒鬼の巨体がごろごろと南通りを転がる。

 すぐには起き上がってこないが、魔力の塵にならない以上は倒し切れていないのだろう。

 

 次は逆方向に走り、一度目よりさらに距離を稼いでリトライ。


 黒鬼の腹に吸い込まれた右腕は、今度こそ黒鬼を爆散させた。


「うっし……!」


 左右で<結界魔法>が破砕される音を間近で聞きながら、必勝パターンの構築に成功した俺は小さくガッツポーズ。


 そこから先は、シャトルランにも似たヒット&アウェイだ。


 南から走って黒鬼を1体仕留め、北に抜ける。

 北から走って黒鬼を1体仕留め、南に抜ける。


 俺の動きに合わせて包囲網を動かす衛士たちの協力もあって、集団を散らさないようにしながら着々と黒鬼を削ることができた。


 そして――――


「遅参、申し訳なく!」


 残りが10体となったとき、騎士団が加勢したことで勝負がついた。

 戦力的にはC級パーティに匹敵すると言われる黒鬼だが、魔法剣持ちの正騎士は1対1でも黒鬼と互角以上の戦いをしている。

 俺を追う黒鬼の背を正騎士が斬りつけ、騎士に気を取られた黒鬼の背中を俺がぶち抜く。


 アルノルトを含む数人の騎士は自力で黒鬼を処理したこともあって、南通りに現れた黒鬼は速やかに殲滅された。


「いや、助かったよ」

「こちらこそ、ご助力に感謝します。ところで、なぜ剣を使わないので?」

「改修中で手元に無いんだ。手持ちに黒鬼と戦える武器が、ちょっとな……」

「それは……。なんと言いますか……」


 眼鏡を直しながら困惑するアルノルト。

 黒鬼の群れに無手で吶喊したと聞けば、妥当な反応だ。

 俺自身、気づいたときには引っ込みが付かなくなっていたから奮闘したものの、突撃前に気づいていたら日和ったかもしれない。


 俺とアルノルトが会話する間にも、周囲は動き続けた。

 周囲の立ち入り制限、重傷を負った衛士の救護、黒鬼が出現した原因の調査。


 それらが順調に進むのを眺めつつ、そろそろお暇しようと考えたとき。


 その知らせは、アルノルトの下へ届けられた。


「報告します!妖魔が西通りに出現しました!」

「なにっ!?」


 弛緩し始めていた現場に、一瞬で緊張が戻る。


「現在、北西区域の衛士隊が対応中!至急、騎士団の来援を!」

「わかった。すぐに――――」

「報告します!東通りに妖魔が出現しました!」

「――――ッ!!」


 知らせを聞いた騎士たちが息を飲む。


 アルノルトは動揺を押し隠し、速やかに騎士団を分割。

 それぞれ現場に向かわせるとともに伝令を詰所に走らせた。


 しかし、その表情は険しい。

 詰所には予備戦力があるし、訓練中や休暇中の騎士を緊急招集すれば戦力の払底は当分ない。

 ただ、完全に後手に回っている上に敵方の()()もわからない状況では、安心はできまい。


「申し訳ありません。本来はギルドを介すべきでしょうが…………ッ」


 何か言いかけたアルノルトは、俺の右手に視線を向けて口を噤んだ。

 先ほど武器がないと言ったばかりだ。

 普段ならともかく、防具しか装備していない俺に戦ってくれとは言いづらいだろう。

 

 差し迫った状況と自分が口にする言葉の理不尽さを天秤にかけ、苦渋の表情を浮かべるアルノルト。

 その誠実な態度に、俺は笑って肩を竦めた。


「そんな顔しないでくれ。ちょうどこの後、預けた剣を回収する予定だったから、それが済めば参戦できる」

「……そうでしたか。感謝します、お礼は必ず」


 アルノルトの表情が緩み、早速行動を――――と動かした視線が止まる。


 釣られてそちらを見やると、南東区域側の路地からシエルが現れた。


「お忙しいところ、失礼します」

「お、おう……?」


 メイド服と薄桃色の長髪はいつもどおり。


 ただし、その周囲には抜身の大剣が8本、彼女を守る翼のように浮かんでいた。


(え……、なにそれカッコイイ……)


 これが成長した家妖精の戦闘形態なのだろうか。


 物々しいというかボスっぽいというか。

 とにかく威圧感が凄まじい。


「状況は概ね把握しています。こちらを」

「これは……」


 周囲に浮かぶ剣に気を取られる俺をよそに、彼女は背中の翼とは別に手元に浮かべていた剣を一本、こちらに差し出した。


 外観は柄から剣身まで真っ黒。

 形状は『スレイヤ』によく似ていて、やはり非常に重い。


「その防具と同じ素材で作ったものです。研ぎがまだなので斬れませんが、剣に近い感覚で頑丈な打撃武器としてお使いいただけると思います」

「助かるが、『スレイヤ』はまだ使えないか?」

「改修は済んでいますが、安全に扱うために説明と習熟が必要です。それらが不十分な状態で使用した場合、周囲に被害が生じる恐れがあります」

「なるほど、それもそうか」


 軽く振ってみると、感覚的には『スレイヤ』と大差ない。

 元々重量で圧し斬る剣を使っていたこともあって、それは違和感なく手に馴染んだ。


「こちらの用は急ぎません。状況が落ち着いたらお越しください。我々の拠点の周囲、それと孤児院の安全はこちらで確保しますので、アレン様は憂いなく力を振るっていただければ」

「ああ、恩に着る!」

「ご武運を」


 シエルに背を向け、南通りを北へ。

 重量があるこの剣なら、助走がなくても十分なダメージになるだろう。

 殴るばかりでは1体1体に時間が掛かってしまうので、本当にありがたいことだ。


「こちらへ!」

「助かる!」


 騎士たちはすでに方々に散り、黒鬼を処理すべく動き出している。

 俺も俊足の従騎士に誘導され、次の獲物へ。


 東通りに出ると、先ほどと同様に衛士隊が黒鬼を包囲しているのが見えた。


「『黎明』のアレン様、現着!!」


 従騎士が叫ぶとともに、包囲の一部がするりと解ける。


 この短い時間で連携が取れるのは頼もしい限りだ。


「任せろ!!!」


 包囲の切れ目から戦場に突入。


 超重量の黒い模擬剣は、勢いのままに黒鬼を薙ぎ払った。




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