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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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女心と西通り服飾店事情2




 別の娼婦を指名していたことがバレた歓楽街の常連客のような心境のまま、必死に弁明を重ねることしばし。

 心の中に溜まった膿を出し切った店員は、ようやく落ち着きを取り戻した。


「いやはや、見苦しいところをお見せしました」

「…………」


 普段通りのすまし顔で宣う店員に、先ほどまでの醜態は何だったのかと問い詰めたくなる。

 本気で病みかけていたと思うのだが、こうして見ると一連の流れが経営難だからいっぱい買ってくれアピールにも見えてくるのだから不思議だ。


 おそらく前者。

 ただし、俺の眼力では見極めが難しい。


「さて、彼氏さん、そろそろ彼女さん方のところに行きましょう。ご予算と流れはいつもどおりで?」

「ああ、よろしく頼む。それと、彼女じゃなくて使用人だ」

「そうですか。承りました」


 俺と店員は二人の下へ歩み寄った。


 ローザにとってもアンにとっても、高級服飾店は憧れの場所。

 先ほどの店員に比べたら可愛いものだが、俺と店員が話し込んでいるのをいいことに少しばかりテンションが上がり過ぎている。


「気にしませんよ。今は、ほかのお客さんもいませんし」


 微妙な自虐を挟む店員の手に大銀貨一枚を握らせ、ローザとアンの方へ背中を押す。


 一足先に上客用の試着室に陣取り、お茶を飲みながらファッションショーの開幕を待った。

 





「じゃーん!」


 試着室のカーテンを開けてはしゃぐのは、上機嫌なローザ。

 邪魔にならないよう後ろでまとめた綺麗な金色の髪を揺らし、その場で一回転してポーズを決め、笑顔を咲かせた。


「どう?似合ってる?」

「似合ってる似合ってる」

「もう!ご主人様ってば、照れちゃって!」


 以前、フィーネも照れ交じりに似たようなことをやっていたが、ローザの振る舞いに照れや躊躇いは一切ない。

 緑色の瞳は自信にあふれ、ポーズもまるで練習してきたのかと思うくらい決まっている。


「迷いますね……。素材がいいですから、何を着ても似合ってしまいます」


 今試着しているのは快活な印象を受ける服だが、1つ前に試着した大人しめの服もしっかり似合っていた。

 ローザ自身、服の系統に合わせてポーズや仕草を変えるものだから、本人に合わせて服を選ぶ店員は困り顔。

 強いて言えば、成長期の食糧事情が影響してか胸部装甲は若干控えめなので、それを強調するような服は除外だろうか。


 ただ、それにしたって好みの範疇だ。

 もし映像配信が広く普及した時代に生まれていたら、きっと売れっ子アイドルかモデルにでもなって人気を博したことだろう。


「別に方向性を絞る必要もない。本人の希望に合わせて選んでやってくれ」

「わかりました。では、少し相談してきます」


 店員はローザのところへ行き、小声で話し始めた。

 さして距離もないので集中すれば聞こえそうだが、次の服が俺にバレないようにわざわざカーテンの影でやっているので、敢えてそちらから意識を逸らし、もう片方の試着室を見やる。


 この個室にあるもう1つの試着室には、当然ながらアンが入っている。

 ただ、次々と着替えてはポーズを決めるローザと対照的に、彼女の方は少しばかりペースが遅い。

 高価な服を前に尻込みでもしているのだろうか。

 

(いや、違うか……)


 尻込みしているのは、おそらくローザに対してだ。


 アンも十分に可愛らしい少女だが、ローザと二人並べてどちらが――――と言われると、おそらくローザに軍配が上がる。

 それを本人も理解しているから、ローザと比べられる状況に一歩引いてしまうのだろう。

 

(一緒に誘ったのは、少し配慮が足りなかったかな……)


 ローザとアンは、どうしても二人セットで見てしまいがちだから反省が必要だ。

 もっとも、今回に限っては片方を後回しにすると別の問題が生じただろうから、先に気づいたとしても、どうにもならなかっただろうが。


「アン、どうした?何かあったか?」

「いえ……。大丈夫です」


 試着室の中から返事が聞こえてから数秒後。

 ゆっくりと、躊躇いがちにカーテンが開けられた。

 

「うん。似合ってる」

「……ありがとうございます」

 

 アンが試着しているのは、ローザが先ほど試着していたものと似た方向性の服だった。


 快活な雰囲気を与えるはずのそれは、小柄な背丈に比して大きめの胸に押し上げられ、見る者に異なる印象を与えている。 

 肩に触れるくらいの長さで整えられた金髪も艶やかで、どこに出しても恥ずかしくない立派な美少女だ。


 しかし、彼女の赤色の瞳は床に向けられたまま動かない。


「……少し疲れただろ。こっちで休んだらどうだ?」

「……はい」


 アンは試着室から出て、とぼとぼとこちらへ歩いてきた。


 この状況を本心から楽しめない落胆と、ローザと比較されずに済む安堵が入り混じった複雑な表情。


 注意が散漫になった様子のアンが、ソファーに座る俺の隣に掛けようとしたとき。

 俺は彼女の手を引いて、膝の上に座らせた。


「あの、ご主人様……?」


 アンは小柄な少女であり、膝の上に乗せるのは屋敷に居るときならおかしくない。


 ただ、このような場所では如何なものか。

 彼女が抱いたであろう困惑は、直後、驚きに取って代わった。


「え……?……ッ!?」


 左手はアンの口を塞ぎ、右手は膝丈のスカートの中へ。

 許しを請うように腕に添えられた彼女の小さな手に構うことなく、俺は好きなようにアンを弄んだ。


「…………ッ」


 利口で従順な少女は、ご主人様の暴挙が店員とローザに知られないよう必死に耐えている。

 それを確認した俺は、不要になった左手を使ってさらにアンを追い込んでいった。


 ローザと比べる必要なんかない。

 アンは十分魅力的だ。


 そんな言葉よりも体に教えた方が効くというのは、いつぞやティアの件で学んだ教訓なのだが――――


(うーん……。これは、良くないな……)


 懸命に耐えるアンの仕草1つ1つが、男心を刺激する。

 自制心を強く持たないとどこまでもエスカレートしてしまいそうだ――――などと、こんなところで少女の身体をまさぐりながら言っても説得力は皆無だが。

 

「じゃーん!……って、ああ!?」


 試着室のカーテンが勢いよく開かれ、中にいるローザがポーズを決めたとき。

 俺の両手はすでにアンから離れ、ソファーの上に乗せられていた。


 ただ、それで誤魔化せるほどローザは鈍感ではない。

 俺の膝の上で息を荒くしているアンを見れば、何をしていたかは一目瞭然だった。


「ちょっと、何してるの!?」

「少し疲れて休憩してただけだ。ほら、行ってこい」

「はい……」


 背中を押してやると、アンはこちらに来たときとは異なる理由でゆっくりと試着室へ戻った。


 そして、入れ替わりでこちらへ来たのは不機嫌なローザ。

 肩を怒らせた彼女は、無言のまま背中で体当たりするようにして俺の膝の上に乗った。


 ツンとしているが、ローザが何を求めているのかは明らか。


 俺は両手を動かし――――彼女の脇の下をくすぐった。


「ん……ッ……く、ふっ!?」


 仏頂面で耐えられたのは、ほんのわずかな時間。

 膝の上で身体をよじっていたローザは俺のテクニックの前にあえなく陥落し、笑いながら俺の足を叩いた。


「はあ……あー……。ご主人様、それは卑怯じゃない……?」

「さて、なんのことやら」

 

 ローザの機嫌が持ち直したのを見るや、俺の右手は今度こそ彼女のスカートの中へ。

 

 しかし、ここは服飾店であって歓楽街ではない。

 当然ながら俺の行動を見咎め、苦言を呈する者がいた。


「彼氏さん、ここは歓楽街じゃありませんよ?」


 女の敵を見るような眼差しが俺の手に突き刺さる。

 視線の主は、もちろん女店員だ。


 店でイチャつく男女など見飽きているかもしれないが、俺の行動はそれらの客と比較しても度が過ぎていることだろう。

 正論過ぎて、返す言葉が見当たらない。


 よって、俺がとるべき行動は決まっている。


「アンの方も、よろしく頼む」


 俺は店員の手元を狙い、黄金色の菓子を弾いた。

 

 流石に金額が大きかったか、金貨をキャッチした店員は、しばらく手元を見つめたまま動かなかった。


「……ちなみに彼氏さん、使()()()はもう募集してないんです?」

「あいにく、間に合ってる」


 そんなやり取りをしながら、両手はローザに触れている。

 くすぐるような手つきは、もう彼女を笑わせることを目的としていない。


 服飾店の個室で歓楽街にいるかのように振舞う迷惑客に、店員は溜息を吐いて肩をすくめた。


「仕方ありませんね。私は店員として彼氏さんのサポートに徹するとしましょう。ああ、一応言っておきますが、()()は御遠慮くださいね」

「流石にしねえよ……」


 とんでもないことを言い残した店員は、上機嫌な様子でアンの下へ向かった。

 





 その後、試着室とソファーで何度か入れ替えを行いつつ、それぞれ数着の服を選んで購入。


 支払いは、しめて金貨3枚となった。


()()()()()の確認は、ご自宅でお願いしますね」

 

 帰り際に店員から掛けられた言葉と、挙動不審な二人の少女。


 おそらくフィーネのときと同じ()()()()()の類だろうと思っていたのだが。


「「…………ッ」」


 屋敷に帰還して、寝室で二人が身に着けていたサービス品を確認する。


 試着室のカーテンを開けられないデザインの下着は、しっかりと俺の好みを捉えていた。




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