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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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装備強化2




「はあ……。つら……」


 最初に訪ねた店を追い出された後。

 諦めきれなかった俺は、西通りにある武器屋を手当たり次第に訪ね、流れるように全敗を喫した。


 B級冒険者のカードを見せて名乗れば、どの店も来訪を歓迎してくれた。

 しかし、揉み手をして満面の笑みを向けるのは、用件を聞いて剣を調べるところまで。

 『スレイヤ』を調べ終わった途端、手のひらを返すように無理ダメ帰れの大合唱だった。


 『スレイヤ』を怖がるように距離を取った職人に、魔力を込めなければ危なくないと冗談を言えば、そういう問題じゃないと顔を真っ赤にして怒鳴られる始末。

 まともに取り合ってもらえず、俺の交渉力では事態を打開することができなかった。


(くそ、あの爺様め。何が1千万デルだ……)


 てっきり原価が1千万デルなのだと思っていたが、ガラスケース内に数千万デルの武器をいくつも陳列する店の職人頭が真っ青になってNG出すような剣だ。

 低めに見積もっても数億デル、下手すれば10億越えまである。

 仮に10億積まれたところで売る気はさらさらないのだが、まさか本当にそこまでの価値があるとは夢にも思わなかった。


「可哀そうに。俺はお前の味方だからな……」


 まるで呪物のように邪険にされる『スレイヤ』が可哀そうになり、保管庫からベルトと鞘を取り出して久しぶりに愛剣を背負った。

 <エクステンション>なんか付与できなくたって、『スレイヤ』が俺にとって最高の剣であることに変わりはない。

 射程が伸びたところで、攻撃力が落ちるのでは意味がないのだ。


(しかし、どうしたもんかね……)


 職人たちは、不可能ではないがウチではできないと口をそろえた。

 プライドが高い彼らが悔しそうな素振りも見せずに言うのだから、非常識なレベルで高い技量が要求されるのだろう。


 いっそのこと、不可能だと言ってくれたら諦めもつくのだが。

 微妙に希望が残るようなことを言うのは勘弁してほしい。


「昼飯、食いそびれたな……」


 南通りをとぼとぼと歩いていると、腹が鳴った。


 すでに時刻は夕方だ。

 西通りの最後の店に断られるまでは全く気にならなかったのだが、昼飯を食っていないことを思い出すと途端に空腹感に苛まれる。

 

(南通りの武器屋は明日にするか……)


 西通りの方が高級品を扱う店が多いので、おそらく南通りの武器屋にも断られるだろう。

 それでも、可能性があるなら当たっておきたい。


 明日はどの順番で店を回るか。

 南通りにある武器屋を思い浮かべながら路地に入ると、道の向こうから見覚えのある鎧姿が歩いてきた。


「アルノルトじゃないか。どうしたんだ、こんなところで?」


 俺の屋敷があるのは南東区域で、言わば無法地帯の入口。

 この辺りで銀色の騎士鎧を見かけることはほとんどないはずだが、アルノルトは南東区域の奥の方から戻ってきたように見えた。


「お久しぶりです、アレンさん。旅行から戻られたと聞いて屋敷へ伺ったのですが、不在のようでしたので引き返してきたところですよ」

「む、そうか。それはタイミングが悪かった……いや、良かったのか?」

「丁度良かった、ということにしておきましょう。少しだけ時間を頂戴しても?」


 眼鏡を直しながら、アルノルトは微笑を浮かべた。






 少し歩けば屋敷があるのでお茶でもどうかと誘ったが、勤務中だからと固辞され、俺たちはそのまま道端で立ち話を始めた。


 アルノルトの用件は訓練のお誘いだったので、これは二つ返事で了承。

 有事ということでローテーションとの兼ね合いから日時を指定されたが、こちらはしばらく休暇だから問題はない。


 その後も続いた雑談は、当然のように俺の旅行の話へ移った。

 領主騎士団に所属するアルノルトにとって、戦争都市における戦争の話は非常に興味深いものだったらしく、熱心に聞き入っていた。


「ずいぶんと波乱万丈な旅行だったようですね。本当に無事で何よりです」

「ありがとう。そういうわけだから、黒鬼が怖くて逃げ回ってたわけじゃないってことは理解してくれ」

「ははっ、わかりました。皆に伝えておきます」


 話が一段落した頃、気づけば影も伸び始めていた。

 気持ちが沈んでいたからアルノルトとの雑談は丁度良い気晴らしになったが、流石に空腹感も辛くなってきている。


 腹が鳴って笑われる前に帰途に就こうと考えた、そのとき。


「…………」


 いつのまにか、アルノルトの表情から微笑が消えていることに気づく。


 怪訝に思っていると、アルノルトは真剣な表情で切り出した。


「失礼……。1つ、雑談として聞いていただきたいのですが、この都市に家妖精の集団ができていることはご存知ですか?」

「家妖精の……?ああ、西通りの『妖精のお手製』のことか?」

「ご存知でしたか」

「旅行前に一度行ってみたんだが、品揃えはかなり高水準だったな。これも、そこで買ったものだ」


 懐から取り出してアルノルトに見せたブローチと今も服の中に仕舞っているネックレスは、どちらも『魔封じの護符』への対策として用意したものだった。


 要求を満たす装備を見つけるために西通りを歩き回り、最後に訪れた『妖精のお手製』。

 そこでフロルより少し大きいくらいの妖精の少女に薦められたもので、意識的に魔力を込めなくても勝手に使用者の魔力を吸い上げてくれる便利機能付き。

 妖精が提示した値段があまりに安価だったので効果は半信半疑だったが、目利き役のフィーネも太鼓判を押したこともあって、その場で購入を決めたものだ。

 結局どれくらい効果があったのか定かではないが、こうして無事に戦い抜くことができたのだから、役目を果たしてくれたと思っていいだろう。

 

「あまり目利きに自信はありませんが、確かに良い品のようですね……。妖精たちについて、ほかに何かご存知のことは?」

「うーん……」


 俺はブローチをしまって腕を組み、空を見上げた。


 雑談と言いながら、雑談している感じは全くない。

 アルノルトは何か目的があって情報を収集しているのだと思うが、それを詮索しても仕方ないし、何より騎士団にはフィーネの件で借りがある。

 別に秘密にするようなこともないと判断し、俺は記憶の中から探り当てたいくつかの情報をアルノルトに提供()()()()()()


 それが叶わなかったのは、俺が提供しようとした情報が路地の奥から歩いてきたからだ。


「お久しぶりです」


 薄桃色の髪が風に揺れる。

 例によってメイド服姿で箒とパン籠を手にしたシエルは、微笑を浮かべながらこちらに歩み寄った。


「ご無沙汰してます。孤児院からの帰りで?」

「はい。様子見がてら夕食を届けに。余り物ですが、1ついかがですか?」

「ああ、これは申し訳ない。いただきます」


 パン籠から紙で包まれたパンが1つ飛び出し、俺の手の中に収まった。


 美味しそうな匂いに釣られてかぶりつくと、小麦粉の甘味とほんの少しの塩味が口の中に広がる。

 腹が空いていたこともあって、こぶし大のパンはあっという間に俺の口の中に消えた。


「…………」


 騎士と家妖精に見守られながら、黙々とパンを咀嚼する。

 パンは美味かったが、途中でアルノルトとシエルを互いに紹介していないことに気づき、少しだけ気まずい思いをした。


「んっ、すまん……。紹介もせずに」

「どうかお気になさらず。すでに存じておりますので」

「む、そうだったのか……?」


 微妙な空気が漂っていたので知らない同士だと思ったのだが、シエルの言葉を受けてアルノルトを見ると、彼も曖昧に頷いた。


「騎士様も、1ついかがですか?」

「いえ、私は……。勤務中ですので……」

「そうですか。それは残念です」


 シエルは表情を変えることなく、パン籠を閉じた。


「失礼、そろそろ仕事に戻らなければなりませんので、私はこれで」

「ああ。また……」


 一言挨拶を残し、アルノルトは足早に歩み去った。

 仕事に戻るというのは本当だろうが、それ以上に急いで会話を切り上げた印象が強く残り、残された俺とシエルの間に咀嚼タイムよりもさらに気まずい空気が漂う。


「私たちの話をしているのが聞こえましたので、つい声を掛けてしまいました。お邪魔だったでしょうか?」

「ああ、いや、そんなことはないと……。まあ、今は問題も起きているので」


 なんとも答えにくいことを聞かれてしまい、少々無理があると思いながらも取り繕う。


 幸い、シエルも話題として口にしただけで、あまり気にしてはいない様子。

 こちらに向き直ると、彼女は姿勢を正した。


「実は、アレン様に1つお願いがございまして。よろしければ、少しお時間をいただけませんか?」


 シエルは『妖精のお手製』の経営者であると同時に、ローザとアンの雇い主でもある。


 次回会ったときに微妙な空気を引きずりたくないという判断も働き、俺は彼女の誘われるまま、南東区域の路地を歩き出した。




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