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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
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専属受付嬢のお仕事




「フィーネ、わかるだろ?お前の仕事だ」

「無理!!こんなの、絶対に無理だから!!」


 俺とフィーネの2人しかいない保管庫。

 逃げ道を塞がれ、壁際に追い詰められた彼女が涙目で喚いた。


 10人が見たら10人が、受付嬢がガラの悪い冒険者に乱暴される現場と認識するだろう光景。

 しかし、俺はフィーネを手籠めにするためにここに呼び出したわけではない。

 仮にそういう目的であれば、彼女はここまで必死に抵抗することもなかっただろう。

 

 では、フィーネは一体何を嫌がっているのか。


 それは――――


「そんな大金、持ち運ぶなんて絶対に無理!!」


 彼女の視線の先には、保管庫の隅に置かれた雰囲気のある宝箱。

 その中には、俺が旅行先で稼いだ金貨が小さな山となっている。

 帝都で防具を買うために保管庫に入れたままにしていたが、屋敷に置いておくのは少し危険な額なので、例によって冒険者ギルドに預けようと考えたのだ。


 もちろん出入りする少女たちを信頼していないということではなく、何かの拍子に屋敷に大金があることが漏れたとき、強盗に襲撃される可能性を懸念してのこと。

 辺境都市の筆頭冒険者となり相応に名前が売れた今、俺の屋敷に盗みに入るのは常識的に考えて割に合わない。

 だが、そこに一生遊んで暮らせるだけの金があるとなれば、馬鹿な奴が馬鹿なことをやるには十分な理由になってしまう。


 そういうわけで、フィーネに金貨をギルドの口座残高に替えるお仕事を頼もうとしたのだが――――目下、専属受付嬢は全力で業務を拒否していた。


「一体、何枚あるのよ……?」

「少なくとも740枚」

「…………ッ!!?」


 フィーネが絶句した。

 

 戦争都市で受領した報奨金2億6千万デルと、賠償金3億8千万デル。

 帝都でクレインから受領した追加報酬2億デル。

 そのうち1億デルはすでにギルドに預けたので、残りは金貨740枚。

 

 一人なら一生遊んで暮らせるほどの大金に、常識的な金銭感覚を持つフィーネが身震いする。


 そんな彼女を横目に、俺は革袋に金貨を詰め始めた。

 賠償金として受け取った3億デルとクレインの報酬はすでに100枚ずつ小分けされているが、残りは雑に積んであるだけで、何なら普段使いの銀貨と銅貨も混じっている。


 屋敷にある程度の現金も必要だから、今回はキリ良く金貨700枚でいいだろう。

 宝箱の前に腰を下ろして作業を続ける俺の背中、フィーネがおぶさるように寄りかかった。


「ねえ、ギルドまで一緒に行こ?」

「南通りに出るまでな。昨日は免れたが、ギルドに顔を出して何か頼まれても面倒だ」

「うう、いじわる言わないでよ……」


 南通りならひったくりもいないのに、大金を運ぶのが余程嫌なのだろう。

 フィーネは甘えた声と吐息で耳をくすぐり、作業の妨害を試みる。


 しかし、金貨200枚を袋に放り込む作業にそこまで時間を要することもない。

 ほどなくして金貨100枚入りの小袋が7つ、フィーネの前に積みあがった。


「さあ、準備でき……。あー……」

「…………?」


 袋を1つ掴んでフィーネに差し出そうとした俺は、不安げな彼女の視線を受けたまま固まった。


 少しだけ考えて、溜息1つ。

 袋を全て宝箱に放り込み、立ち上がった。


「仕方ない、ギルドまで一緒に行くか」

「本当!?ありがとう、アレン!」


 フィーネは輝くような笑顔を浮かべた。

 気が変わらないうちにとでも思ったか、ぐいぐいと腕を引く力に手加減は感じられない。


(まあ、いいか……)


 突然の心変わりの理由は単純。

 実際に詰めてみると、金貨700枚は思いのほか重かったのだ。


 フィーネが大金を抱えて慌てるところを見たいという意地悪な気持ちはゼロではなかったが、別に重労働をさせたいわけではない。


 彼女の希望通り、俺たちは数分間のお散歩デートを楽しんだ。






 ほかの冒険者が使用中だったのか、それとも金額が大きいからか。

 案内されたのはいつもの別室ではなく、冒険者ギルドの2階にある応接室だった。


 テーブルに金貨入りの袋を積み上げ、計数はフィーネに任せて調度品を眺めながら待つこと数分。

 700枚の金貨のカウントは、あっさりと完了した。


 しかし、フィーネはペンを持ったままカウントが完了した金貨を見つめ、フリーズしている。

 何をしているのかと怪訝に思っていると、ぎこちなく顔をこちらに向けた彼女がポツリと呟いた。


「数え間違ってたらどうしよう……」

「……そこまで丁寧に並べておいて、一体何を間違うんだ?」


 大量の金貨を速やかに計量するための型はないようだが、テーブルには10枚ずつ重ねた金貨が縦横7×10で整然と並べられている。

 誰が見ても700枚だ。


 列ごとに少しずつ隙間が空けられているため、銀貨や銅貨が混入する余地もない。

 これで納得できないなら、何度数えたって駄目だろう。


「1枚違ってたら100万デルよ!?わかってるの!?」

「…………」


 それがどうした。


 口を開き、そう言いかけて、思い留まった。

 半開きの口を手で塞ぎ、思案する。


(いや、100万デルって結構デカいな……?)


 最近の臨時収入が桁違いに高額だったから金持ちになった気がしていた。

 実際に、今回の入金で俺個人の口座残高は10億デルが見えてくる。


 しかし、実のところ、その半分以上はほかの冒険者やギルドから奪い取った金だ。


 まともな依頼で100万デルを稼ぐのは、B級冒険者となった今でも簡単ではない。

 直近では公国軍に占領された前線基地に夜間強襲を仕掛けて60万デルだったが、一晩の稼ぎとしては破格でも命の代価としてはどうだろうか。

 ティアがいなかったら敵方の魔法使いと五分の撃ち合いになり、相当の損害を出したはず。

 それを思えば、冒険者の命の値段は相変わらずだ。


「……しっかり数えろよ」

「わ、わかってるから!」


 フィーネは金貨を睨みつける作業に戻った。


 さらに数分が経過した頃、彼女はようやく俺の情報が書かれたファイルを開き、口座残高のページに震える手で金額を書き込んだ。

 自分が書いた文字を穴が開くほど見つめ、ゆっくりとファイルを閉じ、胸の前で両手を合わせる。


「間違ってませんように……!」

「祈ったってどうしようもないが」


 金貨の紛失。

 一般の冒険者と受付嬢であればシャレにならないし、それこそ身体で払えなんて話にもなりかねないのだが――――まあ、俺とフィーネであれば今更の話だ。


 そんなことより、彼女が祈りを捧げているファイルを見ていたら、彼女にお願いする仕事をもう1つ思い出してしまった。


「ついでに魔石の買い取りも頼んでいいか?」

「魔石?何の魔石?」

「色々。前にメモで伝えてただろ。大樹海で狩った妖魔の魔石が大量に……」


 俺は保管庫から大型の木箱を取り出し、応接室の絨毯の上に置いた。

 いつだったか資材を買ったときに外装として付いてきた一辺が1メートルほどの木箱の中は、大小様々な魔石が雑に放り込まれて混沌としている。

 妖狐村周辺はそこそこ強い妖魔が多かったから、黒鬼のものより大きい魔石がほとんど。

 それが一箱分となれば、結構なお値段になるだろう。


「これは誰かに手伝いを頼まないとダメね」


 箱の中を覗き込みながら呆れるフィーネには申し訳ないが、この後は別の用事があるから手伝えない。

 ここから先は冒険者ギルドの仕事だから、時間があっても手伝えないだろうが。


「半月以上も籠ってたからなあ……。悪いな」

「悪いなんてことないわ。これも受付嬢の仕事だから」

「例によって急がないから、少しずつ頼む」


 魔石の入った木箱と、ついでに金貨の袋もバックヤードに運び込む。


 フィーネと彼女の同僚が作業を始めるのを見届けると、俺は今日の用事を済ませるべくギルドをあとにした。




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