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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第八章
435/468

ごめんなさい






 その夜、俺の帰還を祝して宴会が開催された。

 ローザとアン、フィーネも呼んで屋敷のリビングに集まり、みんなでフロルが作った料理に舌鼓を打つ。


「上手くまとまったなら良かったけど……。もう、本当に心配したんだからね」

「悪かった。反省してる、このとおり」


 溜息を吐くフィーネに向かって、深く頭を下げた。

 ソファーに座って左右にローザとアンを侍らせているので、誠意が伝わっているか不安はある。

 ただ、俺よりもローザとアンが感じていた不安の方が大きいようなので、引き剥がすわけにもいかない。


「…………ぐすっ」

「本当に、死んじゃったんじゃないかって……。毎日不安で……」


 当初10日程度の予定が、気づけば一月半。

 俺が冒険者であることを考えれば最悪が頭を過るのも当然で、フロルやフィーネを介してメモを見せられただけでは、嫌な想像を振り払うことも難しかったのだろう。

 ローザなど、いつものように俺を挑発することもなく泣きべそをかいて腕にしがみついている。

 アンも片腕を取っているせいで、両腕が塞がって食事ができない。


 そんな俺に飯を食わせてくれるのは、テーブルを挟んで向かいのソファーにちょこんと腰掛けるフロルだった。


「お肉」

「お肉」


 言葉を覚えた子どもとカルタで遊ぶような気持ちで料理を指定すると、ハンバーグの皿が浮かび上がり、ナイフとフォークが踊る。

 口を開けると、フォークに刺さった一口大のハンバーグが口の中に飛び込んできた。

 噛み応えのあるハンバーグの欠片から肉汁が溢れ、口の中に満ちる。


「うめ、うめ」

「おかわりもある」


 合いの手まで完璧か。

 相変わらずウチの家妖精がハイスペック過ぎる。


 きっと、食い過ぎて倒れても介抱まで完璧にこなしてくれるはずだ。

 あまりにも情けないから、そんなことにならないよう気を付けたいが。


(しかし、ようやくか……。いや、早いのか遅いのか、比較対象がないから何とも言えないが……)


 言葉を聞き取ることができて書かれたメモを読めるなら、言葉を話せてもおかしくない。

 そう思いながらこれまで催促してこなかったのは、他所の妖精と比べるのが良くないという思いのほかに、前世の経験があったからだ。


 妖精にとって人間の言葉は、きっと外国語のようなもの。

 読めるのに話せないのか――――そんな無神経なことを言って、前世で自身が感じた苛立ちをフロルに経験させたくなかったのだ。


 しかし、話せることがわかったなら遠慮は無用。

 これからは練習を兼ねて、積極的に話しかけようと思っている。


「スープ」

「スープ」


 スープ皿とスプーンがふわりと浮かんだ。

 中身のスープがこぼれることもなく、スプーンは大きく開けた口の中に収まった。


 美味い。


「…………」


 本当に楽しそうなフロルの横で、俺とフロルを見比べながらなぜか不思議そうな顔をするフィーネ。

 しばらくそうしていた彼女は、何かを振り払うように酒の入ったジョッキを傾けた。


「ぷはっ……、まあ、いいけど。食べながらで良いから、長旅の報告を聞かせなさいよね」

「おう。今回は長いぞ」


 落ち着いてきたローザとアンの肩を抱き、俺は大樹海生活を語って聞かせた。




 飼われたり騙されたりといった情けない部分は、もちろんチョキンとカットして。





 ◇ ◇ ◇





 宴会の途中、泣き疲れて寝てしまったローザとアンを部屋に寝かせ、フィーネと飲み続けた。


 彼女はそこまで酒に弱くはないはずだが、少しペースが速かったのか昼間の疲れが祟ったのか、フィーネもじきにダウン。

 ローザとアンの手前落ち着いたように装っていたが、フィーネもなんだかんだ不安だったのだろう。


 半ばフィーネ専用になっている客室に彼女を寝かせ、俺も自室に戻った。


(あー、やっぱり自分のベッドはいいな……)


 ベッドでごろごろと転がりながら、一息つく。

 長旅から帰ったのだから本来なら色々と後処理があるはずだが、『セラスの鍵』と保管庫のおかげで洗濯物も溜まらず、装備の手入れも必要ない。


(保管庫というか、フロルのおかげか……)


 ベッドから起き上がり、保管庫の扉を開ける。


 清潔な着替えが詰まった衣装棚。

 ポーションの在庫や保存食が詰まった物資棚。

 丁寧に磨かれた『スレイヤ』と防具が掛けられた装備置き場。


 食事の時間には温かい料理が並ぶ岡持ち。

 日持ちするお菓子、新鮮な飲用水、整えられた簡易ベッド、洗われた浴槽、野営用品、洗濯籠とゴミ箱まで。


 三大秘境の1つに数えられる大樹海で遭難するという特大のやらかしにもかかわらず、こうして無事に帰って来られたのはフロルのおかげだ。

 フロルがいなければ腰を据えて帰還方法を考える時間もなく、無理な動きを強いられたはず。

 その結果、俺はきっと大樹海のどこかで力尽きていただろう。


 本当に、どこまで甘やかせば気が済むやら。


「マスター……」

「うん?」


 フロルに呼ばれ、保管庫の扉を閉めて振り返る。

 際限なく俺を堕落させる家妖精は、リボンで装飾された紙袋をこちらに差し出した。


「俺に?」


 何度も頷くフロルの前に腰を下ろし、丁寧に包みを剥がしていく。


 すると――――


「おお……」


 出てきたのは、高級そうな生地を使った白のシャツだった。

 顔が売れてきたので変な恰好で出歩くわけにもいかず、ちょうど自分用の外出着を買わなければと思っていたところ。

 ここまで先回りできるのかと、もう溜息しか出ない。


 実際に羽織ってみると、当然のようにサイズはぴったりだった。

 これからの季節、インナーの上にこれを羽織れば過ごしやすいことだろう。


「何から何までありがとなあ、フロル」

「ごめんなさい」

「ごめんなさいじゃなくて、どういたしましてだぞ」


 どこか申し訳なさそうなフロルを抱きしめる。

 これだけ上等な服を作っておきながら、クオリティに不満でもあるというのか。

 仮に少しくらいほつれがあったところで、俺が気にするわけもないだろうに。


 フロルを首に抱き着かせたまま背中を支えて立ち上がり、なんと無しにカーテンを引いて窓越しに空を見上げた。


「…………?」


 ふと違和感を覚え、ガラス窓を開けてベランダへ。

 南東区域は二階建てが少なく、ベランダに出れば遠くまで見渡すことができる。


 それは今も変わらないのだが――――


(こんなだったか……?)


 いつのまにか南東区域のそこかしこに整備された街灯。

 それらが放つ柔らかな光に照らされた屋敷の南側。


 屋敷の敷地と同じ面積を持つその区画は、木製の柵で囲われ、柵に隣接するように小さめの家が建ち並んでいた。


 造りは頑丈そうで南東区域の一般的な民家とは似ても似つかないが、その割に平屋ばかりで二階建てが一棟もない。

 家々に囲まれた広い中庭に至っては、平らに整地しただけで構造物が何もない状態だ。

 しかも一部は金属で舗装されているようで、謎が深まる。


 地下に何かあるのか。

 それとも、これからあの上に何か建てるのだろうか。


「妙に殺風景だな……。まあ、いいか……」


 屋敷の日照権を侵害する高層マンションでも建つなら話は変わるが、裏庭を挟んだ向かいの区画に何が建ったところで屋敷に影響はない。

 高層建築が発達していない都市に日照権などという概念は存在しないだろうし、そもそもお隣さんの顔を知らないので文句の言いようもない。


 縁があれば、そのうち顔を合わせる機会もあるだろう。


(そろそろ寝るか……)


 俺は室内に戻り、抱きかかえていたフロルを下ろす。


 もう一度景色を眺めてから窓を閉め、ゆっくりとカーテンを引いた。




2025/1/15

第八章を新設できていなかったので章分けを修正しました。

「俺は元気です」から第八章です。


話の内容に変更はありません。

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