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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第七章閑話
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とある少女の物語41




 辺境都市領北部に多数の妖魔が襲来したことを受けて発行された緊急依頼。

 それを私たちが把握したのは、アレンさんを帝都に残して辺境都市に帰還したその日のことだった。


 パーティを代表して冒険者ギルドに帰還の報告を行うというクリスさんと都市中央の噴水で別れ、頭が茹っているネルを引きずって半月ぶりの自宅へ。

 ずいぶん埃っぽくなってしまった部屋を前に、今から片付けようかホテルに逃げようかと迷っていると、申し訳なさそうな顔のクリスさんが現れ、私たちは状況を知った。


 都市を離れたのは休暇目的とはいえ、あまりに急なことだから準備が必要。

 そう言って、クリスさんは冒険者ギルドから3日間の猶予を勝ち取ってきてくれた。


 帰宅当日は、埃っぽくなった家の中を掃除。

 次の日は、クリスさんとのデートに臨むネルを送り出し、アレンさんから贈られた指輪を眺めて過ごす。

 出発前日は遠征の準備などに費やせば、それでおしまい。


 3日間の猶予は、あっという間に過ぎ去った。




 冒険者ギルドが用意した輸送船に乗り込み、送り込まれた対妖魔の最前線。

 そこは、混乱の真っ只中にあった。


 辺境都市領北部の広い範囲に出現する黒鬼は、自前の防衛戦力を持たない小規模な農村に大きな被害をもたらした。

 しかし、被害報告があった村に、冒険者を向かわせれば済む話ではない。

 そもそも黒鬼は比較的強力な妖魔であり、C級パーティで対応するのが基本。

 そのC級パーティですら、装備の質や戦闘スタイルによっては非常に苦しい戦いを強いられる。

 当初は情報が不十分な状態でもとにかく速度を優先したため、D級パーティがいくつか返り討ちにされ、被害が拡大したという話を後から聞いた。

 各地の戦闘が一旦落ち着いたところで戦線を再編したのは、状況を俯瞰すれば当然の判断だった。


 辺境都市領北東部にある街の1つを司令部とする体制になってからも、全体としては苦戦が続いた。


 理由は、やはり辺境都市冒険者ギルドに所属する冒険者の貧弱さにある。

 C級パーティが数十組も集結した戦争都市の前線基地とは対照的に、司令部に詰めるC級パーティは10組にも満たない。

 しかも、単独で黒鬼に対処できないパーティは合同で活動するため、実質的に動かせる単位はさらに少なくなる。


 数が多いD級パーティが哨戒と場合によっては時間稼ぎを行い、報告があった地点に対処能力のあるパーティを急行させる。


 冒険者ギルドが定めた運用に目立った欠陥がなくても、駒が足りなければジリ貧は避けられなかった。





 ◇ ◇ ◇





「疲れたー……」


 日が落ち、今日の仕事を終えて宿に戻って来たネルがソファーに沈む。

 私は棚から取り出したコップに果実水を注ぎ、杖を軽く振って氷を浮かべてからテーブルに置いた。


「今日もお疲れ様です。はい、どうぞ」

「ありがと、ティア……。ああ、ちべたい……甘い……」


 両手でコップを持ち、へにゃりと目を細める親友の様子に私も笑顔になる。

 ただ、そんな空気も長くは続かなかった。


「はあ……。いつまで続くの、これ……」


 ソファーに背中を預け、大きく溜息を吐くネル。

 いつものように、もう少しだから頑張ろうと励ますことはできなかった。


 緊急依頼に参加してから、すでに半月が経過している。

 だというのに、新興都市領方面から現れる黒鬼の数は一向に減る気配がない。

 このような状況では、ネルでなくても溜息が漏れるというものだ。

 

(なんと言って励ましたものでしょうか……?)

 

 頬に手を当てて言葉を選ぶ自身の口からも溜息が漏れたことに気づき、悩みが深まる。


 そんなとき、部屋の扉がノックされ、クリスさんの声が聞こえた。


「少し待ってください」


 扉の前に立ってドアノブに手を掛けながら背後を振り返る。

 数秒前までとは打って変わって、ネルは姿勢を正し、髪を手櫛で梳いていた。


 彼女が頷くのを待ち、ドアを開ける。


「悪いね。少し相談したいことがあって」


 クリスさんはそう言うと、慣れた様子でネルの正面に腰を下ろした。

 他愛もない話ならネルの隣を選ぶから、仕事の話なのだろう。


 残念そうなほっとしたような曖昧な表情を見せた親友に笑みがばれないよう口元を隠し、クリスさんにも氷入りの果実水を提供してから、自分のコップを持ってネルの隣に座った。


「ギルドからの要請だよ。個別行動の件だ」

「またそれ!?この前、はっきり断ったじゃない!」


 憤慨して声を上げるネルに、クリスさんも頷いた。


 場当たり的に戦闘を繰り返していた当初と異なり、現在は司令部に詰めるC級パーティを交代で派遣する運用が定着している。

 しかし、辺境都市領内の街村から動かせるC級パーティをかき集めても、運用できる単位はたったの10組。

 一日の派遣要請が平均で8回程度だから、多くのC級冒険者が連日の出動を強いられている状況。

 冒険者ギルド側としては、動かせる駒は喉から手が出るほど欲しい。


 そこで目を付けられたのが、私たち『黎明』だった。


 全員がB級冒険者である私たちは、それぞれが単独で黒鬼を討伐できると目されている。

 司令部で毎日魔力が許す限り怪我人の治療に従事しているネルの配置は変えられないから、ペアで動いている私とクリスさんをさらに分割し、単独で運用したいということだ。


「魔法使いを単独でC級妖魔に当てるなんて、言い出した奴はバカじゃないの!?」

「D級パーティを護衛に付けるってさ」

「そんなの壁にもならないでしょうが!!」

「ネル、声が大きいですよ」


 この宿に泊まっているのはC級パーティばかり。

 それでも、どこに耳があるかわからない。


 私のことを心配して怒ってくれる親友に、冒険者たちの敵意が向くのは避けたい。


「それに、ティアは……」


 言葉を濁したネルの視線がコップに落ちる。

 ネルが心配しているのは純粋に戦力の問題だけではない。


 彼女の頭にあるのは、私が持つ魔法使いとしての欠陥――――魔力欠乏のことだ。


 アレンさんと再会して半年、魔力の吸収と消費を繰り返すことで私の魔力総量は飛躍的に向上した。

 しかし、その一方で魔力回復量は以前からほとんど変わっていない。


 おそらく、一生このままだろう。

 消費した魔力が回復しないから、継戦能力には常に不安を抱えている。


 万が一、魔力が尽きた状態で黒鬼に遭遇すれば、私は何もできずに殺されてしまう。


 けれど――――


「わかりました」

「ティア!!?」


 ネルが大声を上げてこちらを凝視する。

 撤回する様子のない私の肩を掴み、ネルは真剣に捲し立てた。


「あたしたちはパーティで緊急依頼に応じてるんだよ!?こんなふざけた要請なんて気にする必要ない!今だってあたしは街に居残りなのに、絶対おかしいでしょ!」

「まあ、私もおかしいとは思いますけど……」

「だったら!!」


 言い募るネルから視線を外し、クリスさんに向ける。

 『黎明』のサブリーダーを務めるクリスさんも、ネルがこういう反応になるのはわかっていたはず。

 それでも再度この話を持ち込んだのは、何か理由があると思ったのだ。


 案の定、クリスさんは困り顔で溜息を吐いた。


「『疾風』が分割に応じた。『疾風』が2組出すんだから、『黎明』も2組出すべきだってさ」

「そんな理屈が通るかぁ!!」

「僕も同感だよ。だから持ち帰って検討すると伝えて、こうして()()に来たわけなんだけど……」


 困惑気味のクリスさんは、元々提案を受けるつもりなどなかったのだ。

 この話は、おそらくクリスさんに何度も持ち掛けられていて、きっといつもはその場で断っているのだろう。

 今日は『疾風』の件もあって断り切れなかったから、一呼吸置くためにこちらに来た。


 少し時間をおいて拒否と伝えれば、もうしばらく時間を稼げると踏んだのだろうけれど。


「アレンさんがいないと何もできない……そう思われたままではいられません。アレンさんと並び立つだけの実力を、私たちは身につける必要があります」

「それ、は……」

「…………」


 リーダーを欠いた私たちの間に、沈黙が落ちる。

 思い起こされるのは、戦争都市での戦い。


 私たちが決戦で対峙した相手は、公国軍()()()()()()


 王と騎士団長を討たれ、司令部を蹂躙され、魔法兵と魔導砲の大半を喪失した集団を軍とは言わない。

 もはや前進することしかできなくなった軍未満の何か。

 私たちが戦ったのは、そういう類のものだ。


 あれが十分に統率された軍であれば。

 あるいは十分な数の魔法兵と魔導砲が残っていれば。

 ラウラさんと私の魔法も、あれほど絶大な効果を得ることはできなかっただろう。

 その後の戦闘も、結果は逆転したに違いない。


 今思えば、あの戦いは始まる前に結果が決まっていたのだ。

 たった一人の英雄が、避けられない敗北の未来を書き換えた。

 私たちはただ、用意された結末を享受したに過ぎない。


 そんなアレンさんは、現在大樹海で遭難中だという。


 帰還があまりに遅かったから、辺境都市冒険者ギルドが帝都のギルドに照会した結果、判明したことだ。

 専属受付嬢であるフィーネさんはアレンさんの置かれた状況を早くから把握したようで、アレンさん自身に口止めされていたと白状し、()()()を提示したらしい。

 大樹海で野営しながら東を目指して移動中という、どうなったらそうなるのか理解しがたい話も、黒鬼のそれと同水準かそれ以上の魔石の山を見せられたら真実と認めるほかない。

 つまり、アレンさんは無数の妖魔が跋扈する大樹海を一人で彷徨いながら、黒鬼と同格以上の妖魔を毎日数十体も狩り続けているということだ。


 パーティメンバーを名乗るなら。

 ()()使()()を名乗るなら。


 護衛付きで黒鬼と対峙できないなんて、そんな弱音は許されない。


「……わかった」


 クリスさんも同じ男として思うことはあるはず。

 熟考の末、ゆっくりと頷いた。


「で、でも……。実際、どうするの?」


 ネルも頭ごなしに否定はしなかった。

 ただ、それでも不安げな表情は変わらない。


 私は親友の不安を解消するため、優しく笑いかけた。


「大丈夫ですよ。最近、この地域に微量の魔力が漂っていることは気づいていますか?」

「それは、まあ……」

「何か違うとは思ってたんだけど……そうなんだ?」


 優秀な<回復魔法>使いであるネルはもちろんのこと、魔力量が豊富なクリスさんも違和感を覚えていたようだ。

 そうであれば話は早い。


「領主様に下賜されたこの杖のおかげで、魔力の消費は大幅に節約できるようになりました。アレンさんのおかげで吸収効率も上がっていますし、消費を抑えれば周囲に漂う魔力だけで何とかなると思います。休みの日は回復に専念すれば、ネルに迷惑はかかりません」

「…………」


 ネルの返事は沈黙だった。


 否定はできないけれど、賛成はしたくない。

 消極的な賛成といったところだろう。


「みんなで、一緒に頑張りましょう」


 この危機を乗り切るために。


 たしかな自信を持って、アレンさんの隣に立つために。




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