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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第七章閑話
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A_fairytale20




 屋敷の地下で行われる定例会議。

 大きなテーブルに、誰かの溜息が落ちる。


「うーん……。どうしよう?」


 私たちを困らせるのは、やはり青紫色の物体だ。


 食欲に端を発する試行錯誤が精霊の泉を生み出し、それを狙う火精霊を撃退して領主から土地の権利を得たのが半月ほど前。

 私はシエルとシルフィーの助言に従い、精霊の泉を狙う妖魔や精霊、そして人間を想定した迎撃態勢を敷いた。


 そして、それは十分に機能している。


 都市外からやってくる敵対的存在は、竜と戦ったときのように領域を少しだけ広めに設定することで、都市内に侵入される前に撃退できる。

 人間は、A級冒険者を領主に返却した後は襲撃自体が発生していない。


 この点、現時点で特段の問題は発生していなかった。

 だから、私たちを困らせる問題は、別にある。

 

「いやあ、あたしも予想はしてたんだけどね……。ちょっと、数が多すぎるよね……」


 シルフィーは体をテーブルに投げ出し、ぐったりとしている。

 問題の1つは、彼女に任せている都市内で生まれた妖精の回収に関して発生しているからだ。


 魔力が薄い環境下では、誰かが狙って保護しないと妖精なんて育ちようもない。

 その状況は<エンハンスメント・アブソープション>によってさらに悪化し、最近はシルフィーが妖精を回収してくることもほとんどなくなっていた。


 もちろん、そのことで彼女を責めるつもりはない。

 元々彼女に妖精を集めてほしいとお願いしたのは手が足りなかったからで、それはすでに解決している。

 <エンハンスメント・アブソープション>で確保できる魔力量も無限ではないから、あまり妖精が増え過ぎるとご飯が不足するという事情もあった。

 ご褒美用の魔力の雫を確保することも念頭に置けば、妖精の個体数は現状が丁度良かったのだ。


 しかし、アレのせいで均衡が崩れた。

 

 魔力の需要と供給が釣り合っていたこの都市に、突然出現した精霊の泉。

 その魔力供給量は日に日に増え続け、すでに私たちが消費できない分が大量に垂れ流しになっている。

 飢餓の経験から思うところはあるけれど、本来はこれが自然な状態。

 魔力が多くて困ることなど何1つないので、今は誰も気にしていない。

 一応、空の魔石があれば貯めて保管しているものの、使う機会はなさそうだった。


 妖精の生育環境が整ったことで、シルフィーは再び妖精の回収を始めた。


 家妖精はほとんどいなかったから、回収された妖精は土妖精が気合を入れて作り直した精霊の泉の部屋にまとめて放り込む。

 その後は自我が芽生えるまでしばらく見守り、従うものは配下に組み込み、共存できないものは都市外に放逐し、害を為すものは滅ぼす。


 決して難しいことではないけれど――――シルフィーの言う通り、数がおかしい。


「今、どれくらいいるの?」

「……わからない。気づいたら知らないのが増えてたりするし」


 精霊の泉が魔力を垂れ流す環境で、生まれたばかりの無力な妖精を完全に捕捉するのは私でも難しい。

 精霊の泉の部屋は、さながら妖精の孤児院の様相を呈している。

 人間の子どもと違って世話の必要はないけれど、あれらがもうすぐ自我を持って動き始めるとなれば、シルフィーとの負担は想像を絶する。


 新入り妖精の育成担当班は、ずいぶん前に『妖精のお手製』の営業担当班に変わっていて、今さら戻せない。

 シルフィーが涙目になるのも当然だった。


「回収をやめる?」

「うーん……」


 シルフィーの仕事はほかにもあるし、今の環境ならシルフィーが回収しなくても妖精は勝手に育つ。

 現状手は足りているので、配下の妖精を増やす必要性も感じない。


 ただ、それでも回収するのは理由がある。


「それも考えたけど。野良になると、人間に狩られちゃうと思うから」


 私たち家妖精が屋敷の外に進出した当初、人間たちの一部は私たちを狩ろうとした。

 多くの人間が家妖精に勝てないと学習した今ではほとんどないけれど、家妖精以外の妖精を見つけたら多分同じことが起きる。

 生まれたばかりの妖精は、私たちと違って簡単に狩られてしまうだろう。

 

 結局のところ、都市内で生まれた妖精は誰かが保護しないと生きていけないのだ。


「……わかった。一旦、先にシエルの話も聞く」


 こういうときに頼りになるシエルから解決策が提案されないのは、彼女も困っているからだ。

 しかもシルフィーのようにこれから大変になるということではなく、すでに大変なことになっている。


「正直なところ、全く手が足りていません……」


 疲れていても綺麗な姿勢で椅子に腰かけるシエルから、静かな悲鳴が上がる。

 彼女に任せている仕事は色々ありすぎてもうわからないけれど、彼女を困らせているのはそのうちの1つ、領域外からやってきた妖精たちとの折衝だ。


 超特大魔石が精霊の泉になった直後に襲撃してきた領主屋敷の火精霊のように、精霊の泉を目当てにやって来る妖精や妖魔が後を絶たない。

 このうち友好や従属を申し出る勢力は、シエルに話を聞いてもらうことにしていた。


「シエル、シエル!ココルが手伝う!?」

「交渉なんて、できるのですか?」

「うーん、無理!」

「…………」


 シエルは無表情で耐えた。

 この瞬間、ココルのご飯が何か適当な理由によって減らされることを、彼女以外の全員が察した。

 

 精霊の泉ができたから、ご飯の量が足りなくなるということはない。

 ただ、マスターの魔力、魔力の雫、精霊の泉の魔力は、それぞれ味が異なる。

 精霊の泉の魔力は日を追うごとに味が改善していて、そのうち魔力の雫には追いつくだろうけれど、やはりマスターの魔力と比べれば雲泥の差。

 ショックを受けたココルが悲鳴とともに崩れ落ちる姿が目に浮かぶ。


 最近は出番が増えてご機嫌なココルに憐れみの視線を送りつつ、私はシエルに続きを促した。


「それで、シエルの方はどれくらい?」

「はい。現在、交渉を受けているのは大小14の集団です。このうち個体数が多いのは水妖精の群れ、狼妖精の群れの2つ。ほかに火妖精や土妖精、木妖精、風妖精なども確認しています」

「14も…………うん?」


 まず数の方に気を取られた私の思考が、聞き覚えのない言葉で停止する。

 

「狼……()()?」


 それは妖魔ではないのだろうか。

 シルフィーに視線を向けると、彼女は事もなげに言った。


「まあ、その辺って人間が勝手に言ってるだけだから、共存できるなら気にしなくていいんじゃないかな。あと呼称は狼妖精より妖狼の方が一般的かも」

「ココルも人間に妖魔って言われた!家妖精なのに!」

「落ち着いて、ココル……。別に、気にしなくていいんだよ」


 憤慨するココルをメリルが宥めている。

 私も聞き慣れない言葉に戸惑っただけだから、問題ないなら気にしない。


 私の疑問が解消したのを見て、シエルが問題の核心を説明する。


「とくかく要望が多様で、調整に時間がかかります。集団単位で要求がまとまっていない場合もあるので、ひとつひとつ解決するとなると、どれだけ時間が掛かるか見通せません。時間を掛ければ次々と新しい集団がやってきますので、このままでは遠からず破綻します。また、表面上は友好的でも、内心で良からぬことを考えていそうな集団の対処も検討が必要です」

「こういう交渉は最初が肝心だから、どの群れも簡単には納得しないよね」


 シルフィーが頷いて理解を示すと、シエルが溜息を吐いた。

 二人が途方に暮れるのは珍しい。


 ただ、この問題は難しくない。


 というか、すでに解決策は提示されている。


「シエル、それは悩まなくていい」

「…………?」

「マスターの役に立たない群れは、()()()()()()


 ココルの担当は、私に代わって精霊の泉を支配しようとする敵対的集団の迎撃。

 まとめて魔石に変えてしまえば、悩む必要もなくなる。

 

 シエルとシルフィーは私の言葉に驚いていた。

 これは、私の頼み方が悪かったのかもしれない。

 

「配下を増やすこと自体に意味はない。何ができるか聞いて、役に立たないなら追い返す。無条件で従属するなら、とりあえず受け入れる。交渉もいいけど、要求が多い群れを従えるのは手間。シエルの時間は貴重だから、面倒なことを言う群れはココルに回していい」

「な、なるほど……」

「ほら、シエル!ココルが手伝えば解決!」


 ココルにじゃれつかれて鬱陶しそうにするシエルの横で、シルフィーが難しそうな顔をしている。

 彼女はなるべく多くの妖精や精霊と友好的であろうとしているから、思うところがあるのかもしれない。

 

「外から来る妖精と、生まれたばかりの妖精は違う。精霊の泉の魔力は、遠からず北の森や南の火山にも届くようになるはず。生存に必要な魔力を求めるだけなら、今の棲み処に留まればいい。私の領域に来る必要はない」

「他者の領域に踏み込んで要求するなら、見合った対価が必要……。用意できないなら交渉は成立しない、か……。まあ、それもそうかー」


 シルフィーは残念そうにしながらも納得してくれたようだ。

 

 これでシエルの方は解決したので、あとはシルフィーの問題を残すだけ。


 ただ、これも個別に考えるより、良い考えがある。


「せっかくだから、編制を変えようと思う」


 みんなの視線を集めた私は、第一回会議以来となる議題を提案した。




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