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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
第七章
403/468

弱い




 妖狐村に居候することはや半月。

 そのうち逃げればいいかの精神でのんびりしていた俺だったが、流石に焦りを感じ始めていた。


 大樹海で遭難中であるにもかかわらず、フロルと『セラスの鍵』のおかげで物資が枯渇する心配はない。

 妖狐たちが勝手に外敵を退治してくれるため、生命を脅かされるような状況でもない。


 生活自体は快適そのもので、死や飢えが目前に迫っているというわけでは決してないのだが――――


「はあ……」


 四尾の分身体の討伐に成功し、四尾の分身体が2体に留まらないことを知った日から、俺の逃亡計画は足踏みを続けていた。


 3体目がバレたせいで、四尾が最初から3体の分身を差し向けてくるようになったことが最たる理由だが、分身体の攻撃に()()がなくなったことも大きな理由だ。

 高度な連携で三方向から崩しに来るのは当然として、火球は俺自身より周囲の地面を狙う方が有効だと気づかれたのが痛い。

 巻き上がる土が<結界魔法>の展開を阻害するだけでなく、足場を耕されるせいで機動力を大幅に削られる。

 多対一という不利な状況で、この変化は致命的だった。


 そもそも、2体でさえ劣勢。

 ギリギリの戦いを強いられていたところ、突然生えた切り札を切ってようやく出し抜いたという状況だ。

 いきなり難易度が跳ね上がり、全く勝ち目が見えてこない。


 もちろん成長のための努力は怠っていない。

 期せずして大樹海の奥地でキャンプを張ることになったのだからと、戦闘経験を積む意味でも妖魔狩りは毎日続けている。

 比較対象がアレ過ぎて雑魚扱いしてしまっているが、この付近で一番弱い部類の妖魔はレオナの魔法陣を普通に踏み潰してくるレベルだ。

 戦えばそれなりに得るものはあるし、保管庫に放り込んだ魔石もかなりの数になるので収入としても悪くない。


 妖魔はゲームのように一日寝れば全て復活するというわけではないので、南東方向の妖魔を狩り続ければ密度が薄くなって逃走が少しずつ楽になるという狙いもある。

 気の長い話だとわかっているが、それでも少しずつ前に進んでいると信じたかった。


(ただ、いつまでも地道にってわけにもいかないんだよなあ……)


 実際、数日前からフロル経由でフィーネとメモのやり取りが始まっていた。

 心配したフィーネから送られる早く帰ってこいという催促をのらりくらりと誤魔化していたのだが、どうしてバレたのか今朝のメモで「これ以上遅れるなら()()()()()と見なす!」と通告され、俺はあえなく現状を自白することになった。

 クリスたちを軽視するわけではないが、辺境都市の戦力で大樹海の捜索など始めようものなら二次遭難は確実なので、くれぐれも上手く誤魔化してくれというお願いも添えて。


 あまりの無茶振りに、フィーネは今頃頭を抱えていることだろう。

 必要なら保管庫の魔石を少しずつ納品するようフロルに伝えたので、多少はご機嫌取りになったと思いたい。


「うーん……」


 四尾の分身体が3体でも通用するかもしれない奥の手は()()()()()

 ただ、やはり成功するのは一度きりだろうから、俺が逃走を確実に成功させるためには()()()が必要だ。

 妖狐村のボスである四尾の妖狐が気を取られるような何かが起きれば、それに乗じることでようやく成功が現実味を帯びる。


 他力本願で情けない話。

 しかし、大樹海なら実現の目がないわけでもない。


(そう、一つ目巨人先輩ならね!)


 一つ目巨人たちがあの後どうなったか定かではないが、簡単に諦める奴らではないことは俺自身がよくわかっている。

 えっちらおっちら追いかけて来ているなら、いつ妖狐村に到達してもおかしくない。

 そのときがいつ来てもいいように、心の準備だけはしておくべきだろう。


「はあ……。ほんと、情けねえ……」


 俺自身、強くなっている。

 <結界魔法>の上限も増えた。


 それでも、憎たらしい四尾の妖狐を出し抜くには、全く足りないのだ。


「はあああ……」


 ベッドに倒れ込み、小狐の腹に顔を埋めた。

 うだうだ悩みながら延々とブラシをかけ続けたせいで、銀色の毛並みはとろっとろに仕上がっており大変気持ち良い。

 小狐もご満悦だ。


「寝よ……」


 しばらくして我に返った俺は、小狐を毛布の中に放り込む。

 小狐も慣れたもので、俺が就寝することを察すると勝手に定位置に移動した。


 それは一見して微笑ましい光景。

 しかし、生まれたばかりの小狐がそれを学習するくらいの期間、俺がここ留まっているという証左でもある。


「…………」


 少しずつ、この生活に慣れ始めている。


 俺にはそれが、たまらなく恐ろしいことに思えた。





 ◇ ◇ ◇





「んお……?」


 早朝、外部からの刺激で目が覚めた。


 寝ぼけた頭で来客でもあったかと思いながら毛布から顔を出し、見知らぬ天井――――ならぬ見知った曇り空を見て、俺は自身の置かれた状況を思い出す。


 頭に手をやっても小狐はいない。

 毛布の中の感触からして、奴はまだ俺の左足を枕にまどろんでいる最中だ。

 ゆっくり首を動かして周囲を見回しても、俺を起こした何かの存在は確認できない。


 寝ぼけたかと思ってもう一度毛布を被ろうとしたとき――――少しだけ地面が揺れた。


(これは、まさか……!?)


 俺はすぐさま跳ね起き、急いで防具を身に着ける。

 自室(仮)から飛び出し、四尾がいる場所を避けながら遠くが見えるよう岩場の高いところへと登った。


 岩場の高いところは大樹海の木々よりも少しだけ高い。

 上の方まで登れば、空を飛べない俺でも何とか木々の向こうを窺うことができる。


 期待に口角を上げて岩場の上に立ち上がり、俺は妖狐村に襲来した援軍を目視する。


 そして――――


「いやお前かよ!!!?」


 ガッツポーズのために挙げた右手で頭を抱えた。

 揺れの原因は一つ目巨人ではなかった。


 そこに居たのは、怪獣大戦争に遅参したアンノウン。

 結局正体の分からないままとなっていた()()()


 サイズ的にどうあがいても太刀打ちできないだろうそれは、今もまた遥か遠くから確かな振動を伝えてくる。


「――――」


 妖狐村のボスである四尾の妖狐。

 俺を攫ってきた日以降、ほとんど定位置から動くことがなかった妖狐村のボスが、岩場の上でのそりと立ち上がった。


 四尾の妖狐は、おそらくこの付近で最も強い妖魔だ。

 そいつが警戒心を剝き出しにして謎の山を睨んでいる。

 俺の相手をするときの投げやりな雰囲気は欠片もない。


 周囲に生じた炎から()()の分身体を召喚して謎の山に差し向けると、四尾自身もそれを追って空を駆ける。

 ほかの妖狐のうち比較的大きい奴らも四尾に続き、次々に岩場を飛び立つ。

 これまで片手間の遊び半分で妖魔の襲撃を退けていた妖狐たちが、謎の山を相手に総力戦の様相を呈していた。


「…………」


 俺と岩場に残った妖狐たちが見守る中、遥か遠くで謎の山と妖狐の戦いが始まる。


 それは、正しく戦争だった。


 大樹海遭難初日に開催された怪獣大戦争がお遊戯に見えるような激しい戦いが繰り広げられ、俺は呆然と立ち尽くすことしかできない。


(遊ばれてることはわかってたが、ここまでとは……)


 これがメラゾ〇マだと言わんばかりの大魔法の連弾が、謎の山を直撃する。

 縮尺がおかしいせいではっきりしたことは言えないものの、一発で妖狐村が消し飛びそうな威力の魔法が、マシンガンの掃射の如く山の表面を吹き飛ばしている。


 そんな大魔法を何度も受けながら揺るぎもしない謎の山も大概おかしいが、耐えられるからと言ってやられっぱなしでいる気はないらしい。


 ついに、謎の山が牙を剥いた。


「…………なんじゃそら」


 謎の山――――ちらりと見えた頭はやはり亀のように見えたが、吐き出したのは幼竜のブレスによく似た攻撃だった。


 ただし、スケールがまるで違う。

 山亀が吐き出したのは、一つ目巨人が一発で消し飛びそうな極太ビーム。

 それは大樹海の木々を薙ぎ払い、空を駆ける妖狐たちを追って雲すらも斬り裂いた。


 強引に払われた雲間から光が差し込み、戦いを幻想的に演出する。


 そんな光景を、俺は口を半開きにして眺めることしかできなかった。




「…………………………」




 わかっていた。


 大樹海は、迷宮都市の大迷宮やここから遥か北の大山脈と並ぶ三大秘境。


 上級冒険者に成り立ての俺には――――上級冒険者にすら成りきれていない俺には、まだ早過ぎたのだ。


 あのジークムントが率いるパーティすらも容易く壊滅させるような化け物が、この世界には存在している。


 そういった連中と戦うには、俺はまだ、弱すぎる。


「いつか、絶対に倒してやるからな……」


 その日まで、この悔しさは忘れない。


 四尾と山亀の戦いをしっかりと目に焼き付けて、俺はひっそりと妖狐村を後にした。




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