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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
序章閑話
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とある少女の物語5




 私たちがニーナ派を吸収した翌日の昼休み。

 いつもなら美味しい昼食でおなかを満たした少女たちが雑談に花を咲かせながら魔術講義を待っている時間。

 魔術講義室は、いつになく緊張感に満ちていた。


 私の指定席である窓際中段を中心として周囲に陣取る年少組の少女たち、その数40。

 これは長らく最大派閥であったブリギット派がその座から陥落し、同時にイゾルデ派が最小派閥へと転落したことを意味していた。


 ブリギット派もイゾルデ派も一回り大きくなった私たちの集団に押されるように重心を廊下側に移し、両派閥からの視線は私に集中する。

 私は当然そのことに気づいているけれど、気にも留める様子もみせずに雨音を聴きながら時間をつぶしていた。


(さて、どっちが先に動くかな?)


 数にものを言わせて好き勝手してきた彼女たちが少数派に転落することを受け入れられるとは思えない。

 少数派がどのような目にあうか、彼女たちが一番よく知っているのだから。


 リリー派40人。

 ブリギット派34人。

 イゾルデ派21人。


 派閥が3つ存在するとき、1対2で孤立してしまうことは望ましくない。

 しかし、最大派閥を率いる私たちは孤立した場合でも40対55。

 劣勢ではあるものの十分に対抗することができる数字だ。

 その見立ては私の派閥を構成する少女たちが全て年少組であることを踏まえても変わらない。


 一方、ブリギットとイゾルデは、そうはいかない。

 ブリギットが孤立すれば34対61。

 イゾルデが孤立すれば21対74。

 ブリギットはほぼ2倍の勢力差、イゾルデに至っては3倍差以上の圧倒的不利な状況に陥ることになる。


 だから彼女たちは多数派工作を迫られる。

 つまりどちらと手を組むのかを選ばなければならないということだ。


 ここでポイントになるのは最小派閥であるイゾルデ派の動向だ。

 現状、彼女たちが圧倒的不利であることは間違いない。

 座して待てば敗北することが確定している以上、動かないわけにはいかない。


 まず、イゾルデがブリギットと組んだ場合はどうなるだろうか。

 結論は『どうにもならない』だ。


 元々彼女らが派閥を構成する目的は宿舎内でより優位な位置を手にし、他人から欲しいものを奪い取り、嫌なことを他人に押し付けて楽に生活することなのだ。

 同盟からあぶれた私たちに対してそうした行動をとれるほどの勢力を構成できないならば、手を組んでも仕方がない。


 仮にブリギット派とイゾルデ派が組んだ場合、うちの子たちのデザートを奪ったり、うちの子たちに掃除を押し付けたりできるようになるか――――答えはノーだ。

 そんなことは私がさせないし許さない。

 言い争いで済まずに喧嘩になれば私が出張ってくることは明らかなのだから、私を容易に無力化できる算段が立たないならうちの子にちょっかいをかけることはできないし、そもそもそんな算段が立つならこんな状況にはなっていない。


 結果として彼女たちは派閥の中で奪い合い、押し付けあうようになるだろう。

 そうなればブリギット派とイゾルデ派のどちらに軍配が上がるか。

 考えるまでもない。


 つまりイゾルデ派には私たちと組む選択しか残されていないのだ。

 現状では積極的に他派を害することをしていない私たちを最大派閥として認め、ブリギット派を牽制することで自分たちの立場を維持する。

 もう今までのような好き勝手はできなくなるけれど、これが今のイゾルデ派にとっては最善策。


 そしてそのことをブリギット派も理解しているから、ブリギット派もイゾルデ派と手を組むという選択をとることができない。


 両者の大きな違いはブリギット派はどちらと組んでもイゾルデ派に対して優位に立つことができるのに対し、イゾルデ派はどちらと組んでも最弱派閥に甘んじなければならないということ。


 そして両者に共通するのは、年下である私に対して同盟を申し込むことが最も有利に事を運べるということ。


 だから私は待っているだけでいい。


 ブリギット派とイゾルデ派が互いを牽制する状況下で、先に恥を捨てて私に頭を下げた方と手を組んであげるだけの簡単なお仕事。

 もちろん条件は盛れるだけ盛るつもりだ。

 簡単すぎてあくびが出てしまう。


 あんまりうちの子たちにだらしないところを見られないようにあくびをかみ殺していると、さっそく私のところにお客さんが来たようだ。


「リリーさん、少しお話をしませんか?」

「あら?どうしたんですか、ブリギットさん?」


 意外にも先に動いたのはブリギットだった。

 ブリギットの方がプライドが高そうだったからイゾルデが来ると思ったのだけれど。


(人数が近いから、それほど悪くない条件で手を組めると思ったのかな?それとも実利を取りに来た?)


 チラリと講義室の後方に目をやると、イゾルデが痛恨の表情でこちらを見つめている。


「そんなに難しい話ではありません。私たち、これからは相互不干渉ということにしませんか?」

「うーん、もう少しわかりやすくお願いします」


 首をかしげて「わたしむずかしいことわかんなーい!」と態度でアピールする。


「ああ、ごめんなさい。少し難しい言葉を使ってしまいましたね。要は、私たちとリリーさんたちは、()()()()()喧嘩をするのをやめて、お互い仲良くしましょうということです」

「…………それだけ?」

「そうです。簡単でしょう?」


 確かに簡単だ。

 彼女の提案を受けるべきかどうか、考えなくても判断できる。


 彼女はその後も滔々と話を続けた。

 途中からあんまり聞いていなかったけれど、要は「奪ったものは返さないけど停戦しましょう。」ということのようだ。


(バカなの?なんでこの状況でそんなお花畑みたいな提案が出てくるの!?)


 お互いが状況を正しく理解して最適行動を取ったらどうなるかというシミュレーションは、相手が状況を正しく理解できていない場合は何の役にも立たない。

 それは当然のことなのだけれど、仮にも30人以上の少女をまとめるだけの能力があるのなら状況把握くらいはできていると思っていた。

 私に対抗できるだけの切り札を隠し持っているとも思えないし。


(……まさか、こっちの力量を把握できていない?)


 確かになるべく手の内を明かさないように行動してきたつもりだけど、交渉しようとする相手の能力を調べるくらいのことはすべきじゃないだろうか。

 調べても何もわからない、ということはおそらくないはずだし。

 もしかしたら、こちらを対等な交渉相手として見ていないのかもしれない。


(ああ、確かにブリギットならありそう……)


 溜息をつきたくなるのをぐっと我慢して真剣な表情を保ち続ける。

 これは少し方針の変更が必要だ。


「ブリギットさんのお話は、だいたい理解できたと思います」

「そう、よかった。なら――――」

「でももう少しわかりやすくしませんか?」

「……もう十分にわかりやすく説明したと思うのだけれど」


 ブリギットは少し不機嫌そうだ。

 まあ、それはもうどうでもいい。

 この先ブリギットと友好的に交渉する機会は、もうないだろうから。


「ごめんなさい、ブリギットさん。でも、私たちの中には幼い子も多いんです。もし、そんなつもりがないのに約束を破ってしまって、ブリギットさんたちと喧嘩になったら困ります」

「ふーん……それもそうですね」


 思案するそぶりを見せながら少しだけ頬がにやけている。

 私が下手に出たことにご満悦なのだろう。


「なので、お互いが使う部屋とか、物とかを紙に書き起こして共有したらいいと思うんです。ブリギットさんが作ったものを私が確認して、それをみんなに知らせます。そうすれば、うっかり約束を破ってしまうこともないかなって思うんですが……どうでしょうか?」

「わかりました。少し面倒ですけど、仕方ないですね」

「そうだ!いっそのこと、私とブリギットさんが署名して契約書にしてしまってはどうですか?」

「なるほど…………それはいい考えですね」

「ありがとうございます!では、()()()()()()()()()()()()、ブリギットさん」

「ええ、では失礼するわね」


 そう言って踵を返すブリギットを笑顔で見送る。

 きっと今頃、どうやって契約書に細工をするか、どうやってより自分たちに有利な契約にするかということで頭がいっぱいだろう。


(ま、その契約書に私が署名することはないんだけどね)


 終わってみれば悪くない結果だ。

 交渉相手はブリギットからイゾルデになった。

 ブリギットのおかげでイゾルデは今日中に私と交渉し、それを決着させるしかなくなった。

 イゾルデから見て私とブリギットの関係は良好。

 交渉も難航する様子はない。

 この状況で私がブリギットとの交渉を蹴ってもいいと思うほどの条件を提示するのは容易ではないだろうけど、それでもイゾルデは今日中に成果を出さなければならない。


 私はイゾルデがどんな条件を出してくるか、楽しみにして待っているだけでいい。


(と思ったけど、イゾルデもバカだったらどうしよう……)


 なんだか不安になってきた。






 魔術講義の終了後、うちの子たちに自由行動を指示した私は一人で屋敷の庭をうろついている。

 極悪魔女の趣味なのか、色とりどりの花が咲き誇る植物の迷路は密談するにはおあつらえ向きの状況。


(草花に囲まれているのに、やっていることは釣りだけどね)


 もちろん魚はイゾルデだ。


 しばらく花々を観賞しながら待っていると、背後から足音が近づいてきた。

 十分に近づいたタイミングでこちらから声をかける。


「遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」

「…………私が来るのはわかってたって?」

「当然じゃない」


 振り返ると予想通りイゾルデの姿があった。


「その口調……ずいぶんなめられたもんだね」

「あら、お気に召さない?でも、猫を被るのはもう終わりよ」


 もう必要ないからね、と続けるとイゾルデの表情が苦渋にゆがむ。


「話があるんでしょう?ご用件をどうぞ」


 身振りも交えて促してみても、イゾルデは視線を彷徨わせ、口を開いては何かを言いよどむことを繰り返す。


(状況は理解していても決心がつかない、といったところかな)


 やっぱり12歳を相手に下手に出るのは抵抗があるらしい。

 なら、私が背中を押してあげよう。


「あなたは、たしか<火魔法>使いだったわね?」

「……そうだけど?」

「なら、理解できると思うの」


 私はイゾルデの方に向けて手を差し出し、手のひらを上に向ける。

 そこに浮かべるのは白い炎。

 イゾルデが驚愕して後ずさるわずかな時間に増え続けるそれは、彼女を嘲笑うように揺れ動く。


「うそ……、なんで、そんなわけ……」


 イゾルデの視線は私の炎に釘付けになり、うわ言のように否定の言葉を繰り返す。

 自分が数年かけても到達できなかった領域に、ここに来て半年も経っていない私が辿り着いたことにショックを隠しきれていない様子だ。

 彼女はぺたりと座り込み、放心したように私の炎を眺め続ける。


 でも、それも仕方のないことだ。

 <火魔法>使いであるイゾルデだからこそ、この炎が持つ威力を――――延いては魔術師としての格の違いを理解できてしてしまう。


 きっとイゾルデは最悪の場合ブリギットと手を組んで総力戦を決行すれば、多少の被害を被っても最終的には私を倒せると思っていた。

 そして、そのことを私との交渉の切り札として位置づけていた。

 私は初日の事件で魔法を見せていたから、私の戦力をそこから推測することで私と戦うときの戦術も考えていたかもしれない。


 しかし、その見立ては幻想だ。


 ブリギット派にもイゾルデ派にも、大なり小なり隠し玉を持っている子はいるだろうけど。

 彼女らから感じられる魔力量は私の炎をどうにかできるレベルに達していない。

 イゾルデの表情をみて推測は確信に変わった。

 いまだ極悪魔女には及ばない私の<火魔法>でも、この宿舎においては強力無比な切り札として機能する。

 イゾルデとブリギットが手を組んでも。

 私の派閥の子たちを力で抑え付けても。

 私が魔術に訴えるだけで、状況を一変させることができる。


(これくらいで十分ね)


 手を払って白炎をかき消すと、イゾルデは怯えるように身を竦ませ、ゆっくりとこちらを振り返る。


 そんなイゾルデに対して、私は優しく笑って手を差し出した。


「そんな顔をしないでちょうだい。ここで覚えた魔術を少し自慢したかっただけで、あなたを怖がらせるつもりはなかったの。ごめんなさいね。ところで――――」


 私になにか、話すことがあるんじゃないかしら。




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