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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
序章
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運命の日7


 俺は剣を()()に持ち、ふらふらと荷馬車の方向に向かう。


 遠くから聞こえた絶叫にも心は動じない。

 

 あと2人、殺さなければならないのだから。


 もう、先ほどのような無様をさらすことは許されない。




 荷馬車に近づくと足音をひそめ、木の陰に隠れて様子を伺う。


 リーダー格の男は荷馬車の影にいるのか姿を見ることはできなかったが、御者はこちらに背を向けて木箱のひとつに腰掛けていた。


 御者が腰かける木箱とは別の木箱に無造作に乗せられた両刃の剣と魔獣のものと思われるいくつかの魔石をみると、御者は無事に魔獣を討伐できたようだ。


 しかし、御者の息はまだ整っておらず、散乱した木箱の片づけも始めていない。


 魔獣との戦闘でそれなりに疲れているのだろう。


 ならば、体力が回復するのを待ってやることもない。


 俺は()()に持った拳大の石を振りかぶり、御者に向かって投げつけた。


「ガァッ!?ぁ、なにが……」


 当たれば儲けものというくらいの気持ちで投げた石は見事に御者の後頭部に命中し、御者は木箱から崩れ落ちる。


 魔獣の討伐は完了し、荷台の男が戻らない状況での襲撃。


 誰がやったか推測できそうなものだが、どうやらこの男も俺が勝つとは思っていなかったらしい。


 御者は起き上がり、剣に手を伸ばす。


 敵が武器を手にするのを待つ理由はない。


 男の手が剣をつかむことは、二度となかった。




 御者を踏みつけ、その背から剣を引き抜く。


 切れ味が鈍らぬよう、御者の衣服で血糊を拭う。


 この作業の間も、どこかにいるはずの最後の一人への警戒は怠らない。


 リーダー格の男は武器を身に付けていなかった。


 戦闘が本職ではないのかもしれないが、俺を殺すことができる方法はいくらでもある。


「やれやれ……。1人目の少年といい、今回の仕事は本当に災難が続きますね」


 馬車を挟んで俺が逃げた方向と反対側。


 リーダー格の男がゆっくりと歩いてくる。


 その視線は俺と御者に交互に向けられているが、俺がこうしていることから荷台の男がどうなったのかも察しているようだ。


 そして、その右手には――――


「おや……。その表情は、これがなんだか知っているのですか?あまり出回っている品ではないはずですが、孤児のあなたが知っているとは驚きですね」


 そう言って、男は()()を向ける。


 とっさに荷馬車の影に飛び込もうと踏み出した足元に、鋭利な氷の矢が突き刺さった。


「動かないでもらいましょう」


 銃声は軽い。


 おそらく外見が似ているだけで、火薬で銃弾を撃ちだす構造ではないのだろう。


 それでも銃同様、急所に命中すれば命はないという意味で状況はさほど変わらない。


 本物の銃よりも氷の矢の弾速が遅いことが若干の好材料か。


「死にたくなければ剣を捨てなさい。私としても、あなたを殺したくはありません」


 俺は正面に剣を構えることで、降伏勧告への返事とする。


「愚かな……。まさか、これを避けることができるとでも?」


 男は理解できないという顔をしているが、この程度の弾速なら上級冒険者は簡単に避けることができるだろう。


 いや、俺にそんな技量がないと思われているだけか。


 実際この距離であれを避けることは、今の俺にはなかなか難しいだろう。


 でも、()()()()()()()()()()


 どの道この男を殺さなければ、俺に未来はないのだから。


 もはや、これ以上話すこともない。


 一歩目を踏み出すと同時に正面に構えた剣を右肩に担ぎ、真正面から突撃する。


「残念です」


 そう言いながらも、いまだ銃声は響かない。


 十分に引きつけて、絶対に避けることができない距離から撃ち抜こうという判断か。


 おそらく再装填に時間がかかる、連射はできない魔道具なのだろう。


 あと1歩踏み込めば俺の剣が届く――――そんなタイミングだった。


「お別れです」


 パシュ、と気の抜けた銃声。


 俺は氷の矢を避けずにそのまま突き進む。


「――――ッ!?」


 俺と男に挟まれた空間から、()()()()()()()が聞こえた。


 驚愕に目を見開く男と視線がぶつかる。


 剣は振り下ろされ、鮮血が散った。




「ゴホッ……。<結界魔法>、ですか……。スキルカードには、なかったはずですが……」


 銃型魔道具を取り落とし仰向けに倒れる男の口から、ごぽっと音を立てて生命がこぼれ落ちた。


 もっとも、直接剣で斬り裂いた胸元からはそれ以上の赤色が流れており、素人目に見ても長くは持たないことは明らかだ。


 もはや焦点が合っていない視線は何もない宙を見つめている。


 遺言のつもりか俺に話しかけるでもない独り言を呟く男を、俺はただ見下ろしていた。


「ガフッ……。やはり、あなたを……のは――――」


――――間違いではなかった。


 そう言ったきり、男は動かなくなった。





 ◇ ◇ ◇





 ああ、終わった。


 3人殺せた。


 あれ?


 俺はあと何をすればいいんだっけ?


 そもそも何のために3人殺したんだっけ?


 そうだ。


 思い出した。


 リリーを探すんだ。


 きっと戦争都市で孤独に戦い続けてるはずだ。


 寂しい、苦しいって泣いてるはずだ。


 でもその前にオットーを探さないと。


 散乱した木箱と皮袋のどれかに隠れてるはずだ。




 見つからない。


 全部中身を確認したのに、オットーが見つからない。


 どこだろう?


 そういえばさっき、男が森の奥から歩いてきた。


 あっちに何かあるんだろうか?




 ()()があった。


 喰い散らかされたような赤くて黒い何かの塊。



 オットーに似ている何か。



 でも、これはオットーじゃない。



 だって、オットーのおなかには、穴なんて開いてない。



 手足は()()()し、頭だって()()()()




 だから、これは、オットー……。




 ああ―――――




「ああああああぁあぁぁああああああああああああぁああああぁ!!!」





 ◇ ◇ ◇





「はぁ……はぁ……、うっ…………ぉえ」


 昨夜から何も食べていないから、俺が吐き出せるものは胃液だけだ。

 それでも吐き出さずにはいられない。


 苦しいからこそ狂わずにいられる。

 辛いけれど、だからこそ生を実感できる。


 しばらくえずいていると、少しだけ楽になってきた。

 オットー、荷台の男、御者、そしてリーダー格の男。

 丁寧とは言えないが、森に少し入ったところに穴を掘って埋葬した。


(自分で殺しておいて……)


 心の中で自嘲したが、それでも埋葬は必要なことだった。

 そうしなければ、俺は罪悪感で押しつぶされてしまう。


 埋め終わったら、ここに死体が埋まっていることがばれないように枯葉を被せて偽装を施す。

 荷馬車も荒らして金目のものを持てるだけ持ち、残りは森の中に埋めてしまう。

 これで人狩りの野盗に襲われた荷馬車のできあがりだ。

 荷馬車の積み荷は奪われて3人の男と奴隷は連れ去られた――――そういう状況に見えなくもない。

 奴らの仲間には現実的なシナリオとして受け止められるだろう。

 少なくとも、子どもの奴隷が暴れて男たちを皆殺しにしたなんて話よりは信じやすいはずだ。


 俺は荷馬車を離れ、足早に薄暗い森の中を駆けていく。

 荷馬車は石畳で舗装もされていない、道といえないような細道を進んでいたが、この道を進んで行けば奴らの仲間に出会ってしまうはずだし、逆戻りしても発見される可能性が高くなる。

 これが都市の北にある森の中ならば、そこまで広い森ではなかったはずだ。

 夜空に差し込む光の方へ真っ直ぐ走り抜ければ、いつかは森から出ることができる。

 危険な賭けのように思えるが、奪ってきた荷物の中に水や食料は入っていたし、<強化魔法>によって脚力も体力も強化された俺ならば、十分に勝算のある賭けだった。


 果たして俺は賭けに勝ち、森から抜け出すことに成功した。


 すると、そこには―――


「…………ははっ」


 地平線の果てまで続く草原と、今まさに昇り始めた朝日があった。


 少しの間ぼんやりと朝日を眺めていると、やがて酷使した体は悲鳴を上げ始め、俺はその声に従ってその場に座り込んだ。


 絶望的な状況から逃げ切った。

 その実感がようやく湧きあがってくる。


「ははっ……、はははは…………」


 口から自然とこぼれる笑い声は、しかし、どこか虚ろに感じられる。

 瞳から自然とこぼれる涙は、果たして生きのびた嬉しさだけによるものだろうか。

 今は少しだけ何も考えずにいたかったが、状況はそれを許してくれない。


 これから俺はどうすればいいのか。

 極限まで混乱した頭でも、ひとつだけわかることがあった。


(もう、あの都市には戻れない)


 アレックスとオットーは、奴隷商の一味とともに人狩りに攫われた。

 人狩りに攫われた人間が、のこのこと故郷に顔を出すことは許されない。


 それはつまり、別の場所で生きて行かなければならないということだ。

 俺が生まれ育った都市は遙か南にぽつんと米粒のように存在している。

 どうやら俺は予想どおり、都市の北方に広がる森を東に抜けたらしい。


 俺は北を見つめる。

 現在地から北を見やると、そう遠くない場所から森の木々が東側にせり出して視界を遮っている。

 その森を抜け、いくつもの街道を経由すれば戦争都市にたどり着くはずだ。


――――リリーを見つける!探し出して、その場所から助けてみせる!


 しかし、昨夜の誓いはまるで遙か昔のことのように感じられる。


(行かなきゃいけないのに……。もしかしたら、リリーが今も苦しんでいるかもしれないのに……)


――――これで、リリーを死なせずに済んだ。


「――――ッ!」


 俺は恐れているのだ。

 あの瞬間、自分の死が迫っていることすら忘れるほどに恐ろしかったのだ。

 何よりもリリーの()()を知ってしまうことを、俺は恐れているのだ。


 彼女は戦争都市で戦い続けているだろうか。

 彼女は寂しい、苦しいと泣いているだろうか。


 そうであるなら、()()()()()()()()()()()()()


 気づけば俺の視線は北ではなく地面を見つめていた。

 俺の心が、()()は見たくないと叫んでいる。


 俺は顔を上げ、東を見た。


 見渡す限りの草原の先。

 しばらく進めば、いくつかの村があったはずだ。


「……奴らの仲間が状況を疑ったときのために、しばらく身を潜めないといけない」


 その言葉は誰に向けたものだろうか。


「……リリーを助けるためには、俺が強くならないといけない」


 その言葉は誰に言い聞かせるためのものだろうか。


 俺はゆっくりと立ち上がり、そして――――東へ向けて歩き出す。

 大切なものを守るために必要だと、これが英雄への最短距離なのだと誰かに言い聞かせて。


「英雄か……。はは……」


―――キミは、まだ夢を諦めていないんだよね?


 そう問われたのは、いつのことだったか。


 人を殺した。


 友を見捨てた。


 野盗の真似事にまで手を染めた。




 俺にはまだ、英雄になる資格があるだろうか。


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