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英雄になりたかった少年の物語  作者: ななめぇ
序章
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運命の日3




 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。


 数秒か、それとも数分か。

 思考を手放していた俺は気づけば冷たい石造りの廊下に転がされ、アマーリエから憐れみのこもった視線を向けられていた。

 いつのまにか手放してしまった剣は俺の近くに転がっているが、彼女はそれを拾い上げようともしない。


『モウ生キテハイナイデショウカラ』


 それが真実と決まったわけではない。

 リリーはどこかで生きていて、すごい魔法使いになるための修行に明け暮れているのかもしれない。

 俺の戦意を喪失させるためにアマーリエが嘘をついているだけかもしれない。

 自分自身にそう言い聞かせ、今にも消えてしまいそうな本当に微かな希望にすがってアマーリエを睨み返す。


「あの日、あの子が乗ったのは帝都を経由して北方へ向かう飛空船。行先は、戦争都市です」

「戦争、都市……」


 たしか、帝国の北西に位置する公国に隣接し、戦争の前線基地の役割を持つ都市だったはずだ。


「あの場所では長い年月にわたって戦争が続けられています。といっても、互いに正規軍を率いてぶつかり合うような状況はもうずいぶん前に終わっていて、今では手柄を求める貴族が私兵や冒険者を率いて前線基地を襲撃する程度の散発的な戦闘に終始していると聞きます。いつだったか授業で説明したのですが、おぼえていますか?」

「なんで、そんな場所に……」

「戦争が続けば、当然人が死にます。そして、人が死んでも戦争を続けるためには、減ってしまった人をどこからか補充しなければなりません。魔法を使える孤児というのは、使い捨てることができる戦力として優秀なのです」

「リリーを!あんなに幼い女の子を戦争に駆り出したって言うのか!」

「駆り出されるだけなら……あるいは生きていけたかもしれないのですけれどね」

「何を……」


 これ以上、何を聞かせようというのか。

 リリーを、彼女が望まぬ戦争に駆り出した。

 それだけで十分に残酷な話だというのに。


「あの子の魔法は強力でしたが射程距離は短く、精度もそこまで高くなかったと思います。そのまま戦列に加えてしまえば、きっと味方にも被害を出してしまうでしょう。ならば、あの子という戦力を用いて最も効率的に戦果を挙げる方法は、単身あるいは死んでもいい者を援護につけて少人数で敵陣に突入させて死ぬまで暴れてもらう……そんなところでしょう」

「…………」


 もう言葉が出てこなかった。

 聞かされる情報はあまりにも衝撃的で、俺の思考を停止させるには十分だった。

 思考が停止するならば、いっそ本当に何も考えずにいたいのに。

 記憶の中の少女が死ぬとわかっていてなお単身で敵中に飛び込んで行くところが想像されてしまい――――いや、待て。


 ふと、一筋の光明が差す。

 ほんの数秒、鈍りきった頭をフル回転させてアマーリエの話を思い出す。


(…………ああ、本当に先が思いやられる)


 今夜はあまりにもいろいろなことがありすぎた。

 しかし、今後冒険者として活動するなら望まぬトラブルに巻き込まれることだって、状況が目まぐるしく移り変わることだってあるはずだ。

 そのたびに無様をさらしていたのでは命がいくつあっても足りはしない。

 今だってアマーリエに殺意があったなら、俺は呆然自失している間に殺されていただろう。


 大きく深呼吸をひとつ。

 クールダウンして、再びアマーリエと向かい合う。


「単身敵中に飛び込んで死ぬまで暴れさせる、か。まるで見てきたかのように言うんだな」

「実際に見てきたわけではありません、ただの推測ですよ。もっとも、高い確率で現実になっているでしょうけれど」

「そんなことはないさ。単身で突入させたってことは、一時的とはいえ監視も束縛もなくなるってことだ。そんな状況で、自分を死なせようとする連中のために戦うなんてありえない。仮に単身でなかったとしても、捨て駒にされるような人達に忠誠心なんてあるわけない。全員散り散りに逃げ出すはずだ」

「奴隷は主人に反抗することなんてできません」

「帝国では奴隷は禁止されているんじゃなかったか?」

「そうですね。しかし禁止されているからといって存在しないわけではない。それくらいあなたなら理解できるでしょう?」


 会話が思ったとおりに進んでいくことに、俺は笑みを禁じ得ない。


(予想が正しければ、アマーリエは嘘をついている……!)


 なんのために嘘をついているのか、理由はわからない。

 それでも、今はリリーの生存に希望が持てるだけで十分だ。

 詳しいことは目の前の女から聞き出せばいいのだから。


「それはそうだろうな。でも、立場が奴隷だからといって死ねという命令に従う人間がいるとは、俺には思えないね」

「『隷属の首輪』と呼ばれるものですが、対になる魔道具を用いて装着する者に激痛を与える道具もあるのですよ。当然禁制の品ですけれどね」


 やっぱりあるのか、奴隷用首輪。

 そんなことを考えられる程度の余裕が戻ってきた。


 別にこれは予想外の話ではない。

 ファンタジー小説に出てくるような奴隷契約や奴隷の首輪はさておき、主人が遠隔操作で装着者に痛みを与える道具くらいは作れるだろう。

 魔法なんて不思議現象があるなら簡単だ。


「はははっ、『隷属の首輪』ね……。それをリリーたちに装着して戦争に送り出した……アマーリエ()()はそう言いたいわけか」


 皮肉たっぷりに煽り倒す。

 散々オモチャにされたのだから、これくらいは言っておかないと気が済まない。


「……何がおかしいのですか」

「禁制の奴隷に、禁制の首輪をつけて従わせ、無理やり戦闘させる。ああ、別におかしくなんてないさ…………それが戦争都市の話でなければな」


 怪訝な表情で尋ねるアマーリエを、ゆっくりと詰めていく。


「あんたは言ったな。今でも戦争都市で戦闘を続けているのは、正規軍ではなく、手柄を求める貴族だと」

「それがなにか?」

「それが真実なのかどうか、戦争都市の状況を知らない俺には判断できない。でもな、あんたの話には嘘がある、それくらいは俺にだって理解できる」


 アマーリエは無言で続きを促した。

 その表情に少しの焦りが浮かんだのは気のせいではないだろう。


「貴族たちは、戦闘に奴隷を使うはずがない。なぜなら、戦争都市には貴族以外にもいるはずなんだ―――戦争の状況を把握するために帝都から派遣された、監視のための役人が!」


 俺はトドメとばかりに言い放つ。


「正規軍同士の戦闘がないからって、戦争中の前線に中央の人間がいないなんてことはありえない。手柄を求める貴族たちだって困るはずさ。戦争を監視する人間がいないと、誰がどんな戦果を挙げたのか、帝都に伝わらないからな!」


 貴族たちが戦い続けるのは、戦争で挙げた手柄をもって褒賞や地位を得るためだろう。

 だが、まさか倒した敵兵の首を帝都まで運ぶわけにもいかないのだから、自分が手柄を挙げたことを誰かに証言してもらわなければならない。

 そのためには帝国軍か、あるいは帝都の役人に戦闘を見てもらうことが必要になる。


 しかし――――


「帝都の役人や軍人がいるってことは、それだけ下手なことはできないということだ。お貴族様が、帝都の監視役が見ている前で、奴隷を、しかも『隷属の首輪』なんてわかりやすいものまで付けて戦闘に連れて行く?ありえないね、そんなことは!」


 それがアンダーグラウンドな連中なら可能性は十分あるだろう。

 しかし、俺がこの都市で12年間生きてきて一度も『隷属の首輪』をつけた人間を見たことがないという事実が、この国がある程度高い倫理感を持って法を運用していることを証明している。

 ならば帝都の役人の前で奴隷を使役するということは、警察官の前で犯罪行為をするようなものだ。

 そんなことをすれば手柄どころではない。

 本末転倒も甚だしい。


「さあ、次はお前の番だ、アマーリエ。どうしてこんな嘘をついたのか、洗いざらい吐いてもらおうか」


 場合によっては手荒な手段も厭わないという意志が伝わるように、俺は剣を拾い上げてアマーリエを睨み付ける。

 アマーリエは俺の話を聞いて驚いたような表情を浮かべたが、それもほんのわずかな時間だった。

 先ほど浮かんだ焦りは消え、落ち着きを取り戻した彼女の態度に少しだけ不気味なものを感じながら、俺は気圧されないように無言で剣を向ける。

 長い沈黙の末、ようやくアマーリエがその口を開いた。


「私が話した情報の断片から、今の話を組み立てたのですか?」

「あんた授業で教えてもらったことも踏まえて、だな。授業、わかりやすかったよ。本当に、良い先生だと思ってた……」


 だからこそ、信頼を裏切られたことが許せない。


 孤児院の懐事情は確かに同情に値する。

 きっと最初は大人たちも悩んだのだろう。


 だが、それでも――――これでは孤児院は奴隷生産工場だと言われても仕方ない。


 取引を続けていればいつか露見する時がくるだろうし、なにより育てられる孤児たちに未来がない。

 孤児を奴隷として売らなくても生計を立てる方法は必ずあるはずだ。

 いや、なんとしてもその方法を探さなければならないのだ。

 いつまでも大人たちに頼りきっているわけにはいかない。

 児童相談所も児童養護施設も存在しないこの都市においては、孤児の未来は孤児自身が切り拓かなければならないのだ。


「正直に言うと、俺はリリーや他の孤児たちを売ったあんたたちを許せない。でも、それを糾弾することはしない。まだ、ここにいる孤児にはあんたたちが必要だ。だから――――」

「本当に、あなたには驚かされてばかりですね」


 アマーリエは突然、俺の言葉を遮って話し始める。


「私の話と自分の知識をすり合わせて矛盾点を見つけ出す。時間をかければ誰にでもできることでしょうが、それをこの状況で、短時間でやってしまうのは大人でも簡単ではないと思います。でも―――」


――――残念ですが、あなたの話には誤りがあります。


 皮肉るように、アマーリエは切り返す。


「まず『隷属の首輪』ですが、戦争都市の戦闘で実際に使用されています。これは私の推測ではなく、事実です」

「…………そんなはずはない」

「監視の役人がいるはず、ですか?その部分はあなたの推測のそのとおりですよ」

「だったら!」

「もっとも、その役人が貴族の率いる奴隷を摘発することはなどありませんがね」

「な……」


 手にしたはずの微かな希望。

 しかしそれは、たったひとつの前提を動かすだけで儚くも崩れ去る。


 そのことに、気づいてしまった。


「気づきましたか。最近は貴族が率いる戦力の半数近くが奴隷で構成されていると聞きます。そんな状況で奴隷の所持を摘発してしまったらどうなるか。戦争都市にいる役人だからこそ、誰よりも理解しているのですよ」


 戦力の半減。

 現状で戦力が拮抗しているというのならば、戦線を崩壊させるには十分な打撃になるだろう。

 そして一度劣勢になってしまえば戦況を立て直すことは非常に難しくなる。

 単純に被害が拡大するというだけでなく、劣勢であるという事実自体が味方に参戦を躊躇させる理由になってしまう。

 誰だって劣勢の戦争に進んで参加したいとは思わない。


「だから、見て見ぬふりをするってのか……」

「孤児を減らすこと自体が、ひとつの目的とも言えますね。教養のない孤児がそのまま大人になってしまえば、都市の治安を悪化させる要因になりますから。貴族は手柄を立てることができて幸せ、帝国は戦争を継続することができて幸せ、そして都市は孤児を厄介払いできて幸せ、という構図です。戦争都市の話でなければ、とあなたは言いましたが、まったく逆なのですよ」


――――戦争都市だからこそ、戦争に使うからこそ、この非道が許されるのです。


 アマーリエは、そう結んだ。


「………………」


 なんだ、それは。


 たしかに、一部はスラムの住人になってしまうかもしれない。


 飢えに耐えかねて盗みをはたらく者もいるだろう。


 それでも、自分の生業を見つけてまっとうに生きていく孤児もいるはずだ。


 孤児たちに何の罪があるというのか。


 生きているだけで疎まれるほどの、何をしたというのか。


「ショックを受けているところ、申し訳ないのですが」


 このまま孤児たちをここに置いておけば、いつかオットーのように売られてしまうだろう。


(でも、どうしたらいい……?)


「今夜()()した品はあまり評価がよくなかったようで、期待したほどの寄付をいただくことができませんでした」


 孤児院から連れ出しても何も解決しない。

 俺が冒険者になったところで、ここにいる孤児たち全てを養っていけるほど稼げない。

 孤児たちを飢えさせることになるだけだ。

 そもそも孤児たちが住む場所を確保することすら、困難を極める。


(どうしたら……一体どうしたら……!)


「このままでは孤児たちを満足な環境で育てることができません。ですので――――」


――――申し訳ありませんが、冒険者になるのは諦めてください。


 まとまらない思考に翻弄されるうちに、俺の視界は暗転した。




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― 新着の感想 ―
主人公の知能を一般人レベルまで上げて欲しい 世界観の説明の為にアマーリエとの対峙シーンを入れてるのだろうけど、どうにも中の人の人生経験や教養が活かされておらず、10代の子供そのまんまな主人公になってし…
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