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青春ジャンダルム   作者: 愛車 風斗
10/68

10

「ゴホ、ゴホ。えーッ……と……気を取り直して」


 再開を図る小宮だったが、誰一人として耳を貸す者は居ない。


「もういいよ。今日は終わりだ終わり」


 誰かがそう言うと、途端にラウンジ内に倦怠感が充満した。


「あ~~~分かった分かったよ。じゃ、今日のところはこれでお開きだ。ほら、散れ!」


 既に孤立無援のお手本と化した小宮は、簡潔に閉会宣言をした。皆は項垂れて食堂へ流れる。この学校は警察科だけが全寮制だ。普通科の生徒は殆どが自宅から通いで大半が弁当を持参している為、全校生徒が食堂に詰め掛ける訳ではない。


 因みに、全校生徒二百三十二人中、寮に入っているのは警察科員を含め六十九人。一応九十人が入居できるから、空き部屋が無数にある。

 以前、何人かの生徒がそれらの空き部屋にカラオケ機材やスクリーンを設置して娯楽施設化したいという旨を学校側に申し出たが、厳格な副校長に一蹴され企画倒れとなった事がある。しかし、それでも用務員の目を盗んでそこを喫煙所にしたり、ラブホテル代わり使用する横着な生徒も居るには居る。

 

 広い食堂では風呂上がりらしい普通科の男女が四人、自販機の前でジュース片手に談話に興じている以外は誰も居らず、閑散としていた。いつもは部活帰りや寮生やら数十人近くで賑わっているのに、少し時間がズレると嘘のように人影が無くなるんだな。


「ありゃりゃ、逃げてったぞ普通科たち」

「警察科っつー看板背負ってる割に柄悪いからな、俺ら」

 そう、自分達は傍から見るととんでもなく柄が悪い。


「今日は遅かったじゃん。おつかれ」

 飯炊きの娘が明るく労ってくれた。いつも愛想、雰囲気とも良好だが、ここで働く娘の多くは低所得者達だ。賃金も安いのに、朝から晩まで大変だろう。

「今日はミーティングが長引いたからね」

「そうか~、ごくろうさま。あ、もう海老フライもメンチカツも品切れちゃった」

「「「えぇー!?」」」


 食欲も無いし、今日は一番少ないお茶漬けで済まそうという気になる。

「これだけしか入ってないよ?」

「今日は、これで十分。たまには少食にならないとね」

「そう。なんか、ごめんなさいね」

「めっそうもない」


 お盆を受け取って一番端の席に収まり、吸ったり吐いたり。

 無性に孤独が恋しい。


 静かに瞑目すれば、心の声が聞こえる。自責に満ちた罵詈雑言だらけだ。

 首を振って邪念を払おうとしても、意識を離れて今度は精神を蝕み始めるから、思考が負のスパイラルに突入する。


 隊長って、本当に大変な役割だ。

 平隊員の何倍も体と頭を使う。その上、心まで使ったら……心技体、全てが磨り減ったら、本当の戦力になれやしないんだ。


 どうして俺は隊長なんかに選ばれたんだ。俺のどこがリーダーに向いてるんだ――


「隣、イイか」


 顔を上げた先に、盆を持ったイケメンが佇んでいる。


「あぁ、いいよ。はい」


 右隣の椅子を引いて席を設けてあげる。

 律儀に合掌して「いただきます」を口上し、箸を動かす。

 ――親子丼、美味そうだ。


「……ん、尚人、お前少ないな。それだけじゃ足りないだろ」


 視線に気付いた恭太郎は、俺の餌を見て顔を顰めた。言われると思ったけど、放っておいてほしかった。

「まあね」

「……なに。体調悪いのか? 保健室行くか」

「いや、平気。今日はたまたま食欲が無いだけだから」

「ふーん。そうか。ま、人間そんな日もあるだろうな」


 無理もない。いつもなら牛丼をつゆだくの大盛り、紅生姜てんこ盛りで食う奴がお茶漬け一杯だけとなると、誰だって気にはなる。


「仔猫コンビって意外と湿っぽいのね~。夕餉(ゆうげ)(しゃ)っこくなりそう」

 ツインテールを揺らし、日下お嬢様の登場。自分の右斜め前、恭太郎の正面に着座する。

「なんだ梨苑、俺も猫に分類されてたのか」

 恭太郎は箸を止めた。

「なに、ダメなの?」

「いや、ダメとは言わないけど。俺、例えばどの辺が猫?」

「髪」

「あれ、完全に予想外」

 彼女のディナーはサラダ、ヨーグルト、リンゴが二切れ。健康的なものばかりチョイスしているあたり、さすが令嬢。向こうの端でミートスパゲッティの大盛りに囓り付いてる聡犬の柴原しばはら悦子えつこが例外なだけだけどねえ。


「それはそうと尚人。ちょっと大事な話があるから、顎止めて聞きなさい」

 梨苑は気品溢れる素行で表情を尖らせ、鋭利に切り出した。


「う? ……うんどうぞ」


 虚を衝かれて、しどろもどろになったりする。


「昨日言い忘れた事よ。塚原と橋本と、COMが繋がらなくなった空白の時間があったと思うの。言ってる事分かる?」


 直ちに記憶を巻き戻す。言われてみれば。ほんの数分間、二人の通信が途絶えた謎の空白はあった。

「間抜けな顔してないで返事しなさいよ。ちゃんと思い出したの?」

「あぁ。俺も全く連絡がつかなくて、焦った」

「そうでしょうね。実は」


 整った睫毛の下の双眸が妖しく光る。


「あの時、確かに二人のCOMの息は落ちていた。本部のPCに通信状態が全て記憶されてるから、それで分かった事なの。どう、一丁前にミステリーでしょ」

「待って、どーゆー事。電源が落ちた?」


 俺は眉を寄せる。そんな事、通常ならありえない。


「ん~、そうねえ、より詳しく言うなれば、繋がらなくなったというより〝通信を遮断していた〟って感じかしら。あら、もっと難しくなっちゃったかも」

「誰かが意図的に通信妨害をしてたって解釈か」

「そういう感じね。だって切れたのは二台ほぼ同時よ。単純に、変だと思うでしょ?」

「まぁ、大変だよな……でも、そんな事、普通は起こりえないだろ。システム的にも」

「基本、部活中はCOMの電源は入れっ放しのオンライン繋ぎっぱなし。これが言ってみれば私たちのおきてよね。けど二人はこれを破った。二人同時に」


 ……とても疑り深い言い回しをするよな。


「でも梨苑、通信が切れた=装着者が意図的に電源を落としたって考えるのは、杓子定規ってもんだと俺は思うけどな」


「そうかしら?ちょっと当たったくらいで切れるようなオモチャじゃないんだから、偶然にしては、また随分お見事よね」

「ガレージ内の電波の軋轢とか」


 恭太郎がボソリと意見する。


「あら、じゃあどうして最初に二人がガレージの中を覗いた時は、しっかりと繋がっていたのかしら? 遠隔操作の電波妨害(ジャミング)なんて、今し流行らないわ」

「こればっかりは即興で結論を出せないぜ。恭太郎、もっと何か言ってやれよ」


 口達者で殊勝なお嬢様に勝てるのは、手の良いイケメン執事くらいのものだ。


「口弱すぎだろ。要するにお前は、二人が何かを仕組んでいると、そう言いたいんだろ」


 お嬢はツンとすましている。


「そうよ、当たり。ここまでよく出来た不測の事態はまず無いものね。何かの意図が有ってに決まってるでしょ。もちろん、その良し悪しに関わらず、ね。どう?別に、仕組んでいる=悪事に直結、という事でもないし、何らかの理由で二人がCOMの通信を落としたと仮定しても、尚人は何も損をしないんじゃないかしら?」


 いかん、本当に論破されかけている。


「損とかそんなんじゃなくて、こう、疑わしいっつーか、仲間の行動をコソコソ調べたりとか、仲間内で腹探り合うような事したくねぇんだよ俺は!分かるかこの気持ち?」


 梨苑は目を閉じて、イヤイヤをするように首を振った。


「はぁ。甘い。甘い甘い、甘えてるわよ尚人。ここはどこ?警察科よ?警察は疑うのが商売。それを拒否するなんて、食扶持を捨てるのと同じじゃない?そうでしょ?」


 目では確実に「アンタ馬鹿でしょ」って言ってるよこの女王様。


「待て待て、そんなオーバーな。確かに内々の裏切りとか、敵に寝返る小早川秀秋みたいなのも居るには居るけど、あの二人は神馬のマスターピースだぞ。ありえないって」


 梨苑は見下すように鼻を鳴らした。


「自分が勝手に依怙贔屓してるだけでしょ。そういう所が甘いんだってば。だいたいあの二人、見た目はさも大仰そうにしてるけど、片方は感情的なアバズレで、もう片方はむっつりむっくりの小娘じゃない。よくもまぁ、こんなタニマチが出来たものね」


 綺麗な八重歯を覗かせて、リンゴを齧る。歯形がくっきりと、刻まれる。


「それ、タダの悪口でしょ~お嬢さん?」


 恭太郎が俺の脇腹を突つき、胸の辺りで半円を作って見せた。

 梨苑の胸元を見て、図らずともその意味が分かってしまう。


「ちょっと何よ?私の胸が何?……あっ!別に嫉妬とかじゃないわよっ!勘違いされちゃ困るわ!そういう次元の話じゃないの。ちょっと聞いてるの?ドラ猫コンビ!」


 お嬢は顔を真っ赤に激昂遣わする。女王になったりツンツンになったり、忙しい。


「聞いてる聞いてる。俺は別に……ただ、恭太郎がさぁ」

「人の所為にしない。引っ掻くわよ」

「は、はいすんません」

「と・に・か・く、あの二人はじっくり問い詰める必要がある!私は絶対にそう思う!思うったら思う!にゃあ!」


 梨苑が爪を立てた。この方が一番猫っぽいっすわ。


 待て、正気に戻れミスターマイセルフ――物騒な考えだ。

 確かに、どうしてあの二人のCOMの電源が落ちたかは不可解だ。梨苑の言う通り、偶然にしちゃ不自然過ぎる。突然と偶然の狭間で狂った二人の行動形跡。空白の数分間に、いったい何が。


「落ち着けよ俺……」


 恭太郎が肩に手を掛けた。

「尚人。先を急いで、一度に沢山の問題を抱え込むな。不器用なんだから、お前は。ところでタイには『毒蛇(どくじゃ)は急がない』って古い諺があるんだ。自信のある者や実力のある者は、セカセカ焦らないっていう、人格についての教えだよ。最近はこの言葉を座右の銘にする人も増えてるらしいから……お前も、覚えておくといいかもな」

 すごく薄い笑顔だったが、なぜだかほっとする温かみがあった。

「恭太郎……ありがとさん」


 俺はご飯にネギと昆布、しぐれ、削り節を乗せて熱い出汁を注いだ。

 二人は黙々と食事をしているが、互いに表情は晴れない。そりゃあそうだ。

 悩みは尽きない。生きている限り――闘っている限り――は。


 生徒が班分けされる際の基準とは、学校側が用意した特別なペーパーテストと体力テスト、面接の三項目を経た総合評価だ。それらを分析し、対象人物の傾向・特性を見い出し、最も適すると判断された班へ配属される。いわばSPI(総合適正検査)を模倣・強化したものだ。

 この二人は聡犬――つまり「推理、分析、調査」を主任務に置く班。知能指数は高く、俺の脳味噌じゃ触れないような灼熱の推理が出来る。


「尚人、お前には少し酷な話だけど」


 恭太郎が口を開いた。お茶で口中の物を胃の腑に流し込み、言葉を繋げる。

「俺達は、塚原空と橋本雷亜をマークする事にしたんだ。仲間を裏切るようで気が引けるのは正直わかる、だけどこれも仕方の無い事だ。神妙に受け入れろ」

 相変わらずのポーカーフェイスで肩を叩き、再び親子丼をつつき始めた。


「……あっそ」


 やるせない。何だ、あんな事言って、恭太郎は最初から梨苑側についてたのか。

 最初から、分かってたのか。

 北川は中条先生を、聡犬の連中は雷亜と空ちゃんを疑う。

 俺は完全に板挟み。こんな事は辛い。


 ――だけど。


「……おい大丈夫か尚人。おい」

 箸を置く。


「分かった。本当は悲しいけど、二人は何も疑わしくないって事を早く証明する為に、俺も協力する。だけど勘違いすんなよ。あの二人を信じているからこそ、だかんな」

「エサにされちゃわないようにね」

 聡犬の黒猫は冷徹な眼で俺を見て、何にも知らない顔でリンゴを囓る。


「…………………………」


 五臓六腑を冷たい木枯らしが撫でていく。

 みんな仲良く溌剌と警察官になる夢に向かって、共に歩いて行けると思っていたのに。

 みんなが仲間だと思っていたのに――それは、全て甘い空想だった。


 今、クラスが悪い方向へ一歩踏み出したところだ。決して回してはいけない破滅(ルーイン)歯車(ギヤ)が幾千年の沈黙を破り、錆に縛られたその身を軋ませ、ゆっくりと回転を始める。やがて回転数の上昇に伴ってギヤは上がり、トップギヤがシフトされたその瞬間こそ、破滅の時だ。あぁ、胸を穿つ狂想曲が16ビートで鳴り響く。


 俺を、未来を、みんなを、嘲笑ってる。


 俺は盆を持ち、返却口へと向かおうとした。


「おい」

 恭太郎。


「なに」

「悩むんだったら、朝イチで悩め。それも、排便前がいい。クヨクヨ考えて、トイレでスッキリしたら、その日はもう課題はクリアだ。俺はなるべくそうして、悩む時間を減らすようにしてる」

「……分かった、いろいろありがとう」

 



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