とあるヒロインと悪役令嬢の顛末
お立ち寄りありがとうございます!
お楽しみいただけたら幸いです^ - ^
……どうぞ、狭い部屋かですが、こちらにお掛けください。
今、お茶をお淹れします。
…
……
……あ、お祝いが遅くなってしまいました。
ご結婚おめでとうございます。
お優しく有能な皇太子妃殿下だと市井でも皆申しております。
丁度一年前くらいでしたか、素晴らしい結婚式だったと伺っています。
お幸せそうで、安心しました。
泣かないでください。
ご心配をおかけしたでしょうか?
そうですよね、急に居なくなってしまいましたもんね、ごめんなさい。
でも、あの時はそうするしかなかったのです。
そんなことありません!
エド…いえ、皇太子殿下と結ばれるべきは、妃殿下以外ありえません!
私は…確かに、恋かもしれないと思うことはありましたが、離れてみてそれは違うということに気がつきました。
知り合いすら誰もいなかった世界で、優しくしてもらって、勘違いしたんです。
皇太子殿下も、最初は私の話し相手になるよう皇帝陛下から命じられて、そうなさっていただけなのです。
妃殿下への気持ちに、嘘はなかったのです。
……正直に言います。
私の能力、『魅了』なんです。
えっ?ご存知だったのですか?
ああ…そうですよね。あまりに不自然な心変わりでしたから…
いいえ!意図して使っていたわけではないんです‼︎
本当です‼︎
信じて、くださるのですか?
……あ、あ、りが、とう、ございます
……はい、泣いてる暇はないですね。
お忙しい妃殿下を、いつまでもこのような所にお止めする訳にはいきませんもの。
私に聞きたいことや、言いたいことがあるのですね。
分かっています。何でも伺いますし、正直にお答えすることを約束します。
妃殿下に憎まれても仕方のない私が、あんなに優しくしていただいた。
学園で酷い目に遭っても仕方なかったのにそうならなかったのは、皇太子殿下のお陰ではなく妃殿下のお陰です。
妃殿下がそうしてくださったことを、私は知っています。
ご恩を返すことになるわかりませんが、そのつもりでお話しします。
私が、能力に気がついたのは、お恥ずかしい話ですが6年前の、私が18歳の時です。
転移して来てから3年程の時間が経っていました。
春の魔術実習で1週間、魔法魔術科の皆様と寝食を共にしましたでしょう?
その最終日に、アレクサス侯爵令嬢が私に話しかけて来られたのです。
ええ、あのアレクサス侯爵令嬢イェーナ様です。
信じられないでしょう?
あれだけ私のことを嫌っていたのに。
今思えば無理もありません。
ご婚約者のレストール公爵令息アルバート様と、親しくさせていただいていましたから。
こちらの世界に召喚されて、魔獣の大規模侵攻を抑えたことで、私は『聖女』の称号を受けました。
『聖女』の後見を代々の役目の一つとされていた妃殿下の公爵家に養女として迎えられ、公爵令嬢となり、色々と淑女教育をしていただきましたが、ついつい前の世界での人との距離感が抜けず、あらぬ誤解を受けているのだと思っていたのです。
でも、何度も説明したりお話をすることで、他の皆さまは『理解』をしてくださいましたから、この世界でもそれで良いのだと思っていたのです。
皆さま、少しお話すると、私に好感を持ってくださる。
私は、それを当たり前なこととして受け止めていましたが、アレクサス侯爵令嬢や幾人かのご令嬢は、私を嫌っていらしたままでした。
私は、この実習で、私を嫌う方々の誤解を解こうと、しつこく話しかけました。
結果として1週間以内に、私を嫌っていたはずの皆さまが、私ににこやかに話しかけてくださるようになりました。
……ええ、あまりにも不自然です。
あれだけの憎しみが、1週間ほどで消えるものなのか。
本当に、何事も無かったかのような振る舞いに、私の方が酷い違和感を覚えました。
私の以前いた世界に、物語の本がたくさんありました。
その中に、この違和感に合致する能力がありました。それが『魅了』という能力でした。
確認のため、申し訳なかったのですが、公爵邸の使用人の方に、意識して能力を使わせてもらいました。
私に良い感情を持ってなかっただろう人に、どうしたら魅了をかけられるのか。
結論から言うと、身体の一部に触れるのが一番効果的でした。
身体に触れると、1分もあれば魅了にかかってしまいます。
あとは、同じ空間に3時間以上居続けると、少し弱いですが掛かってしまうようでした。
近くに居れば居るほど、掛かる時間は短くて済みました。
隣に座ると、連続40分程でほとんどの方は私に好意を抱きました。
でも――それに気がつかれたということは、妃殿下はもしかして『転生者』ですか?
――やっぱりそうなんですね。
え、この世界のことを書いたラノベがあったのですか?
それは知りませんでした。
! 一妻多夫のお話ですか、逃げて正解…ゴホン。失礼いたしました。
とにかく、自分が無意識のうちに振りまいた能力のお陰で、無理矢理人の意思や想いを捻じ曲げて、好意を向けて貰っていたんだと理解すると、酷い寒気がしました。
そして、成程私の存在は、妃殿下やアレクサス侯爵令嬢、私が親しくしていた令息の婚約者の方にとって、まさに災厄でしかないことに気がつきました。
皆さま、以前は婚約者の方と仲睦まじくされていたと伺いました。
ええ妃殿下、皇太子殿下のあの時の状態は、私の能力による不自然なものなのです。
もちろん、他の令息の皆様もです。
令息の方がかかりやすいのは、おそらくダンスの授業のせいです。
必ず身体に触れますもの。
そして、一度かかると、あちらから触れてこられることが増えます。
私に触れることは、おそらく麻薬のような効果があるのです。
ええ、勿論女性にも効果があります。
私、よく色んな方に髪を整えていただいていたでしょう?
よく「結わせて」と頼まれていましたの。
――ともかく、自分なりに検証を進めて、近いうちに公爵邸を出て行かなくてはいけないという結論に至りました。
私には、恩を仇で返すことはできなかった。
転移してきて、何も分からない、自分だけで生きていくことも危うかった私を受け入れてくださった方々に、害をなすなんて嫌だと思ったのです。
手紙も残さず消えてしまったこと、酷くご心配をおかけしたこと、改めて深くお詫びいたします。
…ああ、泣かないでください。
魅了も効いていなかったのに、貴女は私にとても優しくしてくださった。
そして、いつも義妹として心配してくださった。
だから、何も残すことなく去ることを選びました。
私の事を早く忘れて、私がこちらの世界に来る前に戻って欲しいと思ったから。
私はきっと、皇太子殿下や親しかった令息様方よりももっともっと、妃殿下や公爵家の方々のことが大好きで大切だったのです。
その後ですか?
出入りしていた商人に魅了をかけ、私を雇わせました。
悪いとは思ったのですけど、自殺も考えたのですけれども、死んでしまうのは怖かったものですから。
そして、何度も雇われる先を変えて、王都から離れるようにしたのです。
こういうやり方だと、跡を辿れないと思ったのですが…やはり皇族の情報網は凄まじいですね。
こんな辺境の街まで探し当てられるとは、思いませんでした。
――いいえ、私に家族や恋人みたいな存在はいません。
皆さまの前から消えて5、6年程でしょうか、そんな存在はいたことがありません。
だって、私、魅了使いなんです。
『誰が、自分の意思で、私に好意を持っているか分からない』のです。
そんな状態で、誰かを側に置けないでしょう?
私自身が無理矢理作らせた好意かもしれないのに、そんなの虚しいだけです。
私ならそう言うと思ってらしたのですか?
――有難い評価です。
そうですね、元の世界の常識もあって、個人の意思は大切にしているつもりです。
―――私は、これからどうすれば良いですか?妃殿下のご意志に従います。
牢獄でも処刑でも、受け入れます。
ただ、私が魅了の力で操った人は、どうか、お慈悲をくださいませんか?
お願いします、私の命を差し出してお願いします。
ああ、ほら、ハンカチが酷く濡れてしまってますよ。
古いですが清潔なので、こちらのハンカチを使ってください。
泣きすぎると目が溶けるって、私の故郷では言ってましたよ。
美人が台無しですよ、『メグお義姉様』
そんなに泣かないでください。
わかりました、もう妃殿下とは呼びませんから。
私に大切なお話があるんですね。
分かりました。落ち着いて、ゆっくり話してください。
涙が止まるまで、ちゃんと待ちます。
ご結婚前の話なのですか?
――そういえば、結婚式を挙げられたのは、思ったより遅かったですね。
学園を卒業したら、すぐにご成婚と伺っていましたのに。
ああ……お様としては、皇太子様が私に心変わりされて、さらに私と離れて元に戻ったからといって、確かにすぐに結婚する気にはなれませんわね。
私のせいですわね…
婚約解消された高位貴族の子息も何人もいらっしゃるとか。
こんな能力、呪いでしかありませんわね。
誰一人幸せにしない……
私自身が望んで異世界転移したわけではないとしても、あまりにも不用意に人の心に干渉し過ぎました……
お義姉様、はっきり仰ってください。
私は、処刑なり追放なりされるべきです。
覚悟は出来ています。
話が逸れていますか?
あ、本当だ。
お義姉様の結婚前のお話を聞くんでした。
はい、思い込みが激しいのは、私の悪いところだと、以前お義姉様にも言われましたわね……
では、伺います。
ええっ⁉︎
西のダンジョンに⁉︎
なんて無謀なことをなさるの、お義姉様‼︎
お怪我は?なんともないのですか?
確かに魔力量は帝国有数なお義姉様ですが…
皇太子殿下と側近の皆様、その奥方様達も協力されたのですか?
死ぬ確率の高いダンジョンなのに、あの皇太子殿下が許可されたのですか…
まあ!心変わりを盾に押し通すなんて、さすがお義姉様……
でも、どうして……
……まさか、そんな。
西のダンジョンに、古代アーティファクトが?
『ギフトブレイカー』と言うのですか?
それって…
泣かないでと言われましても、そんなの無理です。
私のために、命を危険に晒してまで探してくださるなんて。
私、また能力を使ってしまったのでしょうか。
私の願いのために、皆様を危険に晒してしまったのでしょうか。
いいえ、同じ空間に居ないと、効果は持続しないはずなんです。
でも。
……分かりました、お義姉様を信じます。
私の能力が通じなかった唯一の方ですもの。
そのお義姉様が保証してくださるんですものね。
そ…れが罰、ですか?
ギフトブレイカーで、魅了を壊すだけ?
そんな、そんなことで皆様納得されますまい?
皆様の関係を滅茶苦茶にしましたのに。
嫌な思いを、たくさんさせてしまいましたのに。
そうですか、皆様も…
ありがとう、ございます。
もう、なんと申し上げたら良いか…
いいえ、できたら王都には戻らず、平民としてここに居たいです。
元々私は向こうの世界では平民でしたし、こちらの暮らしの方が性に合っています。
聖女の称号はあっても、私にはもう魅了以外の能力は無いはずです。
こちらの世界に来てすぐの魔獣の大規模侵攻で、封印に全て使われたはずです。
分かるんです、何となく。
ですからここで、妃殿下、皇太子殿下、側近の方々の守る国を、一臣民として私なりに支えていきたいのです。
――そして、やっと気兼ねなく人を好きになれるなら、私の身の丈に合った平民の方だといいなと思います。
恋をして、結婚して、家族を作って…
そんな贅沢ができるなんて、思ってもみませんでした。
……ええ、困ったことがあれば真っ先に『お義姉様』にご相談いたします。
ほら、この街にも伝書便はありますし。
皇太子殿下のワイバーンでしたら、1日でお義姉様を連れて来てくださるでしょう?ふふっ。
私もお義姉様が大好きですわ。
もちろん、お義姉様や公爵様、奥方様、お義兄様が許してくださるなら、私も家族の一員として皆様の幸福を祈らせてくださいませ。
皆様に何かあれば、私もお役に立てるなら、いつでも駆けつけます。
――家族、ですから。
さあ、皇太子殿下がきっと待ち侘びていらっしゃいますよ。
私はここに居ます。
いつでも会えますから。
お義姉様――皇太子妃殿下。
どうか、どうか、お幸せに……
fin