夏と言えば
夏も本番。蝉時雨と言うように、短い命を燃やすかの如く蝉の鳴き声が降る日々。
あの美術展から早くも2週間が経つ。特に推しの弟と連絡をとるようなこともなく、平凡な日々を過ごしていた。
その一方で推しとは部活がない日も連絡はとっており、うだるような暑さも少し軽減されているようだった。
お盆は遠くに住む祖父母の家に遊びに行った。宿題をしたり、いとこの子ども達と遊んだり。まぁ私は遊んでいたというより見守っていた、の方に近かったかもしれないが。
滞在中はよく縁側に腰掛けていた。周りを見渡せば、緑が多く空が広く感じたし、普段は見ることのできない景色が広がっていた。夜には小さな星も見えるほど辺りは暗く静かであった。
夏と言えば何が思い浮かぶのだろうか。
空に瞬く星の中で、一際輝く三角形を思い浮かべる人もいるだろう。デネブ、アルタイル、ベガを結んだ夏の大三角。
その日の空は雲が少なかったのかとても綺麗に見えた。
……まぁ私にとって夏と言えば思い浮かぶのは即売会なんだけどね!
あの建物もある意味夏の大三角ではないかと思っている(違う)。
友人に誘われて売り子をしたのが運命の分かれ道。そこから私はコスプレに興味を持ち、密かにコスプレをするようになったのだ。
……はぁー!コスプレがしたい!!
子どもの頃に着せてもらうお姫様みたいなフリフリな服も良いけど、私の最推しは栞さんなんで!大人っぽいお姉さんなんです……ちょっと方向性が違うんよ……
以前の"私"は、ゲームの中の推しの絵が制服姿しかなかったため、私の想像でしかないんだけど着てそうな服を着てみたり作ってみたりした。あ、もちろん制服も作ってコスプレしました。
でも推しに会って、私のコスプレが全然違ってたことに気が付いたよね。あれは推しをモチーフにした別の誰かだったんだ……
……まぁそれは置いといて、衣装作ってコスプレしたい。推しに着せたい訳じゃないんだけど……あ、着てほしくないことはないです、本音は着てほしいけど現実的に無理だ……
誰かに見せるのではなくて、完全なる自己満足のためのコスプレなんです……
……はっ!
いっそコスプレじゃなくて自分で好きなように服作って着ればいいのでは? もはやコスプレじゃないけど。
早く大人になりたい…… ゴリゴリにメイクして、別人みたいな私なりのかっこいいお姉さんになりたい……
今の"私"になってから今まで刺繍をしたりぬいぐるみを作ってきたけれど、服は作ってなかったため作りたい欲求が満たされずにいた。その反動かそれから暇があれば服のデザインを考える日々を送っていた。
そんな日々を送っていたためか、今私は浴衣で夏祭りの会場へ来ている。
それはなぜかと言うと、コスプレをしたいという欲求を満たすためである。
まず、日常的に着ることのない浴衣も十分衣装となりえるだろう。そして夏祭りというイベントによって浴衣がより特別なものとなり、コスプレをしている時のような非日常の気分を味わうことができるという寸法だ。
ついでにりんご飴が食べたくなったため、会場まで足を運んだという訳である。
歩いて行けるくらい近くで開催していて良かった。
これならサッと行ってパッと帰ってこれそうだ。
時刻は16時半。まだ明るい道をひとりぼっちで歩いていた。
道には屋台が並び、定番の金魚すくい、射的、ヨーヨー釣りといったゲーム。夏祭りと言えば思い浮かぶであろうチョコバナナ、りんご飴、焼きそば、かき氷などの食べ物も売られている。
周りは浴衣を着た女の子達や、子どもを連れた家族。比較的若い年齢層であるように思う。
その中でひとりでいるのは恥ずかしい……ということもなく特に気にせず歩いていく。
恥ずかしさよりも食欲が勝つ、完全なる花より団子。
早速りんご飴を購入し、少し見て回って帰ろうかと思っていたが、いちご飴やら、ベビーカステラという文字に誘惑され、いつの間にか列に並んでいた。
……恐るべし祭りの誘惑。
十分雰囲気も堪能したし、本来の目的であるりんご飴も買えた。さすがにもう帰ろうかと思い、道を引き返した時。
「あれ? 小松さん?」
なぜだ。なぜこうも遭遇するんだ。
視線の先には運動着姿の推しの弟と藤堂くんがいた。
「やっぱり……こんばんは。いつもと雰囲気が違うから別人かと思ったよ」
「……こんばんは。榎本くんと藤堂くんも来てたんだね」
「部活のみんなで来てて、もう帰ろうかなって思ってたんだ」
「……小松さんはひとり?」
私と推しの弟とのやり取りを黙って見守っていた藤堂くん。相変わらず無表情。
その顔で突然話しかけられたから驚いた。
「う、うん」
「そう……」
続かないんかい……
いや、ひとりで納得されても困るんですが……?
どういう意図で質問したの? 意味なんてなかったの?
「大丈夫? ひとりだと危ないんじゃない?」
「あ、大丈夫。そこまで遠くないから」
「でも心配だな……」
「……僕はひとりで帰るよ。早く横になりたい」
会話と断ち切るように入ってきた藤堂くんは、じゃあ、と言ってのっそりと歩いて行ってしまった。
うわぁ……マイペースだ………
「今日は部活があったから疲れたんだろうね。さっきから死んだような顔してたから」
「あぁ……お疲れ様です」
じゃあさっきの無表情は死んだ顔してたのか……わかりにくいな……
「じゃあ、僕達も帰ろうか」
「そうだね……」
分かれ道までは一緒に帰ることになり、その間ふたりきりとなった。
まだ帰るには早い時間なため、まだまだ人が多い。むしろ逆に増えているかもしれない。
推しの弟と私の間に人が通ることが続き、少しずつ離れていく。少し先で待っていてくれた彼は、すまなそうに眉を下げていた。
「人が多くてはぐれそうだね……」
そう言って、そっと差し出された手。見れば手のひらは上を向いていた。
「掴まって」
「え? いや、大丈夫!」
「僕が心配なんだ。手を繋ぐのが嫌だったら、腕に掴まってくれればいいから」
ほら、とでも言うように微笑みながらこちらを見てくる。
譲らないという意志が伝わってきて、私が折れることにした。仕方ないじゃないか、断りきれなかったんだよ……
私が腕に掴まったことを確認すると、彼は満足そうに頷き歩き出した。
下駄を履いている私の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩く後ろ姿に、またしてもモテそうだなと考えるのであった。
それから彼と分かれ、家に到着して5分経った頃だろうか、彼から連絡が来ていた。
内容は、ちゃんと家に着いたかどうかの確認だった。
そういえば、前回出かけた時も同じように連絡が来ていたな……
彼はジェントルマンなのか……?
でも中学生でこれって何か怖いんですけど……?
似合わない訳じゃないけど、どこで習ってきたの……?
あれ? 推しもこの前出かけた後に、家に帰れたか連絡をくれたような……?
履歴を確認してみると確かに連絡が来ていた。
……どういうこと?
推しと推しの弟に対して疑問が生まれた瞬間だった。




