告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。
思えば今日は、朝から運が悪かった。
休みのはずが職場である騎士団から呼び出しが入った。
出勤途中に鳥に糞を落とされ、水たまりに足をつっこんだ。
お昼を食べようとしたら財布を忘れたことに気がつき、同僚にわけてもらったパンは野良犬に奪われた。
やっと仕事が終わったと思ったら、帰り道に暴漢を捕まえ、そのまま職場に逆戻りした。
自宅に戻って用意していたドレスを着てみれば、椅子には座れないようなぴっちぴちに仕上がっていた。
いや、最後に関しては正直反省している。仕立てをお願いしてからぎりぎりまで取りにいかず、あげく試着もせずに夜会当日に着用してはいけないのだろう。
それでも、これはあんまりではないだろうか。
「すまない。君は仕事で来れないものだと聞いていてね。今日は、君の代理で来た彼女をエスコートすることになっているんだ」
「……そうですか」
困ったように頬をかく相手を見つめ、私は内心肩を落としていた。
男性の隣には、職場の後輩の姿があった。フリルたっぷりのふわふわドレスを着こなす可愛らしい彼女。すらりとした体躯の彼と小柄な彼女が並べば、そろいの人形をあつらえたかのよう。
「ケイト先輩ぃ、ごめんなさいぃ。呼び出しが入ったって聞いたのでぇ、先輩の代わりに出ようと思ったんですぅ。招待状の保管場所も知っていたのでぇ。お邪魔なら帰りますぅ」
「……いいえ、せっかくだから代わりに楽しんでちょうだい」
言い訳をしても仕方がない。夜会に遅刻した私が悪いのだ。今さら、代理を立てた事実はないと伝えたところで、周囲をいたずらに混乱させるだけ。主催者が誰かということを考えれば、騒ぐのは得策ではない。
「ありがとうございますぅ。大丈夫ですよぉ、先輩にはぁ、もっとお似合いなひとがいますからぁ」
「……そうだといいわね」
夜会に出席するにあたって、なにくれと世話を焼いてくれたのは後輩だ。その彼女がまさかこんなことをするなんて。
エスコート役は、ちょっといいなと思っていた男性だった。仲睦まじいふたりの様子を見ると胸が痛む。夜会の最中に想いを伝える予定が、それすらできないまま終わってしまった。
「今日の先輩のドレスも素敵ですぅ。背が高くてぇ、いつもキリッとしている先輩によくお似合いですぅ」
「ありがとう」
私が着ているものは、真っ赤なマーメイドドレスだ。背が高い私には、彼女のような可愛らしいドレスは似合わない。
「せっかくの夜会、楽しんで」
「先輩もぉ、どうぞ良い週末をお過ごしくださいぃ」
その言葉を嫌味だと思いたくなくて、私は前を向く。唇を噛んで、来たばかりの会場を抜け出した。
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参加を予定していた夜会は、世話焼きでちょっと庶民的な王妃さまの発案で開かれている。「王宮で働く人々にこそ楽しみを」という名目で、未婚の独身男女の出会いの場として大変人気があるのだ。
さらには招待客が壁の花になることがないように、事前にそれぞれのエスコート相手も指定してくれるという徹底ぶりだ。
自分から立候補できるわけではなく、声がかかるまで待つしかない。王宮で働き始めてはや幾年。ようやっと、私の番が回ってきたと思ったのに……。
思っていた以上にがっかりしていたらしい。深々とため息をついていると、同僚のアルヴィンに声をかけられた。魔導士の彼は、一緒に任務にあたることも多く、信頼できる友人でもある。
「ケイト、今夜は例の夜会ではなかったか。どうしてこんなところにいるんだ」
「ちょっと予想外の出来事があって。今から帰るところ。あなたは行かなかったの?」
「残念ながら、招待状が来なくてな」
「あら、高給取りの魔導士さまが参加したら、みんな喜びそうなのにね」
「ローブを着たままでよければ、参加してやる」
「うーん……。ダンスは踊りにくそうだし、何より怪しいわ」
彼ら魔導士は、顔どころか手足も見えない特殊なローブを羽織っている。ローブの奥には虚無があるという噂もあるくらい、向こう側は何も見えないのだ。
ひとならざる美貌が隠されているだとか、特別な加護や祝福を持っているという眉唾な噂もあるらしい。ローブを剥ぎ取ろうとしたあげく、手酷い報復を受けた輩も多いと聞く。
「ねえ、これから時間ある?」
「どうせ時間がなくても、付き合わせるつもりだろう」
「いいじゃん、おごるからさあ」
「……夜会に行かずに酒場に行くということは、やけ酒か」
「黙秘します」
「……なるほど、承知した」
街まで移動しようとする彼を、慌てて止める。
「ああ、ちょっと待って。この格好じゃあ」
「確かにその姿では、いつもの酒場で目立ち過ぎる。それなりの店の個室を手配しよう」
「みっともなくて悪うござんしたね」
「は?」
「……どうせ、おしりがぴちぴちで座れないわよ」
「なるほど」
「じろじろ見るんじゃない」
そこで私はひらめいた。
「あ、わざわざ着替えなくてもいいか。ねえ、予備のローブとか持ってない?」
「なぜローブ?」
「ローブの中でドレスをたくしあげちゃえばいいじゃない! どうせ、ローブの中身は見えないんだし」
これぞ虚無虚無作戦だ。ついでに、飲んだくれている姿を他人に見られる心配もなくなる。
「ふざけるな」
「大丈夫、ローブの秘密は守るから!」
「そういう問題ではない! 家に帰るのが面倒だと言うのなら、さっさと騎士団で制服に着替えてこい!」
めちゃくちゃ怒られた。魔導士のローブは、まあ確かに騎士服みたいなものだもんね。勝手に他人には貸せないか。
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「仕方ないっていうのは、わかってるのよ。でも、もうちょっとやり方ってもんがあるじゃないの」
えぐえぐとしゃくりあげながら、私はいつもの酒場で串焼きにかぶりついた。こんがりと焼かれた肉に、スパイシーな香辛料がたまらない。口の中に広がる辛みにエールの苦味が調和する。辛い時こそ、栄養をとって体力をつけなくてはならないのだ。
「忙しいやつだな。食べるか、飲むか。どっちかにしておけ」
「私、めちゃくちゃ頑張ってるのにいいいいい」
「ケイト、泣くな」
「びえええええええん」
アルヴィンには悪いことをしていると思う。せめて私がおっさんなら、飲み屋のお姉ちゃんにお金を払って話を聞いてもらうのに。それが叶わない以上、こんな風に泣けるのは彼の前だけなのだ。
「まさかドレスがパツパツだなんて思わないし!」
「仕立て屋もお前の良さを活かそうとしたんだろう」
「後輩のこと、可愛がっていたのに!」
「土壇場で裏切られるのは辛いものだ」
「あのひとも、エスコート相手の情報くらい知っておいてよ。文官は情報収集得意でしょ。そりゃあ、急に呼び出しがあるかもしれないって伝えていなかった私も悪かったけどさ!」
「……泣くほど好きだったのか」
なみなみと注がれたお酒を一気飲みしていると、彼に尋ねられた。
「あのね、庇ってもらったことがあるのよ」
「戦闘でか?」
「まさか。ほら、私、見た目がごついじゃない?」
「急になんだ」
「背も高いし、剣を振り回すから腕も足も太いし。そのくせ、可愛いものが好きでしょ。だから、前に可愛らしい雑貨を詰所に持ち込んでいたら、騎士団員たちに馬鹿にされたのよ。『似合わない。鏡を見てみろよ』って。そうしたらたまたま書類を持ってきていた彼がね、『可愛いですね。素敵だと思いますよ』って言ってくれたの」
「それだけ? それくらいならお」
「そうよ、それだけよ。でもそれがめちゃくちゃ嬉しかったのよ。モテない女はイチコロで落ちちゃったのよおおおお」
呆れたような彼の言葉に耐えられず、被せ気味に絶叫してしまった。とはいえ、ここは場末の酒場。酔っ払った女が何を泣き喚こうが誰も気にはしない。怪しげなローブ男から目をそらしている可能性も高いが。
「もしも、昨日の夜に戻れるとしたらどうする?」
「やり直すにきまってるじゃない」
薄汚れたテーブルにひじをつき、ふてくされる。スタートラインにさえ立てないなんてあんまりじゃないか。でもありえない「もしも」を考えるなんて不毛すぎる。だから飲む。今夜は飲み続けるのだ。
「えええええい、親父さん、お酒どんどん持ってきて!」
「わかった。わかったから、今日はもう休め」
「眠れるわけないじゃない! ううう、眠いよおおおお」
「もう半分寝ているじゃないか」
目が開かないだけで、ちゃんと耳は聞こえてるんだからね! 私の反論はうまく言葉にならないまま、むにゃむにゃと口の中で消えていった。
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今日も朝から荘厳な鐘の音がなり響く。
教会の子どもたちは、張り切って鐘を鳴らしまくっているようだ。うん、休日だからね、そんなに張り切って鳴らしてくれなくていいんだよ……。むしろ鳴らすのは昼からでも十分。ああ、二日酔いの頭に低音と高音がのしかかってくる。
「くううう、頭いた……くない? あれ?」
酒をしこたま飲んだ翌日は、頭痛と吐き気に襲われるのが常だ。これに教会の鐘の音が加わると、爽やかに地獄に落ちる。それが、今日はない。まさか、無敵の肝臓を手に入れたのか。
とりあえず着替えようかと思っていると、玄関の扉を連打された。
「おい、ケイト。起きているか?」
「なによ、週末の朝から訪ねて来るなんて、デリカシーがないわね」
「何を言っているんだ。休みは明日だぞ。夕食前に昼寝でもしてたのか。寝ぼけるのも大概にしろよ」
「……は?」
私は窓の外を確認する。夜明けだと思っていた空は、夕方だというのか。慌てて懐中時計を引っ張り出す。時刻だけでは朝晩の判別がつかない。混乱したまま、玄関の鍵を開ければ呆れたような顔をしたアルヴィンが立っていた。
「引き取ってきた夜会用のドレスはちゃんと試着をしたのか。仕立て屋の親父に会ったが、時間がないからと包みをぶん取って行ったきり、音沙汰がないと心配していた」
「……ねえ、私、明日ドレスを着るの?」
「何を寝ぼけている。お前が楽しみにしていた夜会だろう。ドレスが嫌ならその騎士服で参加しても問題はないだろうが、エスコート役の男は驚くだろうな」
「……明日、ドレスを着て、夜会に出かけるのね、私」
「大丈夫か。頭でもぶつけたのか」
何を言われているのか理解できないまま、私は部屋の奥を振り返る。そこにはまだ包みに入れられたままのドレスがあった。
「まったく、受け取りっぱなしで放置していたのか。さっさと広げろ」
「……うん、そうだね」
昨日の出来事は、全部夢だった? いや、そんな馬鹿な。
「夕食前で腹が減っているのはわかるが、眉間に皺がよりすぎだぞ」
「私が不機嫌なときは、お腹が空いているときって決めつけるのはやめてくれる?」
「違うのか?」
「いや、お腹は空いているけれど!」
「試着が済んだら、夕食にしよう。夜会の前祝いだ。おごってやる」
まさか本当に、あの酒場で望んだように時間が戻ったというのか。
「神よ、この奇跡に感謝します!」
「おごりが嬉しいのはわかったが、近所迷惑だ」
「よっしゃ。やるぞー!」
「静かにしろ」
私はドレスの包みを握りしめ、宣戦布告の雄叫びをあげた。
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まず、私たちは仕立て屋に向かった。
夜会の前日に飛び込むという非常識さだが、仕立て屋さんは笑顔で引き受けてくれた。天使か。
「ゆっくりお直ししていただいて、あとはとりあえず適当な貸衣装屋さんを紹介していただければ……」
「この腕にかけて、絶対に夜会に間に合うように直させていただきます」
「そこまで言うほど、みっともないの?」
私の言葉に、アルヴィンが割り込んできた。
「ケイト、安心しろ。よく似合っていた」
「え、ちょっとそれも腹立つ! ぱっつぱつのぴっちぴちなのがよく似合っているって、どういうことよ」
「身体の線に沿ったドレスはとても美しかった。だが、あれはいかんせん色気があり過ぎる。襲われるぞ」
「……おかしいっていう意味じゃないの?」
「何が」
「みんなこんな形のドレスじゃないわ。色だって柔らかくて優しいものよ」
「別に自分に似合うものを着ればいいじゃないか。それに赤は俺の好きな色だ」
くつくつと笑い声があがる。微笑ましそうに仕立て屋さんに見守られて、顔が熱い。よし、ここは話題をかえよう!
「そういえば、アルヴィンはどうしてうちに来たの?」
「ああ、実は先ほど市民からの通報で、とある窃盗集団を検挙した。退勤後で悪いが、書類の確認を頼む。明日、呼び出しくらうよりはマシだろう」
「ありがとう、助かるわ」
本来なら、明日の早朝に発見されるものが今日中に検挙されたということか。
「それから、お前の後輩から言伝を預かっている。明日はちゃんと朝からここに行くんだ」
「へ、これは……」
渡されたのは、とある美容サロンの地図だ。
「これ、すっごく有名なところじゃない? 予約なしでいけるの?」
「いけるわけがないだろう。放っておいたらお前は何をするかわからんからな。お前の職場の後輩とやらが紹介してくれたんだ。ちゃんとお礼を言えよ」
「……そうなんだ」
土壇場ですりかわったのに、どうして? 後輩の行動の理由がわからず、首をかしげるしかなかった。
********
夜会当日は、前回の運の悪さが嘘のように順調だった。
騎士団から呼び出しが入ることもなく、美容サロンで徹底的に磨き上げられた。もちろん、鳥の糞攻撃を受けることも、水たまりにはまることもない。
食事はサロンで体型に響きにくく、腹持ちの良いという謎のスープを出された。なんでもサロンの店長の手作りらしい。よって、野良犬に襲われることもない。
「放っておくと、お前は遅刻するからな」
そう言いながら、偶然暴漢を捕まえた帰りだというアルヴィンが、夜会の会場まで送ってくれた。
今日は失敗しないように。緊張で顔をひきつらせていると、空中にひとひらの花びらが舞った。
「きれい……」
「幸運を呼ぶまじないだ。安心しろ、何も心配することはない。もしも万一玉砕したら、またやけ酒に付き合ってやる」
そのまま彼が立ち去るのと同時に、エスコート相手が現れた。優しく手を差しのべられて、気がつく。昨日と今日の違いの原因を。
窃盗集団が捕まえられて呼び出しが無くなったのも、ドレスをお直しすることができたのも、暴漢に巻き込まれなかったのも、全部彼のおかげだ。よく考えれば、彼はまるではかったかのように私の前に現れた。
どんなに優秀な魔導士といえども、普通の方法では時を遡ることはできないとされている。そんな無理を叶えるには、ひとならざるものの助けを借りるしかないのだと。そしてそれには、必ず代償が伴うのだと。
彼は、私のために一体何を犠牲にした? 大事なアルヴィンにもしものことがあったら、きっと私は生きていけない。
拳を握りしめ、深く頭を下げる。
「失礼します。本日は所用のため、夜会を欠席いたします。申し訳ありませんが、これにて失礼いたします」
「……わかりました。どうぞ、お気をつけて。ちょうど会場に妹が来ておりましたので、僕のことはお気になさらず」
「妹さんですか?」
「きゃあああ、先輩、素敵過ぎますぅ。やっぱりぃ先輩にはぁ、こんなインケン眼鏡よりもぉ、あの魔導士さまがお似合いですぅ」
「まったく、兄に向かってその言い方はどうかと思うよ」
「そちらの都合でぇ養子に出しておいてぇ、今さら妹と言われてもぉ鳥肌が立ちますぅ」
「ははは、僕もお前のような猫かぶりな妹を持って幸せだよ」
「そこは、可愛いって言えや、クソ眼鏡」
この二人、前回は見つめ合っていると思っていたが、どうも睨みあっていたらしい。しかも後輩は、ドレスの下でぐりぐりと兄とやらの足を踏んではいないか。
「ええと……、それでは私はこれで」
「先輩ぃ、大好きですぅ。週明けには、らぶらぶなお話をぉたくさん聞かせてくださいねぇ」
「お前の大事な先輩が、幸せになれそうでよかったよ」
「うっさい、黙れ、イヤミ眼鏡」
「やれやれ、化けの皮が剥がれているぞ」
後ろでふたりが何やら騒いでいるようだったが、放置して駆け出した。
私は走る。
大切な魔導士の元へ。
********
「アルヴィン!」
「一体どうした? 夜会に行ったのではないのか? まさかまた……」
「いや、ちょっと用事を思い出したからすっぽかしてきた」
「なぜだ。お前はあの夜会に出たかったんだろう。泣いて後悔していたじゃないか」
「やっぱりあなたは覚えているのね」
指摘すれば、あたふたとしはじめた。ローブのせいで見ることは叶わないが、きっと視線も宙をさまよっているに違いない。
「……なんのことやら」
「口を割らないというのなら……」
「力づくで割ろうとしても無駄だ」
「押し倒すわ」
「は?」
「このまま、既成事実を作ってやる」
「どうして、そうなる!」
「どうしてって、あなた私に興味ないでしょ。さあ、早くしないと飲み仲間が奥さんになるんだからね!」
「そんなことのために、いちいち貞操をかけるんじゃない」
「あなたに何かあったら生きていけない!」
一瞬固まった彼が、のろのろと説明を始めた。
「……時戻りの魔法を使った」
「やっぱり。でもどうやって……」
「俺には祝福がある。一生に一度だけ、時を遡ることができるというものだ」
「そんな貴重なものをどうして! いつかもっと他に使うべきときがあったんじゃないの!」
「今回が、まさに使うべき時だった」
「なんでよ!」
「お前が泣いていたからだ」
「は?」
「好きな相手に幸せになってほしいと思うのは、当然のことだろう」
「っ!」
突然の告白に顔が赤くなる。え、ちょっと待て。私ってば、もしかして大切にされ過ぎなのではないだろうか。
「俺のことが嫌いか?」
「違う、そんなわけない。嫌いじゃないから、アルヴィンがどうなるのか心配で……」
「そうか、それならよかった」
空から花が降ってきた。先ほどの夜会で見たひとひらの花びらではなく、地面を埋め尽くすかのような見事な花々が。
「なるほど、再び祝福を賜るとは」
おもむろにアルヴィンがローブを脱いだ。鮮やかな赤い髪が広がり、さらに濃い紅の瞳が、熱を持って私を見つめている。彼が私に似合うと言ったドレスと同じ色だ。
そして、私はようやくローブの意味に気がついた。彼らのローブは無用なトラブルを防いでいたのだ。魔力が高いひとは、美形率が高いという噂はどうやら本当だったらしい。
「それで、ここまで俺の気持ちを暴露させた責任はお前がとってくれるということでいいんだな?」
「はいいい?」
「さっきまで、既成事実を作ると張り切っていただろう」
「そ、それは、そっちにその気がないから嫌がるかなと思って……」
「よく覚えておくんだな。むやみやたらに男を誘うと、後悔する羽目になるぞ」
「いや、ちょっと展開が早すぎてついていけない」
「大丈夫だ。休みが終わるまでは、まだたっぷり時間がある」
ご、ごめんなさい〜。
私の悲鳴は、もちろん黙殺されることになった。
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全身筋肉痛で迎えた、週明け。
職場で出迎えてくれた後輩は、嬉しそうな顔で、それでいてどこか不満げに唇をとがらせていた。
「先輩とクソ眼鏡が結婚したらぁ、先輩の妹になれたのにぃ。しくじったわぁ」
「中途半端に猫を被るのはやめろ。そもそも、自分でぶち壊しておいて、何を言っているんだ」
ツッコミを入れているのは、アルヴィンだ。なんと彼女は、私とアルヴィンをくっつけるためにいろいろと画策していたらしい。
「自分の欲望を優先させて、ふたりを引き裂くなんて無理……。先輩のこと、お姉ちゃんって呼びたかった……」
「なるほど。それならば、うちの弟を紹介するが」
「へ? ……先輩の旦那さんの弟と結婚したら、先輩の妹になれる……。ふわあ」
「気絶したか。欲望に忠実で羨ましい。俺も見習うとするか」
「見習わなくていいから。そもそもアルヴィンの弟って今いくつよ……」
どうやら、夫に引き続き、未来の義妹も決定したらしい。左右に感じるずっしりとした重みは、幸せの証なのかもしれない。