番外編 ある親友の心配
本日(2023/8/1)ピッコマにて『嫌われ令嬢は愛されたい』のコミカライズの配信が開始しました。見ていただけると嬉しいです。
↓以下番外編、本編裏側、ジオの親友テッド視点の話です。
一通目。
『テッドへ。授業が難しい。けど教科書がどれも一級品だ。ゆっくり読めば分かって面白い。あと寮の部屋が一人部屋だ。悪くないが寂しくもある。誰もいないのに灯りを消す時隣に声をかけてしまった。返事は無かった。やっぱり寂しい。いや返事があった方が怖いが。それに料理当番も洗濯当番も無いから時間を持て余すことが多い。何をしたらいいんだろうな?とりあえず今は手紙を書いてる。ジオより』
二通目。
『テッドへ。さすが貴族達が集まる学園だけあって知らないことや珍しいことばかりだ。授業の一環としてダンスパーティまである。それが明日だ。パーティに着ていくような服なんて持ってないが、制服でなんとかなるんじゃないかと思う。卒業しても一張羅として使いたいくらい上等な服だ。学生の期間しか着れないのが勿体無いな。ジオより』
三通目。
『月の妖精がいた』
四通目。
『テッド、驚かないで聞いてくれ。月の妖精が人間の女の子だった』
「いや驚くのはそっちじゃねーよ」
商屋の住み込み従業員達の朝は早い。
早起きしてその日の当番をこなした後、自分宛に届いた手紙を開封し、そのごく短い一文にテッドは思わず突っ込んだ。
十歳の頃にここに引き取られて六年。雑用に勉強に仕事にと苦楽を共にした親友がこの棲家を飛び立ってから早数週間。最初に約束した通り、彼からは定期的に手紙が届いている。今朝届いたのはその四通目の手紙だ。
「まあその子も貴族だよな……アイツ失礼なこと言ってないだろうな……」
良く言えば正直者、悪く言えば空気が読めない親友、ジオ・ウェールス。
彼があの王都の中央にある、見栄や建前で塗り固められた貴族達の学園へ行くと決まった時は何の試練かと思ったものだ。
絶対に何かやらかす。
絶対に何か余計なこと言う。
絶対それ言っちゃ駄目なこと言っちゃう。
あんなお金持ち学園に通う貴族子女、プライドの高そうな奴ら相手に!
「ん?」
手紙を読む限り今のところは無事でいそうだが……と思ったところ、ぴらりともう一通の封筒が床に落ちた。どうやら今読んだ手紙の封筒の裏に貼り付いていたらしい。
「どれどれ……」
貴族街ならいざ知らず、下町の郵便事情は割といい加減である。出してすぐに届くこともあれば、ある程度溜まってからしか配達に来なかったり。だからこのように数日違いで出された手紙が一緒に届いたりもする。
そんなわけで四通目と一緒に届いた五通目。
『テッドへ。大変なことがわかった。どうやらこの国の王子は美醜感覚か頭か目が相当におかしいようだ。先日出会った月の妖精かと思った女の子、名をリーティアと言うんだが、こんなに綺麗で可愛い彼女のことを王子は十年前から延々と醜いと言い続けているらしい。金の目の卑しい醜い白髪の魔女だと……一度医者にかかった方がいいと思うが王子だから誰も進言できないのか……それとももう手遅れなのか……。ダンスの授業でリーティアと踊っていたらそんな醜い魔女の相手をするのは可哀想だから代わってやると言ってきた上級生がいて、そいつがその王子だったんだ。勿論断ったが、もしかしたら幻覚でも見えているのかもしれない。さすがに十年も前からのものじゃあ俺の光魔法も効かないな。ジオより』
「うわぁあーーーー!!案の定かよ!!」
今のところ無事そうだと思ったのも束の間。さっそく大変なことになっていた。
「どうしたテッド!ジオがついにやったか!?」
「教師のヅラでも指摘しちゃった!?」
「毛根治療してあげたら許してもらえないかな!?」
テッドの悲鳴を聞きつけ、同年代の従業員達が当番を放り出して集まってきた。皆ジオの性格を熟知し、何かやらかすだろうとはらはらしていた面々である。
その集まってきた皆に、テッドは届いたばかりの四通目と五通目の手紙を広げて見せた。
「……うわ……」
「ああ……」
「これ……つまりそういうことだよね……?」
次々に読み終わった仲間達の顔が青褪めていく。
あの馬鹿正直で他人の嘘にも疎い男には分からなくても、人並みに空気は読めるテッド達には分かる。この手紙の向こうで繰り広げられているであろう王子と令嬢のストーリー。
ジオ曰く月の妖精のように綺麗で可愛いらしい女の子を十年も前から醜い醜いと言い続けるなど、そりゃあ理由は察せられるというもの。
「巷でも流行ってるよ、こういう素直になれない王子様とヒロインの恋物語……」
まるで思春期の悪ガキのようだが、やーいやーいブース!ではなく高貴な言い回しになっているあたりそこは王子様である。どちらにしろジオには伝わってないが。
「現実でもそんなことあるんだなぁ。おい女子の誰かそういう本持ってたらアイツに送ってやれよ」
「それで伝わると思うか?ジオだぞ?はっきり説明してやらないと駄目だろ」
「それに説明したところでジオがその空気を読んで手を引くとは思えないし」
ジオだもんなぁ、ジオだからなぁ。
各々が頭を抱えながら諦念に達して呟く。たとえどんな忠告の手紙を送ったとしても、誰一人としてジオが『そうかわかった空気読むわ!』と答える様子を想像できなかった。
「待て待て、諦めてる場合じゃない!貴族どころか王子だぞ!?王子の意中の子に近づいて、ダンスのパートナー代われって言われても断ったとか……このままだったらアイツはどうなる!」
「うっ……まあセオリー通りだと……消されるよね……」
王子の恋路を邪魔する者は消される。それがいわゆるラブロマンスのセオリー。
しかし物語の主役が王子と令嬢ならそれでハッピーエンドだろうが、テッド達にとってはその邪魔者の方が大事な友人なのである。消されてハッピーエンドなど冗談ではない。
「というかジオの奴この女の子のこと好きになってないか?大丈夫?」
「いや命と比べたら失恋するくらいは仕方ないだろ。恋ならいくらでもやり直しきくさ」
「でもこんなにおかしいと思ってた王子に取られちゃうのは可哀想……無事帰ってきたら皆で慰め会してあげ……」
ジオのあまり明るくない将来を予想しながら一人がそう言いかけて、ふと言い淀んだ。
「ううん、でも彼女、ダンスで王子の誘いに乗らなかったみたいだよね?ジオが先に断ったせいもあるかもしれないけど」
手紙ではダンスの授業で王子の代わってやるという申し出をジオが断ったとあるが、その後女の子の方が撤回したとかいう記載は無い。ということは彼女も王子とダンスをするよりジオを選んだとも読み取れる。
「もしかして、このリーティアってご令嬢の方もジオのこと悪く思ってないんじゃない?」
その一人の発言に、他の皆もはたと考え込んだ。
「いやぁそれは……いやでもそうだな……可能性は無くは無い……か?」
「確かにいくら王子でも、今のところずっと自分の悪口言ってくる男よりは素直に誉めてくれるジオの方が……」
身内の欲目であることは承知している。身分を重んじる王族貴族達ならではの事情があるのもわかる。あときっと王子ともなれば相当顔も良いのだろう。お金だって言わずもがな。
……だがしかし。誰も味方のいない状況で、どうしようもなく不利な立場で、皆が空気を読んで流されてしまいそうな時に、迷いなく差し出してくれた手の頼もしさを、庇ってくれる背中の格好良さをこの中の誰もが知っていた。
皆ジオのことを心配はしているものの、信頼も厚いのだ。
「もう王子が告白してくる前に先に告っちまえばいんじゃね?」
「死ぬ程空気読めなくないとできない所業だけどジオなら余裕だろ」
「空気の読めなさで右に出る者はいないもんね」
やらかし具合への信頼も厚かった。
「そうだ、ジオならやってくれる!親方のサプライズ誕生日パーティーの準備中に何をしてるか聞かれてそのまま答えやがったジオなら!」
「何度言ってもお客様の試着で意見求められた時に正直にしか答えないせいで逆に『あの店員は信頼できる』って評判になっちゃったジオなら!」
「店の商品を使った即興手品ショーで『タネも仕掛けも有ります』って初っ端から台無しにしたジオなら!」
「お前ら信じてるのか信じてないのかどっちだ」
次々とジオへの厚い信頼を語る仲間達にテッドが冷静に突っ込む。本当に空気を読まないことに関してはネタに事欠かない男である。
「でもまあそうだな……アイツなら……」
今から数週間前。皆で盛大にお別れ会をして、テッドが最後まで見送り、ジオが学園へと旅立って行ったあの日。
これから全くの未知の場所に行くというのに『大丈夫だ、信じてくれ』とまるで不安を感じさせずに言ってのけたあの後ろ姿を思い出す。嘘をつかないジオがそう言ったのだったら。
「本当に大丈夫な気もするんだよなぁ。絶対大丈夫じゃないような状況でも……」
確かにあのジオなら周りがどんなに王子に忖度していようと気にしないだろう。いつでもどこでも自分の道を突き進んでどんな空気でもぶち壊してくれる男である。それが良い方と悪い方のどちらに転ぶかはわからないとしても。
「でも多分王子なら色々準備はしてるはず……まさか悪口を言うだけとは考えられない……十年も前からなら相当外堀も埋まってそうだ」
「大丈夫アイツならどんな入念な準備も台無しにできる気概がある」
「学園の空気はどうなのかな?女性陣はともかくそんなにわかりやすいなら王子を応援してる男子生徒は多そうだよね」
「おいおいそれこそジオの得意分野だろ?あのエア・クラッシャーに壊せない空気は無いさ」
本当にどっちに転ぶかわからない。そんな長年の準備も空気も粉々にしてジオは無事で済むだろうか。なんか必殺技みたいに言われてるけども。
「だからお前らジオを信じてるのか信じてないのかどっちだよ」
ただどちらにしろ、遠く離れた場所にいるテッドと仲間達に出来ることは信じることだけだ。ジオが己の信念を曲げないことは疑いようが無いとして、あとは。
「そのリーティアって子が、王子より勇者が好きなタイプだといいなぁ」
「あはは!ジオはある意味勇者だもんね!」
ジオが恋をした女の子の、好きな男のタイプが普通とちょっと変わってますように。
やっぱり全く空気を読めていない手紙を読み返しながら、テッド達はそんなことを祈ったのだった。




