5話 決意
貴族でないと貴族と結婚できないなら、貴族になればいい。
恋に目覚めたジオの立ち直りは早かった。
一晩中リーティアが貴族の男と結婚する悪夢にうなされていたものの、せめて自分も貴族だったら、と思ったところで『そうだ貴族になればいいんだ』と天啓が降りた。
貴族になるだけで結婚できるとは限らないが、少なくとも求婚できるスタートラインには立てる。
明日(と言ってももう明け方だが)図書室で王族貴族に纏わる話、爵位が授与された経緯や歴史が載っている本を借りてこよう。あと成功しやすいプロポーズの仕方の本とかもあれば。とりあえず花束は必須だろうことくらいしかわからないから。
◆◆◆
「そうだ、リーティアに聞きたいことがある」
「何かしら」
貴族になってプロポーズをすると決めた翌朝。リーティアと共に学園までの道を歩きながら、ジオは最低限確かめねばならないと思っていたことを尋ねた。
「好きな男はいるか?」
「えっ」
「友人としてじゃなくて結婚を考えるくらいの相手だ」
「えっなっ」
もしリーティアに心に決めた相手がいた場合、プロポーズが迷惑になる可能性がある。ダンスパーティのパートナーにジオを選んだ以上決まった婚約者はいないだろうことは推測できるが、心に秘めた相手まで絶対にいないとは言い切れない。
「ああ、どこの誰かとまで詮索しようとは思わない。ただいるかいないかだけ教えてほしい。リーティアに今結婚したいくらい好いた相手は」
「ま……待って、待って、私まだそんな、そんなのもしいるって言ったらもう答えみたいなものじゃない!」
「?ああ、いるかいないかの答えが知りたいだけだから、それが答えになるな?」
「あわわわわわ」
しかしただの二択問題だと思ったのに、リーティアは何故だか物凄く動揺しているようだった。
「……?悪い、もしかして不躾な質問だったか」
「え、あの」
その反応を見て、ジオは昔友人から受けた忠告を思い出した。
「商屋にいた頃の友人にもよく言われたんだ。思ったことをそのまま口に出す前にもう少し考えろと……言葉には『言外の意味』というのが含まれるから、俺の言い方じゃあ誤解を招いたり失礼にあたることもあると」
「……」
「そうだとしたら悪かった。無理に答えなくていい。ちゃんと自分で考えよう」
リーティアを不快にさせてまで確かめることではなかった。想う男がいるかどうか、女性にとってはその有無を答えるだけでも恥ずかしいことなのかもしれない。
「ええ……私だってわかっていたわ……貴方は言葉を言葉通りに言う人だって……そう、ただ聞いてみただけなのね……いいのよ貴方のそういうところに私は……私は……」
「すまないリーティア、不快にさせたか?」
「ううん、むしろ逆よ。逆だから問題なのよ。あのねジオ私以外の女の子に絶対にそういうこと聞いちゃ駄目だからね?うっかり変な期待を持たせることになるんだから」
「よくわからないが駄目なのはわかった。もう聞かないようにする」
この世には『言わなくとも察する』文化があることはジオも知っている。だいぶ苦手な分野であるがジオとて全くできないわけではない。
とりあえず『変な期待を持たせることになるから女の子に好きな男の有無を聞いては駄目』なことは覚えた。多分その『期待』とは何かもこの流れから察するに今聞いたら駄目なことなのだろう。ジオも多少は察せられる男なのである。
「でもあの……本当に他意は無い……?」
「え?」
そうジオが納得していると、くいっと軽く上着の袖を引かれた。
見れば少々上目遣いになったリーティアが両手で小さくジオの服の袖を摘んでいる。なんだか頬が赤くて、目も潤んでいて、まるで何か恥ずかしいことでも聞いているかのような。
「死ぬ程可愛い」
「えっ」
「今心臓を撃ち抜かれて一瞬死ぬかと思った。だが大丈夫だちゃんと耐えたし生きてるからできればもう少しこのままでいてほしい」
「え、えーと……」
きっとこういう貴重な表情も可愛い仕草も、将来彼女の夫となる男が一番に見ることになるのだろう。当然だ、夫以上にその女性の側にいる男などいてはいけないのだから。両親の記憶はないジオでも、拾ってくれた親方夫妻、仲良く連れ添ってやってくる夫婦客、結婚した年上の先輩を見て夫婦とは何かというイメージはついていた。
「あと質問の『他意は無いか』だが……さっきの問いにリーティアを辱める意図は無かった。言葉通りのことを聞いただけだ。デリカシーの無い聞き方だったとしたらすまない、再度謝罪する」
「い、いいのよ。もう怒ってないわ」
やはり結婚するしかない。いつか未来で歩む道でも、こうしてリーティアに己の腕を取ってほしい。他の男に譲りたくない。そのためには何としてでも貴族にならなくては。
好きな女の子が腕に寄り添っているという多幸感に酔いながら、ジオは改めて決意を固めたのだった。
◆◆◆
「ジオ・ウェールス。急な話だが、学園を退学してもらう。次の行き先は東のセルヴィ男爵領。男爵夫妻に子はおらず、君の頑張りによっては養子として迎えてもいいとのことだ。編入前の話と違うと思うかもしれないが……最終的には陛下が決定されたことだ。君に拒否権は無い」
だから渡りに船だったのだ。
「冬のダンスパーティには出席できますか?約束があるのでその日までは学園にいたいです。いやいます」
「……確認してみよう」
突然やってきた王宮の使者から告げられた、退学勧告の内容は。
ジオが「好きな男はいるか」と聞いたシーンは、リーティア視点だと本編『8話 この人が』でリーティアが恋を自覚した直後のことです。
…ジオ…お前…。




