3話 頼ってほしい
『一人じゃ寂しいから、私が練習する間隣にいてほしい……』
ダンスの授業が終わって間もなくのこと。
次は風魔法の授業のことで協力してほしいとリーティアから請われ、ジオは喜んで引き受けた。
なんでも苦手な属性魔法であるのに実技試験を課されてしまい、これから毎日練習しないといけないからと。
出会ってからもそう間もないというのに、リーティアが逆境に立たされているところを何度も見る。それでも折れない彼女の支えに少しでもなれたらと思うのは、男として当然だろうと思っていた。
そんなある日のこと。
「お前、自分が何をしているか本当にわからないのか?」
「ダンスの授業でのことに続いてまたしても……コレでワザとじゃないとは言わせないぞ!」
「ワザとじゃないとしたら、よっぽどの身の程知らずか空気が読めないかだな」
図書館で練習の参考になりそうな本を新しく借りた帰り道、ジオは突然数名の同級生に強引に腕を掴まれ、校舎裏に連れて行かれた。
「その話は長くなるか?この後リーティアと待ち合わせをしているから要点を絞って手短に頼む」
「お前!やっぱりワザとだろうが!!」
校舎の壁を背にして、目の前に半円を描くように取り囲まれる。
同級生の、名前はなんと言ったか。同じ階でその顔はどれも覚えがあるが、名乗られた覚えはなかった。
「言っている意味がわからない。ワザととかワザとじゃないとか何の話だ?」
「……ちっ……お前が殿下の邪魔をしている件のことだ。ここまで言わないとわからないとは」
「殿下の邪魔を?殿下が何をしようとしてる時のことだ?」
友好的とは程遠い同級生達の態度をジオも警戒を深める。
「だから!殿下があの『魔女』に声をかける時だ!狙い澄ましたように邪魔しておいて、覚えがないわけないだろう!」
「……ああ、なるほど」
……もっとも、その殿下もといアンドリュー・ラフィザード第一王子がリーティアを罵っている時に、その周囲でニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた『覚えのある顔』達である。ハナから友好的な態度など取る気はなかった。
「つまりお前達は、ラフィザード第一王子殿下が何の罪もない女の子を貶めようとしているのを、邪魔せず一緒に笑って見ていろと言いたいんだな?」
「このっ……平民のくせになんて口の利き方だ!殿下を愚弄する気か!?」
「愚弄しているのはその殿下とお前らの方だ。リーティアに対して何をしてきたか忘れたわけじゃないだろう」
この学園の生徒の皆が皆幻覚を見ているとはジオももう思わなかった。ただ一国の王子がこれ見よがしにリーティアを罵るから、ご機嫌取りのためか他の輩も追従しているのだろうと見当はつく。
「はー……。呆れて言葉も出ないとはこのことだな。いいか?お前はどうやらあの『魔女』のヒーロー気取りで殿下のことは当て馬か何かだと思ってるんだろうが、とんだ勘違いだ。何故なら殿下が妖精ひ……いや、あの『魔女』に言う言葉にはどれも事情とその裏に隠された意味が……」
大袈裟に天を仰いで頭が痛むような素振りをし、真ん中にいた一人がそれを語り出そうとした。残りの者も既に賛同するようにうんうんと頷いている。
「聞く価値も無いな。どんな事情だろうが何の意味があろうが、彼女を傷つけていい理由にはならない!」
だがしかし、話がそれだけであるならもうジオにこの場に留まる理由はなかった。
実は王子が人の悪口を言わないと死ぬ奇病にかかってるとか、女の子虐めが上流階級での粋な遊びになってるとか、はたまた王子だから子爵令嬢相手にくらい何をやっても許されるのだとか、どんな勝手な事情や理由があろうと知ったことではないのだ。
「失礼する。無意味な時間だったな」
目の前にいた一人を押し退け、ジオは大股で歩き出した。
「おい待て!これだけは聞け、殿下の言葉は本心ではなくあるものの裏返し……ここまで言えばいくらお前でもわかるだろう!」
「そうだそうだ、わかったら反省して身を引け!」
「これはお前のためでもあるんだぞ。恥をかかないうちに引っ込んでろ!」
背後が何やら騒がしかったが無視して進む。リーティアを待たせるわけにはいかないのだ。
「待てと言ってるだろ!貴様!」
「!」
しかし一際大きい怒鳴り声が発せられた瞬間、ジオから見て右、校舎の壁に這っていたツタの一部が切り落とされた。
男達の一人が壁に向かって風魔法の刃を放ったのだ。
「……貴族を舐めたらどうなるかわかっていないようだな……このツタと同じ道を辿りたくなかったら大人しく……」
壁のツタとジオとの間は腕一本分の距離しか無い。
攻撃の的をツタに逸らしたのは温情で、次は当てるという脅しだろう。ましてやここは貴族中心の学園。平民相手に多少の怪我を負わせる程度、簡単に揉み消せる。
この無残に切り落とされたツタと同じ道を辿りたく無ければ。
「えっ!?」
とはいえツタは成長も早いので、十日も進ませれば元通りである。
この程度ならそう長い詠唱も必要なく、ジオが手を触れて数秒で緑が生い茂……り過ぎたがまあ大は小を兼ねるだろう。
「な……」
数秒前より立派に茂ったツタを横に、特に何事もなく再び歩き出せば、今度は止めてくる声は聞こえなかった。
◆◆◆
「それにしても結局なんだったんだろうなぁ、あの風魔法教師の意図は」
「わからないわ。やたらと第一王子殿下のことを引き合いに出されたのも今思えば不思議ね。本当になんだったのかしら」
「ああ……筆記試験を受けられたのは良かったし練習のためにリーティアと夜遅くまで二人でいられたのは楽しかったが、教師が理不尽だったことは確かだ。あまり喜んではいられないな」
「ええ……そうね、私もた……ん、んんっ、大変だったことは確かだし」
リーティアのクラスの風魔法の試験が終わった翌日の放課後。
無理に実技試験を受けさせられることもなく、試験後の授業での抜き打ちなどもなかったとリーティアから聞き、ジオはほっとしながらも釈然とせず考え込んだ。
「理由がわからないことには今後の対策のしようも……あれ、リーティア?帰らないのか?」
しかし歩きながら話そうとして、リーティアの足が止まったことに気付き振り返る。教室を出た廊下の途中で会って、当然このまま一緒に帰る流れだと思っていた。
「あ……ごめんなさい、私、これから補習なの。こっちの奥の特別教室で」
「えっ」
どうやら途中まで道が被っていただけのようである。園舎の出入り口とは別方向に続く道を指し、リーティアはくるりと身体の向きを変えた。
「それじゃあ、これで」
「ならせめてその教室前まで送ろう。寮の前まで一緒に帰れると思ってたんだ、ここで別れるのは寂しい。もう少しだけでも隣を歩かせてくれ」
「……っえ、ええ、いいわ」
すかさずジオもリーティアに合わせて方向転換する。
てっきりあと十数分は一緒にいられると思っていたのに、もう終わりなのは辛い。
「何時からなんだ?その補習は。もう教師が待ってるのか?」
「あ……ううん、始まる時間ははっきり決まってないの。しばらくそこで自習をして待っていて、その日の担当の先生が来てから始めることになってるから」
もし時間が迫ってるなら諦める気だったが、そうでないなら少しゆっくり歩いてもいいだろう。
ジオが歩くスピードを緩めれば、リーティアも合わせてくれたようで同じく歩幅を縮めた。
「あ、まさか風魔法の実技の補習じゃないよな?」
「それだったらすぐにジオに相談してるわ。大丈夫、今日のは特に理不尽なものではないから」
「ならいいが……」
ゆっくり歩いていた、と思いきやリーティアの半歩前に出てしまい、ジオが足を止める。いつのまにかリーティアより早く歩いてしまってたようだ。もう少しゆっくり歩くこととする。
「他に実技試験になったら困るのは何属性の魔法だ?」
「そうね。一番苦手なのは風属性だけど、火属性も苦手かも」
「火か。じゃあ次は火魔法の特訓もしておくか。何かあった時のために」
おかしい。また半歩前に出た。もはや亀の歩みのごとくスピードを落としているのに。
「実技試験以外でももし遭難した時には一番役に立つ属性だろうし……」
「どんな万が一に備える予定なの」
またもや半歩出た。学習しないにも程がある。
商屋にいた頃、女の子の歩く速さを考えずさっさと先に行く男は最低だと女性陣が口を揃えて言っていた。リーティアにそう思われるわけにはいかない。
「実のなる木さえ生えていれば食糧は俺がなんとかできるから」
「貴方も一緒に遭難してる想定なのね……」
「夜に焚き火で焼きリンゴもできる」
「ただの楽しいキャンプになってきたわ」
もう絶対に先には行くまい。不自然にならないよう足を止め、ジオは注意深く視線を左下に向けた。
次はリーティアの足が己より前に出たことを目で確認してから歩く、これしかない。
「でもそうね、練習しておくに越したことはないわね……」
「その時は絶対に声をかけてくれ。いくらでも付き合おう」
「ふふ、ありがとう」
「この季節なら焼き芋も美味い」
「キャンプから離れて」
リーティアが歩き出すまで待つ。勿論急かすようなことはしない。女の子に遅いと言うような男は最低だと先輩従業員達から習った。
そう決意したジオが足を止めてからしばらく経ち……結局今日の補習の担当である教師がその場を通りかかるまで、どちらも歩き出すことはなかった。
思い込みの激しい男子生徒達の話はもう何度も書いてるのでそろそろ飽きが来る頃かと思いますが…
いやーーー楽しいなぁ!女の子ならこんな冴えない平民より王子様を好きに決まってると思い込むモブ達を書くのは楽しいなあ!はっはーなんとその美少女は!王子じゃなくてそっちの冴えない男にベタ惚れなんだよ!!…って気持ちでめちゃくちゃ楽しく書いてるので全然飽きないんですよね…これからも書きます。




