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1話 醜い魔女、月の妖精

 煌びやかなシャンデリアに照らされる学園の大広間。鳴り響く優雅な音楽と、それに合わせて舞う色とりどりのドレスの女子生徒、リードする男子生徒達。


「はぁ……」


 その楽しげな光景を見ながら、柱の壁に背を当てて立っていたリーティアは溜息をもらした。

 あとどのくらいこの場にいればいいだろう。そろそろ“ダンスパーティに出席した”と認められるくらいの時間は経っただろうか。ただ立っているだけの身からするともうかなりの時間が経過したかのように思えるが、普通にパートナーがいる人達にとってはほんの数曲踊っただけのまだまだ序盤かもしれない。

 入口の出席者名簿に名は書いたが、あまり早く退場しては出席と認めてもらえない。リーティアの通う魔法学園、フォーレント学園は、ダンスも必須単位の一つなのだ。


「失礼、美しい方。良ければ一曲……うわっ!」


 リーティアがしばらく俯いていると、おそらく上級生であろう男子生徒の一人が近づいてきた。しかしリーティアが顔を上げた途端にギョッとしたように後退り、「用事を思い出した」と無理のある言い訳をして逃げて行ってしまった。

 逃げた先で何人かの友人達に肩を叩かれ慰められているのを見るに、こちらの顔をよく確かめもせずに誘ってしまったのだろう。この学園でリーティアをダンスに誘う奇特な男は一人としていないのだから。


「フン、また若い男に逃げられたか。齢千年の魔女殿」


 その時、上級生が走り去って行った反対側からまた別の男子生徒が現れた。傍に美しい令嬢を二人侍らせて。


「せっかく無駄に着飾って人里に降りてきたのだろうに、気の毒なことだな」

「…………」


 気の毒と言いながら、此方を睨みつける青い瞳は氷のように冷たい。本心からリーティアに同情する気などこれっぽっちも無いことが丸わかりだ。


「気にすることありませんわ。身の程知らずにも人間を誑かそうと企んだ醜い魔女の自業自得ですもの」

「そうですわそうですわ!」


 顔を強張らせたリーティアを見て、男にしなだれ掛かる女達がニンマリと笑う。しかしリーティアに文句など言えるはずがない。

 何故なら彼等は単なる上級生よりもよっぽど立場は上なのだから。


「……ラフィザード第一王子殿下。それにドレーゼ様とヒスコック様も。ご機嫌麗しゅう」


 アンドリュー・ラフィザード。このラフィザード国の王太子。

 傍の二人はそれぞれドレーゼ公爵家の次女アドーラと、ヒスコック侯爵家の長女オリエンヌであり、王太子の婚約者候補ツートップだと名高い。

 二代前に爵位を金で買った成り上がりの子爵家であるリーティアからすれば全員雲の上の人物。


「フン、何が麗しいものか。生憎見たくもない不快なものを見せられて吐き気がしているところだ」

「……申し訳ございません」


 そんな雲の上の人物からしたらリーティアなど羽虫のような存在だろう。成り上がりの家系、初対面の人がギョッとする程醜い容姿。王太子達にとっては視界に入るだけで不快であるに違いない。そんなことはわかってる。

 だからってわざわざ踏み付けに来なくていいのにと、リーティアはぎゅっとドレスの裾を握った。


「……まあ、しかし、下々の者を気にかけるのも王子としての義務だ。これ以上この華やかなダンスパーティで辛気臭く立ち尽くして空気を悪くされても困る。非常に不本意だが、この私が相手を……」

「まあ殿下!そんなことする必要ございませんわ!この場違いな女が出て行けば良いだけでしょう?」

「貴方、お優しい殿下に此処まで気を遣わせて恥ずかしいと思いませんの?」


 ああ、まただ。今日こそこれが始まる前に帰りたいと思っていたのに。


「……お気遣いいただきありがとうございます。もちろん、私ごときが殿下のお手を煩わせるわけにはいかないことは重々承知しておりますので、これ以上皆様のご迷惑にならぬよう、私は退席させていただきます」


 リーティアとて好きでパーティに出席しているわけではない。これが学園の授業の一環であり、単位のために仕方なく参加しているだけだ。

 しかし毎度のことながらエスコートをしてくれる男子などおらず、場内で誘ってくれる人も勿論なく、最後にはこのようにアンドリュー王子達に会場を出ていくよう遠回しに促される。


「失礼致します」

「なっ……う、うむ、身の程を弁えるのは良いことだ。お前のその髪と目は魔女のように醜く、見る者を不快にさせるのだからな」

「はい。ご忠告痛み入ります」


 他でもない王子から出て行くように言われたのだ。後から教師に文句をつけられることはないだろう。

 リーティアは王子に向かい深々と一礼をし、ダンス会場を後にした。



 

 ◆◆◆




「……っ」


 学園から寮までの帰り道。

 きつく纏め上げ、髪全体を覆い隠すように飾っていたリボンを乱暴に外す。目に涙が滲んだのは痛みのせいだ。悲しさではない。己の見目の悪さを嘆く段階などとうに過ぎた、はずだ。


「どうせ、私なんて……っ」


 支えを失った真っ白な髪がばさりと肩に落ち、背中に流れる。

 そう、真っ白なのである。まだ十六を迎えたばかりであるリーティアの髪は、まるで老婆のように真っ白であった。


「どうせ私なんて、着飾るだけ無駄な醜い女よ……!」


 ここに鏡がなくてよかった。あれば髪と同じく醜い、卑しい金色の瞳を目の当たりにしてしまうのだから。


「いやそんなわけないだろう」

「えっ?」


 振り上げたリボンを地面に叩きつけた、その時。


「嘘は良くない。醜いなんて君と対極の位置にある言葉だ。着飾るだけ無駄と言うのは、既に充分美しいからこの上更にプラスしようがないという意味でなら正しいが」


 物陰からガサリと音がして一人の男が現れた。少し襟足の長い黒髪に、おそらく同じ色の目。身長はヒールを履いたリーティアより少し高い。年はリーティアと同じくらいに見えるが、同学年にしてはまるで見覚えがなかった。


「えっ、あの……だ、誰……?」

「ジオ・ウェールス。先日この学園の第四学年に編入した者だ。して君は?月の妖精か?」

「え、えええええ」


 四年ならやはりリーティアと同学年である。しかし編入生ということは見覚えがなくてもおかしくない。


「あっ、そうだわ!貴方、希少な光属性持ちで特例で編入することになったっていう、特待生の……!?」

「ああその通りだ。生憎平民なもんでここの常識なんかはいまだ把握しきれていない。もし失礼なことを言ったのなら謝る」


 主に王族貴族の子女が集うフォーレント魔法学園。平民の入学が認められていないわけではないが、魔法を一定以上使えるのが入学の条件であるため、高い授業料とも相まって、初級魔法しか使えないことの多い平民はほぼ入学できない。

 しかしつい最近城下町の商屋にて、国にとって大変有用である光属性の魔法を使える孤児の少年がいると判明し、身元を国で預かり授業料免除でこの学園に編入させることになったと聞いた。

 その選ばれし光属性使いが、今目の前にいるこの男らしい。


「俺は名乗ったぞ。君の名前は?もしかして妖精は人間に真名を明かしてはいけないという決まりがあるのか?ならば無理強いはしない、君のことは月の妖精と呼ぼう」

「ま、待って!妖精じゃないわ、リーティア・アルブム!アルブム子爵家の長女で貴方と同じ四学年よ!」


 危うく面と向かって月の妖精と呼ばれるところだった。一体何の罰ゲームか。老婆だの魔女だの蔑称で呼ばれるのには慣れているが、こんなことは初めてだ。


「冗談なら笑えないし、嫌味ならタチが悪過ぎるからやめて。自分が醜いことくらい自分が一番わかってるわ」

「冗談?嫌味?いや、俺は嘘は言わない。君の部屋には鏡がないのか?ならそこの中庭に池がある、一緒に行こう。水に顔を映してみればいい。本当に綺麗だ」

「え、ちょ、ちょっと!」


 ジオと名乗った少年が不意にリーティアの手を取った。そのままずんずんと中庭に向かって足を進めていく。


「わ、私!こんな老婆みたいな白髪で!」

「ああ、真っ白で雪のように綺麗だ」

「目の色なんてお金と同じで、下品で……っ」

「すまない、暗くて目の色まではちゃんとわからない。でも形は大きくて綺麗だ。というか目の色に上品とか下品とかあるのか?」


 意味がわからない。まるで本気でリーティアを美しいと思っているようだ。そして本気でリーティアの部屋に鏡が無いとも。


「鏡なんて、もう何度も見たことあるわよ!」

「え?」


 ジオがピタリと足を止め、驚いた顔で振り返った。鏡を見たことがあるというだけでここまで驚かれるのは生まれて初めてである。


「まさか……」


 ハッと何かに気がついたかのように、ジオがリーティアの手を取った方とは逆の手で自身の口を押さえる。


「妖精だから……鏡に映らない……?」

「たっ、たしかにそんな逸話は聞いたことあるけど!」


 そのあまりにも邪気なく驚く子供のような表情に、リーティアはすっかり毒気を抜かれてしまった。



 ◆◆◆



「なるほど……君は本当に人間だったみたいだな」

「ええ……信じてくれて嬉しいわ……」


 翌日。

 待ち合わせ場所である寮の中庭に着いたリーティアは、先に着いていたジオに声をかけた。そこで太陽の光の下制服を着ているリーティアに、ジオが『月の妖精ならばそんなことはできない』と納得し今に至る。

 前日リーティアが鏡で自分の姿を見てもなお自分を醜いと思っていることに、ジオは「つまり妖精の美醜感覚が人間と逆……?」とリーティア妖精説を強めてしまったのだ。

 そして人間であることを証明するために、月の妖精の活動時間外に人間の服を着て会うことになったという。いや人間であることを証明とは?


「これでわかってくれた?」

「ああ。妖精ではなく貴族の美醜感覚が平民と逆だったんだな」

「貴方の絶対に自分の感覚は間違ってないって姿勢ちょっと面白くなってきたわ」

「当然だろう?俺は君程の美人を今まで見たことがない」


 意味がわからない。昨日も今日もこの男は、リーティアが美人であると言って憚からない。月光より明るい太陽の下、もう目の色だって明らかになってしまったのに。


「……私だって、6歳の頃までは自分を可愛いと思ってたわ」

「今までも今この瞬間もこの先の未来もずっと可愛いと思うが」

「ちょっと黙ってて」

「わかった」


 じっと見られながら大真面目にそんなことを言われると調子が狂う。リーティアにとって可愛いなんて言葉はとうの昔に無縁になった。

 

「家族が身内の欲目で可愛いと言ってくれるのを本気にして、この白い髪も金の目もおかしいと気づかなかったの。初めてそれが変だと知ったのは、6歳の時に同年代の子達が集まるお茶会に出てからよ」

「…………」

「だ、黙ったままじっと見ないで」


 綺麗だ美人だ可愛いとポンポン飛び出すジオの口を閉じさせたはいいものの、今度はその分視線が強くなった。黙ったまま穴が空くように見つめられ、リーティアは思わず手のひらでその視線を遮った。

 ちなみに昨夜髪と同じ黒だと思っていた彼の目の色は、近くで見ると深い藍色だとわかった。いやそんなことは置いといて。


「賞賛しながら見ればいいか?」

「普通にしてて!!喋ってもいいから!」

「わかった」


 幼い頃は良かった。家族や使用人達の褒め言葉をそのまま受け取って、自分は可愛いのだと無邪気に信じて生きて来られた。

 それが身内の欲目と雇用主の子へのお世辞だと知ったのは、初めて同年代の子達が集まるお茶会へと招待された時のこと。


『そこの女。なんだその髪と目は。老婆のような真っ白い髪に、成金らしく卑しい金の瞳。こんな薄気味悪い女は見たことがないぞ』


 子供達のお茶会が始まってすぐ、一番上座に座っていた金髪に青い目の男の子から指をさされて言われた言葉。

 その男の子は当時8歳であり、6歳のリーティアにはその難しい単語の意味はわからなかったが、貶されたことだけはわかった。

 そしてその男の子の言葉を参加客の誰も否定しなかった。気まずげに目を逸らすだけならまだいい方。女の子達の中には、ニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべてリーティアを見る子もいた。

 後からわかったことだが、リーティアを貶した男の子こそがその茶会の主役、アンドリュー・ラフィザード第一王子であった。


「それからは、どこに行っても遠巻きにされたわ。老婆のような白髪と卑しい金の目の醜い魔女だって、殿下が言うの。その通りよ。今まで同じ色の髪と目の子なんて見たことがないし……」

「まず自分も金髪なのに金色を卑しい色だと言うのがおかしい。あと白い髪が醜いなんて誰が決めた?昨夜月光の下で見た時も神秘的で美しかったが、太陽の下でも光り輝いてこんなに綺麗なのに?うちの国の王子は頭か目がおかしいんだな」

「ま、待って待って!」


 これで納得するかと思いきや、まさかの王子の方をおかしい認定をし出した。もはや神が相手だろうと譲らない姿勢である。


「殿下だけじゃないわ。他の人達だって同じことを言うもの。昨日だって、私をダンスに誘いかけた上級生の先輩が、私の顔を見て悲鳴をあげて逃げて行ったのよ!」

「あんまりにも綺麗で怖気付いたってわけではなく?」

「わけではなく!」


 じゃあその上級生の目がおかしいな、と表情一つ変えずにジオが言う。もう何が何でも譲らない姿勢である。動かざるごと岩の如し。


「逆に聞きたい。どうしてそんな見る目の無い輩に悪口を言われたからって、こんなに綺麗な色を醜いと思い込める?」


 しげしげと、心の底から不思議そうにジオがリーティアの髪と目を交互に見る。あまりに曇りのない目でそう言われ、リーティアも言葉に詰まった。


「わからないな。君が嘘をつこうとしてるようには見えないし」


 首を傾げたジオがふとあたりを見渡し、何かを見つけたらしく早足で歩き出した。

 リーティアが釣られてその背を追えば、ジオは中庭に植えられた木の一つ、夏に沢山の白い花をつける木の幹に手を添えたところで。

 残念ながら今は秋であり、その白い花は全て散ってしまっているが。


「……えっ……!?」


 ジオが目を閉じ何かを唱えた瞬間、その木の全ての枝に一斉に花がつき、満開に咲き誇った。


「どうだ、同じ色だぞ。綺麗だろ。リーティアはそう思わないのか?」

 

 純白の花弁に黄金の花芯。一気に満開になったそれは秋の風に揺れ、可憐な花吹雪を描いていく。

 そういえば光属性の魔法には植物を急成長させるものもあると授業で習った。それによって大昔、飢饉の村を救った光魔法士がいたとも。


「確かに……綺麗ね……」

「ああ、そうだろう?」


 一際強い風が吹き、飛んできた花びらがリーティアの手のひらに落ちる。その一枚をそっと握り、胸に抱き締めてリーティアは答えた。



 そしてこの光景が寮監に見つかり、学園所有の木に勝手に手を加えたことで二人揃って怒られることになるのは、それから十数分後のことである。


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― 新着の感想 ―
[一言] (本文抜粋) 幼い頃は良かった。家族や使用人達の褒め言葉をそのまま受け取って、自分は可愛いのだと無邪気に信じて生きて来られた。 そのまま信じてて良かったんだよー!! アンドリュー,てめえ…
[一言] 「今までも今この瞬間もこの先の未来もずっと可愛いと思うが」ジオ……ええ男や!
[良い点] 新作しょっぱなから面白いです…!今回の王子は今までよりもかなりこじれている感じですねぇ。そして今回のヒーローもすごくかっこいいです!もうこの時点で十分かっこいいのにこの後、ヒロインと一緒に…
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