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社畜なので会社のために巨大化して怪獣と戦う話

作者: En

 風邪をひいた、のだと思う。なんだか妙に暑い気がするので体温を測ってみたら酷い熱が出ていた。なんと38.7℃。一人暮らしの美咲にとっては命とりになりかねない高熱だ。ところが不思議と体調は悪くなかった。普段より元気なくらいである。


「ですから。体調的には全く問題ないので出社します」

『いや流石に今日は休んで。みんなにうつったらマズいから』

「そんなあ」


 そういうわけで。赤色美咲は本日会社をお休みすることになった。今年度最初の有給取得である。社畜の彼女には歯がゆい状況。ここで休むくらいなら会社に出て仕事をしたい。時計を見ればもう10時15分。本当ならとっくに客先に向かっている時間だ。


「あーあ……。せっかく提案資料作ったのに」


 美咲は三年前に地元の国立大学を卒業し、クロサキ商事という地元の商社に就職した。事務用机やコピー機の営業チームに配属されたのは昨年度である。今日は得意先であるグリーン工業の水島課長に新規工場の事務所用製品の提案に行く予定だった。資料も見積も頑張って作ったのに、結局実際の商談は課長に任せてしまって面白くない。


「あ、そういえば。プリンターの修理見積来てたかな……」


 言うとノートパソコンを開いて会社のグループウェアにアクセスしメールをチェックする。それと同時に社用の携帯電話を取り出す。

 これが本当は良くないことなのは彼女自身理解している。だが仕方が無いのだ。部長が言っていたのだ。『営業はな。常に会社の携帯を持っているんだぞ。朝でも昼でも夜でも。平日だろうと休日だろうと顧客対応しないとダメだからな』なんて。今思い返すと呪いのような言葉だ。

 修理の見積は届いていた。後輩の黄瀬へメールを転送する用意をしながら彼の携帯に電話をかける。今日中に見積を作ってお客さんに出してもらいたい。1コール。2コール。3コール。


「あれ?出ないや。黄瀬くん運転中かな」


 今回は急ぎの用件である。いつ捕まるか分からない黄瀬に頼るのはやめだ。

 美咲は会社のオフィスに電話をかけた。クロサキ商事の社員は全員社畜である。何があっても誰かが電話番をしていて、3コール以内には出てくれる。1コール。2コール。3コール。……4、5、6。


「……はあ?なんで誰も出ないのよ」


 苛立ちが美咲の心をささくれ立たせる。同時にそんな悪態を吐く自分に気付いてため息が出た。昔はこうじゃなかったのに。入社したての頃はもっと気持ちに余裕のある人間だった。電話が繋がらないくらいであーだこーだ思わなかった。

 今では立派な社畜。仕事と会社のことが常に頭のどこかにある。嫌いなものは有給休暇。なぜならお客さんは普通に仕事をしているから。電話がきたら対応しないといけない。全くもって休んでいる気になれない。


「……いいやもう。見積なら自分で作ろ……」


 そう言ってエクセルを立ち上げる。こんな時のために見積用のエクセルフォーマットは個人のPCにも入れてあるのだ。同時にテレビを点ける。そして、ヘンテコな光景が目に飛び込んでくる。


『ご覧ください!突如空から降ってきた巨大生物が○○市を──』


 数十メートルくらいに大きな、トカゲみたいな生き物が街を我が物顔で闊歩している。この時間はニュースじゃなくて特撮やっているんだっけ、と首を傾げた。


『あ、ああっ!巨大生物が工場を踏みつぶして……、きゃあっ!?』


 炎が映像を包み込んで、そのまま途切れる。テレビの画面には『しばらくお待ちください』の文字。妙にリアルだ。それにさっきの映像で怪獣が踏みつぶしていた工場。あれはたしか。美咲の心臓がバクバクと高鳴るj。


「……いまの。グリーン工業さんじゃない?」


 そういえば○○市って言ってたな。○○市って言ったらグリーン工業の本社工場があるところだ。美咲は冷や汗を流しながらカーテンを開ける。窓の先は〇〇市──。

 果たして。彼女の目には炎に包まれた○○市と、それを踏み荒らして進む巨大な爬虫類的生物の姿が飛び込んできた。


「……マジ?」


 熱のせいで幻覚でも見ているんだろうか。本当は、自分はもう限界の状態だったのだろうか。思わず頬をつねる。痛い。痛いけど目に映るものは変わらない。


「……え?じゃあさっきのアレ本当ってこと?」


 ということは。グリーン工業はあのトカゲに踏みつぶされたということで。


「えっ。グリーンさんアタシの一番大きなお客さんなんだけど」


 つまり美咲の売り上げのおおよそ半分を占める会社が物理的に潰れてしまったというわけで。


「え?……えーっ!?ウソー!?いや、ウソだよね!?え、ええ?え?ってかアレナニよ?」

『あれは宇宙怪獣グレイド』


 突如頭に響いた女の声にぎょっとする。


「だ、誰!?」

『初めましてだなアカイロミサキ。ワタシは星と宇宙の守護者、ホワイト星人のヴァイスという』

「はあ?」


 美咲の頭に疑問符がいくつも浮かぶ。


『我々は昨日、キミの星・地球にグレイドが飛来するのを察知した』

「分かってたの?もう今日なんだけど今まで何してたの?」


 とっくにグリーン工業はあの怪獣の足の下だ。


『すまない。本来ならワタシがそちらに行って駆除するところなのだが……。昨日の時点でホワイト星を出発しても間に合わない距離だった……』

「……だったらなおの事早く連絡するべきじゃない?私じゃなくてもさ」

『……すまない。そこで地球人であるキミに力を託すことにした』

「ちょっ!勝手に決めないでよ。大体力って……。えっ?まさかこの熱もアンタの……」

「……本当にすまない。その力でグレイドを倒してほしい。……胸に手を当てて、白光と叫ぶことで……』

「『すまない』はもういいって。それ言えば許されると思ってんの?」

『……すまない』

「グリーン工業さん踏みつぶされてんのよ。っていうかなんでアタシが……」


 そう言って窓の外に目を向ける。巨大怪獣グレイドが足を上げている。あの辺りには。


「ウチの会社があるトコじゃん!?やめてよ!なんだっけ、白光!?」


--------------〇--------------


 白く輝く巨大な球が空を駆ける。○○市を襲う巨大怪獣グレイドは弾き飛ばして、ゆっくりと地面に降りていった。

 両足が着いた途端に大地が大きく揺れる。立ち上がっただけで空気が裂けて激しい風をあたりに起こす。そして、球体の中から現れた彼女は閉じていた瞳を開けた。


「ん?」


 会社が踏みつぶされると思って、無我夢中で叫んで、白い光に包まれたと思ったら炎に包まれたミニチュアの街にいる。


「やばっ!?火傷しちゃ……。あれ?」


 熱くない。全然平気だった。炎のように見えて作り物なのだろうか。そもそもここはどこか。美咲は周囲をきょろきょろと見回した。視界の端に自分と同じくらいの背丈をしたトカゲが倒れている。


「……ん?トカゲ?」


 美咲は心の奥がさあっと冷めたくなるのを感じた。


「ま、まさか……。これ……アタシが大きく……?じゃあコレ本物の街!?」


 だったら消火しないと大変だ。慌てて街中を包む炎を踏みつける。けれども燃え広がっている範囲が広すぎてどうにもならない。


「そ、それなら」


 見つめる先にはクロサキ商事。その周囲を何度も何度も踏みつける。恨みがあるとか踏みつぶしてやりたいと思っているとかそういうわけではない。いや恨みはあるがここでのこれはそういう意味ではない。純粋に先に火を消そうとしているだけだ。

 普段はクロサキ商事のことを『ブラック企業』とか『機会があればいつでも辞める』なんて言っている。だが彼女は真の社畜なので無意識的に優先順位の第一位が会社になっているのだ。

 ずんずんと足を降ろす度に、築二十年の二階建て社屋がイヤな音を立てる。美咲の足が止まった。


「そうだよね……。耐震強度偽装してそうな建物だもんね……」


 これでは炎に焼き尽されるよりも先に美咲の踏みつけによる振動で倒壊してしまう。


「ど、どうしたら……」

『何をしているんだミサキ。早くホワイトベールを使え。火を消せるぞ』

「……だから!そういう大事な事は最初にいいなって!このポンコツ!」


 頭の中に聞こえる声に罵声を送りつつ。『ホワイトベール』なる何かを燃え盛る街に使うことにした。取り敢えず手を向けて『ホワイトベール』と叫んでみる。彼女の手から白い光が放たれて、それが当たったところから順番に火が消えていく。


「おおっ。これスゴイっ」


 自分の手を見つめて呟く。それからハッと気付いた。小さく屈みこんで、クロサキ商事の社屋をまじまじと見つめる。


「よ、よかった。全然大丈夫だ」


 相変わらずぼろっちい建物だが、それでもなんとか生き残っている。よくよく見ればまだ社員が残っていた。


(内勤の藤野さん。総務の藍田さん。後輩の黄瀬くん……。黄瀬くん居るんなら電話出なさいよ……!)


 怪獣が現れたパニックでそれどころではなかったのだが。ともかくみんな無事である。と、なれば。美咲はすっくと立ちあがり、まだ立ち上がれていないグレイドに飛び掛かって抑え込んだ。


「み、みなさん!今のうちに逃げて下さい!」


 美咲が叫ぶと社屋や他の建物から人が出てきて逃げ出した。これで安心。なんだかクロサキメンバーがこちらを見ている気がしたが。


(顔を近付け過ぎたせいで驚かせちゃったかな)


 そういう事にしておく。


「よ、よし。とにかくこれで……。きゃあっ!?」


 グレイドが立ち上がった。美咲はその勢いに吹っ飛ばされて、よくお昼ご飯やおやつを買いに行っていたコンビニを押しつぶしてしまう。


「ててて……。なんてことすんのよ!」


 美咲は起き上がると両手を前に突き出して、何となくそれっぽい姿勢で構えてみる。まだ終わっていないのだ。あれをやっつけないことには終わらない。


「……ん?」


 と、そこで。自分の格好に気付く。さっきまで来ていた赤色のパジャマを着ている。なんで?


「え。まさか嘘でしょ」


 ぺたぺた顔を触ってみて、予感がどんどんはっきり現実に変わっていくのを実感する。ポケットの中にスマホがあったので鏡の代わりにして自分の顔を確認した。いつもと変わらない自分が映っていた。よく知っている赤色美咲の顔である。


「これじゃあアタシだって丸わかりじゃないの!?」


 先ほどクロサキの社員が逃げながら自分を見上げていた理由を察する。そりゃあ見るよ。アタシだって寝間着の同僚が巨大化してたら見るよ。


「い、いや!納得しちゃダメだ!なんでなの!?普通正体分からないようにするもんじゃ……」

『ふふふ。キミには多大な迷惑をかけてしまったからね』

「ヴァイス?」

『グレイドを倒したときにすぐにその功労者が分かるようにな。顔や姿はそのままにしておいたのさ』

「……は?」


 言っている意味が分からない。何の嫌がらせだろう。


『ふふふ。気が利くだろう。ワタシもこれくらいは出来る』


 どうやら嫌がらせではないらしい。本気で気を利かせたつもりらしい。


「……ふ」

『ふ?』

「ふざけんなー!」

『ヒィッ』

「ヴァイスー!このクソバカァ!ポンコツ!アタシの生活返せ!ちょっと聞いてんの!?」


 返事がない。さっきまで一方的に語り掛けてきたヴァイスの声はもう聞こえない。逃げられた。ぐぐぐ、と歯ぎしりした。


(いるんだ。たまに。こういう営業が……!)


 連絡は忘れる。連絡したかと思えば大事なことは伝え忘れる。納期は遅れる。そのくせ頼んでもいないのに余計なことをする。そして都合が悪くなると姿を眩ます。流石に全部乗せは初めて見たが。

 両手を堅く握りしめて、わなわなと震える。まだこの辺りに人が残っていたら、怪獣なんかよりも怒りに震える美咲の姿の方がずっと恐ろしかったであろう。


「そ、それもこれも……!」


 グレイドは美咲を威嚇するように吼えた。が、今更そんなものに怯む美咲ではない。


「アンタがこんなとこ来るから悪いんだあああああっ!」


 ヴァイスへの怒りを。この理不尽に対する憎悪を。全てのせて思い切り殴りつける。ホワイト星の技術によって、美咲の身体はただ大きくなっただけではなかった。遥かに向上した身体能力で放たれたパンチの威力で、グレイドは数百メートル浮かび上がり、そのまま爆散した。


「はあ……はあ……」


 勝った。失ったものは多かったが、ともあれ勝った。


『よくやったミサキ。これでキミは英雄だな!』

「ほんともう黙ってくんない……?」


 ボロボロの街並みを見下ろす。ほぼほぼグレイドによる破壊だが、美咲が原因のものがゼロというわけではない。賠償とかクビとか、いろんな単語が頭の中を駆け巡って不安になる。そして、そのうち涙が出てきた。


「うっ。ううっ。これからどうすればいいのよお」

『何故泣くミサキ。キミがこの星を救ったんだぞ?』


 頭の中で聞こえる声に思い出す。そもそもコイツが悪い。


「ヴァイス……!アンタのせいで……!」

『ああ、本当にすまない』


 この羽より軽い『すまない』がいい加減腹立たしい。


「アンタだけは絶対殺す!」

『むっ!?大変だぞミサキ!』

「こらっ!人の話を……!」

『ブルールン星人が地球に迫ってきている!あらゆる星を侵略して回っている邪悪な異星人だ!本当ならワタシが行くところだが今から地球に向かったのでは間に合わない!悪いがまた』

「……~!もうイヤーッ!」


 美咲の声が街中に響いて、辛うじて無事だった家やら建物がいくつか崩れた。

 そんなわけで。社畜戦士・赤色美咲の戦いは続くのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 手頃な文章力、分かりやすい物語の構成、はっきりとした起承転結。 しっかりと楽しませてもらいました。 [一言] なるほど。巨大化ヒーローなどが元の姿を残したまま闘うと、今後の生活がどうなるの…
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