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初日2 二日目1

 

 部屋に入ってきたのは黒咲だった。

 僕を部屋に押し込めてから一時間も経っていないが、その顔は明らかに限界を迎えていた。


「……もういいわ」

「それは、もう部屋に帰っていいってこと?」

「ええ」


 心做しか言葉数も少ない。

 今日一日榎本を探っていたのなら、仕方ないことだろう。

 そもそも僕からすれば、なぜ限界になるまで執着できるのかがわからない。

 黒咲の原動力はいったいなんなのだろうか?



 黒咲の部屋を出ると、ずっと緊張の中にいたからか一気に疲労感が押し寄せてきた。

 結局時間的にはちょうど就寝時刻までの暇つぶしができたことになっていて、廊下にはちらほらとクラスメイトが見えた。

 二階に僕がいることが場違いなのはわかっているが、それでもすれ違うクラスメイトに漏れなくジロジロ見られるのはいたたまれない。


 さっさと自分の部屋に戻ってしまおう。

 そう思ってそそくさと廊下を通り、三階を目指す。

 階段に差し掛かり三階へ登ろうとした時、逆に三階から降りてくる足音に気づいた。

 お盛んなことで。と自分のことは棚に上げて、相手の顔を盗み見ようと上を見上げる。


(榎本さん!?)


 そこには僕が想像だにしていなかった顔があり、僕は反射的に一階の方へと身を隠した。


 身を隠しながら何故榎本が三階にいるのかを考えたが、冷静になってみると榎本は彼氏持ちなので別に三階に居ようがおかしいところはない。

 だとすると、おかしいのはやはり黒咲なのだろうか?

 ……いや、黒咲も二階で見張っていたとは言っていないし、見張りの成果を聞いたわけでもない。

 あの疲れた顔は、三階を張り込んでいたからなのだろうか?もしそうなら諦めて帰ってきたのも納得がいく。



 そんなことを考えているうちに、榎本は二階の廊下へと去っていった。

 僕もとりあえずは自分の部屋に戻るべく、三階へと上がることにした。


「あれ、蓮?」


 三階へと辿り着いた先で待ち構えていたのは優斗だった。

 休憩室で飲み物を片手にベンチに座っていた優斗は、僕を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。


「おう」

「お前今までどこに……って、そうかそうか」


 嫌な笑顔を浮かべる優斗。

 おおかた、僕が二階からやって来たことに対して邪推でもしているのだろう。


「残念だけど、そういうのじゃないから」

「はいはい」


 わかってますよ。と優斗が肩に手を置いてくる。

 相変わらず鬱陶しい男だ。よりによって優斗に遭遇するとは運がない。


「で、誰なんだよ?」

「めんどくさ……僕はもう寝るから」

「おっ、しっぽり行ってお疲れってか?」


 本気でイラッときたが、なんとか持ちこたえて優斗を振り払う。

 普段から冗談しか言わないような男だが、こういう時には会いたくないものだ。


 優斗もそんな僕の気持ちを感じ取ったのか、それ以上の追求はしてこなかった。

 最初からそうしてくれればいい男だというのに勿体ない奴だ。


 ちらりと振り返ると、優斗はベンチに戻って神妙な顔をしていた。




 自分の部屋に入った途端、待っていたかのように睡魔に襲われた。

 僕はその睡魔に身を任せ、沼に沈むように眠りについたのだった。




 ⏎




 朝の五時。

 脳に響くような爆発音に、僕の脳は叩き起された。

 何があったのかと寝ぼけた頭で考えていると、徐々に廊下の方が騒がしくなってきた。

 僕も顔を洗ってから廊下へと出る。

 外では同じように寝巻き姿のクラスメイト達が、こぞって階段を降りていっていた。


 流れに身を任せていると、前に優斗の姿を発見した。


「優斗」

「おー、蓮か」


 それ以上の言葉はなく、お互いに意識は爆発音のした方へと向かっていた。


 二階まで降りると、女子達も爆発音を確認しに来ていたようで人集りができていた。

 その前方から、既に爆発音の原因を確かめてきたらしい女子達の話し声が聞こえてきた。


「先生の部屋で爆発が起きたらしいよ!」

「えっ!?先生は平気なの?」

「うん。なんか、あたし達のスマホを保管してた金庫が爆発したんだって」


 その話は瞬く間に広まった。

 スマホが爆発に巻き込まれたことに騒然とする中、僕と優斗はやけに冷静さを保っていた。


「金庫が爆発って金庫内でって話だよな?」

「そうだと思う」

「なんで金庫の中で……」

「誰かのスマホが何かの原因で爆発したか、それとも……」


 僕が言い淀んでいると、優斗がその続きを口にした。


「誰かが爆発物を紛れ込ませたか」

「……うん」


 前者なら偶然の出来事だとしか言えない。しかし、もし後者ならこれは事件だ。

 そして辿り着くのはこれは偶然なんかじゃないとどこかで感じている自分がいた。


 ふと優斗を見ると、優斗も僕と同じように考えているのか、神妙な顔で下を向いていた。

 その姿に、昨日の優斗の様子が重なった。


(そういえば、優斗は昨日なんであんな所にいたんだ?)


 あの時は、既に就寝時間にもなろうという時間だった。

 現に他所に遊びにいっていたクラスメイトがこぞって自分の部屋に戻っていく中、優斗にはその気配がなかった。

 そして、同時に思い出される榎本と黒咲のこと。

 あまりにも続く非日常的な連鎖に、僕は得体の知れない恐怖を感じていた。


 そんな中、一際冷静な声が僕達を鎮めた。


「僕が先生に詳しい状況を聞いてくるから、みんなはここで待っていてくれ!」


 その声の主は、秋川鉄人だった。

 秋川は言うなればクラス一頭のいいやつだ。

 性格も真面目なのか、ホームルームならいざ知らず、こういう非常時には秋川が先立ってまとめ役を買って出ることが多かった。


 そんな秋川の一声に、辺りは一気に落ち着きを取り戻した。

 話し声も疎らになってきた頃、素っ頓狂な声が上がった。


「あれ?槙いなくね?」

「おー、そういや見てねーな」

「あいつ、この状況で寝てんのかよ」

「俺あいつ起こしてくるわー」


 そう言って笑い合うのは、件の武藤槙という男の友人達だった。

 この四人はクラスの顔というか、いつも場を騒ぎ立てる連中だ。

 そのノリに合わせれば楽しいのかもしれないが、僕にとっては騒がしい連中という感じだった。


 しかし、その話を聞いて改めて周りを見ると、クラスのほぼ全員と思われる量の人がこの場に集まってきていた。

 優斗も同じことを考えていたのか、僕らのもう一人の友人の姿を探していた。


「カズのやつ見たか?」

「いや、いないみたいだね」

「あいつも寝てんのかねえ……まあ部屋行ってみるわ」


 優斗が三階へと戻っていく。

 彼らが皮切りになったのか、優斗と同じように三階へと戻っていく人がちらほらと現れた。


 僕は改めてカズを探すついでに、榎本と黒咲も探すことにした。


 昨日榎本の様子がおかしかったのは、スマホとして爆発物を混入させたからではないのか?

 黒咲が榎本を探っていたのは、こうなることを知っていたからではないのか?


 そんな考えが僕の頭を巡る。

 やがて見つけた榎本と黒咲は、僕の考えを裏付けるような様子だった。

 榎本は下を向いて焦燥しているような顔を浮かべていて、黒咲は昨日にも増す鋭い視線で榎本を見ていた。


 カズのことも忘れてその様子を観察していると、一階から秋川が先生と大定家の当主を連れて戻ってきた。

 僕らのことを確認すると、先生が真剣な顔で話を始めた。


「……全員揃ってるのか?」

「全員かは確認してないです」

「……まあいい。さっきの爆発の件だが、みんなのスマホを入れていた金庫内部で爆発が起こった。中はまだ確認していない。警察に任せる方がいいと思ったのだが……」


 そこで言い留まり、当主に視線を送る先生。

 しばらくしてから、先生に代わって当主が話を始める。


「当然、この話は警察に連絡するのが筋だろう。しかし、それはできない。協力もできない。…………娘が、誘拐されたのだ」


 突然の告白に、その場にいた全員が息を飲んだ。

 それ以降黙り込んでしまった当主に代わって、再び先生が続く。


「……というわけなんだ。その犯人からメッセージカードも届いていて、警察へ知らせたらすぐにでも娘さんを殺すと書かれていた。娘さんの救出には俊さんが向かっている。とりあえず、それを待ってから──」


 先生が話を締めようとした時、三階の方から叫び声が鳴り響いた。


「おい!槙が!!槙が死んでる!!」


 そう叫び込んできたのは、先程武藤を起こしてくると言った奴だった。

 その叫びに真っ先に反応したのは、秋川だった。


「武藤くんが、死んだ……?どういうことだ!」

「知らねえよ!!槙を起こしに行ったら、鍵がかかってなくて、中に入ってみたら床に倒れてたんだよ!!返事もねえ!!」

「先生!」

「……案内してくれ。大定さんも一緒に」

「は、はい」


 先生と当主は、その生徒と共に三階へと消えていった。

 僕らはこの場で待機するように指示され、誰一人口を開かないまま極度の緊張が流れていた。

 僕らには──少なくとも僕には、今何が起こっているのかを受け止めることはできなかった。

 爆発。誘拐。殺人。

 これらが意味することを冷静に考えることなど、ただの高校生にできるはずがないのだから。


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