十 待ち人の星夜灯
「結構な量の星屑を使ったし、俺が作ったし」
「星屑の量で変わるのかい?」
そんなわけがない。
リオンは読んだ書物を思い出す。
星屑は、死者の魂を呼び戻すための光源だ。たとえ量を増やしても、万星節の夜が明ければ砕ける、その摂理を覆す要因にはならない。
「他になにか、やったでしょ」
「さぁな」
「やったでしょ」
「さぁな」
「コウ」
じっと、リオンがコウを見つめる。
ぱちりと火鉢の薪が爆ぜた。天の星の光がゆるやかに瞬く。
やがて、コウがため息をついた。
「……骨と、血」
くしゃりと、コウが左手で自身の髪を握る。その腕で表情が隠れる。
「それ、見事に禁術だよね」
――墓地に行っても意味がない。
リオンの脳裏でコウの言葉が蘇る。
骨と魂が、こちらに在るからだ。
では、血は。
リオンが手を伸ばし、コウの左腕を掴んだ。痛みに彼の顔が歪む。オオカミの傷と、治りかけの切り傷。
「命を削ったんだね」
強引にコウが腕を振りほどく。
「別に、構わない」
香り煙草に火を点けた。薄い煙をくゆらせ、唇の端を歪める。
「何もしなくても、二年か三年だ。どうせ、俺も向こうにいく」
眠りを退ける、強い清涼香。
リオンが眉をひそめた。
「自分のせいだと、思ってないだろうね?」
ぴくりとコウの肩が跳ねる。
「一年前のあの日。雪崩に遭ったのは、誰のせいでもない」
「……わかってる」
その瞳に、押し殺した光が宿る。
「わかってるさ。ヤルノさんにも言われたから。あれは不幸な事故だった。たまたま運が悪かった。それだけだ」
「嘘だ」
首を横に振って、リオンが否定する。
「全然、まったく、これっぽっちも、君はそう思ってない」
「嘘じゃ、ねぇよ」
逃げるようにコウは視線を外した。それでもリオンは、真っ直ぐに彼を見る。
「じゃあ、なんで禁術まで使ったの。普通の星夜灯でも間に合うのに」
「それは」
続く言葉を飲み込む。
悔しそうな、今にも泣き出しそうなコウの表情を、広場のかがり火が照らす。
「――僕が死んだのは、君のせいじゃない」
歓声が沸いた。
広場に集まった大勢の人々が、かがり火を見つめる。
中央の柱全体に火が回り、天へ届くかのように炎が猛る。がらんがらん、と尖塔の大鐘が打ち鳴らされた。
「あの日。森へ星屑を探しに行こうと言ったのは、僕だ」
大きくなったかがり火が、リオンの影を濃く天幕に描く。
「森の西側に星屑が落ちやすいって言ったのは、俺だ」
コウの声をかき消すように、洋杯をぶつける音が響く。周囲の笑い声。
「でもそれは、君が君を責める理由にはならない」
リオンの目に強い光が閃く。
「森の西側は傾斜がきついって、ちゃんと雪崩の危険性を教えてくれたじゃないか」
「行けると判断を誤った。俺のミスだ」
「それなら、君は君自身で代償を支払った」
眠り病。
冷たい死に、長く触れていたせいで。
コウが目を伏せる。
ごう、と唸るような音が耳に蘇る。
大気が震え、地面が揺れたことを覚えている。
森の木が、白銀の大波になぎ倒されるのを見た。
灰色の空の下、もうもうと白い雪煙を上げて迫り来る。
雪崩。
前にいたリオンが振り返った。
目が合った。
名を叫んだ。
名を呼ばれた。
体に衝撃を受け、すべてが白く塗り潰された。
「僕の分まで背負い込むのは違う」
静かなリオンの声に、コウはゆっくりと目を開ける。
「不幸な事故だった。たまたま運が悪かった。それだけだよ」
わかってる、と消え入りそうな声で彼が呟く。
うん、とリオンが頷く。
かがり火が一際大きく燃え上がる。星の下で人々が火を囲み、歌い、踊る。子どもも、大人も。生者も、死者も。同じ時間を過ごす夜。
眩しそうに、リオンが目を細めた。
「温かい夜だね、相棒」
あっ、と誰かが声を上げた。夜空を指差す。
――流れ星!
人々が同時に天を仰ぐ。
誰しもの頭上に輝く、幾数億もの星。銀沙を撒いたような光。
天幕から、星空を見上げる人々が見える。
流れた星は、もう跡形もない。
「……見逃したね」
「……そーだな」
それでも、誰かの瞳に映ったのなら、それでいい。
天の星の祝福を。
「コウ」
リオンは星屑の洋杯を軽く掲げた。笑っている。コウの口元が緩む。二人同時に洋杯を打ち鳴らす。
「乾杯」
〈了〉




