表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

十 待ち人の星夜灯


「結構な量の星屑を使ったし、俺が作ったし」

「星屑の量で変わるのかい?」


 そんなわけがない。

 リオンは読んだ書物を思い出す。

 星屑は、死者の魂を呼び戻すための光源だ。たとえ量を増やしても、万星節(ばんせいせつ)の夜が明ければ砕ける、その摂理を覆す要因にはならない。


「他になにか、やったでしょ」

「さぁな」

「やったでしょ」

「さぁな」

「コウ」

 じっと、リオンがコウを見つめる。


 ぱちりと火鉢の薪が()ぜた。天の星の光がゆるやかに瞬く。

 やがて、コウがため息をついた。


「……骨と、血」

 くしゃりと、コウが左手で自身の髪を握る。その腕で表情が隠れる。

「それ、見事に禁術だよね」


 ――墓地に行っても意味がない。

 リオンの脳裏でコウの言葉が蘇る。

 骨と魂が、こちらに在るからだ。

 では、血は。

 リオンが手を伸ばし、コウの左腕を掴んだ。痛みに彼の顔が歪む。オオカミの傷と、治りかけの切り傷。


「命を削ったんだね」

 強引にコウが腕を振りほどく。

「別に、構わない」

 香り煙草に火を点けた。薄い煙をくゆらせ、唇の端を歪める。


「何もしなくても、二年か三年だ。どうせ、俺も向こうにいく」

 眠りを退()ける、強い清涼香。

 リオンが眉をひそめた。

「自分のせいだと、思ってないだろうね?」

 ぴくりとコウの肩が跳ねる。


「一年前のあの日。雪崩に遭ったのは、誰のせいでもない」

「……わかってる」

 その瞳に、押し殺した光が宿る。


「わかってるさ。ヤルノさんにも言われたから。あれは不幸な事故だった。たまたま運が悪かった。それだけだ」

「嘘だ」

 首を横に振って、リオンが否定する。


「全然、まったく、これっぽっちも、君はそう思ってない」

「嘘じゃ、ねぇよ」

 逃げるようにコウは視線を外した。それでもリオンは、真っ直ぐに彼を見る。


「じゃあ、なんで禁術まで使ったの。普通の星夜灯(せいやとう)でも間に合うのに」

「それは」

 続く言葉を飲み込む。

 悔しそうな、今にも泣き出しそうなコウの表情を、広場のかがり火が照らす。


「――僕が死んだのは、君のせいじゃない」


 歓声が沸いた。

 広場に集まった大勢の人々が、かがり火を見つめる。

 中央の柱全体に火が回り、天へ届くかのように炎が猛る。がらんがらん、と尖塔の大鐘が打ち鳴らされた。


「あの日。森へ星屑を探しに行こうと言ったのは、僕だ」

 大きくなったかがり火が、リオンの影を濃く天幕に描く。


「森の西側に星屑が落ちやすいって言ったのは、俺だ」

 コウの声をかき消すように、洋杯をぶつける音が響く。周囲の笑い声。


「でもそれは、君が君を責める理由にはならない」

 リオンの目に強い光が(ひらめ)く。

「森の西側は傾斜がきついって、ちゃんと雪崩の危険性を教えてくれたじゃないか」

「行けると判断を誤った。俺のミスだ」

「それなら、君は君自身で代償を支払った」

 眠り病。

 冷たい死に、長く触れていたせいで。


 コウが目を伏せる。

 ごう、と唸るような音が耳に蘇る。

 大気が震え、地面が揺れたことを覚えている。

 森の木が、白銀の大波になぎ倒されるのを見た。

 灰色の空の下、もうもうと白い雪煙を上げて迫り来る。


 雪崩。


 前にいたリオンが振り返った。

 目が合った。

 名を叫んだ。

 名を呼ばれた。

 体に衝撃を受け、すべてが白く塗り潰された。


「僕の分まで背負い込むのは違う」

 静かなリオンの声に、コウはゆっくりと目を開ける。


「不幸な事故だった。たまたま運が悪かった。それだけだよ」

 わかってる、と消え入りそうな声で彼が呟く。

 うん、とリオンが頷く。


 かがり火が一際大きく燃え上がる。星の下で人々が火を囲み、歌い、踊る。子どもも、大人も。生者も、死者も。同じ時間を過ごす夜。


 眩しそうに、リオンが目を細めた。

「温かい夜だね、相棒」




 あっ、と誰かが声を上げた。夜空を指差す。

 ――流れ星!


 人々が同時に天を仰ぐ。

 誰しもの頭上に輝く、幾数億もの星。銀沙を撒いたような光。

 天幕から、星空を見上げる人々が見える。

 流れた星は、もう跡形もない。


「……見逃したね」

「……そーだな」

 それでも、誰かの瞳に映ったのなら、それでいい。

 天の星の祝福を。


「コウ」

 リオンは星屑の洋杯を軽く掲げた。笑っている。コウの口元が緩む。二人同時に洋杯を打ち鳴らす。


乾杯(ヴォーラ)



〈了〉





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ