第六話 探偵
美咲の遺体が消えた。
どういうことだ。
俺は慶助とキアラを見たが彼らもわけがわからないといった表情だ。
詳しい話を聞こうにも美咲の母親は錯乱している。
周囲の人から聞き込みをしたところで美咲の死体がなくなった以上の情報は引き出せそうにない。
何か手はないかと周囲を見渡したその時、俺はひとりの男を見つけてしまった。柱の影に隠れるようにして、人混みの様子を窺っている。
あの男、見覚えがある。
野暮ったいコートに身を包んだ、隻眼の男だ。
そう、榛名の家の前にいた奴だ。
俺に「呪われたな、可哀相に」なんて不吉な言葉を言い残した怪しげな男だ。
あいつ、美咲の葬式に参列していたってのか? 白々しい!
一体、何の用事があって?
やっぱりあいつ、この卵憑ノ巫女の呪いに関係しているのか?
それとも美咲の死体がなくなったことに関係が?
どちらにせよ正体を暴かないと!
「先輩?」
俺は無意識に険しい顔をしていたのだろう、キアラが心配げに声をかけてくる。
怪訝そうな表情を向けてくるキアラに、俺は無理して微笑んだ。
「ごめん、ちょっと用事ができだ」
そう言い残して俺は人混みから抜けると、再び男のいたほうに視線を向けた。
いない。
ちょっと目を離した隙に、男を見失ってしまった。
もしや外に出てしまったのか?
急いで斎場を出た俺は、夕闇の中、早足で斎場から離れていく男の背中を見かける。
追いかけないと!
その時、前に御子神先輩に言われた言葉を思い出す。
――この件から手を引きなさい
無理だ。
答えは瞬時に出る。
勝手なことをしてごめん、先輩。
俺は約束を守れそうにない。
そう心の中で謝ると先輩は曇り顔で返答したようだ。
――あなたって、いつもそう。考えなしで動くんだから
本当、俺もそういう自分のところはどうかと思う。
でも、もしも、あの男が今回の事件に関係しているのならば情報を引き出す必要がある。みんなを助けられる手がかりが掴めるチャンスを潰したくはない。
俺は男を尾行することにした。
男はとくに尾行に気付いた様子もなく、ゆったりとした足取りで歩いている。
やがて男は古びたビルの中に入っていた。
俺は慌ててビルの外から男の様子を窺う。
彼はエレベーターに入っていった。俺はエレベーターの上部についている階層ランプを確認する。三階で降りたようだ。
ビルの入り口まで戻り三階の表札を確認する。
清流院探偵事務所?
ビルの外に出て見上げた。ビルに看板が取り付けられてある。そこにも探偵事務所と書いてあった。
あいつ、探偵なのか?
探偵が、どうして呪いなんて非現実的なものに関わろうとしているんだ?
◆
家に帰るなり俺は台所で夕食の支度をしている秀義に話しかける。
「おい」
「おい、なんて呼びかけは弟に酷いんじゃないかな。ちゃんと名前を呼んで欲しいなー」
俺のほうを振り向かないで手を動かしたまま秀義は答える。
「それに、おいの前に、ただいま、じゃないかな。おかえり、兄さん」
「お前に質問したいことがあるんだが……」
「ただいまって言ってくれないと返事したくないなー」
面倒くさい男だな、こいつ。
やれやれと肩をすくめながら俺は言った。
「ただいま。近所に探偵事務所があるのは知っていたか?」
「知っているよ? よくポスティングチラシが入っているよねー」
そう言いながら秀義はガスコンロの火を止めた。
傍に置いてあったのだろう、デジタルカメラを手に取ると、秀義は鍋を撮影しだす。
「うん、今日の出来上がりは中々のものかなー。あとで盛りつけたのも撮影しないとねー」
なんて浮かれた口調で独り言を呟いている。
「おい、俺は探偵事務所のことを知りたいんだが。カメラ弄るのもいい加減にしろ」
そう俺が苛々しながら言うと秀義はエプロンを脱ぎながら俺のほうに身体を向ける。
「挨拶もまともにしてくれない兄さんに言われたくないんだけど……」
根に持ってやがる。本当、面倒くさいな。
「で、探偵事務所がどうしたのかなー?」
「何をしているかまでは知らないよな、さすがに」
「ポスティングチラシには不倫調査など何でも相談に乗りますって書いてあったけど……実際に何をしているかまでは。だって調査を依頼したことはないからねー」
あ、と秀義が口を小さく開いた。
「それより近所といえば……」
秀義は脱いだエプロンを椅子にかけながら話しかけてくる。
「この近くで、近日、結構規模の大きい肝試しをするみたいだねー。サイトで募集かけているみたいだけど兄さんも参加するつもり? この間、友達と肝試ししたっていうくらいだから、そういうの好きなんじゃあ? 僕はあんまり感心しないけどねー」
「廃墟……? 何の話だ」
「昔、殺人事件が起こったっていう噂の廃墟だよ。この近くにあるらしいねー」
「ちょっと待て。どうしてその廃墟について、お前が知っているんだ、それに何だ、その規模の大きい肝試しって何だ」
「弟にお前って酷くない? 前から思っていたけどね」
「そんなのはどうでもいい。何故、お前があの廃墟のことを……」
「まとめサイトに乗っていたからだよー」
は?
まとめサイトだって?
俺があまりに唖然とした表情になっていたからだろう。
秀義は、ぷっと笑みを零した。
「もしかして兄さん、まとめサイトも知らなかったりするのかな?」
「んなわけあるか!」
俺は顔を真っ赤にして言い返す。早口で続けた。
「そのまとめサイトって、もしかするとオカそくって名前か」
「何だ、知っているんだねー、兄さん。つまらないなー」
「こっちも全然面白くない! おい、そのまとめサイトの該当ページを見せてほしい」
「だから、おいって呼びかけるのやめない?」
「いいから!」
俺が怒鳴ると秀義は嘆息しながらスマートフォンを操作する。そうして俺にスマートフォンを渡してきた。
食い入るように画面を見つめる。
そこには、怪しい廃墟を見つけたというスレッドのあとに続報がきたとの情報が掲載されていた。
「これは……」
---
8: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)21:08:15 ID:Hjv
鳥はつけてないが例の廃墟に行ったものだ
戻った。大変なことになった。
10: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 20xx/05/xx(水)21:11:52 ID:Hjv
反応悪いな。鳥つけてないからか。まあいいや
変な卵を拾った。それで一緒に廃墟に行った友達が死んだ
11: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)21:15:24 ID:Hjv
参加者の一人だと思ってた奴が本当は現実にいなくて
そいつが俺に廃墟に行った奴ら全員に卵を渡してきた
17: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)21:20:47 ID:Hjv
死んだ奴の持ってた卵は俺らのと違ってもの凄く大きくなっていた
何で死んだのかは知らない
俺の友達が近くにいたらしい。詳しくは聞けてない
18: サクラ◆AAAbbNNNmmA 2015/05/xx(水)22:11:31 ID:Vuc
現実にいなくてとか卵とか支離滅裂すぎんだろ
23: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:12:25 ID:Hjv
>>18
支離滅裂だとわかっても、うまく説明できない
25: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:13:23 ID:Hjv
廃墟で拾った文章が関係しているのかもしれない
幽霊みたいなのから卵を受け取ったら呪われるらしい
そう書いてあった
27: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:17:05 ID:Hjv
廃墟に行った奴ら、全員卵を受け取ったんだ
28: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:19:44 ID:Hjv
時間が止まったんだ
真っ赤な空も見た
どうも参加者が死んだ時間と同じらしい
手足がありえない方向に折り曲がっていたんだとさ
33: なまはげ 2015/05/xx(水)22:21:28 ID:Ksa
>>28
それってテレビでやってた女の子が死んだってニュースの?(;・∀・)
女の子の部屋に大量の卵の殻が散乱していたとか
34: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:24:06 ID:Hjv
>>33
うん
そう
38: なまはげ 2015/05/xx(水)22:26:30 ID:Ksa
>>34
それがまじなら呪いは本物じゃないか
47: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:30:24 ID:Hjv
>>38
俺もどうなるかわからない
誰か俺の代わりに廃墟に行って呪いの原因を調べてほしい
51: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:31:19 ID:gcL
無茶ぶりやべえ
67: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:41:08 ID:wyA
釣りだと思いたい
71: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:44:06 ID:Hjv
>>67
頼む、助けてくれ
82: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:45:30 ID:GVp
廃墟の情報詳しく
99: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:48:11 ID:Hjv
>>32
写真を貼り付ける
・画像
・画像
ジャストな地名は言えないけど、なるべく言える範囲で答える
質問あれば聞くよ
103: なまはげ 2015/05/xx(水)22:49:28 ID:Ksa
>>99
特定した
ニュースと合わせたら、どこかわかった
少し歩いたところに××っていう個人でやってるコンビニがあるだろ
違うか?
105: 名無しの体験した怖い話@おーぷぬ 2015/05/xx(水)22:52:59 ID:Hjv
>>103
ビンゴ
146: なまはげ 2015/05/xx(水)22:54:03 ID:Ksa
>>105
じゃあ次は俺が廃墟に行くわ
他に参加者集めてみるか
経過報告と詳細と実況はここでいいか
---
「この報告者の書き込み、おそらく慶助だ……美咲が亡くなったことまで掲示板に書いてやがる」
慶助め。何が続報は掲示板に書き込んでいない、だ。
嘘をついて!
慶助の書き込みが元で、もう一度有志を集めて廃墟探索に行く話まで持ち上がっているじゃないか。
まずい、本格的にやばい。
汗がダラダラと流れる。
ネットに情報が流れると、あっという間に広がってしまう。
例の廃墟に探索しようとする輩は絶え間なく出てくるだろう。
――また美咲みたいな被害者が増えるのか? 理不尽に殺されて?
俺は乱暴にスマートフォンを秀義に返すと、二階の自室に戻る。
自分のスマートフォンを取り出して慶助に電話をかけた。
数コールのあと電話を取った慶助に怒鳴りつけた。
「おい! 慶助!」
「ひっ、な、なんだよう」
慶助は情けない声を出した。
こいつ、自分のしでかしたことをわかっていないな。
俺は苛立つ感情をぶつけるように言った。
「なんだよう、じゃない。お前、掲示板に変な書き込みしただろう! 何が廃墟は危険だから行かないほうがいいと書き込んだ、だ。実態はその逆じゃないか!」
「や、やっぱりバレた? だよなあ。早速アフィ……まとめサイトに載せられていたし」
「ふざけるなよ、何てことを!」
「だって掲示板のみんな、続報を楽しみにしていたみたいだしさ」
軽い口調で慶助は言った。
「待っているひとたちがいるなら、俺もさあ、ちゃんと報告しないと」
「お前……また廃墟で肝試しされて、俺たちみたいに……美咲みたいに犠牲者が出たらどうするんだ! そこまで考えたのかよ!」
「単におかしな卵を貰うだけだぜ」
「美咲のことを忘れたのか!」
「わ、忘れてないけどさあ」
ブツブツ文句を言う慶助は不満そうに続けた。
「要するに怖がらなければいいわけだろっ。桐嶋のことだって悲しいとは思うけど……協力者がたくさんいたほうが呪いもとけるかもしれねーしって思ってさ」
徐々に必死さを帯びる慶助の声に、
「俺だって何かしてーんだよ。何もできねーなんて、絶対に言わせねーよ」
「慶助……?」
俺は、僅かな違和感を覚えた。
何もできないなんて言わせない?
誰に?
そんな俺の反応に、しまったといわんばかりの舌打ちをした慶助は、ごまかすように笑った。
「え、い、いやその、とにかく、俺も呪いをときてーんだっつーの。そのための書き込みであって、事態を軽く考えていたわけじゃないぜ」
「お前……このこと、御子神先輩に言ったのか」
そう俺が言うと慶助は鼻で笑った。
「言うわけないっしょ。祥子先輩、ただでさえネット関係には疎いひとなのに。ネット界隈で、こんな騒ぎになっているなんて知りもしねーよ」
なんてことだ。
御子神先輩が、このことを知ったら何て言うか。
「もういい、お前と話しても無意味だ。こんなことする奴だとは思わなかった」
俺は電話を切った。
先輩に連絡をしないと。
急いで御子神先輩に電話するが、いつまでたっても出ない。
「先輩、俺はどうすれば……」
美咲の死体の消失。
葬式の参加者に混ざり込んでいた怪しい探偵。
慶助の書き込みした掲示板。
様々なことが起こりすぎて頭が回らない。
――本当? 私のこと助けてくれる? 信じていい?
「二度とあんな想いはしたくないし、させない」
そう決意した時、着信音が部屋に鳴り響く。
電話?
ディスプレイを見ると希久本キアラと表示されていた。
「キアラ? どうした?」
そう俺が話しかけると気落ちした声でキアラが言う。
「お葬式のこと、謝ろうと思って。あんな場所で卵のことを言うべきじゃなかった。悪ふざけがすぎた」
「気にするな」
キアラは彼女なりに『現状に恐怖を感じていない』という自分の安全性を教えようとしてくれたのだ。
「それと……先輩、あの葬式で何を見たの? ひどく怖い顔をしてたから」
キアラの言葉に、俺ははっとした。
葬式?
あ、あの探偵。
俺は怪しげな風体の探偵と会ったことを思い出した。
美咲の死体が消えたことと関係があるに違いない。
「あと明日……いつでもいいから会えない?」
「明日か……ごめん、朝からやることがある。キアラ。またな」
明日は休日だが、だからこそ行動しなければいけない。
「あっ」
小さくキアラが狼狽える声がしたが、俺は電話を切った。
ごめんよ、キアラ。
だが今の気持ちのままキアラに言っても気もそぞろになってしまう。
探偵に会って情報を聞き出してやる。
◆
次の日、早速、清流院探偵事務所に行ってみることにした。
当たって砕けろの精神だ。
何を言うかはビルの前まで来て考えればいい。
だがビルの近くまで着いた俺は、とんでもないものを目にしてしまい思わず呻き声が漏れた。
「げ」
例の男がビルの前にいた。
外でタバコを吸っている。
こんなタイミングで何てことをしているんだ!
やがて男は汗をダラダラ流して突っ立っている俺に視線をやった。
「おい、お前」
声をかけてくる。
やばい、気付かれた。
男が近づいてくる。
俺は逃げずに真正面から男を睨みつけた。
やっぱりこいつは、あのとき榛名の家の前にいた怪しげな男だ。
こんな胡散臭い風体、間違えるわけがない!
ていうか服装が同じだとか、どんだけ不潔にしているんだ。
俺は男を指差して怒鳴った。
「お、おい、お前! 聞きたいことがあって! どうして榛名の家の前に……美咲の葬式にもいたよな! それに卵のことも知っていた。お前、何なんだ!」
「随分、一気にたくさんのことを聞きだそうとするな、坊主。さすがに欲張りすぎじゃないか」
男はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
「俺には知る権利があるはずだ」
そう俺が言うと男は鼻で笑った。
「知る権利ね……答えてやってもいいが」
男はすっと目を細めた。
「――坊主の持っている卵をおっさんに寄こしなさい」
何だって?
いきなりこいつ、何を言ってやがる。
そんな狼狽が顔に出たのだろう。
男は少しだけ表情を弛めて言った。
「ああ、そういえば名乗っていなかったな。怪しいおっさんに話しかけられて怖いよな、坊主。おっさんの名前は清流院。
なに、ただの怪しくない探偵だ」