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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第三十三話 真っ暗

 ――俺は目を開けた。


 真っ暗だ。


 ここはどこだ?


 何も見えない。自分の状況がわからない。

 俺はさっきまで秋久(あきひさ)さんと会話をしたはずでは?


 身を起こすと頭の痛みを感じた。


 どうして頭がズキズキするんだ?


 俺は頭を押さえ込みながら立ち上がろうとしたが、うまく力が入らなかった。


 そういえば心花(みはな)は?


 彼女も一緒だったはずだ。

 俺はくらくらする頭を押さえながら周囲を見渡したが何も見えない。手探りで周りを探ると、どうやら狭いところに閉じ込められているようだが。


 土の匂いがする。


「心花ちゃん?」


 声を出して彼女を呼んでみたが反応はない。

 重たい沈黙が場を支配しているだけだ。


 ここには誰もいないのか?

 どうして俺はこんな真っ暗闇の場所に閉じ込められているんだ?


 持ってきた鞄はどこにもない。

 携帯電話も取り上げられてしまったようだ。


 ゼンとコウと会って、それでどうした?


 記憶が曖昧だ。その後、何故こうなったのかが思い出せない。



 ――ようやく目が慣れてきた。


 どうも俺は木造の牢屋に入れられているようだ。

 格子に手をかけて周囲の様子を探るが、どこにも灯りがないため何もわからない。手詰まりだ。どうすればいい。


 とりあえず声をかけてみるか。


「おーい、誰かいないか?」


 だが何の反応もない。

 心花の名を呼んだときも、そうだったのだから、この結果はわかりきっていた。

 本当にどうすればいい。


 困り果てたそのとき――


「先輩?」


 声が聞こえた。

 この声は?


「キアラ?」


 どこにいるんだ。

 俺は手探りで壁をつたいながら彼女の名を呼ぶ。


 声が聞こえた辺りの壁をトントンと拳で叩いてみた。

 やがて控えめにコンコンと返ってくる。


 この先にキアラがいるのか!


「キアラ? 本当に?」

「先輩? どうして先輩がそんな場所にいるの?」


 キアラだ!

 ずっと探していた少女を見つけた事実により俺はよくわからない場所に閉じ込められている状況だというのに、安心感を覚えてしまう。


「よかった。俺、キアラを捜しにここまで来たんだ。待ってろ、すぐに助けるから」

「……」


「俺、今、閉じ込められているんだ。どうにか出られるように頑張るが……キアラはどういう状態なんだ?」

「……あの変な男たちに捕まって……よくわからないうちにここに連れて来られて……牢屋みたいなところに閉じ込められている。……あのね、先輩。私のことはいいから早くこの山を出たほうがいい。この山は、どこか変。おかしい」

「キアラを置いてはいけない。俺もこの山をおかしく思うけど、それはできない」

「……」


「キアラ?」

「私が言えるのは先輩を危険な目にあわせたくない。この山にいると、先輩が大変なことになってしまうかもしれない。それは嫌だよ」

「でも俺は、キアラをこのままにしておくほうが嫌だ」

「……」


 キアラは俺の返答に困っているようだった。沈黙の中に、ハァという戸惑いを含んだ呼吸の音が聞こえてきた。


「ごめん。キアラが俺のことを心配してくれるのはわかる。……それでも俺はキアラを助けたいんだ」

「……わかった」


 キアラは笑ってくれたのだろう。息づかいに彼女の気持ちを感じ取る。


「先輩のことを信じる。……でも私も牢屋から出られる手段はわからない。ごめん」

「いい、気にするな。俺が何とかする」


 そう言いながら目を凝らして、俺は牢屋の出入り口を探した。低い扉が見える。俺は這いつくばった状態でそこに近づくと、牢屋の鍵がどんな形状か確かめようと、そっと扉を押して――


 開いた。


 なんだ?

 鍵がかかっていないだって?


 どういう状況かはわからないが好都合だ。

 俺はゆっくりと周りを見渡した。俺とキアラ以外に人の気配はない。


 扉から外に出ると、むわっとした土臭さに顔を歪めた。


 天井は高い。開いた窓から月光が差し込んではいるが、周囲を照らす光にしては頼りない。暗くてよく周囲が見えないが蔵の中にいるようだ。


 俺は隣の牢屋に向かおうとしたが、そこは厚い壁で防がれていた。


 くそ、回り道をするしかないか。

 どこに向かえば、この先に行けるのかはわからないが――


 一旦、俺は自分の牢屋に戻ると壁の向こう側にいるキアラに話しかけた。


「……ごめん、壁がすぐにそちらに向かえそうもない」

「ううん、気にしないで。先輩は自分のことだけを考えていて」


 こんな時でも彼女は俺のことを気遣ってくれている。

 やっぱり早く彼女を助けに行かないと!

 俺は牢屋から出た。息を潜めながら壁を伝って前に進む。


 心花のことも心配だ。

 今回のことがきっかけで卵が孵らないかということもそうだが、なにより彼女の心身状態が気にかかる。やはり連れて来ないほうがいよかったのか。


 悩んでも答えは出ない。


「……」


 やがてしばらく歩いていると誰かの話す声が聞こえた。

 どこか聞き覚えがある。


 俺は足を止めて耳を澄ます。


 なんだ?

 どこから聞こえる?


 俺は足音を立てないようにしながら身を屈ませ物陰に隠れるようにして先に進む。声が徐々に大きくなってくる。この先に誰かがいるようだ。


 やがて暗い蔵の中、うっすら差し込んだ月光の下に、一人の女性が見えた。

 その姿を確認したところで俺は足を止め、傍にあった太い柱の影に隠れる。


 春子(はるこ)さんだ。


 薄暗くてわからないが、彼女の周囲にも何人かの女性がいるようだ。ぼんやりした黒い影が二、三人、春子さんに話しかけているようで、彼女もそれに応じている様子だ。

 背を向けているため春子さんの表情は見えない。


 何故、春子さんがこんな場所に?

 俺は春子さんに捕まったのか?

 秋久さんの家にいたはずの俺が、どうして彼女に?


 謎だらけだ。

 さて、ここからどうしたもんか。

 こんな状態で春子さんに話しかけるわけにもいかず――


 俺は悩んだ末、もう少し彼女の様子を確認しようとして。


 ガタリと。

 柱を蹴ってしまった。


 春子(はるこ)さんは無表情に首だけこちらを見つめてくる。



 月光が入り込み、僅かに周囲を照らした。


 そこにいたのは禍々しい顔をした悪霊のようなナニカだった。

 白とも黒とも区別つかない、不快な色をしたものが溶け込むようにして宙に浮いている。口を大きく開けてこちらを睨みつけているのだろうか、よく表情はわからないのに悪意や敵意、殺意といった感情だけは伝わってくる。


 周囲には拷問器具がズラリと並んでいた。


「……」


 俺は春子さんの名を呼ぼうとしてやめた。

 無表情の中に煮えたぎるような強い憎悪がある。


 逃げないと。


 彼女に背を向けて逃げだそうとした瞬間――

 春子さんは近くにあった斧を手に取って、俺の方に駆け寄ってきた!


 小さく呻いて俺は逃げ出す。


 でもどこに?

 わからない!

 この真っ暗闇の中、どこに逃げ場所があるっていうんだ?


「……どこ行くん? こっち、おいでや」


 春子さんの声だけが、ねっとりと響きわたる。

 

 冗談じゃない!


「うち、本番の練習のつもりで、あんたを連れてきたのに、何で逃げるん? 困るなあ、そういうことされると」

「本番? 練習? どういうことだ。俺は秋久さんのところにいたはずだが……!」

「だからなに? うち言うたやろ、はよ、おかえりって。それなのにいつまでもここにおって……うちの忠告に従わなかったんよ、危ない目にあっても仕方ないやろ?」


 ずりずり、ずりずり。

 ズリズリ、ズリズリ。


 春子さんは斧を引きずりながら早足で俺に近づいてくる。

 俺は視界が悪いのを気にせず、両手を前に押し出して確認しながら、とにかく真っ直ぐ突き進む。障害物に当たったようだが、とにかく春子さんと距離を開けたくて、俺は重たいそれを力尽くで何とかした。


「お前たちがキアラを攫わなければ、俺だってこんなところに来なかった! お前たちのせいだ!」

「……」

「それに本番って? お前、キアラに何かするつもりなのか、そんなの、俺が許さない!」

「許すも許さないも……祭りが始まるもんは仕方ないやろ? うちも今回は初めてやから、どうせならあんたで試してみようと思うたのに。ほんと、どうやって逃げたん? 困ったわあ」

「祭り? 意味不明なことを!」


 春子さんは、さっきから似たようなことばかり口にしている。

 このままでは追い込まれるのも時間の問題だ。


 はっと俺は顔を上げた。

 僅かに差し込む月の光がある。


 目の前にあるのは扉だ!

 俺はゼイゼイ息を荒げながら全力でそこまで走りきる!


 ようやく扉に手をかけた瞬間――



 嫌な予感がして俺は右によけた。



 ガツンッと音がして俺の頬すぐ横を斧が通り過ぎた。

 木製の扉に深く刺さっている。


 だが春子さんのそれで扉の錠が破壊されたようだ。

 緩やかに開かれた扉をこじ開けて、俺は外へと飛び出た。


 だが地面に転がり込むようにして倒れた俺は慌てて立ち上がり、足を踏ん張って走ろうとしたが――

 春子さんは扉に刺さった斧を引っこ抜くと俺にブンと投げつけてきた。


 頭の横をよぎったそれに恐怖を感じながら俺は四つん這いになるようにして彼女から離れようともがく。


 だが首もとの裾を引っ張られて地面へと引きずり倒された。

 無様に転がる俺の首を押さえつけながら、春子さんが耳元で囁く。


「うちなあ、こんなことになって初めてわかるわ、おかあさんの気持ち。おかあさん、いややったんやろうな。せやから、ここから逃げ出したんや」

「何の話だ」

「なに、ただの憂さ晴らし。うちのストレス解消や。いやなもんはいやだという、うちの恨み言を最期のあんたに聞いてほしいだけや」

「……」


 意味がわからない。

 だが彼女が重要な言葉を口にしようとしているのだけはわかる。

 自分の命が危うい中、俺は解呪の手がかりを得ようと必死で彼女の言葉に耳を傾ける。


「おかあさんのこと、ずっと村の人捜しとったみたいやな。だからおかあさん、あんなに引っ越ししとったんや。結局最期まで村に連れ戻されることなく病気で逝ってしもうて……さぞ幸せやったろうなあ」

「……」


「おかげでうちがこんなザマや。でも、うちでそれがオシマイになるというんなら、やるだけの価値はある。そう思うとるんやが、どうなん?」

「……」


「こんなん言うても無駄話なんやけどな。あんたに八つ当たりしても意味ない。……でも、あんたで成功するんなら、それでもええと思うんよ。どうなん?」

「成功? 何を?」

「卵の呪いをオシマイにする方法や。あんたも本望やろ?」


 なんだって?

 俺と彼女の目的が同じ?

 もう少し詳しく聞き出そうと口を開けたそのとき――


「危ない、兄さん!」


 弟の声だ。

 はっと声のしたほうを見ようとしたが春子さんの力で抑え込まれて顔を持ち上げることができない。見えるのは地面だけ。そんな視界の隅でも何か丸いものが放り投げられたのが見えた。




 あれは――丸くて透明なプラスチックケースに入れられた蛙だ。

 探偵から貰ったものだ。

 何故、あれがこんな所に?


 そう思った瞬間、蛙の口が大きく、ありえないくらいに開いた。巨大に赤く伸びきった舌は春子さんを襲う。

 一瞬だった。

 春子さんは蛙に呑み込まれてしまったのだ。

 蛙は素知らぬ顔でゲロゲロと鳴いている。

 


「……う……あ?」


 偽物の御子神先輩が呑み込まれたときには感じなかった衝撃に俺は翻弄されていた。

 さっきまで彼女は俺と話していたんだ。


 化け物ではない、人間として。


 俺を殺そうとしていたけれど、彼女はさっきまで生きていたんだ!


 呆然と地面に座り込んでいた俺に秀義(ひでよし)が近寄ってきた。

 蛙を投げ込んだのは彼だろう。

 秀義は俺に視線を合わせるようにしゃがみこむと話しかけてきた。


「……遅くなってごめん。探偵さんがやっぱり一緒に行くって聞かなくてさ。探偵さんの準備を待っていたら、こんなことに。間一髪だったね」

「……あの……蛙は……」


「ああ、探偵さんが持っていったほうがいいって言ったから。早速役に立って良かったよー」

「……」


「心花って子は兄さんが秋久って男の家に泊まっているって言っていたけど心配でさ、様子を見に来て調べていたら、どうもその男の家にいない感じだったしー。それで探偵さんの手を借りて捜していたんだ」


 心花が俺についてそんなことを?

 いや、それに探偵だって?


「な、なにを……は、春子さん、春子さんは……? 探偵? ああ……」


 ザクリと音がした。

 探偵の足音だ

 俺のほうまで近づいてショックを受けている俺を興味深げに観察している。

 歪んだ笑みで話しかけてきた。


「……よくわからんな、お前、さっきまで殺されそうになっていただろうに。化け物が死んだだけだろ。開き直れよ、そんな余裕ないだろ、お前には」

「……」

「それとも余裕を持てる状況なのか?」

「何が言いたい。……何故、お前がここにいるんだ」

「なに、行かないって言っておけば、実際来たときのショックがでかいだろ? 想定していない出来事が起こったときのほうが、人は本音をさらけ出すもんさ」

「お前は俺の本音が知りたいために、そんな嘘を?」

「さてな」


 探偵は煙草に火をつけると口にくわえた。


「どちらにせよ旅館に戻ろう。ここに長居はよくないよー」


 秀義の言葉に賛同した俺たちは旅館に戻ることにした。



 旅館について御子神先輩たちに無事を知らせるため女部屋のほうに向かうと、何故か――


 ――ゲロゲロ


 蛙の鳴き声が聞こえた。

 出迎えた心花(みはな)が不思議そうな顔をして言ってきた。


「ん? 今の鳴き声なんですか?」

「……?」


 俺もわからない。

 後ろを向くと秀義が首を傾げていた。


 彼が持ってきた蛙か?

 あれは鬼を知らせるものだ。

 何故、このタイミングで?


 不思議に思っていると心花が再び尋ねてくる。

「あれ? それに先輩? どうして戻ってきたんですか?」

「どうしてって?」


 心花の言葉が理解できず俺は聞き返す。


「今日、自分ひとりだけ秋久(あきひさ)さんちに泊まるって言われたので、私、旅館に戻ったんですけど」

「は?」

「何かあったんですか? もっと秋久さんから情報を聞き出すって……」

「何を言っているんだ? ゼンとコウに出くわして俺たちは――!」

「ゼンとコウ? え? えっと、それは先輩たちが捜している相手の名前ですよね、秋久さんちにいたんですか?」

「いたも何も! 俺たち彼らに会っただろう!」


 そこまで叫ぶと心花が恐怖に頬を引きつらせた。


「ちょっと、扉の前で騒がないでちょうだい。部屋に入って」


 御子神(みこがみ)先輩が困り顔で言ってくる。

 俺は息を整えて彼女の言う通りにする。

 ここで言い争いをしても無駄なことはわかっていたからだ。


 部屋には慶助(けいすけ)もいた。心花と御子神先輩と今後の予定について話しあっていたようだ。


 探偵と秀義も俺に続いて入ってくる。

 早速俺は、自分の身に起きた出来事を話しはじめた。


 秋久さんによると、鬼にまつわる話は、昔あった修験道と土着信仰の争いにゆえんしており本当に鬼が実在しているわけではないということ。

 秋久さんの家に、ゼンとコウがやってきたこと。

 そこで意識を失って、気付けば蔵の中に閉じ込められていたこと。

 蔵の中でキアラと会ったこと。

 蔵にいた春子さんに襲われたこと。


 そして――


「春子さんを蛙の力で殺してしまったんだ、俺は……」


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