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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第三十二話 メタファー

「……俺に考えがあるんだが」


 そう言った俺に慶助(けいすけ)が乗ってくる。


「考えって?」

「明日にでも秋久(あきひさ)さんに会いに行こうと思う」

「会いに行って、どうするつもり?」


 淡々とした声で聞いてくる御子神(みこがみ)先輩に俺は言った。


「……夜に外出した時に秋久さんたちを見た。その時に秋久さんだけが鬼の姿をしていなかった。その理由は何かを聞いてくるんだ」

「……あなた、馬鹿なの? そんな風な質問をしたところで大人しく相手が答えてくれるわけないわ」


「はい、だから秋久さんの元には俺一人だけ行ってきます。最初に会ったときはみんなだったから彼らも警戒していた。俺一人なら油断して色々話してくれるかもしれません」

「何を言っているの、危険すぎるわ。あなた一人なんて」


「だからこそです。危険を誘い込みます。みんなで秋久さんを訪れても春子さんの時のように誤魔化されるだけですから。それに逆に俺が戻ってこなかったら、それはそれでやはり秋久さんが怪しいという結果になります」

「……いや、意気込むのはいいんだがな、義忠(よしただ)


 慶助がおずおずと手を挙げながら言った。


「もし秋久という男が呪いに関連しているなら俺たちがここに宿泊していることも調べきっているだろうぜ。お前に手を出したら俺たちがすぐに異変に気付くことだってわかるはずだ。向こうだって馬鹿じゃねーだろうし」

「だったら逆に安全だ。慶助たちを旅館に待たせておけば、そうそう俺には手を出せないだろう」


「……………………いえ、でしたらみんなで行ったほうが……」


 心花(みはな)がボソリと呟く。


「私もそう思うわ。ここであなたが一人で行くメリットがない」

 御子神先輩も後に続く。


 だがみんなで乗り込んでも結果は一緒だろう。

 どうしたものか。

 黙り込んでいると慶助が言った。


「まあ、秋久という男が本当にヤバイ奴なら俺らが大勢で押しかけたら一網打尽にできてしめしめなんて思うかもしれない。それなら確かに誰かを旅館に残留させたほうがいいとは思うが……」

「それなら私が猪生(いのう)くんと行くわ」


 御子神先輩が嘆息しながら言う。


「何故、あの秋久という男だけ鬼でなかったのか、私も気になっていたわ。もう一度しっかりと彼を間近で見ておきたいし」


 だが心花が急に立ち上がって叫んだ。


「私は嫌です! こんな奴と二人きりなんて絶対に嫌です!」


 ああ、そうか。

 俺と御子神先輩が行くということは、彼女は慶助と一緒に旅館待機組となる。

 彼女は慶助に嫌味を言われているから慶助を苦手に思っているのだろう。


「でも、俺たちにもしものことがあった時、男手がいないと……」


 そう俺が躊躇いがちに言うと心花は一瞬だけ絶望に顔を青く染めたが、すぐに顔を強張らせながらも早口で声を発した。


「じゃ、じゃあ、私が先輩と一緒に行きます。それなら問題ないでしょう」

「…………私が慶助と二人きり? ちょっとそれは……」


 御子神先輩の嫌そうな声に心花は言い返す。


「でも私は嫌です。こんな陰気眼鏡な奴と一緒だなんて絶対に!」


「……」

 渦中の人物である慶助は微妙な顔をして無言を貫いている。


「……そうだな。彼女の卵がどこにあるかわからない以上、彼女の負の感情を育てるようなことは控えたほうがいい。心花ちゃんは俺と一緒のほうがいいだろう」


 そう俺が言うと心花はホッとするような顔をした。


「………………俺、卵の養分扱いかよ」

 ボソリと慶助が呟いた。


「……それはいいとして秋久さんはどこに住んでいるんだ。俺たち、さすがにあいつの居場所まで知らねーだろ」

「……それなら明日の朝、観光案内所に行ってみるよ。元々秋久さんと最初に会ったのはあそこだったし。秋久さんは、犬の散歩ついでに、朝、あの辺を歩き回っているのかもしれない。その時に秋久さんの家で話ができないか交渉してみるよ」


 慶助の問いにそう俺が言うと、慶助がどこか心配そうな顔をしたが俺は気がつかないふりをした。




 翌日、俺と心花は観光案内所までやって来た。

 相変わらず周囲の住人たちは俺たちに不審な目を向けている。


「……先輩、ごめんなさい、我が儘を言ってしまって」


 横に並んでいる心花が申し訳なさそうに言った。


「気にするな。慶助と一緒に居づらいのはわかる」


 観光案内所は九時からだ。

 秋久さんと会ったのはもう少し時間がたってからだった。


 俺たちは観光案内所の入り口付近で待つことにした。

 中に入ってもよかったのだが、前回と同じように受け付けの人に怯えられても申し訳ない気持ちがあるからだ。

 いたずらに住人たちに不安を与えたいわけではない。

 やがて待っていると秋久さんが観光案内所の前を過ぎるのが見えた。


 いた!


 俺たちは慌てて彼に近寄る。

「秋久さん!」


 そう呼びかけると彼は怪訝そうな顔をしながら立ち止まった。犬の散歩中のようだ。黒い犬も急に足を止めた飼い主を不思議そうな顔をして見つめている。


「どうしたんですかい、また観光する場所の道のりがわからなくなったとか? 今度はどこに行きたいんです?」

「いえ、そうではなく、あなたに用事があるんです、秋久さん」

「俺に? なんですかい?」


 秋久さんは俺の言葉に目をぱちくりしている。


「……………………あ、あの、俺、秋久さんの家に行きたいんですけど」

「え?」


 秋久さんは戸惑っている。


「はい、この山について学校の研究で調べていて。どうせなら民家も見てみたいという話になって。頼める人もいなくて、あなたを待っていたんです」


 眉根を寄せながら必死で心花が続ける。大嘘だ。


「そうなんですかい? 俺の家なんて見ても楽しくないですぜ。それより由緒ある神社巡ったほうが良いと思いますがね」

「お願いします。困っているんです」


 秋久さんは困惑していたが心花の推しに負けてしまったようだ。


「仕方ないっすなあ」


 *


 俺と心花(みはな)秋久(あきひさ)さんの家に来ていた。

 居間に通された俺は緊張に拳をぎゅっと握りしめる。

 心花は不安そうな眼差しをあちこちに漂わせていた。


 秋久さんはここにはいない。


 玄関で「さて俺の家のどこを見るんすか?」と尋ねてきた秋久さんに「実は学校の研究は嘘で、秋久さん個人に用事があったんです」と答えた。秋久さんは一瞬だけ難しそうな顔をして俺たちを居間に案内すると、そのまま出て行ってしまった。


 そうして戻ってこないのだ。


 秋久さんの機嫌を損ねてしまったのだろうか。


 ハラハラして待っていると、しばらくして秋久さんがやって来た。


「それで俺に聞きたいことってなんですかい」


 にこやかな顔に少しだけ影が混じっている。


「蛙跳び行事と春子(はるこ)さんの告げた妙な約束事について教えてほしいんです」


 さすがの俺もいきなり核心に入るつもりはない。

 まずは軽めな出だしからだ。


 俺たちの向かい側に座った秋久さんは


「春子さんの言った約束事を気にしているんすか? あんなもの、昔から伝わるおとぎ話みたいなもんで――そうっすね。もっと正確に言うと、昔は外部の人間を招くお祭りじゃなかったから、ああいう約束事が出来たんですよ。よそものを遠ざけるためにですかね」


 俺は約束事を思い返した。




一、祭りが始まるまで、よそものは深夜に外を出歩かないこと。

二、祭りの最中、よそものは見知らぬ女の子に話しかけないこと。

三、祭りが終わったあと、よそものは鬼に出会わないようにして早々に山から出ること。




 秋久さんの話だと約束事の内容がおかしい。

 よそものを遠ざけるどころか、よそものが祭りに参加する前提で約束事は作られている気がする。

 俺はそれを口にしてみた。

 だが――


「祭りに参加したら恐ろしいことになるよ、とそれだけが伝われば、よそものは参加しようとは思わなくなるでしょう? 要するに脅しですぜ。そのために作られたもんであって、別にこの約束を破ったからといって何か起こるわけではないっす」


 そう秋久さんは言った。

 この方向性で攻めても、のらりくらり交わされそうだ。

 俺は話題を変えてみることにした。


「それでは春子さんが鬼の子孫と呼ばれているのは何故でしょうか」

「……」


 秋久さんは苦々しく笑いながら答えた。


「それは、昔から伝わる逸話みたいなもので。本当に鬼の子孫ってわけじゃないですぜ。そうっすね、そもそも君はどこまで前鬼と後鬼について知っています?」

「……資料に書いてあるくらいですが」

「それで構いませんぜ。教えてください」


 どこか試すような秋久さんの口調に違和感を覚えながら俺は答える。



 前鬼・後鬼は役小角に使役されたとされる鬼の夫婦で、前鬼が夫、後鬼が妻である。元は人の子を攫って喰らう鬼だったが、役小角の説得により改心した後、前鬼は斧を手に役小角の前に立ち道を切り開き、後鬼は水瓶を手に役小角の後ろに立ち食事の準備をしたという。また、前鬼・後鬼とその子孫は、吉賀山で人間と暮らしたとも伝えられる。



 そうたどたどしく答えると秋久さんはニコリと笑った。


「正解ですぜ。……うん、もう少し言うとね、五鬼継(ごきつぐ)五鬼熊(ごきくま)五鬼上(ごきじょう)五鬼助(ごきじょ)五鬼童(ごきどう)は、「前鬼」という集落に住んだとされるんす。里の名として「前鬼」の名前、子供たちの名として「後鬼」の名前を後世に伝えながら、人として生きた。そう伝えられているんすよ」


 秋久さんは真面目な顔になり言う。


「それなら何故、そんな話が伝わったと思います?」

「そんな話?」

「前鬼と後鬼の子孫が、この吉賀山で人間と暮らしたという話の背景です」

「……いいえ、わかりません。だから俺はそれを教えて貰おうと思って……」


 俺が口ごもると秋久さんは柔らかく笑いながら言った。


「簡単な話です。単なるメタファーなんすよ」

「メタファー?」


「鬼なんて実在しないんですぜ。

 もっと昔話をするとね、平安末期当時、吉賀山には山と水の土着信仰があったんす。自然を大事にしようという考えっすね。


 ほら、今度お祭りやるでしょう? 蛙飛び行事っすよ。

 あれも元は土着信仰からくるもんなんですぜ。蛙は、清浄の意味。一度、穢れた人間から、清浄な川に浸された蛙に変貌することで、穢れからの脱却を表現しているんですぜ。


 ところが修験道の台頭により土着信仰は衰退したんす。


 そこで修験道側の人間たちは自らの勝利を歴史に残すため、斧を手に持ち役小角の前に立つ前鬼を修験道、水瓶を手に持ち役小角の後に立つ後鬼を土着信仰に見立てたんですぜ。


 修験道の開祖であり象徴である役小角の前に修験道、後ろに土着信仰を置き、彼らと融和した上で修験道の教えが勝利した事を表現したんです。実際、そののち、前鬼・後鬼の子孫と自称した人間たちは修験道の一角として生きた。彼らは、鬼の子孫ではなく、修験道の成り立ちの象徴だったのですぜ。」


「……あの、ちょっと意味がよく……」


「ああ、つまり簡単に説明すると。


 新しく生まれた修験道と、古来根付いていた土着信仰の争いは、修験道の繁栄で幕を閉じたんですぜ。その勝利を、前鬼を修験道、後鬼を土着信仰と例え、前鬼を地名として残すことにより、修験道の地位を後世に伝えようとしたんです。後鬼は名字として残したが、それは後生に残すという意味ではなく、負けた側への配慮ですぜ。 


 苗字はいつ子孫が絶えるかわからないけれど、地名は確実に残るでしょう。故に修験道の象徴である「前鬼」のみ、地名とされたんす。春子さんが住んでいるのが前鬼山だったでしょう?」


 秋久さんの言葉を聞きながら俺はひとつのことを思い返していた。


「だから春子さんの苗字、春子さんが鬼の子孫という話はただの昔あった権力争いの名残なんすよ。さっきから何度も言っているように、鬼なんてものは存在しないんです」


 なら、どうして御子神先輩の目には鬼の姿が映っていたんだ?

 それが本当なら、何故卵の呪いなんてものが存在する?

 俺は心花を一瞥した。

 彼女は心配そうに俺を見つめている。


 全ての疑問を晴らさなければ。


「――それなら、どうして秋久さんの姿だけ鬼じゃないんですか?」


「は?」


 秋久さんはしばらく沈黙したのちに、呆気にとられた表情で声を出した。


「何の話っすか?」

「……俺、少しは変なものを見ることができるんです」


 嘘だ。御子神先輩の名前を出すわけにはいかない。


「変なものねえ」


 秋久さんはポツリと返した。どこか声音が薄暗い。


「それで俺……春子さんから言われた約束事を破って外に出たとき、水紙神社であなたたちを見たんです。そこで秋久さんだけが鬼じゃなくて、他は全員鬼の姿に見えて……」


「――へえ」


 ひどく冷え切った声だった。

 俺は慌てて秋久さんの顔を見る。

 相変わらずの笑顔、だがそれは能面のように平坦だった。


「で? そこまで話して、俺に何を聞きたいんすか?」

「鬼は実在するのでは?」


 俺は息を荒げながら言った。

 秋久さんはフフッと笑いながら返す。


「それ、本気で質問してるんすか?」

「ええ、本気です」

「だったら、そうっすね……」


 考え込みながら秋久さんは立ち上がった。


「なら、俺も本気出しちゃおうっかな。ちょっと待っていてくださいな」


 本気?

 怪訝な顔をした俺にニコリと笑いながら秋久さんは部屋から出て行った。

 なんだ?

 嫌な予感がする。


 やがて襖が開いて出てきた人物に俺は目を見開く。


「……」

「……」


 ゼンとコウだ。

 やはりここにいたんだ!

 ゼンは無表情に、コウはどこか楽しげな顔を見せている。


 心花が二人を見て「あ」と小さく声を上げた。唇を震わせている。


 秋久さんが彼らの後に続いてやってきた。

「どうしてそんな顔をするんですかい?」

 秋久さんは俺たちを見下ろしながら不思議そうに首を傾げて続けて言った。


「君たちは彼らに会いにきたんっすよね?」


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