表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子
2/50

第二話 榛名

 鶏の卵ほどの大きさで、長い髪の毛や真っ黒な固形物が殻周りにこびりついている。繊細に装飾された包装紙とかけ離れた有様に吐き気すらこみ上げてくる。

 その時、俺は廃墟で見つけた紙片に書かれてあった文章を思い出していた。


弐 もし卵憑ノ巫女に出会ってしまったのなら卵を受け取ってはいけない。やがて卵から何かが孵ってしまうから


 卵を受け取ってはいけない。

 そうアレには書いてあった。


 だけど、これは。

 そう、目の前にあるのは紛れもない卵だ。

 もしや俺は卵を受け取ってしまったっていうのか?

 

 何故、榛名が俺にそんなものを?


 疑問ばかりが浮かび上がる。

 俺は汗ばんだ手で近くにあったスマートフォンを握りしめる。


「榛名に電話しなきゃ、どうしてこんなことをしたのか、理由を聞かないと……」


 さっき家に帰ったばかりだから電話に出てくれるはずだった。

 だが、聞こえてきた音声は俺の期待したものとはかけ離れていた。


『おかけになった電話番号は現在使われておりません』


「――は?」


 どうして?

 呆然としながら俺は電話を切った。

 電話番号をかけ間違えたって? そんなはずはない。

 電話帳から榛名の名前を選んでかけたはずだ。


 するとスマートフォンから着信音がした。


 榛名?

 榛名がかけなおしてくれたのか?

 しかしディスプレイには慶助の名前が表示されていた。俺は電話に出た。


「慶助!」

「わかったんだよ、義忠!」


 慶助はひどく興奮している。


「何の話だ」

「ビデオカメラの動画だ。一体、何が変なのか、ずっと考えていて、さっき急に気付いたんだ」


 急に何を話し出すんだ。

 だが、あまりに彼の様子が尋常ではないので、彼の話を遮るのを躊躇ってしまう。

 次に出た慶助の言葉に、俺は愕然とした。



「あのカメラには有珠さんが映っていないんだよ、ひとつも!」



 何だって?

 そんな馬鹿な話があるものか。

 榛名も一緒に肝試しをしたはずだ。

 そう俺が返答しようとした瞬間、慶助が信じられない言葉を口にした。


「それで、俺、有珠さんから卵をもらって……」


 慶助も榛名から卵を?

 喫茶店で解散したあと、榛名は俺と一緒に帰宅した。

 慶助と会う時間なんて、どこにもなかったはずなのに。


「は? 俺もだけど、何で慶助も卵を?」

「知らないよ! 帰り道に会ってクッキー作りすぎたからあげるって紙袋を渡されて……家に帰って封を開けたら不気味な卵があって……」


 俺と同じだ。慶助と違うのは、俺はクッキーではなくて誕生日プレゼントを渡された。だがそんな些細な違いは問題ではない。

 俺たちが榛名から卵を受け取ってしまったことが――


 慶助は不安そうな声を出す。


「卵……あの切れ端に書いてあった文章と関係あるのかな? 俺はどうしたら……」


 今、ここで俺が怖がれば、慶助にもその気持ちが伝わってしまう。

 震える奥歯を噛みしめて、俺は平気な声を出す。


「慶助は心配するな。俺、今から榛名の家に行ってくる、事情を聞くよ」


 電話を切った俺は逸る気持ちのまま、部屋を出て階段を降りる。

 降りきったとき、上部からカメラの撮影音が聞こえてきた。

 不機嫌な顔をして上向くと、一人の少年がデジカメを手にしたまま声をかけてくる。


「こらー、バタバタしない、ドアも乱暴に開け閉めしない。兄さん、何度言ったらわかるんだ」


 俺は立ち止まる。

 階段の上から話しかけてきた彼は猪生秀義(いのう・ひでよし)、俺の弟だ。細身ではあるが俺より背が高く顔も大人びているため、よく俺の兄と間違われる。


「……毎回、思うんだが、小言を言うたびに俺を撮影するのには意味があるのか?」

「意味はあるよ、僕が楽しい」


 にっこり秀義が笑う。すぐに真面目な顔をして言った。


「それから、そろそろ夕食の時間なんだけど、どこに行くつもりなのかな?」

「ごめん、秀義。俺、榛名の家に行ってくる!」


 そう言った俺の耳に、とんでもない言葉が入ってきた。



「うん? ……榛名さんって誰かな?」



「おい、秀義、何を言って……俺の幼馴染みだよ」

「兄さんの幼馴染みだって? そんな人いたかい? 僕は知らないけど……昔から親しくしていたのかな?」

「は? お前だって榛名と話したことあるだろ?」

「……いや、申し訳ないけど、覚えがないな」


 そんなはずはない。

 だが俺のそんな気持ちは言葉にならなかった。

 何だ?

 一体、何が起こっている?


 急いで榛名の家の前に辿り着いた俺は、信じられないものを目にする。


「――家が、ない」


 榛名の家はどこにもなかった。

 草が茫々に生えた荒れ果てた土地が存在していた。


「だ、だって、榛名、さっき、この中に入って……」


 俺はこの目で見たはずだ。


「卵? 卵を受け取ったから、こんなことが起こったのか?」


 そう俺が呟くと後ろで声がした。


「……卵? 卵を受け取ったねぇ」


 振り向くと、薄汚れた格好の男性がいた。隻眼で、春先にも関わらず分厚いコートを着ている。

 誰だ、こいつ?

 どうして榛名の家の前にいるんだ?


「おい」


 ビクリとした俺に、男性は話しかけてくる。近づいて、そっと肩を叩いてきた。


「お前、呪われたな。可哀相にな」


 呪われた?

 どういうことだ?


 一体、俺の身に何が起こっているんだ?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ