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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子
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第一話 卵

※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません



壱 卵憑ノ巫女(たまごつきのみこ)に出会ってはいけない。不幸になってしまうから

弐 もし卵憑ノ巫女に出会ってしまったのなら卵を受け取ってはいけない。やがて卵から何かが孵ってしまうから

参 もし卵が孵ってしまったのなら傍にいてはいけない。生まれた何かに殺されてしまうから

肆 もし殺されたくないのなら卵憑ノ巫女を見つけて卵を返せばいい。彼女は、あなたのすぐ傍にいるのだから


 ◆


 間に合わなかった。


 夜雨の中、俺は呆然と目の前の惨状を眺めていた。

 明滅する救急車のランプの下、担架で運ばれていく友人の姿があった。


 防水シーツで覆い隠されており、その身体は見えない。

 ダラリと垂れ下がった掌だけがシーツからはみ出ている。

 血の気のない白い肌が目に焼き付くように残った。


「そう。俺の……せいだよな……俺がもっと早く気付いていれば……」


 大事な友達を死なせずに済んだかもしれないのに。

 爪が食い込むほど拳を握りしめても雨の冷たさで麻痺した手では痛みすら感じない。


 背後で声がした。


「あほ、ばか、あんぽんたん、まぬけ……どの罵倒がお好みかしら? 猪生義忠(いのう・よしただ)くん?」

御子神みこがみ先輩」


 振り向かずに俺は返答した。

 俺の名を呼んだのは御子神祥子先輩だ。神秘的な雰囲気の黒い長髪の少女だ。


 先ほどまで肩を叩いていた雨粒の感覚がなくなる。

 御子神先輩が俺を自分の傘に入れてくれたのだ。


「誤解しないでね。あなたを責めたいから、そう言いたいわけではないのよ。……こう見えても私は怒っているのよ?」

「勝手なことをした俺にですか?」

「ええ、超絶強力な霊感もちの私を待たずに一人で行動した、あなたにね。やっぱり突っ走っちゃったのね。あなたの友人に伝えた言葉は、どちらかというとあなた宛てだったのに」

 

 御子神先輩の声音はいつもより一段と低い。


「……それに、あの子が死んだのはあなたのせいじゃないわ」

 すぅ、と彼女の息を吸い込む音がした。



「あの子は呪いに殺されたのよ」



 吐き出された冷たい声音に、まるで心臓が握り潰されたような感覚を覚える。


「言ったでしょう? あの呪いは本物だって。このパーフェクト霊感少女である私ですら持て余しているのに」

「呪いなんて……もしそんなものがあっても俺は何とかなるはずだって……」

「何とかなる? 無理だわ。あなたは呪いを何だと思っているの?」


 淡々と告げられる彼女の言葉に俺はビクリと肩を震わせる。


「呪いとは理不尽で支離滅裂なものよ。一見整合性の取れているように見せかけていたとしても、それは途方もない悪意をばらまくための前段階に過ぎないわ」


 振り向くと、御子神先輩が透き通った眼差しで俺を見つめていた。声とは裏腹に表情はひどく柔らかい。


「あなたは下がっていて。ここから先は、専門家……つまり私に任せ……」



「そんなもん知らないしどうでもいい。こんなもんに殺されてたまるか。俺も、当然、友人もだ。俺が呪いをぶっ潰してやる」



「……は、はあ? そ、そんなの無理に決まっているでしょう? この私ですらどうなるかわからないのに」

「いや、だったら尚更、先輩ばかりに頼ったら、それこそ駄目だろ」

「……う」

 

 ため息を吐いた先輩は諦めたように声を出す。


「背丈はちっちゃいくせに、あなたっていつもそう。大きな口ばかり叩いて考えなしに動くんだから」


 くすりと御子神先輩が笑う。


「……お願いだから私より先に死亡フラグをたてないでね、お願いよ?」


 御子神先輩は俺のせいじゃないと言った。

 それでも俺は、やっぱり違うと思う。

 俺があいつを助けられる機会は幾らでもあったのだ。


 事件のきっかけは数日前に遡る。



 土曜日の昼間の喫茶店、俺たちはたむろっていた。昨夜、廃墟に肝試しをしたメンバーが集まっている。


「しっかしビデオカメラに何も映ってないとは本当に残念だぜ」


 ビデオカメラに映る動画を見ながら話すのは緑慶助みどり・けいすけだ。俺と同学年の友人で、今回の肝試し発案者でもる。


「だから言ったじゃん、しょせん幽霊なんて存在しないんだよ! 信じているほうがアレなんじゃん!」


 勝ち誇ったように言うのは桐嶋美咲(きりしま・みさき)だ。俺たちとはグループの違うクラスメイトだが、今回どうも考えがあって慶助の肝試しに参加したらしい。


「でもあそこの廃墟で、昔、殺人事件が起こったのは確かなんだよ!」

「しょせん昔は昔! 肝試しにもならなかったじゃん。つまんない!」


 慶助の言葉に美咲が吐き捨てるように返した。


「もし幽霊に取り憑かれても大丈夫なように、その手に強い御子神先輩にも来て貰ったんだけど、この分じゃ手を借りなくても済みそうだし、御子神先輩も逆に良かったんじゃん」

「自己アピールしすぎなだけの偽物の霊感少女だってバレずに済んで! なんなの、あれ、特別な力があるにしても普通隠すっつーの」


 美咲は幽霊を信じていない。そして学校の有名人、霊感が強く数多の悪霊を除霊したと噂されている御子神先輩の存在も前々から気にくわなかったようだった。


「美咲。その言い方だと、御子神先輩を貶しているように聞こえるし、何か起こってほしかったかのように聞こえるんだが」


 そう俺が窘めると美咲が頬を膨らませて押し黙る。そんな彼女を見て、俺の隣にいる幼馴染み、有珠榛名(うす・はるな)が彼女をフォローした。


「た、多分そういう意味じゃないよ。私も肝試しに参加したからには、やっぱり幽霊の一人や二人は見たかったもの。そういうことを言いたかったんだよね、美咲ちゃん?」

「そうそ、わかってんじゃん、榛名! もー、以心伝心、これだから榛名のこと大好き!」

「美咲ちゃんてば調子に乗ってー。そんな風に言えば何でも許されると思ってるでしょー?」

「そんなことないって! ……とにかく結局、廃墟に行って手に入ったものといえば黒い日記帳と変なメモの切れ端とか、つまんないー」


 そう言いながら美咲は机の上に広げていた黒いノートを摘み取る。表紙からページまで全て黒いクレヨンか何かで塗り潰されていた。紙の切れ端には、四行で卵憑ノ巫女がどうのこうのと書いてある。


「卵憑ノ巫女って何だろな。何か、会ったらヤバイとかそういうことが書いてあるみたいだけどな」

 俺が言うと榛名が首を傾げる。

「でも女の子なんて会わなかったよね、ね?」


「あのね、先輩。……とっても言いづらいんだけど」


 ずっと黙っていた後輩、希久本(きくもと)キアラが口を開く。


「なんだ? 何か見たとか?」


 そう俺が言うとキアラは僅かに顔をしかめた。


「そういうわけじゃないけど……」



「この動画、なんか変」



 ビデオカメラを指差してキアラは言った。


「それは……」


 実は俺もキアラと同意見だ。

 慶助からメールで送信された動画を自宅で見たときも、不気味な違和感をずっと抱いていた。


「具体的に何が変なのかは説明できない。でも変」

 キアラが繰り返した。


「変だなんて……でも慶助くんに頼まれて、私、何度も見て確認したよ? 幽霊なんてどこにも映っていなかったもの」


 榛名は不満そうに言った。慶助も続く。


「そうそー。俺も見た。どこもおかしいところはなかったが……言われてみればなーんか引っかかるのは間違いないけど」

「うん、引っかかる。そう、怖い感じ」


 そうキアラが言うと、横にいたのをいいことに俺との距離を縮めてくる。


「……んん、ピタリ」

「な、何で、くっつくんだ、キアラ」

「……先輩、怖い」


 キアラはチラリと上目遣いで俺を見てくる。


「希久本ってば、あんた、そういうことしたくて先輩の気を引くためにわざわざ動画について言ってみたわけ? やるじゃん」


 美咲の言葉にキアラは真っ赤になった。

 それを見て榛名は立ち上がり俺とキアラの横に無理やり割り込もうとする。


「お、おい」


 戸惑う俺をよそに榛名はキアラに言った。


「ちょ、ちょっと、近いよ、キアラちゃん。あんまり私の猪生くんにくっつくのはやめてくれないかな」

「私の?」


 キアラが小さく顔をしかめる。


「ふ、ふえ、え、えと、そういう意味じゃなくてね」


 榛名の顔も真っ赤だ。ブンブンと手を振って混乱している。


「ち、違うんだよ、つ、ついっていうか、深い意味はなくてね」



「あなたたち、こんな場所で何をしているの」



 そう声をかけてきたのは御子神先輩だ。


「祥子先輩~~~~~~~!」


 慶助は立ち上がると、大げさな態度を取りながら御子神先輩に近づく。


「こんな場所で会えるなんて、ラブです、愛しています、結婚してください!」


 抱きつこうとする慶助をサラリとかわすと御子神先輩は手で払いのける仕草をした。


「結婚なんてしないわ」

 御子神先輩はきっぱり言い切った。

「それに私、運命の相手は私と同じくらい霊感ある人だと信じているの。間違っても霊能力皆無なあなたじゃないわ」


 慶助はがくりと背を仰け反らせると、その場にしゃがみ込んだ。

 あ、慶助ってば傷ついてる。

 だけどそんな所に座っていると、他のお客様に邪魔だ。


「……それに私をここに呼んだのは、あなただし、意味不明なことを言うのはやめなさいって、いつも言っているでしょ」


 そんな先輩の冷たい反撃に、慶助は御子神先輩を見上げながら必死の声を上げる。


「意味不明じゃないです、いつも俺の本気です!」

「あっそう。……それに、そんな風に想ってくれるなら、どうして私の言うことを聞いてくれないの。動画もカメラも全部処分しなさいと言ったはずよ」


「うええん、ごめんなさい、祥子先輩」

「ノートや紙の切れ端も私の紹介した寺に持ち込みなさいよ。あの廃墟には悪しき気配があったわ。こんな動画も、いつまでも流しっぱなしにするのはやめなさい。危険だわ」


「うう、ごめんなさい、祥子先輩。どうか俺のことを見捨てないでくださーい」

「ちょっと、くっつかないでくれる」

 

 そんな御子神先輩と慶助の漫才を見ながら、美咲は言った。


「あー白けたじゃん」


 美咲が退屈だと、深い息を吐き出した。


「どうせ、この黒いノートもメモも、全部、悪戯じゃん!」


 言い切った美咲は侮蔑したような笑みと視線を御子神先輩に向ける。


「御子神先輩、せっかく霊感少女として見せ場を取られて悔しいのはわかりますけど~」

「大丈夫ですよ、次のチャンスがありますよ」

「ま、あたしは幽霊なんて信じてないから、そんなものがあるかどうか保証しませんけど」


 美咲は立ち上がると自分の鞄を開けて財布を取り出し、千円札を机に出す。


「これで足りるでしょ。あたし、もう帰るから。御子神先輩、どうぞごゆっくり!」


 そう言って、さっさと美咲は店から出て行った。


「ちょっと、美咲ちゃん! ごめんなさい、御子神先輩。美咲ちゃんてば、あまり幽霊とか信じてなくて……」


 フォローする榛名を御子神先輩は無表情に首を横に振った。


「気にしなくていいわ。霊感強すぎる私は、あの程度のやっかみなんて何てことないの、ふふん」


 俺は御子神先輩を見上げて言う。


「先輩、今回の件、やっぱり何かあるんですか?」

「え……猪生くん……私の言葉を信じてくれるの?」


 嬉しそうだな、御子神先輩。何だかんだで信じてほしいんだな。


「はい。何ていうか、さっきから変な違和感がずっとこびりついてて……俺には、あの黒いノートや紙の切れ端が単なる悪戯だとは到底思えないんです」


 俺は机の上にある黒いノートを指差す。


「動画には何も映っていなかったし、俺たちも何も見ませんでした。あの黒い日記帳だって不気味なだけ。紙の切れ端に書かれていた、卵憑ノ巫女四つの文章だってよくわからなかったし……それでも俺は……」


「……そうね。あの文章は言霊のようなものだわ。文章自体が呪いそのものを具現化しているといっていい。逆に言うと、あの言葉に従わなければ大丈夫でしょうね」


「そんなものなんですか?」

「……ええ、間違いなくね。あの紙の切れ端は警告のようなものでしょうから」


 御子神先輩の言葉を聞いて、榛名は目を輝かせながら言った。


「そこまでわかるなんて、さすが御子神先輩!」

「あなたたちのためだもの、こんなの大したことじゃないわ……でも、ありがと」


 得意げな顔の御子神先輩に俺は質問した。


「警告……卵憑ノ巫女に会うな、もし会っても卵を受け取ってはいけないってやつですか?」

「そうね」


 御子神先輩の返答に榛名はウンウンと何度も頷きながら言った。


「じゃあ変な女の子に会わないようにして、さらにその子から何も受け取らないようにしないとね、猪生くん!」


 俺にキラキラとした瞳を向けながら榛名は言う。


「大丈夫です、私が猪生くんを見張っていますから! 任せてください!」


 ふんっと自信満々に胸を反らす榛名に、


「そう、ありがとう。任せるわね、榛名さん」

 御子神先輩は、そう柔らかく言ったのだった。


 ◆


 夕方の帰り道、榛名は軽い足取りで俺より先に進みながら話しかけてくる。


「ふわー、御子神先輩ってば、とっても綺麗だよね。何だろ、キラキラしてて別次元というか!」

「御子神先輩が美人なのは俺も認める」

「うんうん! ……あ、そういえば猪生くん、今日希久本さんに近づかれて、ちょっとデレデレしてたよね?」


 少しだけ苛立つような声音に変わった榛名に、俺は慌てて否定する。


「してないよ」

「嘘。してた。私、ちょっとプンスカしているんだからね」


 もう榛名の家まで辿り着いたようだ。

 ピタと足を止めた榛名は俺のほうを向いた。むっとした顔をしている。

 俺は淡々と返した。


「どうして榛名が怒るんだよ」

「……何故わからないかな。そういうところに怒っているんだよ」


 榛名は腰に手を当てて、ぷいと顔を背けた。


「あ、そうだ」

 

 榛名は鞄から綺麗に包装された赤い紙袋を差し出してくる。


「来週、猪生くん、誕生日だよね。はい、これ誕生日プレゼント!」

「はあ、何故、来週じゃなくて今日なんだ」

「来週は用事があるから、今日渡しておきたいの」


 俺は榛名からプレゼントを受け取る。紙袋に入れられたそれをのぞき見ようとすると、榛名から止められた。


「ここじゃ駄目! 家に帰ってから開けてね。恥ずかしいから」


 そう言いながら榛名はモジモジ身を捩らせている。


「今度、もし私の誕生日がきたら、その……」

「ああ、はいはい、言われなくてもプレゼントするから」


 そう俺が言うと榛名は胸に手を当てて頬を弛ませた。


「本当? わぁい、猪生くん、ありがとう!」


 くるりとその場で回転して、後ろで手を組みながら俺を覗き込むような仕草をする。


「とっておきのをプレゼントしてね、猪生くん。楽しみにしているね」

 そう言った榛名は笑顔のまま、家に入っていった。



「うん、次に会えたら、またね」



 そう言い残して。

 次に会えたらって、大げさな。何を言っているんだ。

 俺は彼女を見送ったあと、自宅に向かう。

 あんな風に期待されたら、それ相応のものをあげなきゃな。


 ん? あれ?

 そういえば榛名の誕生日っていつだったっけ?


 どこか引っかかる。何か見落としている。

 もやっとした気持ちの悪さを抱えたまま、俺は自宅に着く。

 そうだ、榛名のプレゼントが気になるんだ。

 中身を確認して、ちゃんとお礼を言わないと。

 そのまま自室に入った俺は、早速榛名からもらったプレゼントを開けた。


「……何だ、これ」


 ――卵?

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