戦闘
宿屋を出ると、そこには昼に存在していた中世ヨーロッパのような、落ち着きある街並みは無かった。人々は顔を一度丸めて広げた紙のようにしながら、必死に魔族と反対の方向へ逃げている。
人波は俺をのみ込もうとするが、俺は負けじと足に力を入れ、魔族の方へ向かう。
開けた場所に着く。
あるのは崩壊した家、うめき声、暗闇。月の光は厚い雲に遮られ、この場所へ届かない。
残酷なんだ。魔族という奴は。奴らとは分かり合えない。
「君は何しに来たんだい?」
上品で冷たい声を発しながら、魔族の男は俺の前に静かに現れた。
* * * * * *
おかしいですねえ。普通の魔族なら夜になると理性を失い凶暴化するはずなのですが。
ああ、なるほど。貴族ですか。ははっ。いいですねえ。実に面白い。初めての戦闘相手が4大貴族の1人になるなんて。
ブレーバー、私を楽しませてください。私は貴方に期待していますよ。
* * * * *
「これは、お前がやったのか?」
「いかにも。しかし、質問に答えず、質問をするとは礼を欠いてますね」
依然として余裕の態度を崩さずに魔族の男は答える。
「うるさい。俺はお前を許さない」
「誰かに許してほしいとは微塵もおもっていませんがね。ましてや、ミジンコのような矮小な存在に」
腰に差していた剣を鞘から引き抜き、両手で持ち、右肩の方に剣を掲げながら魔族の男に上から切りかかった。
魔族の男は左に避けると、笑いながら語りかけてきた。
「ああ、つまらない。君は何のために剣を振るっているんだい?街の人のため?己の信念のため?生きるため?
違う。君は怒りに身を任せ、自分の感情をコントロールできずに振り回しているだけだ。君自身のためにね。
しかも、それを自覚していないときた。これなら、先ほどいた母を守るために私に向かって石を投げてきた少年の方が遥かにましだ」
何も言い返せずに突きを放つ。全力で。
だが、魔族の男は避けながら言い放つ。
「ああ。そのように、力で訴えるのは自身が言論で勝てないという情けない事実を証明しているに過ぎない」
「お前だって力で屈服させていたじゃないか」
俺は魔族の男に怒鳴りつけた。
それを聞きつまらなそうに、情けない、と呟く。
それを見た、聞いた直後。
体が宙に浮いていた。
痛い。そう知覚したのは宙に浮いてからのことで、それが男に腹を殴られたためだと気付くのは、さらに後だった。
浮いた体は地面に叩きつけられ、口から血を吐き出す。
「終わりですか?加減したのですが」
挑発され、悔しく、立ち上がろうとした。しかし、足に力が入らない。全身が動かない。
「はあ。この程度ですか。では、この街の破壊を再開しますか」
その言葉は救いのようだった。歓喜が頭を支配する。これであの恐ろしい男は俺から離れていく。俺は生き残れる。
違う。違う。違う。
俺は守りたい。最初に装備を着にかけてくれた男の人、武器屋のソーダ、宿屋のおばちゃん。一度関わったんだ。せめて、関わった人達は守りたいんだ。
勇者だからじゃない。俺がしたいから。
「まて」
「ミジンコに興味は無いですよ?」
「まだ勝負は着いていない。俺は生きている」
「ほお……少しは良い目になりましたね。もう一度問いましょう。君は何のために剣を振るっているんだい?」
「守るため。守りたいものを全て」
「強大な敵が居て、勝てないときは?」
「俺の命が尽きるまで守り抜く」
「ふふっ。いいですねえ。若いですねえ。しかし、死んでしまっては守りたいものを守り抜くことはできません。
そうですねえ……。力が欲しいなら後を着いてきなさい。私の弟子にしてあげましょう」
男の口調はやはり上品で、雲に隠れていた月はいつの間にか顔を出し、男をバックライトのように照らしていた。
この男は街の人を殺した。
この男は魔族だ。
魔族は邪気から生まれ、悪そのものだ。
だけど、今のままじゃ、この男を倒せない。
俺は――。