1.ちょい工夫食パン
毎日必ず見るテレビ、あれだけ楽しかった職場だった。なのに今はテレビは壊れ、あれだけ大切に使っていた商売道具も壊れてしまったようだ。
「何がしたかったんだろう。私は」
今まで口にしようとも思わなかったものが口から離れると、灰色のため息が部屋を濁していく。
今まであれだけ気にしていた髪は乱れ、彼女のことを知っていた人が見れば驚き、嘲笑するほどの干物加減であった。
「もう、これが最後…コンビニでも行こう」
そう呟き、口にくわえたものを乱雑にお皿に押し付けると、冷えた廊下を通って部屋と大して変わらない色の外へと足を運んだ。
引っ越した時はあれほど明るかった外套は電気が消えかかり点いたり消えたりを繰り返している。
家から5分もかからない遠いコンビニに入った途端にノイズが頭を締め付ける。早く要るものだけ買ってしまおう。いそいそと、レジに進むと、店員はわかったようにモノとお金を交換し、見たくもない笑顔を見せつけられ、眉間にしわを作った客は来た時よりも早く店を出て行ってしまった。
来た時より長く感じた帰りの先に何かが私の部屋の前にいる。ここ数か月訪ねてきた人は宅配の人くらいである。よく見ると、私より小柄で整った身なりが長い髪を寒空に晒していた。その少女が私を見つけたとたん驚いた様子を見せながらも、突然あたふたし始めた。
「ええ、私に用事って・・・面倒くさいなぁ・・・」
早く終わらせてしまおうと、急ぎ、少女を見下ろすと、突然少女の目から、大粒の雫がこぼれ始めた。
「やっと、お会いすることができました…お姉さんが、私を助けてくれたんですよね!!ずっと探していたんです」
「何かの間違いじゃないですか?貴女を助けた覚えはないけれども」
そのまま、ドアを開けようとした裾を少女が硬く握りしめる。
「そんなことないです!私です。森崎香織です!美夜さん貴女が何も口に食べ物ををすることができなかったとき、助けていただいたの…忘れちゃいました…?」
そんなこともあったなぁ…あの頃は楽しかった。間違いなく最高の人生だったなぁ…
「そう、そうだったかしら。人違いではないと思うけど、こんな季節よ。おうちにおかえりなさい」
ドアノブに力が入るより、握られた裾が強く引かれるのを感じるものの、無理やり、開けたためバランスを崩した少女は小奇麗な服が冷えたコンクリートに触れる。多少の良心は痛むが、これでいい。私は少女の思っている善い人ではないのだと。あの日までは。
すると、すごい勢いでチャイムが部屋に鳴り響く。あの子に違いない。部屋は気に入っていたため、隣近所に迷惑をかけたくなかった美夜はしぶしぶに家の扉を開けると、先ほどの雰囲気とは打って変わって暖かい笑顔をした少女は突然、ジャージ服に抱き着いてきた。
「お姉さん助けてください!私と一緒に喫茶店を経営してくださいお願いします!!」
この子は今何を言ったのだろうか、フィルターがかかってほとんど聞き取れなかった。
「ごめん、もう一度言ってくれるかな…?」
「なので!私の喫茶店で料理をしてほしいのです」
なんの悪びれもしない少女はピンポイントで一番触れられたくなかった傷を抉っていく。失神するほどではないものの、すごく頭が痛い。
「他を当たってくれないかな…もう私は包丁は握らないと決めたから」
「わかりました…あ、でも、お客さんとしても来てほしいのでっこれ、お店の地図です!」
少女は部屋色の笑顔を見せると、無理やり紙切れだけ渡されると、嵐のように帰っていった。
「杏奈…私にどうしろっていうの…」
よく見ると、少しインクが滲んでいる。最近の子は印刷もまともにできないものか、チラシも作ったことのないジャージ女はけだるそうにしたが、これもある意味古傷を癒すきっかけになるかもしれない。 おもむろに先ほどとは打って変わってしわがついているものの、まだ町を歩いていそうな服を身にまとい、住所と手書きの地図を頼りに、狭い部屋を出て行った。
-------------------------------------------------------------------------
家とは打って変わって雲の影で太陽がてっぺんにさしかかったころ、美夜は目疑った。地図の示された場所はどう見ても人の気配がしないのだ。店は年季が入っていて、手入れはされているようだが、お客はもちろん、従業員の気配すらしない。苛立ちを覚えるものの、とにかく、入らないことには何にもならないと、店内に入ると、外装もそうだったが、とても、こじんまりとした店という印象だった。見渡していると、苛立ちもすぐに収まった。昨晩訪ねてきた少女がお店を掃除していたのだ。あまり、埃っぽい印象もないのだが、少女は黙々とやっていた。
少女は自分以外の人が店にいることに気づくと驚きすぎたのか目を丸くして固まっていた。
「あ…来てくれたんですね!いらっしゃいませ!イア・プラベンへ!」
「変なことを聞くかもしれないけど、お店は貴女一人で…?」
すると少女は少し寂しそうに、肯定した。話によると両親が2年ほど前事故で他界して、料理を出すことができず、コーヒーとトーストを出すだけでは今のご時世なかなかお客さんも来てくれないそうだ。
そう考えていると、少女から、かわいらしい音を出すと顔を赤らめうつむいた。その音は少女のおなかから出ているようだった。
「えへへ…ごめんなさい、昨日パンしか食べていないんでした」
前に訪問されたときは厚着で気づかなかったが、確かによく見ると、線が細いというのにも少しやりすぎではないだろうかと思わずを得ない部分が少なからず見受けられる。
腐っても昔はお客に料理を提供し、喜んでいるのを生業にしていた。お腹をすかせている人がいるのであれば、これは気にならないはずがない。少し考えたのちに包丁を使わないのならば、何か少女に食べれるものを作りたいそんな母性本能に熱が加わっていく。
「使った分は私が払うから、少し作らせてくれないかな」
我慢の限界だった。境遇は不幸ではあると思うものの、今の彼女にはそれを受け入れるスペースは存在していない。が、お腹を空かせている人がいるそれだけで行動するには十分な動機に足りえたのである。
少女は久しぶりの来店客の数倍驚き、探していた人を見つけたよりも大きな笑顔を見せた。空の雲も消え失せて明るい空が窓に降り注いでいた。
おもむろに、元料理人は手ごろなコーヒーに入れるシュガースティックを数本手に取ると厨房へ入っていった。
年季はとても入っていたが、よく手入れされていると誰が見ても明らかな整った厨房だった。ただ、一つ気になるのが、唯一調理台に出しっぱなしにされている家庭でも見かけられるようなパンやら、モチを焼くモノ。それしかまともに使っていないことが見てとれた。
パンは封の開いていないものしかなく、少女の食生活の一部になっているのは容易に想像ができた。
中身がほとんど空っぽの冷蔵庫には3ぶんの1ほど欠けたマーガリンが顔を出してきた。
彼女はマーガリンをパンに塗りたくるとシュガースティックを均一にかけていく。 女の顔は少し綻んでいた。料理は好きだった。もともとそれしか取り柄がなかった。ようやく酸素が頭に回っていくそんな感触だった。
そのまま、オーブントースターの中にパンを放り込むとつまみを回しオーブンに明かりが灯る。何の匂いもしなかった静かな厨房に少しずつ甘い香りが包んでいく。あれだけ外と変わらなかった店内も心なしか柔らかいぬくもりに包まれる。
オーブンの中ではふつふつと、砂糖が元気になっていく。白かった彼らは黄金色に代わっていきとろっとパンの端をすみずみまで埋めていく。
暖かくなってきた厨房に一つの高い音が鳴った。それを合図に焼けたパンを皿に盛ると、二つの細い指でつままれた塩がパラパラと全体にかかっていく。
-------------------------------------------------------------------------
「ごめんなさい、今の私にはこれが精いっぱい。でも食べてほしいな」
甘い香りに誘われた少女はそのパンを手に取ると一口かじるとオーブンの中の姿とはうって変わってカリっと音がするとともに甘みが口いっぱいに広がる。本当に見てくれは質素なものではあったが、今まで空腹をしのぐ為だけにパンを食べていた少女にとっては何にも代えがたい2年ぶりのごはんにあの時のような雫をこぼした。
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
少女の涙が途切れたころには日は傾いて太陽がさようならをするところであった。
「取り乱してすみませんでした。本当に来ていただけてごはんも作ってもらえるなんて嬉しくて。でも、お姉さんがあれを作るなんて意外です。もっと手間のかかるものを作る印象だったので。えへへ、少しお姉さんが身近に感じました」
ちくり、と胸が痛む。彼女がまだ料理人をしていたころ、よく大切なあの人が仕事前に作ってくれたものだったから。何度も脳裏をよぎったトラウマがいつになく体をしめつける。
「お姉さん…?顔色が悪いですが…」
「ううん、大丈夫。それより、これならできるでしょう。お店でも出してみたらどうかな。あと、お店に入ることはできないけれど、たまになら…来てあげてもいい」
それを聞いて今年一番の笑顔を見せた少女はまだ甘い香りのする元料理人にハグをすると猫のように顔を擦り付けると、トラウマの苦痛はいつのまにやら消え失せていた。
ごめんね、杏奈私はまだ地獄に落ちれそうにないや。少しでいいから、待っていてほしい。罪は償うから。彼女は顔を擦り付けてきた猫の頭を撫でると僅かではあるが、顔の緊張がほぐされていた。
お初でございます。皆様は食パン、どのように召し上がられるのでしょうか。
私の最近のブームはスモークチーズをスライスしてのっけて焼く!そのあとにコショウを少々…